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世界遺産「デルフィの考古遺跡」

2011年1月18日(火) 5:30起床。お湯を沸かして日本茶を飲む。7:00朝食、桃ジュースがでらうま。 部屋のテラスから朝明けのイテア湾(コリンティアコス湾の一部)を眺める。湾を取り囲む山々の頂は雪で真っ白、下界にはオリーブ畑の柔らかな緑の絨緞が広がる。腹ごなしP1140679に30分ほどデルフィのメインストリートをぶらつく。ホテル、レストラン、土産物屋がびっしりと並ぶがオフシーズンの早朝とあって閑散としている。上下2本のメインストリートを結ぶのは急な石段道、その両側にもペンションや喫茶店が並ぶ。今日も天気が良さそう、山の端から朝陽が昇る。この町には猫(野良?)が多くこれまたのんびり、人に慣れており逃げる気配は全くない。8:50デルフィ遺跡観光に出発、先ず遺跡入口に建つデルフィ 博物館を見学する。 全11室の展示室は、青銅器時代からローマ時代まで時代順にデルフィ遺跡の出土品を並べている。青銅製の人物像、動物像、器物、装飾品、アルカイックスマイルを湛えるスフィンクス像(前6世紀)と女人像、神殿の梁の上部を飾っていたメトーブ(浮彫り板)やフリーズ(帯状装飾)、黄金製副葬品、純銀製牡牛像、2体のクーロス(青年像)、アポロン神殿前の柱の柱頭を飾っていた三人の踊り子像、竪琴を弾くアポロンを描P1140690いた盃(前5世紀)、世界最古の楽譜が刻まれた壁石、「大地のへそ」と呼ばれる大理石、青銅の御者の像(前478)など見ごたえある文化財が次々に現れる。中でも「大地のへそ(オンファロス)」は、古代ギリシャでデルフィが全世界の中心と考えられていた事を象徴する品であり、アポロン神殿の地下聖堂に安置されていたという代物、縄目紋様が付いた帽子のような形をしており、世界の中心を表すと云うほどの重々しさは感じられないが、へそと言うなら出臍の様である。また、「青銅の御者の像」は紀元前474年にシチリア島の僭主ポリュザロスが奉納したものと伝わり、ギリシャ彫刻の最高傑作のひとつである。美男像、イケメン像である点でもナンバーワンであろう。さすがはギリシャの考古学博物館、展示品は質量ともに充実している。1時間ほどで博物館の見学を終えいよいよ遺跡見学へ。デルフィの最盛期は紀元前8~6世紀頃、予言の神アポロンの神託を受けるためにギリシャ全土は無論、エジプトや小アジアからも、上はアレキサンドロス大王から下は一般市民に至るまで、多くの巡礼者が訪れたという。又、4年ごとにオリンピック同様の競技大会ピューティア祭(デルフィ祭)が行われ、全ギリシャから若者達が集まり速さと力を競っている。アポロンによる神託は、381年ビザンティン帝国のテオドシウス帝によりデルフィが閉鎖されるまで続けられた。 チケット売り場から石畳の聖道を登っていく。パルナッソス山から派生する峨々たP1140702る岩山を背負い、遺跡は崖のような急傾斜地に作られている。やはり苦労して辿り着くような場所でないと神秘性や有難味は感じられなかったのかも。聖道の両側には、都市国家が献上した宝庫跡が数多く並ぶ。シュキオン市の宝庫、シフノス市の宝庫、△△の宝庫など、いずれも礎石だけで石がごろごろ、ここでもまた想像力が試される。但し、アテネ人の宝庫のみフランス考古学会により復元されているので往時の様子を僅かに偲ぶことができる。各宝庫は意外に小さい。アテネ人の宝庫の傍らにシンプルな臍の石が置いてある。これも奉納物であろうか。陽射しが出てきてぽかぽかと暖かくなり青空が眩しい。厚手のコートが邪魔になる。間もなくアポロン神殿(前P1140705650年建立、現在残るものは前330年再建)の前に出る。今はドリア式柱が6本と土台しか残っていないが、38本の列柱に囲まれ中央の神室に黄金のアポロン像を安置した往時の神殿(長さ60m・幅23m)は、さぞかし巡礼者の目に神々しく映ったことであろう。空地にはキク科の黄色い小花が咲き乱れ遺跡を彩る。他に観光客の姿はなく日本人の2グループのみ(他は名古屋発のクラツー21名)、貸しきり 状態である。アポロン神殿の右側を抜けもう一段高いテラスに上ると古代劇場(前4世紀)がある。5000人の観客を収容し演劇祭が行われた所である。下界の眺めが広がり、国道下の平地に分布するアテナの聖域やその下方に続く谷を見渡すことができる。更に道なりに登りつめると最上部にピュティア競技場がある。トラックは長さ178m、幅26m、現代の競技場より大分細長い。帰りは、アーモンドの花の匂い(石鹸臭?、余り良い香りとはいえない)を嗅いだり、糸杉のざらざらする幹に触ったり、花の写真を撮ったりしてのんびり下る。昼食はデルフィの町中に戻り三ツ星ホテル INIOHOSのレストランで、地元アラホバ名物の焼きチーズ、ホウレンソウのパイ、鰯料理を食べる。デザートのゴマケーキがなかなか旨い。そこでも生ビール(ALFA)の小を飲む。レストラン向側のスーパーマーケットで缶ビールを2本買うと各€1.2。13:30バスに戻りカランバカへ向けて出発。峠を幾つか越えてギリシャ中部のP1140716内陸へ入り込む。沿道の景色はオリーブ園、オリーブ園、オリーブ園、糸杉、糸杉、糸杉。峠道は皆大曲で勾配も緩くゆったりしている。15:00ドライブインで小休止。ギリシャの人口は1100万人(日本の10分の1)、国土面積は13万平方キロメートル(日本の3分の1)、 しかも人口の3分の1はアテネ首都圏に集中しているので地方は人口密度がよほど希薄、 町中でも人の姿が少ない。テッサリア平原にさしかかると広々と穀倉地帯が広がる。小麦、ヒマワリ、綿花の栽培が盛んなところであるが、今は一面枯れ野が覆う。17:00頃日没、ピンドス山脈の東麓に近づくと、西上州の立岩を連ねた様なメテオラの奇岩群が現れる。17:25メテオラホテル着、303号室に入る。山の斜面を利用した4階建てホテルで全室山側、奇岩群が間近に眺められる。次第に暮れなずみ奇岩群は闇に溶け込む。満月が昇ると奇岩群が再び顕わになる。なんたる幻想的な景色であることか。部屋は非常に清潔で今までで一番ゆったりしている。ベッドはシングル2台で相変わらず狭いが、広い浴槽がある。19:00から夕食、トマトスープにグリークサラダ、牛肉の煮込みを食べ、ビール(MYTHOS)を飲む。部屋に戻り風呂の湯が熱くなるまでの時間調整に、先ほどドライブインで購入した缶ビールFIX HELLASを試飲、妻は風邪気味でプレコールを飲む。(続く)

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