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菜園の恵み(34) カリフラワーロマネスコ

Dsc07800 2011年3月9日(水) 午前、2時間ほど畑仕事。雑草取り、トンネルネット外し、ホダ木の並べ直し等を行い、ブロッコリーの脇芽とカリフラワー・ロマネスコの花芽2個を収穫する。カリフラワー・ロマネスコは初収穫、6月末に種を蒔き、昨夏の猛暑を潜り抜けて現在生き残っているのは僅かに4株、これでは種代の472円を回収することなぞ到底覚束ない。バターの如き滑らかな歯ざわりだそうな、早速茹でて試食してみよう。

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ミャンマーのビール

P1150427今回のミャンマー旅行中に飲むことが出来たビールは、行き帰りのベトナム航空機内でカールスベルグとハリダ、ミャンマー国内でダゴン・ラガー、ダゴン・エクストラストロング、ミャンマー・ラガー、タイガー・ラガー、ABCエクストラスタウト、マンダレー・ストロングエールの計8種類である。乾期(10月下旬~2月)が終わり暑期(3月~5月中旬)に入ったミャンマーの日中の気温は30度を超えて蒸し暑く、冷たいビールなら何でも美味しく感じられる。中でもダゴン・ブルワリー社(ヤンゴン市)のダゴン・ラガー(アルコール分5%)は出色の出来、苦味は弱いものの爽快にして温和。WeitertrP1150455inken性を持つ。同社のダゴン・エクストラストロング(Alc.8%)もフルーティーで豊潤でなめらか、沢山は飲めないにしても悪くない。因みにダゴン(DAGON)とはヤンゴン(YANGON)の旧い呼名とのこと。ミャンマー・ブルワリー社(ヤンゴン市)のミャンマー・ラガー(Alc.5%)は、壜・缶とも雑味が感じられやや爽快感を欠く。名前の割りにいまいち。同社のタイガー・ラガー(Alc.5%)は、アジア・パシフィック・ブルワリー社(シンガポール)からのライセンスによる生産品、壜・缶・生を試飲したがミャンマー・ラガーよりはすっきりしており洗練された味わい。また、ミャンマーブルワリー社のABCエクストラスタウト(Alc.P11500058%)も、同じくアジア・パシフィック・ブルワリー社からのライセンス生産品、濃醇であるがアルコール臭が浮き立ち、苦味が強過ぎる。粗く飲みにくい。マンダレー・ブルワリー社(マンダレー市)のマンダレー・エクストラエール(Alc.7%)は豊潤でなめらかな味わい、所謂ストロング・エールであるが悪くない。イギリスの植民地時代(1886-1948)の名残りでミャンマーにはアルコール度数の高い旧いタイプのスタウトやエールが尚健在である。

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ミャンマー美人その3(過去形)

写真左はニャウンウーの市場で伝統の自然化粧品、タナカ(柑橘類の木の幹、摩り下ろして粉にして使う)を売る女性、右はインレー湖畔のシルクセンターで糸を繰る女性。皆働き者、天地一杯に生きている。P1150546P1150531

