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定点観察・流山市向小金ふるさとの森

Dsc07213 2010年11月28日(日) 近所の森で落葉掻きの序のきのこ観察。倒木にナラタケを見つける。今年は多くのきのこが豊作だった中でナラタケだけは全くの不作、例年持て余すほど採れていたものがこうも姿を見せないと拍子抜け、冷凍庫の在庫もぐっと寂しくなる。まあ、シーズンの最後にちょっと顔を見せてくれただけでも御の字、来年に期待しよう。

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落葉かき

Dsc072142010年11月28日(日) 近所の森で菜園用堆肥を作るための落ち葉かき、午前と午後の2回出動し、60リットル容のビニル袋8袋分を掻き集める。一昨日も増尾城址公園で5袋採取してきたので計13袋、更にあと10袋くらいは欲しい。また、落葉に混ぜ合わせる米糠を確保するには精米所を何箇所も回らねばならず、堆肥造りも楽ではない。特に米糠は最近の家庭菜園ブームで非常に需要が高いようで、夜討ち朝駆けでもしない限りなかなか手に入らない。まあ、あれもこれも完全無農薬で美味しい有機栽培野菜を作るのための苦労である。ここは老骨に鞭打って頑張るしかあるまい。

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エノキタケ(2010/2011シーズン・その1)

Dsc072052010年11月27日(土) 昨日、増尾城址公園で採取したエノキタケです。天然物だけに大きさはまちまちであり、ゴミをとるのに一苦労しますが、栽培品では味わえない風味のよさがあります。半分は酒と醤油で煮て大根おろし和えに、残り半分は鍋料理に使うことにしました。今年はヒラタケに続きエノキタケも豊作の予感、この冬の公園徘徊が楽しみになりました。

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定点観察・柏市増尾城址公園

Dsc071722010年11月26日(金) 午前、シイタケ栽培用のほた木と堆肥用の落葉を拾いに出かけた序のきのこ観察。フィールドには落葉が厚く積もっているので地面に生えるきのこは非常に見つけにくい。その代わり、あちこちの切株や倒木にエノキタケがわんさか生えておりレジ袋がたちまち重くなる。太さが好ましい伐木(樹種不明)を5本に玉切りし、落葉も60リットルのビニル袋に5袋確保して引き揚げる。
《観察種》 ①エノキタケ、②スギエダタケ、③ニオイアシナガタケ、④ハタケシメジ、⑤ヒメカタショウロ? (写真は④)

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食用ホオズキ

Dsc072232010年11月25日(木) 今日、菜園の食用ホオズキ4株を全て引き抜き片付ける。立派に育った?茎葉部分は細かく裁断し堆肥に廻す。肝心の果実は沢山採れたものの、黄色く熟して食べられるものは極僅か、殆どは緑色のままで種がびっしり入っており、青臭くて食べられない。つまりは栽培に完全に失敗!したということ、あの猛暑の中を連日灌水に通ったというのに、とほほ。購入した種はまだ沢山あるが、どうやら素人には難しそう、今はショックが大きいので、ほとぼりが醒めた頃、再チャレンジするかどうか、ゆっくり考えよう。

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菜園の恵み(31) コマツナと二十日大根

Dsc071602010年11月24日(水) 10月10日に種まきした二十日大根の残りを引き抜くと大分太っている。ネパール旅行の間に収穫のタイミングを逸したため、内部にス(鬆)が入っているかもしれないが去年よりはまし、コマツナも今年は立派に成長しスーパーに並んでいるものと遜色がない。大分腕が上ったことを実感する。現在の菜園には、アーティーチョーク、イチゴ、カリフラワー、キャベツ(冬くぐり)、コマツナ、サトイモ、サニーレタス、ニラ、二十日大根、ブロッコリー、ホウレンソウ、食用ホオズキの12種類があるが、収穫できるものはコマツナとサトイモ、ホウレンソウしかなく、今後暫らくは来年に備えた再耕起と落葉堆肥作りに従事する日々が続く。(写真は ハツカダイコン)  

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ナメコ栽培その後

Dsc071492010年11月24日(水) 今朝、ネパール旅行から無事帰国し、直ぐに庭と畑の榾木(ほたぎ)栽培場を見回ったところ、去年の3月に植菌したサクラの原木に待望のナメコが出ていました(2009年3月24日記事参照)。カワラタケのような硬質菌が先に発生してしまい、これは駄目かと半ば諦めていただけに何とも嬉しい出合いです。まだ4、5本にすぎませんが、これから寒さが募るにつれて沢山出てくる筈、大いに期待できます。シイタケもシラカシの原木に5個、ミズキ?の原木に4個発生しており、我が家のきのこ栽培にも漸く弾みがついてまいりました。

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帰国(カトマンドゥ→バンコク→成田)

2010年11月23日(火) 6:00起床、グループ中16名はエヴェレストの遊覧飛行に出発する時間である。P1130845 昨夜のサクロンが効いたものか胸のむかつきは失せる。 7:15朝食に行く。ホテルの敷地内は街中の喧騒とは無縁、まるで別世界、東京で言えば皇居の中のようである。指定された食堂のテーブル席は既に欧米人の団体客で満席、やむなくカウンターに座る。食欲も回復し、蒸しパン、ベーコン、バナナなど食べる。コーヒーが旨い。結局、エヴェレスト遊覧飛行は離陸態勢にまで入ったものの中止になったとのこと、試験飛行の結果、雲が多く視界不良という事らしい。皆がっかりして戻ってくる。そのお陰でホテル出発が30分早まったが、尚2時間以上あるのでインターネットルームで時間潰しを図る。ところが1時間8ドルと有料、ポカラのホテルは無料で使い放題だったのに比べここはサービスが悪い。10:00空港P1130331 へ向け出発、いよいよ帰国の途につく。10:30トリブヴァン国際空港着、1週間お世話になった現地ガイドのビニータさんと別れる。タイ国際航空のカウンターにSCを預け搭乗券を受け取る。TG320便、46K席は窓側、13:20出発ロビーに入る。ネパールは国際線ターミナルビルのトイレもC級である。14:15やっと搭乗、ボーイング777-200型機の座席はほぼ満席。15:00離陸、急角度で上昇する窓外にカトマンドゥの街、カトマンドゥ盆地、ヒマラヤの雪嶺が見える。これが見納めかも。バンコク(BKK)時間に合わせ時計の針を1時間15分進める。直ぐに飲み物サービスがあり、再びシンハービールを飲む。17:45食事サービス、食事は断りコーヒーのみ飲む。19:08スワンナブーム国際空港に着陸、空気が清浄であり、呼吸がぐんと楽になる。乗り継ぎ便の搭乗まで3時間もあるので免税店で土産物を物色する。結局、ドライフルーツを20袋(マンゴー10袋、パパイア10袋、ミックス5袋)購入する。支払いは9,000円ほど、リュックがずっしり重くなる。22:10漸くTG640便に搭乗、70A席は最後尾の窓側であるが横2人掛けなので助かる。ボーイング747-400型機の座席もほぼ満席、個人用TVは残念ながら付いていない。仕方がないので読売新聞と週刊新潮を隅々まで読む。まあ、あと5時間の辛抱である。(完)

