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チェスキー・クルムロフの歴史地区

2010年4月14日(水) 5:00起床。今日も朝からビール、缶ビール・スタロプラメン(STAROPRAMEN)をシンクで水道水に浸ける。11日にプラハからウイーンへ向かった日本人ツアー客を乗せたバスが、高速道で追突事故を起こし4人負傷したとのこと、日本では大騒ぎになっているらしい。また、CNNによると、中国青海省でM6.9の大地震が発生し多数の死傷者が出ているとのこと(続報ではM7.1、死亡者数2,000人超の大災害)、芳しくないニュースが届く。P1130080又、この時点では分らなかったが、今日アイスランドで火山が爆発、その火山灰の影響で18日から欧州各国の空港が閉鎖されて帰国できなくなり、結局ウイーンで6日間足止めされる羽目に、まさに厄日。6:30朝食、昨日と同じ料理が並ぶ。8:00プラハの南方、オーストリア国境近くのチェスキー・クルムロフへ向け出発、180㎞・3時間の道程である。9:10ターボル市のGSでトイレ休憩、軽油がリッター29.8Kc(150円)、レギュラーガソリンが同30.9Kc(155円)と日本より高め。陽射しが出てくる。バスはボヘミアの青い平原を淡々と進む。 10:15チェスケー・ブジェヨヴィツェの町を通る。そこは米国バドワイザーの本家、ブジェヨヴィッキー・ブドヴァル醸造所(ドイツ名:Budweiser Budvar)があることで有名な町であり、醸造所に立ち寄りたかったが団体旅行とあっては是非も無し。市中には大型アウトレットモールやスーパーが建ち並び、カラフルな高層マンション群も林立する。民主国家となり20年余、地方都市にもその恩恵が十分に行き渡ったようである。10:50チェスキー・クルムロフのバス待機場着、 少し先の高台にチェスキー・クルムロフ城が聳える。P1130084プラーシュティー橋をくぐり黒い門(裏門)から城内に入る 。城壁の狭間から見下ろすと、大きく湾曲するヴルタヴァ川に囲まれる旧市街は中世の面影を色濃くとどめている。1992年ユネスコの世界文化遺産に登録され、世界で最も美しい町のひとつと謳われるだけのことはある。プラハ城に次ぐチェコ第二の規模を誇る城は13世紀の創建、その後何回か増築を重ねており、西側の建物ほど新しい。中庭に面する建物の壁面はまるでギャラリーのようにフレスコ画で装飾され、中には騙し絵のような窓まで描かれている。 城のシンボルである塔はルネッサンス様式、円筒形で赤や緑に彩色され、すっくりと青空に映える。外観だけでも十分に美しい城であるが、内部にも“P1130089仮面舞踏会の間”を始め幾つもの見所がある。それなのに城内ツアーは無し、町の眺めが言葉を失うほど美しいという塔の展望所にも登らずじまい、ぎりぎりツアーは本当に情けない。素気なく赤い門(正門)をくぐり旧市街へ出てしまう。旧市街の建物内部は土産物店やカフェやレストランに改装されており、中世の面影がそのまま残るのは石畳だけであるが、幾つかの建物の壁には古いフレスコ画が見られる。門外漢には良く分らないが、 何でもルネッサンス様式の装飾が各建物に施されているとのこと、それは別にしてもパステルカラーで塗り分けられた家々は美しく、まるでお伽の国に迷い込んだような感じを受ける。散策するだけでも十分楽しい町である。P1130085旧市街の中心にあるスヴォルノスティ広場に出てから、聖ヴィート教会近くの見晴台に上がり、先ほど城壁から眺めた旧市街の景色を反対側から眺める。こちらの方がチェスキー・クルムロフ城が視界に入る分、勝れているかもしれぬ。そこで一旦解散し昼食まで自由になったので、聖ヴィート教会に入り内部を見学する。聖ヴィート(ルカニアの聖ヴィトゥス)はカトリック教会と正教会の聖人、ローマ皇帝ディオクレティアヌスとマクシミアヌスの共同統治時代の303年、迫害にあって殉教したとされる。スラヴ諸国の信仰が篤く、同名を冠した教会が多い(因みに、クロアチアには123箇所)。中央広場に戻り、そこに面したレストランKRUMLOVSKA FONTANAで昼食をとる。地ビールのエッゲンベルク(Eggenberg:この地を支配した封建P1130086貴族と同名)の生を飲む。チキン料理はまずまず。13:45バスに戻りザルツブルクへ向け出発、230㎞・4時間の道程、今日もバスに乗る時間が長い。雨がぱらつき始める。15:30高速道のSA(LANDZEIT)でトイレ休憩、既にオーストリアに入りMARKTの品々が急に豊富になる。ショーケースには美味しそうなケーキが幾種類も並ぶ。雨は本降り、ついているのかいないのか幸いバスの中。車内TVに白黒の「サウンド・オブ・ミュージック」が映し出される。これから向かうザルツブルクが舞台の名画、確か我が家にDVDがあるので帰国したらゆっくり観てみよう。景色は山勝ちになり左手に大きな湖ヴォルフガング湖が現れる。後背の山も怪異、恐らく氷河に削り取られて出来た地形なのであろう。雪を戴く高山も見えてくる。どうやらアルプス山脈の山懐に入ってきたようである。17:00アレナシティホテルに到着、130号室に入る。四ツ星ホテルのマークはあるがスタンダードクラス、シンプルで質素な部屋である。街までタクシーで20分かかるというので出かけるのを諦め、近所のスーパーへ行きミラベル社のチョコレートなどを買う。夕食はホテルのレストラン、地元のビール、STIEGL社のWEIZEN GOLDの生を飲む。これが美味い。メニューはフリタッテンズッペ(細切りクレープ入りコンソメスープ)とポークステーキ、それにフルーツポンチのデザート。部屋に戻り風呂から上がると21:00、SCの荷造りを行う。(続く)

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