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アイゼンシュタット(Eisenstadt)

2010年4月21日(水) 6:30起床。7:10朝食、相変わらずたっぷりと昼の分も食べる。コールセンターが開くのを待つ間に、スーパーマーケットで缶ビールと食糧を仕込む。9:45コールセンターへ行き柏の自宅へ電話する。 インターネット電話で1分間10セントと格安、23日の飛行機で帰国予定であることを伝える。市電と地下鉄でウィーンマイドリング(Wien Meidling)駅へ出て、国鉄(OBB)のチケットセンターでハイドンゆかりの地、アイゼンシュタット(Eisenstadt)行きの切符P1130261を買う。パスポートを提示し28€支払いEinfach-Raus-Ticketを受け取る。昨日の学習効果を活かした積りであったが、ウィーンマイドリングとアイゼンシュタット間の正規料金は8€弱、余りメリットはない。 そこでも列車と番線、乗換駅と時刻が記入してあるA4用紙を貰う。8番線から11:38発のREX2821に乗車、時間が来ると何の前触れもなく静かに発車する。列車はウィーンの南東方向、ハンガリーの国境近くへ向かうが、郊外に出た途端にブドウ畑が延々と広がる。ブドウ畑の畝間はタンポポで黄色に埋まり、一面緑の小麦畑の海に菜の花畑の黄色い島がぽかりぽかりと浮ぶ。長い歳月、隅々まで手入れされてきた耕地であり、日本のような耕作放棄地や原野のような荒蕪地は見あたらない。豊饒で長閑な風景が車窓を流れていく。12:28ヴルカプロダースドルフ(Wulkaprodersdorf)駅に着き乗り換え、4分しか余裕が無いので慌しい。 12:38アイゼンシュタット着、P1130265ベンガラ色の駅舎を出ると陽射しが強く眩しい。駅は町の南の外れにあり、北へ真っ直ぐ延びるバーンシュトラーセ(Bahnstr.)をドーム広場めざして歩いて行く。道沿いは新市街でカラフルな集合住宅が建ち並ぶ。城壁跡を過ぎると旧市街に入る。ドーム教会を右手に眺め、ドーム広場を経てペスト塔が建つハウプト通り(Hauptstr.)に出る。ブルゲンラント州の州都の目抜き通りは、観光客の姿も見当たらず地元の人の姿もまばら、白昼夢のようにひっそり閑としている。先ず、1筋 北のハイドン通りにあるハイドン博物館から見学する。アイゼンシュタットはハイドン(1732-1809)ゆかりの地であり、マリア・テレジアの治世(1740-1780)下、ハプスブルク家を支持して富と権力を築き上げたハンガリー最大の名門貴族エステルハージ家に楽長として雇われ、1761年P1130269から30年間に亘って仕えている。ハイドン博物館は、1766年から12年間彼の住居であった建物である。すみれ色の外壁のこじんまりした建物で、看板が小さくて分りにくい。見学者も我々二人だけで、係の女性は暇を持て余していたようである。日本人かと聞かれ、イエスと答えると日本語のパンフレットをくれる。展示室である二階は、控え室、応接間、居間、台所、寝室、ピアノ室に分かれており、居間には18世紀の古い家具と絵の無い50点の額縁、ハイドンの胸像が、 ピアノ室には1771年と72年にこの家で作曲されたと伝わる弦楽四重奏曲17番と20番の自筆楽譜が展示されている。ハイドンファンやクラシック好きにはたまらない空間であり展示品と思われるが、悲しいかな、門外漢にはその素晴らしさが分らない。 ハイドンが鬘(かつら)を着用していた事実を認識したにとどまる。次は、「ハンガリーの小ヴェルサイユ」と呼ばれたエステルハージ公爵家の館、エステルハージ城(Schloss Esterhazy)の見学へ。ハイドン通りを西へ進むと、1672年完成のバロック様式の堂々たる城館が現れる。正面入口を入ると左が見学受付、間もなく14:00のガイドツアーが始まるとのことでタイミングは絶妙。但し、ドイツ語の案内のみで、P1130270日本語のオーディオガイドなどは無し。日本人観光客は少ないとみえ、日本語の図録やパンフレットも置いていない。入館料は、エステルハージ城のガイドツアーのみだと6€であるが、併設のハイドン博物館とワイン博物館の見学を含めると9.9€、せっかくなのでセット券を購入する。 ドイツ人らしい他の観光客7人と中庭で待つこと暫し、若くてイケメンの学芸員が登場し城内を非常に熱心に案内してくれる。マリア・テレジアやハプスブルク家とエステルハージ家との関係を説明してくれたようであるが、ドイツ語では固有名詞と年号くらいしか聞き取れず、ちんぷんかんぷん。妻は「aber,」しか聞き取れなかったらしい。又、P1130273各室のフレスコ画や装飾品も小ヴェルサイユと謳うにはやや粗雑であり、十分な修復がなされていないせいか色彩も褪せている。まあ、シェーンブルン 宮殿やホフブルク王宮を見た直後の目であれば、見劣りするのも致し方ないところ。それでも、青と薄緑のパステルカラーを基調に細かい装飾が施された中国の間は美しく、往時の面影が偲ばれる。また、最後に案内されたハイドンザール(Haydon-Saal)と呼ばれる大広間は出色、天井は全てフレスコ画で彩られ、規則的に凹凸をつけた壁面には歴代領主の肖像画をはじめ、優美な装飾が施されている。毎年、ハイドン音楽祭や国際ハイドン週間がこの広間を中心に開催されるとのこと、そこだけは一見の価値がある。他のメンバーは城内見学だけで帰ってしまい、我々だけが中庭の正面一階に設けられたハイドン館(Haydon Explosiv)を見学する。3人も係員がいるが、気の毒なほど暇そうである。最初に見学したハイドン博物館との違いが良く判らないが、館内にはハイドンの曲が流れ、照明も展示室ごとに色分けされて、新しい設備だけに洗練されている。受付に戻り、中国系の女性係員に城館地階に設けられたワイン博物館を案内してもらう。岩を刳り抜いて造られた迷宮の ような所で、昔もワインや食糧の貯蔵庫に使われていたのであろう。旧いワイン製造器具やP1130266樽などとともに、何と250年前の超ビンテージワインが数本保管されている。マリア・テレジアやハイドンが生きていた時代に造られたワインに出逢うとは感激もの。他にも、1988年、89年産など20年前くらいのワインは山積みになっており、ワイン愛好家には垂涎の的と思われる。また、城の歴史を証明する古い時代のブロンズ製の紋章や騎士像を並べている箇所もあり、なかなか興味深い。疲れたのでハイドンの墓所があるベルク教会はパスしハウプト広場に戻る。そこのカフェでソフトクリームをなめながら一服する。その後、アイゼンシュタットの駅に戻り、16:20の列車に乗る。往きと同じくWulkaprodersdorfで乗り換え、16:32発のウィーンマイドリング行き列車に乗る。17:25同駅着、18:10ホテルに戻る。近くの惣菜店で購入してきたイカのリング揚げとサラダを肴にビールを飲む。Grafenwalder Hefe Weisbierという酵母入り小麦ビールであるが実に美味い。疲れたのと酔ったのとで一眠り、目が覚めると22:40、今日もOSは無事飛んだとのこと、又、明日は欧州各国の空港が100%機能するとのこと、いよいよ23日帰国が現実味を帯びる。ウイーンの休日にもそろそろ飽きて早く日本に帰りたい気持ちが募る。(続く)

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