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世界文化遺産「古都パタン」

2010年11月22日(月) 3時頃から目が覚めて眠れなくなり5:20起床。少し胃がむかむかする。あれ程気をつけていたのに食中りとは・・、ショック!。昨日の朝の生ジュースか夕食に食べたデザートのケーキが原因かも。やれやれ。サランコット日の出観賞へ向かう人や車の音で外は騒がしくなる。今朝は一転ひどい霧で外は真っ白。6:45朝食に行き、紅茶を一杯だけ啜る。我々のグループ20名のうち朝食にやってきたのは僅かに5、6名、体調を崩す人が次第に増える。霧が晴れてきて青空が覗く。これなら今日の飛行機は大丈夫飛ぶであろう。8:30、三日間を過ごしたフルバリ・リゾート&スパをチェックアウトし、バスで空港へ向かう。 9:00空港着、先ずSCを預ける。SCの重量チェックは何と台秤、今時古風すぎる。厳重なボディチP1130964ェックと手荷物検査を受けて漸く出発ロビーに入る。10:15 BUDDHA AIR604便に搭乗、窓側の11D席は残念ながらヒマラヤとは反対側、僅か5分ほどで離陸する。今日も雲は多いが、雲海の上にヒマラヤの峰々が頭を覗かせる。高峰、雪嶺が延々と果てしなく連なる様に世界の屋根を実感。今回はオプションの遊覧飛行(アンナプルナとエヴェレスト)を二度とも不参加としたが、どちらかに参加しても良かったかも。まあ、今この景色を一所懸命見ておこう。山また山、雪の無い山は天辺近くまで段々畑、「耕して天に至る」の見本である。日本の棚田百選などここでは霞んでしまう。山峡に点在する集落を山腹を縦横に走る峠道が結ぶ。今日は気流が悪く前回より揺れがひどい。10:45カトマンドゥのトリブヴァン空港に着陸、本当にあっという間。 11:15迎えのバスに乗り込みパタン市内観光へ。パタンはカトマンドゥの南に位置し、バグマティ川で仕切られているだけで街自体は連続している。観光の一箇所目はチベット難民キャンプにあるハンディ・クラフトセンター、チベット絨緞の工房であるが品質・デザインともいまいち、それでも玄関マットの大きさで1万円くらいする。機織機が並ぶフロア奥の正面にダライラマ14世の写真と御座が飾られている。ネパール国内には、1P1130970959年のチベット動乱で故国を離れたチベット人の難民キャンプが何箇所かあるが、世界各国から寄付金や支援物資が集まるので、働かなくても結構裕福な暮らしをしているとか。 ネパール人にしてみれば廂を貸して母屋を取られた気分らしく、彼らに向ける眼差しには厳しいものがある。二箇所目はマチェンドラナート寺院(15世紀創建、現建物は1673年再建)、バスから降りると呼吸をするのが躊躇われるほどの空気が押し寄せる。マチェンドラナートはシヴァの化身で雨と豊饒の神、仏教徒にとっては観音菩薩であるため、ヒンドゥ教徒も仏教徒も参詣する。三重屋根の軒先を支える斜材、方杖(ほうづえ)を飾る精緻な神像彫刻が見事である。但し、寺院の周りにはいつの間にかガイドブックにはない鉄柵がめぐらされており建物には近づけない。三箇所目はマハボーダ寺院、バザールの通りを抜けていく。またしても、車の警笛と土埃が襲っP1130973てくる。パタンは工芸の町として知られているだけに、金銅製の仏像や仏具、細やかな刺繍のタンカ(曼荼羅、仏画) を商う店が多い。また、金属製(真鍮、銅)の鍋や釜、壷、甕、薬缶などの容器を売る店も目に付く。果物売りの屋台が路上に並ぶ。カキ、ザクロ、スイカ、メロン、パイナップル、バナナ、パパイア、マンゴー、グレープフルーツ、ミカン、リンゴなど種類が豊富、亜熱帯の果物はタライ平原など低地から運ばれてくる。マハボーダ寺院は四囲の街並に埋もれるように建つ。細い路地を入ると入口があり、狭い中庭の中央に高さ30mのインド・シカラ様式の仏塔が建つ。別名九千仏堂(或いは三千仏堂とも)と呼ばれるように、外壁全体を数千体のテラコッタ製仏像によって荘厳されている。現在の建物は1934年の大地震後に再建されたものであるが、 もとは1564年から1600年にかけて建築職人の親子三代で完成させたもP1130980の。九千仏堂の傍らに摩耶夫人と釈尊童子を祀る御堂もある。夫人の右脇から出胎し、そのまま7歩を歩んだ後、「天上天下唯我独尊」と高唱したという釈迦誕生の故事を具現化した像である。四箇所目はダルバール広場、旧王宮の一部であるパタン博物館の中庭で一旦解散しフリータイムとなる。この頃から下痢がひどく公衆トイレの傍から離れられないメンバーが出始める。ネパールでは珍しい石造りのクリシュナ寺院(17世紀建造)、シヴァ神を祀るヴィシュワナート寺院、博物館入口上部の見事な木彫装飾窓などを見学する。バクタプル、 カトマンドゥに続く三箇所目の王宮広場なので、寺院建築や木彫窓に対する興味と関心は大分薄れてくる。 五箇所目はゴールデンテンプル(12世紀創建、現建物は19世紀建造)、ダルバール広場から北に歩いた通りにある。二頭の獅子が守る門をくぐると受付があり、中庭に入るにはそこで靴を脱ぎサンダルに履き替えねばならない。不殺生戒の故か革製品の持込は禁止されている。最もベルトまでは外さなかったが・・。名前の通り前堂、本堂とも金箔で覆われ、本堂の中に穏やかな尊容の黄金仏(仏陀?)P1130985が祀られている。本尊にお参りするのはこれが初めてかも。帰り際に正門の天井を見上げると、精巧な細工の石のマンダラが嵌め込まれている。外に出ると、又もや警笛、排気ガス、土埃の洗礼を浴びる。その上、所々にとぐろを巻いた落し物まであり、楽しい筈の街歩きが少しも楽しめない。いやはや。14:00バスに戻り昼食会場へ。自由時間に仏像(銅製)を購入してきたメンバーがおり、聞くと一体数万円くらい、日本の仏像と比較すると異形であり、部屋の飾りとしてならともかく仏間における代物ではない。バグマティ橋を渡りカトマンドゥに入る。 バグマティ川は聖河とされているが日本人の感覚ではドブ川、河畔にはスラムが形成されている。14:20昼食会場の田村着、幕の内弁当(420Rs=500円)を食べる。料亭風の造りで味と雰囲気はカトマンドゥ随一というお店であるが、皆どうも食欲が湧かない様子。それもその筈、その時点で下痢などお腹をこわした人5名、吐き気やむかつき、胃もたれ、不快感など程度の差こそあれ何らかの胃腸障害を全員が自覚する。結局、海老天などを少しつまんだだけで、せっかくの日本食が誠に勿体無い。30分ほどで昼食を切りP1130986上げホテルへ向かう。途中、土産物店に立ち寄る。パシュミナのショール、 タンカ、ネパールの手漉き紙などが並んでいるがどれも埃で薄汚れている。ホテルへ向かう道路は大渋滞、騎馬警官が交差点に陣取り懸命に車を捌く。16:55ハイアット・リージェンシー・カトマンドゥ着、154号室に入る。今回の旅行中一番の高級ホテル、2台のダブルベッドが備わり広々、書き物机も独立している。MWの1リットル壜2本が置いてあり、電気ポット、コーヒー、紅茶まである。おまけに76CHでNHKも入る。至れり尽くせり、静かで清潔で先ほど迄とは別世界、ここから一歩も外へ出たくなくなる。そうではあるが、現実は17:45ロビーに集合し、ネパール 民族舞踏ディナーショーに出かけることに。参加者は比較的元気な10人のみ。陽が落ちたというのに路傍のバザールは蝋燭の明かりをともして未だ開いている。再び渋滞を潜り抜けて会場のボジャン・グリハに到着したのは18:45。P1130987180年ほど前に建てられたと云うラナ家の宮殿を改装したレストランは、三階建ての大きな建物であり、座敷風大部屋の一卓を囲み座布団に座る。直ぐに食前酒の米焼酎が出る。メニューはコース料理のネパール・セットメニュー、真鍮の小皿にモモや塩豆類(ピーナッツ他)、フライドポテトなどの前菜が次々に供される。最後はダルバート・タルカリ(大皿料理、中央にご飯、その周りに野菜の煮物や炒めもの、鶏肉、漬物、豆スープ、カレーなどが並ぶ)が出る。宮廷料理に擬したもので美味しそうだったが、もはや食欲がなく殆ど手をつけず仕舞い。民族舞踏の方は踊り子も衣装も非常に素朴であり賑やかな村祭り風、照明が薄暗く安いデジカメではうまく写せない。デザートのヨーグルト(ズーズー・ダウ)は敬遠、締めにマサラティーを飲む。20:10会場を後にし20:40ホテルに戻る。風呂に入り、埃を洗い流してさっぱりする。コーヒーを沸かし、日本から持ってきたマロングラッセとレーズンビスケットを食べる。念のため寝る前にサクロンGを飲む。(続く)