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古都バゴー/帰国

2011年3月3日(木) 5:30起床、ベッドと枕が軟らかすぎて良く眠れず。7:00から朝食、目玉焼きとソーセージ゙とバナナを食べスイカジュースを飲む。序にフルーツ(スイカとメロン)も食べる。  同行の皆の様子を観察するとカット野菜もカットフルーツも大丈夫そうである。8:00ヤンゴンの北東70㎞にあるバゴー観光へ出発。市内の幹線道路は片側3車線、車がさほど多くない上に一般のバイクは乗り入れ禁止、そしてクラクションも禁止とあってすっきりと静かである。途中から有料道路に入る。ミャンマーは日本の1.8倍、68万平方キロメートルの国土を持ち人口も5,300万人を数える。天然ガス等資源にも恵まれ且つ中国の後ろ盾があるので欧米の経済制裁など何処吹く風の様子。人心も良く安全で居心地の良い国であり、独裁軍政により一般民衆が苦しんでいるようには全く見えない。皆つつましくものんびりとほがらかに暮らしている。蚊はいることはいる。空港ロビー、バスの車内、インレー湖など、然しながら乾期のせいか刺すまでの勢いはなく数も少なめ。今回虫除けスプレーはお守りに終わったが雨期には必要になるかも。9:45ドライブインでトイレ休憩、大はトルコ式一色で紙の備え付けなし、水桶のみの完全水洗方式である。10:00バゴー市内に入る。バゴーはマンダレーや バガンと並ぶ古都として知られ、13~16世紀にモン族の王都となりP1150700下ビルマの中心として栄えた町である。最初の見学先はシュエターリャウン寝仏、黄金の衣をまとった全長55mの寝仏が体育館のように広い鞘堂の中に横たわる。994年にモン族の王ミガディパにより建立されたものと考えられている。18世紀半ばのバゴー王朝の滅亡とともに忘れ去られ密林の中に埋もれていたが、イギリス植民地時代(1885-1947)の鉄道敷設調査の際に偶然発見されたとのこと。シュエターリャウン寝仏は、昨日ヤンゴンで見たチャウッタージー・バゴタの寝仏よりも上品な顔立ちをしており、枕や足裏に施されたモザイク装飾も見事である。ここは 映画「ビルマの竪琴」(1956年上映、市川崑監督、安井昌二・三國連太郎主演)の撮影舞台にもなったところ、帰国したらDVDを手に入れねば。新に建造されたというミャッ・タ・リャウン寝仏にも立ち寄り、P1150708貯水池の向こう側に横たわる全長60mの巨大な仏陀を写真に収める。二箇所目はチャカッワイン僧院、ミャンマー国内屈指の規模を持つ僧院に今日は国務大臣の来訪があり、周囲を警察官が物々しく警固する。ちょうど昼前の粥飯時で520人の若い僧侶が自分の鉄鉢を胸に抱え一列になって食堂に向かってくる。食堂入口で大櫃からひとりひとり鉄鉢に飯をよそってもらうが、今日は国務大臣自ら装い役を買って出るサービス振り、2007年9月の反政府デモの主体となった僧侶達と関係修復を図りたい軍政のポーズであろう。観光客も装い役に自由に参加することができる。食事も様子も見学できる。6人ずつが円卓に座り合掌礼拝の後食事を開始、テーブルの上にはスープ、漬物、豚肉煮付け、P1150710デザート(菓子)など5品ほどのおかずが並ぶ。肉食OKだが朝と昼の2食主義、午後からは一切食事を取らず禅定修業に励むとのこと、どうりで皆どんぶり飯を食べる訳である。 外へ出ると今日も暑い。三箇所目はシュエモード・バコダ、バゴー最大の見所であるがバコダ見学はもう充分といった感じ。黄金の仏塔の高さは114m、内部は空洞らしいがヤンゴンのシュエダゴォン・バコダよりも高い。西参道から境内に入り例の如く仏塔を時計回りに巡拝する。やはり東西南北に過去四仏が祀られ、その間に八曜日仏が祀られる。強烈な陽光に焙られたタイルは足裏が火傷しそうなほど熱い。境内にはカキの木?と称する樹木があり、P1150715 横枝を天蓋のように四方に伸ばし格好の緑陰を提供している。確かに橙色の丸い実が成っているが、実も葉も樹皮も日本の柿とは明らかに異なる。1931年の大地震で崩落した仏塔の先端部分が展示してある。また南参道の中ほどに、日本人の鈴木氏一族が奉納した1996年5月29日銘の鎌倉大仏の写しが祀られている。奇特な方である。恐らくビルマ戦没者の遺族であろう。それにしても足裏が熱い、皆あつつ、アッチッチの連発!。西参道から寺外へ出てようやく今回の裸足巡礼の旅を終える。昼食会場はシュエモード・バコダの道向にあるシックなレストラン・ハンタワーディー、春巻き、酸味スープ、空芯菜炒め、焼きソバ、P1150717鶏肉煮込み、酢豚、フルーツ、コーヒーを食べ、TIGERの生ビールを飲む。  2時間かけてヤンゴンに戻り、ボーヂョーアウンサン・マーケットでファイナルショッピング、ヤンゴン最大のマーケットである。但し、生鮮食料品は扱っておらず衣類、日用雑貨、宝飾品、お土産品の店が多い。一品だけフクロウ型の置物を買う。これで全ての日程を終え空港へ向かう。途中、モウさんの知人が経営する軽食レストランに立ち寄りヌードルを食べ着替えをさせてもらう。ある筈の更衣室は無く何とトイレの片隅、シャツを厚手のものに着替え、足裏をウエットティッシュでよく拭いてサンダルから靴に履き替える。何のことは無い、モウさんの顔などさっぱり効かない。18:00ヤンゴン国際空港着、搭乗時刻までゆとりがないというのに出国審査は相変わらずのスローペースである。18:45 VN700便ハノイ行きに搭乗、19:05離陸、機内は空席が目立つ。機内サービスは軽食を断りコーヒーのみもらう。20:30ハノイ国際空港着陸、時計を30分進める。ここでも又次の航空券の発券にいやに手間取る。23:50漸くVN954便成田行きに搭乗、後に空席があったので窓側から通路側に移る。個人端末は付いているが故障?とのことで音楽や映画のサービスはなし、トホホ。日付が変わって(3月4日)0:10離陸、成田までの飛行時間は4時間15分。PROTREKを日本時間(+2時間)に戻し、税関申告書の作成を行う。(完)

