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世界文化遺産「古都パタン」

2010年11月22日(月) 3時頃から目が覚めて眠れなくなり5:20起床。少し胃がむかむかする。あれ程気をつけていたのに食中りとは・・、ショック!。昨日の朝の生ジュースか夕食に食べたデザートのケーキが原因かも。やれやれ。サランコット日の出観賞へ向かう人や車の音で外は騒がしくなる。今朝は一転ひどい霧で外は真っ白。6:45朝食に行き、紅茶を一杯だけ啜る。我々のグループ20名のうち朝食にやってきたのは僅かに5、6名、体調を崩す人が次第に増える。霧が晴れてきて青空が覗く。これなら今日の飛行機は大丈夫飛ぶであろう。8:30、三日間を過ごしたフルバリ・リゾート&スパをチェックアウトし、バスで空港へ向かう。 9:00空港着、先ずSCを預ける。SCの重量チェックは何と台秤、今時古風すぎる。厳重なボディチP1130964ェックと手荷物検査を受けて漸く出発ロビーに入る。10:15 BUDDHA AIR604便に搭乗、窓側の11D席は残念ながらヒマラヤとは反対側、僅か5分ほどで離陸する。今日も雲は多いが、雲海の上にヒマラヤの峰々が頭を覗かせる。高峰、雪嶺が延々と果てしなく連なる様に世界の屋根を実感。今回はオプションの遊覧飛行(アンナプルナとエヴェレスト)を二度とも不参加としたが、どちらかに参加しても良かったかも。まあ、今この景色を一所懸命見ておこう。山また山、雪の無い山は天辺近くまで段々畑、「耕して天に至る」の見本である。日本の棚田百選などここでは霞んでしまう。山峡に点在する集落を山腹を縦横に走る峠道が結ぶ。今日は気流が悪く前回より揺れがひどい。10:45カトマンドゥのトリブヴァン空港に着陸、本当にあっという間。 11:15迎えのバスに乗り込みパタン市内観光へ。パタンはカトマンドゥの南に位置し、バグマティ川で仕切られているだけで街自体は連続している。観光の一箇所目はチベット難民キャンプにあるハンディ・クラフトセンター、チベット絨緞の工房であるが品質・デザインともいまいち、それでも玄関マットの大きさで1万円くらいする。機織機が並ぶフロア奥の正面にダライラマ14世の写真と御座が飾られている。ネパール国内には、1P1130970959年のチベット動乱で故国を離れたチベット人の難民キャンプが何箇所かあるが、世界各国から寄付金や支援物資が集まるので、働かなくても結構裕福な暮らしをしているとか。 ネパール人にしてみれば廂を貸して母屋を取られた気分らしく、彼らに向ける眼差しには厳しいものがある。二箇所目はマチェンドラナート寺院(15世紀創建、現建物は1673年再建)、バスから降りると呼吸をするのが躊躇われるほどの空気が押し寄せる。マチェンドラナートはシヴァの化身で雨と豊饒の神、仏教徒にとっては観音菩薩であるため、ヒンドゥ教徒も仏教徒も参詣する。三重屋根の軒先を支える斜材、方杖(ほうづえ)を飾る精緻な神像彫刻が見事である。但し、寺院の周りにはいつの間にかガイドブックにはない鉄柵がめぐらされており建物には近づけない。三箇所目はマハボーダ寺院、バザールの通りを抜けていく。またしても、車の警笛と土埃が襲っP1130973てくる。パタンは工芸の町として知られているだけに、金銅製の仏像や仏具、細やかな刺繍のタンカ(曼荼羅、仏画) を商う店が多い。また、金属製(真鍮、銅)の鍋や釜、壷、甕、薬缶などの容器を売る店も目に付く。果物売りの屋台が路上に並ぶ。カキ、ザクロ、スイカ、メロン、パイナップル、バナナ、パパイア、マンゴー、グレープフルーツ、ミカン、リンゴなど種類が豊富、亜熱帯の果物はタライ平原など低地から運ばれてくる。マハボーダ寺院は四囲の街並に埋もれるように建つ。細い路地を入ると入口があり、狭い中庭の中央に高さ30mのインド・シカラ様式の仏塔が建つ。別名九千仏堂(或いは三千仏堂とも)と呼ばれるように、外壁全体を数千体のテラコッタ製仏像によって荘厳されている。現在の建物は1934年の大地震後に再建されたものであるが、 もとは1564年から1600年にかけて建築職人の親子三代で完成させたもP1130980の。九千仏堂の傍らに摩耶夫人と釈尊童子を祀る御堂もある。夫人の右脇から出胎し、そのまま7歩を歩んだ後、「天上天下唯我独尊」と高唱したという釈迦誕生の故事を具現化した像である。