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サランコットからのヒマラヤ日の出観賞とポカラ市内観光

11月21日(日) 4:00起床、星が瞬き満月も皓々、くっきり、すっきり、霧は出ていない。コーヒーを飲んで目を覚ます。4:30MC、5:00出発、ヒマラヤの展望台として著名なサランコットへ日の出観賞に行く。他のグループも競うようにホテルを出発する。ポカラ住民の朝は早く、大荷物を担いで歩いている人もあれば、既にP1130936開いている店もある。5:40サランコット第一展望台下(標高1360m)に着く。第二展望台がある山頂(1592m)までは30分ほど登らねばならないが、 第一も第二も景色はそれほど変わらないとのこと、それならと、ひと登りして直ぐの第一展望台(1390m)から眺めることにする。6:30の日の出の時刻までは少し間があるが、セティ・ガンダキの深い谷へ向かって突き出した展望所には陸続と観光客が押し寄せてくる。200人も集まったであろうか、終いには立錐の余地もなくなる。やがて山の端が薄明るくなり、ヒマヤラの峰々の輪郭がはっきりしてくる。山の色が墨色から紫色、更に薄桃色へと変化する。陽光が神々の座を隈なく荘厳する。マッターホルンのような山容のマチャプチP1130949ャレ(6993m)を中央に、左にはアンナプルナⅠ(8091m)、同サウス(7219m)、少し離れてダウラギリ(8167m)の雪嶺が聳える。 マチャプチャレの右には、アンナプルナⅢ(7555m)、同Ⅳ(7525m)、同Ⅱ(7937m)、ラムジュン・ヒマール(6986m)と並び、その先にマナスル(8157m)、ピーク29(7835m)、ヒマルチュリ(7893m)、バウダ(6672m)の雪峰が展開する。昨日のラムコットは丘陵越しの眺めであったが、ここは谷を挟んでの景色なので一段と広闊であり、しかも朝早い時間なので雲に邪魔されることなくヒマラヤの峰々を見渡すことが出来る。オーパ!、全く素晴らしい。山座同定には現地旅行会社C&K社から貰ったバンダナが大活躍、アンナプルナ山群P1130946(ポカラからの眺め)、ランタン山群(ナガルコットからの眺め)、遊覧飛行から見えるヒマラヤ山群が三段書きで詳細に描かれている。早朝から2時間も立ちんぼでじっとしていたので体が冷え切る。何人かは傍らの茶店に飛び込みホットミルクティーを飲んでいたが、あまり衛生的とはいえず我慢。8:00ホテルに戻って朝食、目玉焼きを2個食べコーヒーを飲む。その後は自由時間、13:00まで一旦解放される。4時間もあるのでタクシーでも呼んで、我国最初のヒマラヤ踏破者である河口慧海の資料を展示している国際山岳博物館か日本山妙法寺を回れば良かったのだが、結局、ホテル庭園のベンチで読書をしたり、インターネットルームで「 楽山楽水日記」にリンクしているHPの記事を読んだりして時間を潰す。 勿体無い。12:00部屋に戻り、 食前酒代りの缶ビールを飲む。13:00ロビー集合、昼食P1130960はホテル庭園に建つ東屋風レストランでヌードルスープとモモ(蒸しギョウザ)を食べる。デザートのアイスクリームはいつもどおり辞退。14:35漸くポカラ市内観光に出発。一箇所目はパタレ・チャンゴ(別名DEVI'S FALL)、フェワ湖下流の浸蝕地形でゴルジュ帯、狭く深い峡谷の底を水が走り、まるで地中に吸い込まれていくように見える。見頃は雨期の6月から9月、水量が多く圧巻の眺めらしいが、乾季の今は大人しすぎる。二箇所目はヒンドゥバシニ寺院、オールドバザール近くの小高い丘の上に建つ 。境内にドゥルガー(シヴァの妻パールバティの化身)、ヴィシュヌ、クリシュナを祀る夫々の本殿が建つ。いずれもこじんまりしており平凡、特に見所があるわけでもない。境内の中央に八角形の白い石塔が建ち、寺院の建立(修理?)に浄財を寄進した人々の名前が刻まれる。上段ほど大口寄進者の名前であろうか、日本と同じような事が行われている。その時分からメンバーの中に吐き気を訴える人が出始める。単なる車酔いならよいが、もしかすると食中りかもしれない。 最後の三箇所目はオールドバザール、ポカラはもともと北のチベットと南のインドを結ぶ交易路のバザールとして発展してきた町であり、当時の面影を残す商店街が今尚存続している。北の入口でバスを降り、レンガ造りの商店が両側に並ぶ通りをぶらぶら南下する。市の中心は今やニューバザールへ移ってしまい、所在無げにP1130955店頭に佇む店主の姿がなんとも侘しい。何を商っているのか分らない店が多いが、竹細工の籠やロープなど山の民を相手に細々と生計を立てているようである。16:50ホテルに戻る。夕食は今晩もホテルのレストラン、事前にカップラーメンで腹を拵える。幾らポカラ地区最高級ホテルと雖も、三連泊中毎日同じメニューを並べられては飽きてしまう。19:00の夕食に集まったのは10名のみ、残る10名は下痢、嘔吐、むかつきなどの胃腸障害が現れ、部屋で寝込んでいたらしい。恐れていたことがとうとう現実になる。自分はインド旅行の経験から、生野菜、サラダ、カットフルーツ、ヨーグルト、アイスクリーム、ウェルカムドリンクの類には一切手をつけず、歯磨きにもMWを用いるなど用心を重ねてきたので、今のところ大丈夫であるが・・。日本の社会が極端に清潔になりすぎて、もろもろの細菌に対する抵抗力が日本人は衰えているのであろう。さっぱり盛り上がらず、30分ほどで夕食を切り上げ部屋に戻る。(続く)

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ネパールのビール

P1130585今回の旅行中に飲んだネパール産ビールは、エベレスト・プレミアムラガービールとネパール・アイスとサンミゲル・プレミアムラガーの僅か3種類にとどまりました。ホテルでも町のレストランでも置いてあるビールは判で押したようにエベレストビール、それとカールスバーグ、サン・ミゲル、ハイネケンなど海外大手ビール会社の技術指導によるライセンス生産品でした。ネパールを代表するビールのエベレストは、アルコール分5%、原料として麦芽、副原料、ホップ、アロマホップを使用しています。アロマホップ使用を強調するためか、ホップと併記してある点が微笑ましく思われます。瓶のラベルデザインはエべレスト初登頂を果たしたシェルパのテンP1130734ジン・ノルゲイ、缶のデザインはエヴェレストの山体そのものですがデザイン違いの2種類あります。製造元はMt.EVEREST BREWERY(P.)Ltd.、1990年創業の比較的新しい会社です。モモ(蒸し餃子)やスクラ(水牛の乾し肉)などビールに適したつまみがあるので、結構美味しく飲めます。大瓶(650ml)1本の値段はホテルのレストランで470~600ルピー(560~720円)、缶(330ml)は同じくホテルで215~380ルピー(260~460円)、スーパーマーケットで140ルピー(170円)、日本とあまり変わりません。決して安くありません。   