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ミャンマー美人その2(現在進行形)

写真左はインレー湖畔にある銀細工工房の制服を着る店員さん、同右はヤンゴン市のカンドーヂ湖上に建つ黄金レストラン、カラウェイ・パレスで宮廷衣装をまとう歓迎係の娘さん。目がくりっとしておでこが広めのスリムな女性が多い。
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ミャンマーの果物

P11505602011年3月2日(水) ヤンゴン市内のOcean Super Centerなるショッピングモールにあるスーパーマーケットの果物売り場で種類と値段を観察。トロピカルフルーツに加えて上ビルマの高原地帯で取れる温帯の果物も並ぶ。アボガド1㎏が105円、グレープフルーツ1㎏(3個)95円、スイカ1個160円、ドリアン1個700円、ナシは各1㎏でSpecial Pearが180円、Housi Pearが245円、Golden China Pearが260円、パイナップル1個75円、パパイア1㎏37円、リンゴはFuji Appleが1kg(5個)240円、Washington Appleが1㎏(6個)340円、Golden Appleが1kg(8個)340円、Green Appleが1㎏(6個)380円。いずれも10ミャンマーチャット(Ks)=1円として計算しているが驚くほど安い。ほかにザボンやチウェカウなど大型の柑橘類もあったが、デジカメでパチパチやっていたら売り場主任がやって来て撮影禁止を言い渡される。

