« オーストリア土産(2) | トップページ | レオポルド美術館とウィーンの森 »

帰国延期 / ウィーン市内散策

2010年4月17日(土) 6:30起床、TVをつけると火山灰の雲はアイスランドから南東方向へ一段と拡散し、欧州18ヶ国の飛行場 が閉鎖もしくは一部閉鎖とのこと、今日は帰れなくなるかもしP1130208れない。 じたばたしても仕方が無いのでとりあえずビール、冷蔵庫で冷やしておいたZIPFER URTYPを飲んで心を静める。7:30朝食、これからどうなるか分からないのでしっかり腹ごしらえをする。SCをドアの外へ出し、10:00のロビー集合まで街歩きに出る。ヴォティーフ教会(1879年建立)、ウィーン大学本館(1884年完成)、市庁舎(1883年完成)などの建物を眺めながら、リンクと呼ばれる環状道路を反時計周りに歩く。市庁舎公園ではマロニエ、モクレン、ヤマブキ、レンギョウの花が咲き春爛漫、とにかく西欧の都市は公園面積が広い。ギリシャ神殿風の国会議事堂(1883年建立)迄行き、その前に建つアテナの女神像を見物してから引き返す。途中、ヨーロッパの中でも超一流と言われる演劇の殿堂ブルク劇場(1888年完成)も忘れずチェック。ドゥ・フランスに戻ると部屋の前のSCは既に運び出された後、この先ウィーンに足止めされるにしても、五ツ星ホテルに長居できる筈はなく納得の所業。9:20添乗員のM氏より電話が入り今日の帰国便は飛ばなくなったとの事、ロビー集合は12:00に変更になる。部屋に籠っていても仕方が無いので再び散策に出る。今度はリンクを時計回りに歩き、フランツ・ヨーゼフ1世宮殿を眺めてからアウガルテン橋でドナウ運河を渡る。運河沿いの遊歩道を南下し、ウイーンを代表する建築物のひとつ、カイザーバート水門監視所(1906/07年建造、オットー・ヴァグナー作)を見物する。現在は使われていない様でP1130171扉は固く閉鎖されている。ウィーンにも不届きな輩が居るらしく外壁には落書が目立つ。それにしても今日の空は飛びぬけて青く飛行機が飛ばないのが不思議なほど、 暑くもなく寒くもなく最高の季節である。対岸のショッテンリンクの有名なのみの市は休みの模様。ザルツトーア橋で運河を渡り返してホテルに引き返す途中、街角のかばん屋に入り夏物バッグを買う。中国人らしき女店主に何処製か尋ねるとイタリア製とのこと、それでたったの12.9€?、後で内側のタグを見るとメイド・イン・チャイナ、やっぱりね。11:00ドゥ・フランスに戻る。12:10迎えのバスに乗りホテルを移る。欧州の空港閉鎖は拡大しつつあり、何時再開されるか今のところ全く見通しがたたないとのこと、相手が火山ではどうしようもない。ラディソンSAS・パレ・ホテルに分宿したメンバーをピックアップして中華レストラン“同大”へ行き昼食、 そこの勘定は阪急交通社持ちP1130209ということで遠慮なくご馳走になる。但し今晩の宿泊以降は全て個人持ち、自然災害なので海外旅行保険も下りず、今晩のホテルなど一泊一部屋150€(19,500円)は取られるらしい。とりあえず旅行会社の立替払いで帰国後トラピックスから請求書が届くとの事、皆目を白黒。今、トラピックスの旅行者だけでヨーロッパに400人ほど取り残されているらしく、日本人ツアー客全体では数千人にも上る。帰国便に乗る順序も、通常の航空券を持つ乗客が優先でパックツアー客は後の後回し、やれやれいつのことになるやら。仕事を持つ人、介護施設に高齢の親を預けてきた人などは帰国延期の事態に頭を抱え、美味しい中華料理も満足に喉を通らない。まあ、百年に一度の天災とあってみれば、じたばたしてもどうしようもなく、現況と与件を楽しむしかないのであるが・・。家族とメールを交わした人の情報によると、 今日の東京は時ならぬ4月の雪で非常に寒いらしい。新たなホテルは、地下鉄U4線のピルグラムガッセ駅の目の前にあるホテル・アナナス(H.ANANAS)、四ツ星の高級ホテルでリンクのカールスプラッツ駅までも二駅と至便。自腹ならこんなに立派なホテルじゃなくともと云う思いがよぎるが、この緊急事態に34名が一緒に泊まれるホテルが見つかっただけでも幸運なのであろう。15:15 P1130176割り当ての343号室に入る。部屋はコンパクトでビジネスツインといった感じ、ドゥ・フランスとは較べるべくも無いが、機能的で使い勝手はずっと良い。再び街歩きに出る。現地旅行会社(ミキ トラベル) からもらったウイーン市街詳細図と首っ引きでベルヴェデーレ宮殿を目指す。 地図には通りの名前が全て記載されているので、建物の角に表示されているそれらと地図とを照合すれば、現在地が直ちに把握でき迷うことがない。たっぷり1時間も歩いてベルヴェデーレ宮殿上宮に到着。オーストリア風バロック建築を代表する美しい宮殿は、トルコ軍からウイーンを救った英雄プリンツ・オイゲン公(1663-1736)の夏の離宮として建てられたものである。現在は19~20世紀のオーストリア絵画を展示する美術館(オーストリア・ギャラリー)として利用されている。入館料は大人9.5€(シニアは7.5€)、 ウィーン世紀末を代表する画家クリムトの「接吻」や、エゴン・シーレの「死と乙女」などを是非とも観賞したかったが、閉館(18時)まで余り時間が無いので諦める。P1130177ベンチで一休みしてから庭園をそぞろ歩き、シェーンブルン宮殿の庭園に負けず劣らず美しい。緩やかな斜面を下宮へと降りていけば、黄昏れるウイーン市街が一望の下に眺められ、まさに一幅の絵。下宮入口から街へ出て、ソビエト軍兵士の像を眺めたり、マルガレート通り(Margareten Str.)のスーパーで食料品を買い込んだりして、18:30ホテルに戻る。風呂に入り2日分の下着を洗う。やれやれ、こんな羽目になるとは夢にも思わず。ハイネケンを飲みながらの部屋食は侘しいが、この先どれだけ足止めされるか判らないので節約せねば。0:00過ぎ(日本時間4月18日7:00)、部屋から自宅へ国際電話を試みるも、「Diese Eingabe ist nicht erlaubt!」(その入力は禁止!=国際電話はかけられないの意味?)というドイツ語の音声が聞えるばかり、さあてなじょすっぺ、ほとほと弱りました。(続く)

|

« オーストリア土産(2) | トップページ | レオポルド美術館とウィーンの森 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« オーストリア土産(2) | トップページ | レオポルド美術館とウィーンの森 »