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ラムコットからのヒマラヤ観賞

2010年11月20日(土) 今回のツアーメンバー20名の内訳は、夫婦4組、旅友の女性3組、一人参加6名(男性2名、女性4名)。殆どの人が50カ国以上を旅している強者、添乗員のTさん(女性)に至っては若い頃インドなどをバックパックで放浪したという猛者である。5:20起床、髯を剃り日焼け止めを塗る。 雨は上ったものの霧が深い。ポカラはネパールでは一番雨が多い所らしく、乾季の今でも緑が濃い。標高は800m、ナガルコットやカトマンドゥよりずっと低いので寒さは全く感じない。6:30朝食、トーストと目玉焼きを食べる。ジュースは果汁100%で美味、つい飲んでしまったが果たしてこの先どうなるか。Tさんに部屋の電気ポットが故障していることを伝える。8:00登山靴に履き替えリュックを背負ってハイキングに出発、霧も次第に晴れてくる。行先はラムコット、ヒマラヤ連峰の大パノラマを最も良く見渡せるハイキングコースらしい。 雨上がりのせいか大気は清々としており、カトマンドゥに較べると街中にゴミは少ない。川の水色も良い。民家の軒下に大根を吊るす風景は日本と全く同じ、沢庵漬け用ではあるまいけれど。すれ違う大型トラックの車体は派手な塗装を施され満艦飾に飾られている。ネパールにもトラック野郎が存在する。車体に書き付けられたネパール語は交通安全を祈る言葉ででもあろうか。バスは谷沿いに山道を登っていく。又、霧が深くなるP1130903。対向車が猛烈な勢いで下りて来るのでヒヤヒヤする。標高1000mを越えると嘘のように霧が晴れ上る。山の斜面にへばりつくように点在する集落を縫ってバスは次第に高度を上げていく。斜面には棚田や段々畑が美しく造成され 、山の湧き水を引き込み灌漑している。薄桃色の山桜(ヒマラヤサクラ?)が咲き、竹林が風に揺れる。長閑な景色である。走る割りに高度はなかなか上らない。9:00漸くラムコット登山口の村に着く。標高は1300mほど。ラムコット は丘というが日本なら立派な山、さすがにヒマラヤを抱えるネパールはスケールが違う。早速、左手の登山道に分け入る。岩を砕いた礫を敷き詰めた道は凹凸があり歩きにくい。山間の集落を結ぶ生活道路であり、稀に車も通る。日本で言えば林道である。路傍にはワラビに似たシダ類、シソ科の小花、或いはツリフネソウやリンドウ似の花が咲く。 やがて展望が開け、マッターホルンP1130908のようなマチャプチャレ(6993m)の鋭鋒を中心に、左にアンナプルナⅠ(8091m)と同サウス(7219m)、右にアンナプルナⅣ(7525m)、同Ⅱ(7937m)、ラムジュン・ヒマール(6986m)が展開する。 アンナプルナ・サウスの左に見える筈のダウラギリは雲の中に隠れ、残念ながら今日は拝めない。ここはナガルコットよりも高峰までの距離が近いだけに一段と迫力があり、神々しさもひとしお勝る。ラムコットの中腹には粟畑(アワではなくシコクビエかも)が広がり、山頂直下に集落もある。今が刈り取り時期らしく、畑で働く 女性達は朗らかで愛想が良い。トラピクスの団体が下山してくるのに出会う。ラムコットに登るのは日本人団体客だけのようで他の国の観光客は全く見かけない。10:25ヒンドゥ教の小寺院が建てられた山頂(標高1565m)に到着、チベット族の露天商が4P1130917人先着しており、シートの上に天珠石のアクセサリーを並べている。集落の子供たちも4、5人集まってくる。皆、人懐っこい。どこからかポインセチアの枝を手折って来てプレゼントしてくれる。メンバーのひとりがオカリナを取り出し「コンドルが飛んでいく」を吹奏する。哀愁の音色が山峡を流れる。折りしも数羽のコンドル?が飛来し天空高く舞う。ネパールの鷲はおもてなしを心得ている。雲が出てきて ヒマラヤが隠れ始めたのを機に下山、往路を戻る。下山の途中、北東方向の山稜に建つ日本山妙法寺の純白のストゥーパを認める。11:40登山口に戻る。集落の広場に村人が集まり歌やダンスに興じていて賑やか、P1130919メンバーの何人かは早速踊りの輪に加わる。ネパールでは土曜日が我々の日曜日、学校も官公庁も今日は休みである。民家のトイレを10ルピーで借用する。観光客向けに改装したのか独立棟で扉もある。便器はトルコ式、バケツと手桶と水道蛇口が備わる。11:50バスに乗りポカラへ帰る。途中の車窓から眺めると、庭先で上半身裸になり水道の水で体を洗う農婦があり、 谷川の畔に車を停め沢水で体を洗うトラック運転手がいる。冷たくないのだろうか、沐浴とはこういう事であるか。ポカラの町に戻ると陽射しが強い。12:30ダムの堰止湖であるポカラ最大の湖、フェワ湖の湖岸に着く。順番を待ち、漕ぎ手つきの4人乗りボートに分乗して舟遊び。水は比較的澄んでいる。ヒマラヤの高峰は雲の中に姿を隠し、逆さヒマラヤの妙景は味わえなかったものの、ゆったりした時間が流れる。ヒンドゥ教の寺院(バラヒ寺院)が建つ小島を一回りして船着場にP1130926戻る。昼食会場は湖畔近くの日本食レストラン古都、すき焼き定食を食べる。 ネパール人は牛は殺しも食べもしないが水牛は食べるとのこと、この肉も水牛であろうか。他に味噌汁と漬物と揚げだし豆腐がつく。やっぱり日本食はよい。ライセンス生産品のサン・ミゲルを飲む。食後、近くのスーパーマーケットでネパールビールを2本購入する。NEPAL ICEの小瓶が100Rs(120円)、EVERESTの缶が140Rs(170円)と思ったほど安くはない。更に、本屋に入りネパールの野鳥図鑑を求める。15:15ホテルに戻る。電気ポットが直っていたのでミネラルウォーター(MW)を沸かしてコーヒータイム、その後、庭園の散策を兼ねてきのこ観察を行う。ホテルはセティ・ガンダキの流れを見下ろす高台の上に建ち、広大な敷地を持つ。林の中、池の畔、芝地と広範に探索したが、見つかったのはサルノコシカケ科のヒイロタケのみ、空模様が怪しくなってきたので部屋に引き揚げる。テラスの椅子に坐り、再び姿を現したマチャプチャレを眺めながら、松本清張作の「波の塔」を読む。優雅なひと時である。緑のたぬきで腹ごしらえをしてから夕食に臨む。19:00ホテルのレストランで夕食。案の定、昨夜と同じ料理が並んでおり食欲が湧かない。鶏の唐揚げのみ食べる。風呂上りにNEPAL ICEを試飲してみたが不味。MWで歯磨きをして10時前に蒲団に入る。(続く)