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ヤンゴン市内観光

2011年3月2日(水) 夜は高原湖上だけにぐっと冷え込み戸棚にあった毛布を引き出して被る。賑やかだったディスコも10時過ぎには静かになる。時々水鳥?のキェーという鳴き声が夜の静寂を破る。 5:00起床、未だ真っ暗、ボートのエンジン音や話し声が聞える。今日は「農民の日」というミャンマーの祝日、全国の農民に感謝する日で各地で記念行事が行われる。朝一トイレ、汚水処理が気にかかりどうも落ち着かない。まさか湖に垂れ流しでは・・、便器の傍に籠や箱は置いてないし、流すなとも言われていないし。髭を剃りペットボトルのMWをシンクに溜P1150539めて顔を洗う。生れて初めて物語、山行の際に渓水で顔を洗うことはよくあるが・・。日焼け止めを塗り虫除けをスプレーする。6:00朝食、目玉焼きと焼きトマトとモヒンガー(うどん)を食べる。7:00パラダイス・インレーリゾートを出発、再び船で湖を渡る。先頭に座って風を受けるとセーターとヤッケを重ね着していても尚寒い。 ボートのエンジンは中国製ながら良く回る。ホテイアオイの塊りが流れゆく。 カモメは頭頂が黒いタイプ(ズグロカモメ?)と眼の後に黒点があるタイプの2種類、チュウサギが浮島にぽつんと佇む。幾艘ものボートが行き交う朝のラッシュ時の運河に入り、7:40ニャウンシュエの船着場に到着。迎えのバスに乗り空港へ。8:40ヘーホー空港着、手荷物検査を受けるべくヤッケとセーターを脱ぎ、カメラや時計をリュックサックにしまう。そうこうするうち、うっかりカウンターに搭乗券を置き忘れる。添乗員のKさんと現地ガイドのモウさんの助力を乞い、何とか探し出して貰い事無きを得る。冷や汗三斗、自由席もこうなると逆に不自由席である。9:45マンダレー航空6T-362便に搭乗する。即離陸、水平飛行に移るとサンドイッチとコーヒーが出る。11:03ヤンゴン国際空港着陸。外はむっとするほど蒸し暑い。空港の事務職員はランニングシャツ姿であり究極のクールビズを実践。11:35バスに乗りヤンゴン市内観光へ。 市内を走るバスやタクシーは日本の中古車であるが、エンジンを交換し液化天然ガス(LNG)を燃料にして走っている。 豊富なLNG資源の成せる技とはいえ全車エコマーク?を着けるなど環境保護意識は高い。P1150674市内観光の最初は巨大な寝仏で有名なチャウッターヂー・バコダ、全長70m・高さ17mのレンガ造り漆喰塗りの寝仏が祀られている。割合新しい1907年建立の寺院であり、バゴーにある高名なシュエターリャウン寝仏を写したものかもしれぬ。寝仏はいわゆる涅槃像とは異なり、右肘を立てた掌で頭を支え横臥する姿勢、仏にしては艶めかしくミャンマー仏独特の形かもしれぬ。足裏に描かれている のは仏教の宇宙観図(108の煩悩?)とのこと、頭部側のガラスケースには建立前の試作品2体が並んでいる。また、堂内の壁面上部には寄進者の名前と金額が記され、「L・塚田安治 土浦北ライオンズクラブ会長 茨城県かすみがうら市 日本 10000円(27.10.2006)」など日本人の名前も見られる。昼食はイギリス植民地時代の建物というモンスーン(MONSOON)レストランでミャンマー料理を食べる。ヒョウタンの天麩羅(冬瓜そっくりの風味)、ヒョウタンとキクラゲ入りスープ、豚肉とタマネギの煮込み、焼きナス、魚(バタフィッシュ?)カレー、野菜炒め、ご飯とふりかけ、フルーツ(スイカ・パパイア・メロン)、コーヒー(或いは紅茶)が出る。ミャンマービールの缶を飲む。 日本人向けの味付けなのか、脂ぎとぎとでしつこい筈のミャンマー料理が意外と食べやすい。午後の観光の手始めはオーシャン・スーパーセンターなるショッピングモールにあるスーパーマーケット、裕福な市民を相手にする店であるが商品の価格は驚くほど安い。一番関心があるビールの値段は、タイ産と思われるSINGHA(缶・330ml)が76円、同じくタイ産のCHANG CLASSIC(同)が78円、国産のミャンマービール(同)が100円、タイガービール(同)が110円、DAGON LAGER(同)が74円、DAGON EXTRA STRONG(同)が80円、輸入品のBudweiser(同)が157円、ABC BEER(同)が165円である。日本の半分ぐらいの値段なのでミャンマーの物価水準を考えるとビールは高級品。同じ酒類でも、阿片に代る換金作物として日本人が作付けを指導している蕎麦から作られる焼酎は、一級・720ml瓶が350円、二級・720ml瓶が250円と安く、ウィスキーなら更に安い。