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アウガルテン庭園と中央墓地

2010年4月22日(木) 6:30起床、朝一、長逗留で伸びた爪切り。今日が事実上の観光最終日、ウィーンの休日のフィナーレにP1130278楽聖たちの墓にお参りに行かねばなるまい。7:10朝食、毎日判で押したような同じメニューが並ぶ。 8:30出発、今日もウイーンの空は抜けるように青い。いつの間にか街路樹の若葉がすっかり青葉に変わる。近所のタバコ屋で市内交通24時間フリーチケットを買い、再びウィーンの森散策へ向かう。何度も出入りするのでタバコ屋の女将ともすっかり顔馴染みになる。市電、地下鉄U6とU4線、市バスに乗り継ぎ、カーレンベルクに着いたのは9:50、前回4月18日は日曜日で賑わっていた山頂の展望カフェも閑散としている。今日は風もなく穏やか、視界もクリア、やっと双眼鏡の出番がきて何とか旧市街のシュテファン寺院を確認する。山頂広場の傍らに建つカーレンベルク教会は1629年建立(1683年破壊されその後再建)、第179番が付与されておりウィーンの歴史的建造物のひとつである。内部をちょいと覗かせてもらう。電波塔と展望台(シュテファニーの見晴台、Stefanie Warte、1887年建造、5月~10月の土曜日12-18時、日曜日10-18時オープン)が建つカーレンベル クの山頂に登ると、道端には今が盛りとスミレやタンポポ、それにオドリコソウ(?)が咲く。山頂に人の姿はなく、密やかに爽やかな風が吹き渡る。一旦、バスで中腹のコベンツル(Cobenzl)まで下り、そこから麓のグリンツィング(Grinzing)めざして歩き出す。コベンツルのバス停脇には清潔な無料トイレがあり有り難い。ブドウ畑の間の小道を下って行くと、左手に先ほどのカーレンベルク山頂部の電波塔と教会が見える。地元の人の散歩コースらしく、ステッキを持つ老人が登って来るのとすれ違う。道の両側はマロニエ並木、若葉がお辞儀するようで愛らしい。掘割の近くで切株に アミヒラタケを見つける。これで2種類目、まだ春浅くきのこの発生は少ないが、秋にはきのこ狩りの市民で賑わうのであろう。グリンツィングの街に降り着き、歴史的建造物第189番のTrummelhof(ローマP1130288人居住地跡?)の写真を撮っていると、ツアー仲間の女性2人組に出会い、ベートーベンの遺書の家まで案内を頼まれる。お安い御用、傍らの聖ミヒャエル教会の鐘が正午を告げる。アルムブルスターガッセ(Armbrustergasse)のバス停からハイリゲンシュタット駅に戻る。次はアウガルテン庭園と陶磁器工房、地下鉄でショッテンリンクへ行き、市電に乗り換えてアウガルテン通り下車、 正門から入る。陶磁器工房本館(Porzellanmanufactur Augarten)は元々アウガルテン宮殿(Augartenpalais)という王家の狩りの館、17世紀末の完成でウィーンの歴史的建造物第124番に指定されている。1782年には、モーツァルトがこの宮殿で催される「モーニング・コンサート」の指揮者に任P1130286命されており、1803年5月24日には、この宮殿で「ヴァイオリンのためのクロイツェルソナタ(作品47)」がベートーベンのピアノで初演されている。1775年から市民に開放されたと云う広大な庭園に入り、菩提樹の木陰のベンチに坐り昼食、すっかりこのスタイルが板に付く。 庭園には散策やジョギングを楽しむ市民の姿が多く、ちびっこ広場で遊ぶ子供や両親の姿も多い。庭園の一角に建つ円筒形の建物は、ナチス時代の高射砲台と防空避難所の名残りとか、負の遺産として残しているのであろう。1718年創業とマイセンに次ぐ古い歴史を持つウィーン磁器工房が、ウイーン第9区の磁器小路(Porzellangasse)からこの宮殿に移ったのは1924年のこと、以来、ウイーン磁器工房アウガルテンと名称を改め今日に至る。現在、磁器工房は大規模改装中で見学は不可、倉庫の片隅のミニショップしか開いていない。いよいよウィーンのP1130293休日の締めくくり、楽聖たちが眠る中央墓地へ向かう。リンクのシュヴァルツェンベルクプラッツ(Schwarzenbergplatz)へ出て71番市電に乗る。 もうウィーン市内は自由自在。15:15中央墓地第二門(Zentral Friedhof 2.Tor)下車、広々とした公園墓地の中央通りをカール・ルエガー教会へ向かって真っ直ぐ歩いて行く。中央通りに並ぶ墓は非常に個性的で立派なものが多い。貴族かお金持ちか有名人のものであろうが、ウイーンではお墓まで芸術的である。楽聖たちの墓は教会手前、中央通りに面する第32A地区に集中している。ベートーベン(1770-1827)、 ヨハン・シュトラウス子(1825-1899)、ブラームス(1833-1897)、W.A.モーツァルト(1756-1791)、フランツ・シューベP1130303ルト(1797-1828)、ヨハン・シュトラウス父(1804-1849)、ヨーゼフ・ランナー(1801-1843)、フーゴ・ヴォルフ(1860-1903)、ヨーゼフ・シュトラウス(1827-1870)、グルック(1714-1787)などを確かめる。ウイーンっ子にも墓マイラーは多く、次々とお参りに来る。墓マイラーにはたまらない場所である。ウイーンの休日を楽聖達のお墓参りで締めくくるとは、深田百名山踏破の最後に至仏山を登るようなもの。16:45ホテルに戻る。ドイツビールのFinkbraeu Shankbierの500ミリリットル缶を水道水で冷やしてひとり乾杯、18:30からホテルのロビーとカフェを借用しメンバー全員で最後の晩餐懇親会を開く。添乗員のM氏が知り合いの店から配達してもらった寿司と味噌汁、それに春巻き、餃子、サラダの料理は一人5€、何とも良心的で嬉しい。席上、M氏から明日の航空券の束を見せてもらい大安心、一段と話も弾む。部屋に戻り風呂から上がると21:45、最後の缶ビールGrafenwalder Pils(LIDL社製、ドイツ・ネッカーズルム)を飲んでからSCの荷造りにかかる。(続く)

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