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ナガルコットからのヒマラヤ日の出観賞&古都カトマンドゥ

2010年11月19日(金) 4:30起床、綿入れ布団と毛布が重くすっかり肩が凝る。髯を剃りコーヒーを沸かしていると突然停電、部屋の中が真っ暗になり、水道もトイレも水が出なくなる。手探りで懐中電灯を探し当てると間もなく復活、事なきを得る。やれやれ、自家発電に切り替えたのであろうか(ネパールでは都会でも毎日数時間の強制的停電がありインフラ整備はまだまだ遅れている)。6:00山の端が明るくなる。全ての部屋が山側なので、テラスからもヒマラヤの峰々がばっちり望める。紫色の高峰の連なりが黎明の空に浮び、下界のカトマンドゥ盆地は霧の海。実に幻想的な景色が眼前に広がる。霧の底から寺院の鐘の音や鶏鳴、犬鳴が聞えてくる。もっと良く眺めるために屋上展望台へ行く。既に大勢の泊り客が北側の縁に陣取りカメラを構えている。 冷え込みはさほどでもないが、ホテルが提供してくれる熱い紅茶のサービスが嬉しい。今日は快晴、ナガルコットから見えるヒマラヤの全山を眺めることができる。オーパ!、素晴らしい。一番目立つのは三峰のドルジェ・P1130899 ラクパ(6966m)とその直ぐ左のグール・カポリ(6874m)、陽が昇るにつれて両峰の雪嶺東面がオレンジ色に輝く。まさに神々の座、天然の曼荼羅である。ドルジェ・ラクパの右隣のプルビ・チャツ(6722m)も大きく、その右に連なる屏風の中で目立つピークは、カラネ・ティッパ(5647m)、チョバ・バムレ(5970m、烏帽子状)、ガウリ・シャンカール(7145m)、リンダルツブコ(6690m)、ヌンブール(6945m、烏帽子型)など、 ヌンブールの先で壁が切れて雲の海となり、太陽はそこから昇ってくる。ガウリ・シャンカールの左肩にチョー・オユー(8153m)、リンダルツブコの右肩にエベレスト(8848m)が見える筈だが、肉眼ではちと苦しい。ドルジェ・ラクパの左方に続く屏風に目を転じると、グール・カポリの先にガン・チェンボ(6297m)、ランタン・リルン(7246m)、ガネシュ・ヒマールのⅠとⅤ峰(7406mと6950m)、同Ⅱ峰(7150m)、同Ⅳ峰(7102m)などの雪嶺が目立つ。グール・カポリとガン・チェンボの間の馬の背はシシャパンマ(8013m)であるが、8000m峰はいずれも最奥山で距離が遠くピークとしては目立たない。露出を変えながら何枚もシャッターを切ったが、安物のデジカメでは遠くに聳える高峰群の姿をとらえるのは困難、日の出とともに霧が湧き上がり次第に山々は隠れてしまう。それでも数日前までは雲に隠れて全くヒマラヤの姿は拝めなかったとのこと、今日の我々は幸運である。6:30満足したので朝食に行く。ベーコンと野菜の煮物とバナナを食べコーヒーを飲む。ビタミンC補給にザクロも1個確保。7:30カトマンドゥへ向け出発、又あの山道をバスで下るかと思うとぞっとする。それでも早朝のためか対向車が少なくスイスイ、P1130875 杞憂に終わりほっとする。車窓から人々の暮らしを垣間見ると、戸外で歯磨きする青年あり、庭先の盥で洗濯する婦人がある。多くの国民は今でも沐浴するだけで石鹸で体を洗う習慣はないとのことであったが、近代化とともに衛生習慣も変化しつつあるのだろう。又、牛糞まみれの敷き藁を田畑へ運ぶ姿や、脱穀後の藁束を家へ運び込む姿も見られる。それらは全て人力、山のような積み藁を人が背負って運んでおり、何百年も昔から変わらぬ生活もある。カトマンドゥに近づくと大渋滞に巻き込まれる。ピーピー、プープー、誰もがやたらに警笛を鳴らし我先に道を急ぐ。交通ルールなど有って無きが如し、喧しいこと、危険な事はこの上ない。交差点には必ず警察官が立ち、信号機の代りに交通整理に当たるが、いかんせん車やバイクの数が多すぎる。道路の許容量を遥かに超えている。空気が悪いせいか人々はしょっちゅう道路に唾を吐く。また、マスクを着けている人も多い。但し、黒やP1130880青の色マスクなので少々奇異な感じを受ける。 街中のゴミの出し方は非常にルーズ、生ゴミを始め何でもかでもそのまま道端にうず高く積み上げる。ゴミ収集車がスコップで荷台に掬い上げていたが、分別収集などは夢のまた夢。カトマンドゥ市内観光の最初は、市の西郊2㎞にあるスワヤンブナート、ネパール最古の仏教寺院であり、カトマンドゥ盆地で最も重要な仏教の聖地である。バス駐車場から石段を登り丘の上の寺院へ向かう。100匹ほどのアカゲザルが賑やかにお出迎え、 猿はヒンドゥー教の神様(ハヌマン)なので大事にされている。ここの猿は供物を餌にしているばかりでなく、煮豆で餌付けもされている。最上部のテラス中央に純白の巨大なストゥーパ(仏舎利塔)が建つ。 東が正面であり、麓から急階段の表参道が登ってくる。 正面の側壁に密教の本尊佛である大日如来(毘盧遮那仏)が安置され、その前に巨大なドルジェ(金P1130884剛杵)が置かれている。ストゥーパを時計回りに巡りながら、チベット仏教カギュ派のゴンパ(僧院)や巡礼宿やハリティ寺院を覗いたりする。狭い境内には他にもインド・シカラ様式の仏塔など様々な建造物が建ち、仏具を商う店も数軒並んでいる。参詣人と観光客とが入り交じり、聖地らしい厳かな雰囲気は感じられない。それでもストゥーパの上部四面に描かれた「ブッダの知恵の目」は有り難い感じ、昔から変わることなく静かに人々の暮らしを見守っている。バスに戻り旧王宮前広場(ダルバール広場)へ移動する。バスから降りると再び警笛、排気ガス、土埃に包まれる。世界遺産の旧市街をじっくり見学してやろうという気力が萎えてしまう。それでも、白壁の旧王宮、 その入口であるハヌマン・ドカ(猿神の門)、ハヌマン・ドカの前に建つハヌマン像、タレジュ寺院、カーラ・バイラブ像などを見学する。P1130888_2カーラ・バイラブは破壊神シヴァの化身のひとつ、ネパール人には恐ろしげに見えるらしいが、我々には漫画か童話的、どう見ても憤怒の表情には見えない。最後は広場の南に建つクマリの館、窓枠の木彫りが芸術的なレンガ造りの建物である。そこには女神クマリの化身として崇拝される少女が住んでいる。生き神クマリには、ネワール族の僧侶カーストで あるサキャから、初潮前の美しく利発な少女が選ばれる。中庭に入り三階の窓辺に顔を出すというクマリを待ったが、今日は宗教行事で忙しいとかで現れず。クマリの館を出て バサンタプル広場で一旦解散、30分間の自由時間になる。改めてダルバール広場の周囲に建つ寺院を見物。広場中央に建つシヴァ寺院の基壇最上部まで登り、基壇をP1130890時計回りに巡りながら周囲の寺院を眺める。広場北側に建つのがシヴァ・パールヴァーティー寺院(18世紀後半建造)、一層屋根の建物で窓枠には緻密な木彫が施され、上層中央の窓からシヴァ神とパールヴァーティー妃のカップルが仲睦まじく下界を覗いている。南側に建つのはヴィシュヌ神を祀る三層屋根のナラヤン寺院(17世紀末建造)と、カトマンドゥの名前の由来となったネパール最古の建造物、カスタマンダブ寺院(12世紀頃の建造)である。12:05バスに戻り昼食へ。 昼食会場はエベレストホテルの7階にある展望レストラン「マンダリン」、チベット料理のギャコク(鍋料理)とモモ(蒸し餃子)、焼き餃子などを食べる。チョコレートアイスのデザートは美味しそうだが体調維持のためパス。13:00空港へ向かう。国内線ターミナルビルは一段とお粗末、13:45ブッダ・エアー(Buddha Air)のカウンターにSCを預ける。2回のセキュリティーチェックを受け出発ロビーに入るとそこは大混雑、各P1130572方面へ飛ぶ便が軒並み遅れており、係員も乗客も殺気立っている。我々の便も2時間遅れ、国内線はいまだに有視界飛行であり、少し霧が出ても飛ぶのを見合わせる。出発予定時刻はあくまで予定でしかなく、その日のうちに飛べば御の字ということらしい。出発ロビーのYETI AIRLINEのインフォーメーションカウンターに座る女性はとびきりの美形、 長く待たされたが初めてネパール美人に出逢えたことでよしとする。16:05漸く搭乗、ポカラ行き611便はATR42型のプロペラ機、それにしてもブッダ・エアーとは・・、お陀仏にならねばよいが。16:25離陸、期待したヒマラヤの高峰は雲に隠れてよく見えない。マナスルのみ稜線の一部が覗く。16:55たちまちポカラ空港に着陸、飛行時間は僅かに30分、大粒の雨が落ちてくる。迎えのバスでホテルへ向かう途中から雷雨、こうなるともう飛行機は飛べない。その場合、カトマンドゥからポカラまでの200㎞をバスで来るしかなく、7時間もかかるという。17:45フルバリ・リゾート&スパに到着、割り当ての3127号室に入る。ポカラ地区最高級のリゾートホテルで、標高800mの丘の上に建つ。部屋はゆったり、木材をふんだんに使った内装とローズピンクの壁紙はセンスがよい。電気ポットにコーヒー、紅茶、MWのサービスもある。先ず顔を洗う。鼻の穴も耳の中も真っ黒、終日マスクをしていたというのに・・、カトマンドゥの大気汚染恐るべし。18:00からロビー階レストランで夕食、昨夜と同じくダル(豆スープ)やタルカリ(野菜の煮込み)などの料理が並ぶ。味付けはいまいち、魚のフライは養殖魚なのか黴臭い。エベレストビール(缶)を飲む。その後、風呂に入って汗と埃を洗い流す。目薬を差し鼻と耳の穴を清掃、22:00頃ベッドにもぐりこむ。(続く)