果物コーナーで写真を撮っていると売り場主任が飛んできて撮影禁止を言い渡される。ドリアン1個700円、パイナップル1個75円、スイカ1個160円、P1150681_2パパイア1㎏ 37円、グレープフルーツ1㎏(3個)95円、アボガド1㎏105円、ナシは1㎏(5~6個)180~264円、リンゴは1㎏(同)240円~380円といったところ、果物はかなり安い。 柑橘類もザボン、チュエカウなど大型のものを始め色々あるが写真を撮り損ない詳細は不明に終わる。一級のそば焼酎1本と国産ビール3本を買うと支払いはたったの670円、安い!。観光の三箇所目は市内中心部に位置するスーレー・バコダ、高さ46mの仏塔内に仏陀の遺髪が納められていると伝わる。スーレーとはパーリ語で「聖髪」の意味。仏塔は修復中(化粧直し?)であり、竹の足場と筵で覆われている。仏塔を時計回りに巡るうち、一天俄かに掻き曇り雷鳴とともに豪雨に見舞われる。乾期から暑期にかかる今の時期には珍しい恵みの雨を人々は歓迎する様子。仏塔を取り巻く祠堂に祀られる黄金の仏像の光背は、パチンコ店のネオンサインの如く電飾で七色に光る。幾らなんでもやり過ぎでは・・。八曜日の仏像と動物を祀る祭壇の前では、その曜日生まれの人々が熱心にお参りしている。八曜日と云うのはミャンマーの伝統暦であり、西暦の水曜日が午前と午後に分かれている。モウさんの話では、ミャンマー人には姓しかなく生れた日の曜日が自動的に名前になるとのこと、そうであるならば同姓同名が非常に多くなるのでは?。因みに自分の生年月日を八曜日に当てはめると、「方角・呼名・支配星・象徴となる動物」は「西・木曜・木星・ネズミ」となる。P1150691 戌年の筈が子年とはどうも釈然としないが、とりあえず西側に祭られる仏像とネズミ像の祭壇に手を合わせる。四箇所目はシュエダゴォン・バコダ、ミャンマー仏教最大の聖地であり、紀元前585年建立という最古のバコダである。中央に聳える高さ99.4mの金箔張りの塔は碧空に燦然たる光を放つ。基底部の周囲433m、塔の頂部には1個76カラットのダイアモンドを始め、総数5,451個のダイアモンドと1,383個のルビー、更にはサファイア、ヒスイなどの宝石が嵌め込まれている。それら全てが善男善女の寄進というので二度吃驚、人々のとてつもない信仰心の篤さが窺える。例の如く時計回りに仏塔の周囲を巡る。仏塔の東西南北に建つ祈祷堂にはシュエダゴォン・バコダにゆかりのある過去4仏、即ち東に1番目の仏陀カクタンが、南に2番目の仏陀コーナゴォンが、西に3番目の仏陀カタパが、北に4番目の仏陀ゴータマ(釈迦)が祀られ、八曜日の守護像も各々の方位に安置されている。ミャンマー人に生れたならば一度は訪れたいと願う憧れの聖地らしく、参詣す る老若男女は陸続として引きも切らず、供物やお賽銭はうず高く積まれている。又、境内には大檀那が寄進した寺院や仏塔が数多く建ち1時間で全てを見て回るのは到底無理、マハ・ガンダの釣り鐘(1778年鋳造)、マハーボディー寺院、傘のレプリカなどの必見スポットのみ見学する。それでも素足で固いタイル床を歩き回ったせいP1150542か足首が痛み出す。17:00再びチャトリウムホテル・ヤンゴンにチェックイン、513号室に入る。早速シャワーを浴びたものの混合栓の調子が悪くお湯が出ない。いやはや、さすがはミャンマーの五ツ星、初日に宿泊した際はこんな事は無かったのだが・・。18:10ロビーに集合し夕食へ出発、会場はカンドーヂ湖畔に建つカラウェイパレス、伝説の鳥カラウェイを模した比翼造りの黄金レストランである。王族の衣装をまとった美男美女の出迎えを受け、一人1,200円というビュッフェ方式のアジア料理を食べる。舞台ではアプサラダンスそっくりの宮廷舞踏や少数民族の踊り、伝統的操り人形ショーなどが繰り広げられる。せっかくかぶりつきのテーブルに座ったというのに、料理を取りに行くのに忙しく、じっくり観賞できなかった事は残念。うどんを2杯食べ、鯛の蒸し煮、野菜の煮物、牛カレー、豚カレー、ナン、サフランライスをつまんでみたが味はいまいち。半月形の焼き菓子カウモウ(ココナツと黒蜜をクレープの真ん中に据えて焼き二つ折りにしたもの)は美味。20:00ホテルに戻る。シャワールームは相変わらず水しか出ないので、浴槽の方に湯を張りゆっくり浸かる。風呂上りにDAGON LAGER、ABC EXTRA STOUT、DAGON EXTRA STRONGと立て続けに3種類の缶ビールを試飲する。明日は早くも帰国日、SCをざっと詰め直してからベッドにもぐりこむ。(続く)