四箇所目はダルバール広場、旧王宮の一部であるパタン博物館の中庭で一旦解散しフリータイムとなる。この頃から下痢がひどく公衆トイレの傍から離れられないメンバーが出始める。ネパールでは珍しい石造りのクリシュナ寺院(17世紀建造)、シヴァ神を祀るヴィシュワナート寺院、博物館入口上部の見事な木彫装飾窓などを見学する。バクタプル、 カトマンドゥに続く三箇所目の王宮広場なので、寺院建築や木彫窓に対する興味と関心は大分薄れてくる。 五箇所目はゴールデンテンプル(12世紀創建、現建物は19世紀建造)、ダルバール広場から北に歩いた通りにある。二頭の獅子が守る門をくぐると受付があり、中庭に入るにはそこで靴を脱ぎサンダルに履き替えねばならない。不殺生戒の故か革製品の持込は禁止されている。最もベルトまでは外さなかったが・・。名前の通り前堂、本堂とも金箔で覆われ、本堂の中に穏やかな尊容の黄金仏(仏陀?)P1130985が祀られている。本尊にお参りするのはこれが初めてかも。帰り際に正門の天井を見上げると、精巧な細工の石のマンダラが嵌め込まれている。外に出ると、又もや警笛、排気ガス、土埃の洗礼を浴びる。その上、所々にとぐろを巻いた落し物まであり、楽しい筈の街歩きが少しも楽しめない。いやはや。14:00バスに戻り昼食会場へ。自由時間に仏像(銅製)を購入してきたメンバーがおり、聞くと一体数万円くらい、日本の仏像と比較すると異形であり、部屋の飾りとしてならともかく仏間における代物ではない。バグマティ橋を渡りカトマンドゥに入る。 バグマティ川は聖河とされているが日本人の感覚ではドブ川、河畔にはスラムが形成されている。14:20昼食会場の田村着、幕の内弁当(420Rs=500円)を食べる。料亭風の造りで味と雰囲気はカトマンドゥ随一というお店であるが、皆どうも食欲が湧かない様子。それもその筈、その時点で下痢などお腹をこわした人5名、吐き気やむかつき、胃もたれ、不快感など程度の差こそあれ何らかの胃腸障害を全員が自覚する。結局、海老天などを少しつまんだだけで、せっかくの日本食が誠に勿体無い。30分ほどで昼食を切りP1130986上げホテルへ向かう。途中、土産物店に立ち寄る。パシュミナのショール、 タンカ、ネパールの手漉き紙などが並んでいるがどれも埃で薄汚れている。ホテルへ向かう道路は大渋滞、騎馬警官が交差点に陣取り懸命に車を捌く。16:55ハイアット・リージェンシー・カトマンドゥ着、154号室に入る。今回の旅行中一番の高級ホテル、2台のダブルベッドが備わり広々、書き物机も独立している。MWの1リットル壜2本が置いてあり、電気ポット、コーヒー、紅茶まである。おまけに76CHでNHKも入る。至れり尽くせり、静かで清潔で先ほど迄とは別世界、ここから一歩も外へ出たくなくなる。そうではあるが、現実は17:45ロビーに集合し、ネパール 民族舞踏ディナーショーに出かけることに。参加者は比較的元気な10人のみ。陽が落ちたというのに路傍のバザールは蝋燭の明かりをともして未だ開いている。再び渋滞を潜り抜けて会場のボジャン・グリハに到着したのは18:45。P1130987180年ほど前に建てられたと云うラナ家の宮殿を改装したレストランは、三階建ての大きな建物であり、座敷風大部屋の一卓を囲み座布団に座る。直ぐに食前酒の米焼酎が出る。メニューはコース料理のネパール・セットメニュー、真鍮の小皿にモモや塩豆類(ピーナッツ他)、フライドポテトなどの前菜が次々に供される。最後はダルバート・タルカリ(大皿料理、中央にご飯、その周りに野菜の煮物や炒めもの、鶏肉、漬物、豆スープ、カレーなどが並ぶ)が出る。宮廷料理に擬したもので美味しそうだったが、もはや食欲がなく殆ど手をつけず仕舞い。民族舞踏の方は踊り子も衣装も非常に素朴であり賑やかな村祭り風、照明が薄暗く安いデジカメではうまく写せない。デザートのヨーグルト(ズーズー・ダウ)は敬遠、締めにマサラティーを飲む。20:10会場を後にし20:40ホテルに戻る。風呂に入り、埃を洗い流してさっぱりする。コーヒーを沸かし、日本から持ってきたマロングラッセとレーズンビスケットを食べる。念のため寝る前にサクロンGを飲む。(続く)

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