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世界文化遺産・古都バクタプル

2010年11月18日(木) 5:45 MC、早い、眠い。未だ真っ暗、先刻ラーメンを食べたばかりで胃が重いが一階の食堂へコーヒーを飲みに行く。スッポンタケ入り鶏肉スープがあったので馳走になる。 コーヒーは不味、お陰で目が覚める。7:30ホテルを出発し空港へ。バンコクのビルの建て方は東京と同じく無秩序、高層ビル群の中で最も高いのは88階建てのホテルである。 8:00空港着、タイ国際航空カウンターにチェックイン、SCを預け通路側座席を確保する。10:20搭乗、カトマンドゥ行きTG319便はBoeing777-200型、略満席の盛況である。カシオのプロトレックをカトマンドゥ時間に合わせるべく1時間15分遅らせる(10:20→9:05)。9:30離陸、隣席はペナン島からバンコク経由でポカラに帰るというネパール人、英語で少し話をする。10:25機内食、今回の旅行の食事は機内食ばかり。ラム肉定食を選び少しだけ食べP1130851る。その後、入出国カードと税関申告書を記入する。旅行会社から渡された記入例があるので助かるが、それにしてもたっぷりの記入欄がある。再び「波の塔」を読む。13:10トリブヴァン国際空港に着陸、国の玄関口とは思えない小さな空港で、草が生い茂り建物は貧弱、あちこちで突貫工事の槌音が響く。また、一種独特の臭気が立ち込める。14:00迎えのバスに乗り込む。マイクロバス位の大きさで一行21名が乗り込むと一杯、日本では絶対見られないガタガタの中古車。カトマンドゥの標高は1300mだが東京より温かく薄手の長袖シャツでちょうど良い。観光の手始めは古都バクタプル、カトマンドゥの東12㎞の所にあり、13世紀カトマンドゥ盆地に興ったマッラ王朝が三王国(カトマンドゥ、パタン、バクタプル)に分裂した時代(1484-1769)の王都のひとつ、ネワール文化が花開いた町である。スルーガイドは女性のビニータさん、名古屋に2年間留学P1130849していたとのことで日本語はペラペラ。バクタプルへ向かう国道は未舗装部分がありよく揺れる。排気ガスと土埃で空気が悪くいがらっぽい。顔や手がたちまちかさかさ、ざらざらになる。たまらず持参のマスクを着用する。 道の両側には刈り取りが終わった水田が広がる。14:40バクタプル着。ライオンゲートと呼ばれる白いアーチ型門をくぐり、ダルバール(宮廷)広場に入る。 左手には旧王宮の建物が長々と連なり、その中央にある金色眩い門、ゴールデンゲートが王宮の入口である。入口左側の棟は現在、国立美術館として公開されており、右側の棟は55窓の宮殿(17~18世紀建立)と呼ばれるネワール建築の傑作であり、木彫の窓の並びが美しい。ゴールデンゲートをくぐって中庭に入ると王の沐浴場があり、その奥には国の守護神タレジュ女P1130852神を祀るタレジュ寺院があるが、ヒンドゥー教徒以外は立入禁止。広場の中央には王宮と対面するようにブパティンドラ・マッラ王の石柱が建つ。ダルバール広場から東南に隣接するトウマディー広場に移動すると 、五層の屋根を持つニャタポラ寺院(18世紀初頭建立、ニャタポラは五層の屋根という意味)と三層の屋根を持つバイラヴナート寺院(17世紀建立、20世紀再建)が建つ。ニャタポラ寺院の高さは30m、カトマンドゥ盆地にある寺院の中で最も高い。日本の五重塔や三重塔にどことなくフォルムが似ており、又、木造建築だけに親しみを持てる。但し、建物の外観を眺めるだけであり、内部に入って御本尊を拝めないので物足りなさは残る。そこから石畳のバザールを東へ15分ほど歩いてタチュパル広場に出る。道幅は狭く歩道など無い上に、バイクや車がひっきりなしに通り抜けるので非常に危ない。歩行者を威嚇する警笛は喧しいし、埃や排気ガスは猛烈にひどい。せめて世界遺産の区域くらい車輌乗り入れを制限したらと思うのだが・・、生活道路なのであろう。広場の正面には三層屋根のダッタトラヤ寺院(1427年建立、本尊ダッタトラヤはブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァのヒンドゥー教3主神が一体になったもの)が建ち、その右手に嘗ての僧院で今は木彫美術館のプジャリ・マート(15世紀建造)が建つ。 プジャリ・マートの左側の路地を入ると、側面上部にネワールP1130858彫刻の最高傑作とされる孔雀窓を眺めることが出来る。精緻を極める浮彫り、透かし彫りは素晴らしく、左甚五郎はネパールにもいる。町の出口へ向かう途中、露店に並ぶ野菜を見物。インゲン、カボチャ、カリフラワー、キャベツ、キュウリ、サトイモ、ジャガイモ、ショウガ、ダイコン、タマネギ、トウガラシ、トマト、ニンジン、ニンニク、ネギ、ピーマン、ヤーコン、ヤマイモ、南京豆、葉物など種類が豊富、日本と変わらない。町の出口にさしかかると、血が滴る水牛や羊の頭をお盆に乗せた楽隊付きの一団が賑やかにやって来る。ダサインという秋祭りらしく、 水牛や羊は戦いの女神ドゥルガーへの供物とか、なんともすさまじい。16:30迎えのバスに乗り、今宵の宿があるナガルコットへ向かう。ナガルコットへ上る道は狭い羊腸道路、片側は急崖の連続で転落すれば命はない。大型バスやトラックなど対向車がある度にヒヤヒヤ、そんな山道をバスの運転手は結構飛ばしていく。急斜面には棚田や段々畑が美しく造成されている。今は米の収穫が終わり麦蒔きの時期とのこと、日本なら間違P1130433いなく棚田百選に選ばれる。民家の庭には赤花、白花のポインセチア、ハイビスカスの仲間、ブーゲンビリア、ランタナなどの花木が咲き、畑には菜種が、山中にはヤマザクラも咲く。標高1000mを越えると葉身の長いヒマラヤ松が現れ、 見事な純林も見られる。マツタケが出そうな山である。17:30クラブヒマラヤ・ナガルコットリゾート着、標高は2150mくらい、さすがに涼しい。ロビーに御香の床しい匂いが漂う。割り当ては410号室、木材をふんだんに使ったコテージ風の内装の落ち着いた部屋、座卓まである。ローソクと懐中電灯が置いてあるのは停電対策か。18:15からロビー階食堂で夕食、バイキングにしては料理の種類が少ない。生野菜やカットフルーツは敬遠し、魚フライ、フライドチキン、野菜煮込みなど加熱調理してあるものだけを食べる。味付けはまずまず、エベレストビールの大瓶(650ml)を飲みコーヒーで締めくくる。ビールの値段は470ルピー(Rs)、約560円(1Rs=1.2円)であるが、ネパールの物価を考慮すると銀座のクラブ並みの値段かも。部屋に戻って風呂に入り埃だらけの髪と体を洗いさっぱりする。ナガルコットは空気が清浄で助かるが、ネパール旅行の必携品は何よりもマスク、それも防塵効果が高いものほどよい。(続く)

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ゆったりヒマラヤ・ネパール紀行8日間

2010年11月17日(水) 夜来の雨、昨日と同じく寒い日になる。昼にヒラタケとエノキタケ入り饂飩を食べ温まる。12:30、妻に南柏駅まで車で送ってもらう。15:00成田空港第一ターミナルビル4F着、JTBのカウンターで受付を済ませ、タイ国際航空(TG)のカウンターでスーツケース(SC)を預ける。P1130321 既に搭乗券は発券されており、指定の41C席は幸いにも通路側である。自宅へ電話を入れ成田到着を告げる。出国審査を済ませ、自販機で三井住友海上の海外旅行保険に加入する。アジア方面8日間で5,000円、ネパールでは何があるか分らない。TGもANAと同じスターアライアンスグループであるが、今回の航空券ではマイレージ加算不可とのこと。17:20 TG677便に搭乗、機種はBoeing777-300ER、満席の盛況である。18:00離陸、水平飛行に移るや飲み物サービスがあり、タイのビールSINGHAを貰う。その後の夕食には殆ど手をつけずフルーツのみ食べる。日経新聞と週刊文春を読む。その後、先日参詣した深大寺が作中に登場する松本清張作「波の塔」を読む。20:00沖縄上空通過。個人端末で映画「Letters to Juliet」を観る。日本未公開の映画であるが、ヴェローナの街やトスカーナ地方の風景がふんだんに出てきて懐かしい。24:20(バンコク時間22:20)スワンナブーム国際空港に着陸、入国審査を済ませ、迎えのバスに乗り込む。気温27℃、三度目のバンコクはやはり蒸し暑い。真夜中の高速道を走り市中心部へ向かう。0:15バンコク・センターホテルの6021号室に入る。ポアランポーン駅の直ぐ近く、寝るだけなのでもっと空港の傍がよいのだが・・。風呂に入りカップラーメンを食べると1:40、明日のモーニングコールは5:45と早くタイトルとは異なり初っ端から強行軍である。(続く)

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ヒラタケ(その2)

Dsc071452010年11月12日(金) 一昨日、手賀の丘公園で採取したヒラタケです。太い広葉樹の立ち枯れ(樹種不明)の幹周りに群生していました。昨秋に続いて二度目の発生ですが、今年は見事な大株揃い、どうもヒラタケの当たり年のようです。人が立ち入らない奥まった場所にあるので、このまま伐採されることがなければ、来年も再来年も収穫が期待できます。それにしても、先日のヒラタケで既にきのこ専用の冷蔵庫が満杯状態、3台目を買う訳にもいかないし、どう保存してどう食べたものか、まさに嬉しい悲鳴、弱りました。

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定点観察・柏市手賀の丘公園

Dsc071252010年11月10日(水) 穏やかな秋晴れの好天続く。午前、週末の結婚式に備え散髪に行き、午後は手賀の丘公園できのこ観察。今月に入って全く雨が降っていないので林内はからから、きのこの姿は殆ど見当たらない。それでも件の切株でエノキタケに出合い、例の立ち枯れでヒラタケに出逢う。特に後者は大発生、今年はヒラタケの当たり年の様で、異常猛暑もなかなか味な演出をする。
《観察種》 ①ウスムラサキシメジ、②エノキタケ、③ノウタケ、④ヒラタケ、⑤フウセンタケ科(写真は④)

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ヒラタケ(その1)

Dsc070922010年11月9日(火) 一昨々日、増尾城址公園で採取したヒラタケです。手前の最大のものは傘の径が20㎝もあります。さして太くない広葉樹の立ち枯れに発生したもので、昨秋に続き二度目の発生ですが、今年は大きな傘をびっしりと重ねており、思いがけない大収穫となりました。今年は各地できのこが異常発生している様ですが、柏市の公園も例外ではなさそうです。また、誤食による中毒事故も多発し、連日マスコミで報道されましたが、そのお陰で(?)誰にも採られず残っていたようです。ヒラタケは、肉厚で歯ごたえも良く、どんな料理にも合う優秀食菌、連日、お吸い物、茶碗蒸し、油炒め、天婦羅、和風鍋などで戴きましたが、とても食べ切れません。残りは湯がいて冷凍保存しました。

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浮岳山深大寺

2010年11月8日(月) 今日は深大寺へお参りに。先頃終了したNHK朝の連ドラ「ゲゲゲの女房」に何度か登場し 都内では浅草寺に次ぐ古刹、周辺には武蔵野の面影が残る神代植物公園などもありDsc07068、一度訪ねてみたいと思っていたお寺である。9:30出発、外環道を練馬ICで降り、環八、R20を走って約2時間で深大寺に到着、神代植物公園の駐車場に車を入れる。深大寺は天台宗別格本山で山号は浮岳山、天平五年(733)満功上人により法相宗寺院として開創されたと伝わる。貞観年間(859-877)勅命により逆賊調伏の修法を行い、それを契機に天台宗に改修したとのこと。山門は元禄八年(1695)の建立、深大寺で最も古い建造物である。山門をくぐり右手に鐘楼を見て本堂へ進む。本堂には御本尊として宝冠阿弥陀如来が祀られる。 元三大師(がんざんだいし)堂へ上る石段の脇に高浜虚子の胸像と句碑が建つ。「遠山に日の当りたる枯野かな」、虚子の代表作Dsc07075のひとつであり、明治33年11月25日虚子庵例会の作品であるが、深大寺と何かゆかりでもあるのであろうか。元三大師堂にお参りする。元三大師は第十八代天台座主であるが、その自刻像が正暦二年(991)に比叡山から深大寺に遷座されている。江戸時代になると元三大師信仰が大いに振るい、以来深大寺信仰の中心となって、「厄除元三大師深大寺」の呼称が定着した様である。その自刻像なるものは坐像ながら像高2mもある大像とのこと、 勿論秘仏であり大師堂の厨子内に安置されているので拝めない。更に石段を登り最上部の開山堂に上る。開山堂には瑠璃光薬師如来と満功上人、大楽大師が祀られている。その傍らに石田波郷と星野麥丘人の師弟Dsc07077句碑が建つ。「吹き起る秋風鶴を歩ましむ」(波郷)、「草や木や十一月の深大寺」(麥丘人)。石田波郷(1913-1969)の墓は深大寺の墓地にある。師弟句碑の奥には、日本野鳥の会創立者の中西悟堂(1895-1984)の胸像と顕彰碑が建っている。明治四十四年(1911)、悟堂が深大寺で僧籍についた縁であろう。開山堂から下る途中で慈覚大師自刻と伝わる延命観音にお参りし、 釈迦堂で国重文の釈迦如来倚像と旧梵鐘を拝観する。釈迦如来像は天武十四年(685)に鋳造されたと云う銅造の白鳳仏、珍しくも椅子に腰掛けたお姿である。旧梵鐘は永和二年(1376)鋳造で、都内では三番目に古いもの。最後は深大寺の寺号の由来ともなった深沙(じんじゃ)大王を祀る深沙大王堂へ。深沙大王像も秘仏であり、堂内深く、厨子の中に安置されている。寛文年間(1662-1673)建造のその厨子自体も調布市重宝に指定されている。山門を出て青木屋で名物の深大寺そばを食べる。新蕎麦なので香りが高く、腰が強くて美味。深大寺ビールなる地ビールも置いてあり、飲みたかったものの帰りの運転があるので諦める。八起で三色団子を買って帰路につく。帰りは調布ICから中央高速に入り首都高を抜ける。渋滞もなくすいすい、15:00帰宅。

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定点観察・柏市増尾城址公園

Dsc069902010年11月6日(土) 午前、サツマイモ跡地の再耕起、たっぷりの堆肥を漉き込み来年に備える。午後は増尾城址公園できのこ観察。件の立ち枯れにヒラタケが大発生しており、大レジ袋に満杯の望外の大収穫、ハタケシメジも6本見つける。あちこちの切株にエノキタケの幼菌が顔を出し始め秋のきのこシーズンも終盤、種類が減りフィールドがめっきり淋しくなる。
《観察種》 ①アンズタケ属、②ウスムラサキシメジ、③エノキタケ、④コテングタケモドキ、⑤シロソウメンタケモドキ?、⑥ノウタケ、⑦ハタケシメジ、⑧ヒラタケ、⑨フクロツルタケ? (写真は⑧)

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キサマツモドキ

Dsc069602010年11月6日(土) 先日、九鬼山で採ってきたキサマツモドキをお吸い物にし、昼食時に試食する。苦味があるとのことで予め湯がいてから調理したが、茹でると色が益々悪くなる。最近、マスコミを賑わしている有毒菌のニガクリタケにそっくりの色であり、いかにも不味そうで食欲が失せる。「本当にこれ食べるの?」と、家人が心配するのも無理はない。まあ、モミの倒木に発生していたし、同定には自信があるし、図鑑で可食となっているので多分大丈夫、それでも念には念を入れて少量だけ口にする。うーむ、ワイルドな味がする。歯切れはまずまず。後苦味が口中に暫らく残る。何度も食べたくなる味ではなく、評価は☆★くらい。

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クルミ味噌

Dsc06970 2010年11月6日(土) 去年の秋、仙台に帰省した折りに貞山運河沿いで拾ったクルミが乾物貯蔵庫の奥から出てきました。割ってみたらまだ使えそうなので、クルミ味噌を作ってみることに。材料は、味噌50グラム、剥きクルミ40グラム、砂糖60グラム、味醂小さじ一杯、和風だし小さじ一杯。最初に剥きクルミを擂り鉢に入れ十分に磨り潰し、その後残りの材料を全部擂り鉢に投入して良く掻き混ぜました。最後に擂り鉢ごと電子レンジに1分間かけると、香ばしくてコクのあるクルミ味噌の出来上がりです。早速、切り餅を焼き、クルミ味噌をたっぷり塗っていただきました。昔、奈良井宿で食べた五平餅をふと思い出し、木曽路の旅人気分も味わうことが出来ました。

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シイタケ栽培その後

Dsc069652010年11月5日(金) 昨年の1月下旬にシイタケ菌を植え付け、ふた夏を越したシラカシの原木にとうとうと云うか、ようやくと云うか、やっとシイタケが発生する。3本の原木全てに幼菌が発生しているが、まともに育ったのは1本だけで、あとは頭をナメクジに齧られてしまっている。まあ、ここまでくれば一安心、来春はもっとどっさり出るだろうし、今後数年間は発生を楽しめる。同時に植菌したサクラ、ニセアカシア、ミズキ?(2009年2月2日記事参照)には、今のところ気配はなく、樹種により向き不向きがあるらしい。尚、諦めずに粘り強く観察を続けるつもり。

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アカモミタケ

Dsc069522010年11月4日(木) 昨日、大月市の九鬼山のモミ林で採取してきたアカモミタケは結局40本ほどありました。一晩塩水に浸けておき、びっしりこびり付いた落葉や泥を、今朝丁寧に洗い流しました。三等分し、いつもお世話になっている近所のお宅二軒にお裾分け、残りで昼食に炒飯、夕食に炊き込みご飯を作りました。ダシが良く出るきのこだけあって、炒飯にも炊き込みご飯にも良く合い、年に一度の秋の味を美味しくいただきました。

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九鬼山で出逢ったきのこ

Dsc069052010年11月3日(水) 毎年恒例のアカモミタケ採りに大月市の九鬼山まで出張してきました(登山に興味のある方は、姉妹編ブログ「自惚山人ノオト」の「463.九鬼山」の項をご覧ください)。楽しみに待ってくれる人がいるかと思うとつい張り切らざるを得ません。先月の25日も大多喜町は会所のモミ林に出かけたのですが、長靴を次から次へ這い登ってくるヤマヒルのためにきのこ採りどころではなく、収穫皆無であえなく撤退の憂き目に遭いました。幸い、九鬼山にはヤマヒルがいないので安心して打ち込めます。アカモミタケの最盛期は過ぎたようで、老菌で傷んでいるものが多く、選り分け選り分けして40本Dsc06917ほどの収穫に留まりました。きのこ観察の方は余り熱が入らなかったものの、①アカモミタケ、②ウバノカサ?、③キサマツモドキ、④キナメツムタケ、⑤キハツダケ、⑥シロノハイイロシメジ?、⑦チャツムタケ、⑧トビチャチチタケ、⑨ヌメリガサ科アカヤマタケ属、⑩フウセンタケ科、⑪ベニタケ属などを見つけました。(写真は、上がアカモミタケ、下がキハツダケ)  

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旧吉田家住宅歴史公園(柏市)

2010年11月2日(火) 午後、家人と一緒に市内花野井にある旧吉田家住宅歴史公園に出かける。Dsc06875数年前に所有者からの遺贈を受け、市が3億2千万円をかけて整備し、昨年の11月3日から一般公開を開始した施設である。柏市の指定文化財であるが、このほど国から重要文化財に指定されたとのこと、これは訪ねて見る価値がある。行ってみると駐車場は無料、入館料も無料と極めて良心的、敷地の前には広大な芝生公園まで整備されており、お弁当を拡げる市民の姿がある。吉田家は現在まで43代続く名家であり、一族の祖は平安時代に当地域 の領主であった相馬氏一門に連なると云う。江戸時代には主に農業を営みながら名主として村内の諸事全般を取り仕切り、江戸時代中期頃からは金融や穀物売買等の事業に加え、Dsc06880地域の特産品の醤油醸造業も手がけている。また、文政九年(1826)には、関東に4箇所あった幕府直轄の牧のひとつ、小金牧の目付け牧士(もくし)を務め、名字帯刀御免の家柄である。関東大震災による工場の倒壊で醤油醸造業から撤退し、その後は運送事業やスポーツ振興事業等に力を注ぎ現在に至るとのこと。全長25mにも及ぶ長大な長屋門(天保二年(1831)築造、敷地内で最も古い建造物)から屋敷内に入ると、先ず左右に聳える樹齢二百年の大ケヤキが目に付く。正面には大規模な茅葺屋根の主屋が現れ、その重厚な造りに圧倒される。土間の入口から主屋の内部に入り、式台(玄関)、仏間、帳場座敷を、主屋東隣の格調高い書院と庭園を、そして主屋の北方に建つ新座敷を見学する。土間の上部の重厚な梁組、書院の欄間格子など見所は数々あるが、一番感心したのは大黒柱の太さ、一尺五寸(もしかすると二尺かも)角の材(欅?)が用いられている。当時の調度品が殆ど置かれていないのが少し物足りないが、それでも素晴らしい。主屋から出て新蔵や長屋門を見物し、書院裏の庭園を巡る。ウッドチップが敷かれた庭園にはカニノツメやミドリスギタケなどのきのこが大発生しており、大喜びで写真に収める。サクラが咲く頃、もう一度やって来ようと決心して引き揚げる。

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ギンナン(その2)

Dsc06872 2010年11月2日(火) 先月末、蓮沼海浜公園に行った帰りの南三里塚交差点近くの大イチョウの下と、昨日の手賀の丘公園の帰り道、件の神社の境内で拾い集めたギンナンであります。今朝、まとめて皮を剥き、綺麗に洗って日向で乾燥させました。正確に数えてはいませんが、200~300個はあると思います。これ位あれば来年秋までの需要に十分応えることができます。やっと安心しました。

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ガマズミのジャム

Dsc068472010年11月2日(火) 先月の29日、蓮沼海浜公園へきのこ採りに出かけましたが見事に空振り、その代わりガマズミの実を沢山採取してきました。ガマズミは山野に自生するスイカズラ科の落葉低木ですが、山よりはむしろ海岸のクロマツ林の林縁に数多く見かけます。海岸林は樹相が単調なので競争相手が少なく繁殖しやすいためでしょうか。ガマズミはリキュールにしてもコクのある良い酒が出来ますが(2010年1月19日記事)、今回は量が沢山あるのでジャムを作ってみました。小粒な実を果軸から外すのは根気が要りひと仕事です。良く洗って水を切り、鍋にかけて軟らかくなるまで煮込み、へらでよく潰しました。金網ザルで裏ごしし、果汁を鍋に受け、砂糖を加えて、焦げ付かないよう掻き混ぜながら、じっくり煮詰めます。適度な酸味があり非常に美味しいジャムが出来上がりました。パンに塗ってもヨーグルトに入れても絶品です。 

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc067982010年11月1日(月) 2週間ぶりに手賀の丘公園できのこ観察。バーベキュー広場の奥の林でいきなり地面から生えたヒラタケ様大型菌に出逢う。ツチヒラタケらしく初めて物語が嬉しい。林内の落葉の堆積の上に桜餅様の芳香がするコカブイヌシメジが出始め秋も深まる気配、漸くヤブ蚊もいなくなる。竹林傍のオオカヤタケのシロに立ち寄ると、ちょうど出始めたところ、食べ頃の数本を土産に持ち帰る。
《観察種》 ①オオカヤタケ、②カバイロオオホウライタケ、③キツネノカラカサ、④クサハツ、⑤ケショウハツ(老)、⑥コカブイヌシメジ、⑦サクラタケ、⑧チチアワタケ、⑨チチタケ属、⑩ツチヒラタケ、⑪テングタケダマシ(老)、⑫ニセクサハツ、⑬ノウタケ(老)、⑭ヒビワレシロハツ、⑮フウセンタケ科?、⑯フクロツチガキ、⑰ベニタケ属、⑱ミヤマタマゴタケ、⑲ユキラッパタケ (写真は⑱)

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