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ミャンマー美人その1(未来形)

バガン遺跡の入口の町ニャウンウーの市場と、インレー湖畔のシルクセンターで出逢った子供たち。
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ミャンマー料理

インレー湖の水上レストランで供された郷土料理のフルコース。写真順に揚げ豆腐、ぱりぱり、青いトマトサラダ、ゴマ風味、青いカボチャ(冬瓜?)の煮物。インレー湖産魚料理(テラピア?)、ジャガイモ入りご飯。この他、デザートにスイカ・パパイア・バナナの皿とコーヒーか紅茶が付く。いずれの皿も香辛料は穏やかであり、やや泥臭い湖魚を除き結構いける。  P1150216   P1150228P1150227 P1150225P1150229_2

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インレー湖観光

2011年3月1日(火) 5:00 MCで目が覚める。眠りが浅く一晩中うつらうつら。夜中、寒くなりエアコンのSWを切る。デング熱やマラリア感染を心配してきたが幸い部屋の中に蚊はいない。 髭を剃り日焼け止めを塗り、虫除けスプレーを噴霧。朝食をパスし持参の煎餅と梅干を食べてお茶を飲む。6:15ホテルを出発し先ず朝日観賞へ。レンガ造りの寺院(ミンゲンゴン寺院?)に到着し、例の如く裸足になって基壇へ登る。内部は真っ暗、懐中電灯の明かりを頼りに狭くて急な階段を辿りようやくテラスに出る。6:35オレンジ色の太陽が地平線から顔を出し、曙光がバガン遺跡を神々しく染め上げる。ロンドンから来たという男性と少し立ち話、イギリス各地から集まった参加者20名のツアーで東南アジアを2週間巡るとのこと。6:50バP1150613スに戻り空港へ向かう。御来光を拝む観光 客の姿は他の寺院のテラスにも見られる。7:00ニャウンウー空港着、 ロビーはマンダレーやインレー湖方面、或いはヤンゴンへ向かう欧米人旅行客でごった返している。空港掲示の国際時計はバンコク、GMT(グリニッジ標準時)、ミャンマー、東京、シンガポールの5個。出発便名を告げる係員が大声でロビーを回ると人波はぐっと少なくなる。我々の乗る飛行機は8:20発のマンダレー航空6T-361便、目的地のヘーホーまではマンダレー経由で1時間ほどのフライト。8:03搭乗、自由席なので窓側に座る。略満席、直ぐに離陸したかと思うと30分弱でマンダレー空港に到着、乗客の半分が降りる。機外へ出てリフレッシュ、朝は思いのほか涼しい。客室乗務員はサービス満点、一緒の記念撮影を頼むと快く笑顔で応じてくれる。中国人団体客が乗り込んできて又満席になる。9:00再離陸、機は山岳地帯を飛んでいく。山峡に集落が見えるが周囲に段々畑はなく、田畑は盆地状の低地に集中している。 乾期の直後で湖水は干 上がり田畑も赤茶けている。9:23海抜900mのシャン高原にあるヘーホー空港に着陸、9:45迎えのバスに乗り込む。今度は大型バスなのでひとり一席を占めゆったり、エアコンも効いて快適である。とは言っても元三重交通㈱の中古車であるが・・。沿道にはマツ並木が続く。右手の標高1000mを越す山上には“松の木町”(ビルマ語名は不明)と名づけられた町があり茶畑がある。マツタケも穫れ中華料理に使われるとのこと。茶褐色の乾田では荒起こしが始まっている。この辺り(シャン州)は二期作で赤米も取れる。こじんまりした小屋掛け風の民家が多く、柱と屋根だけの開P1150617放的な学校の中で小学生が勉強している。ミャンマーの教育制度は5(小)-4(中)-2(高)制、国語以外の授業は全て英語で行われる。暑期(3月~5月)の3ヶ月は長い夏休み。くねくねした山岳道路を走る。一応舗装されており、ネパールなどに較べれば余程道路事情は良い。ミャンマーは天然ガスの埋蔵量が豊富であり、それを切り札に中国やインドなど近隣大国の支援を引き出しているせいか、欧米の経済制裁は殆ど効いていない。引率されたコブ牛の群れがのんびりと道路を横切る。途中、シュエニャウン町の市場見物、昨日のニャウンウーの市場より更に素朴である。野菜は同じように何でもあるが、特にスイカの大盛りが目立つ。日本のスイカに似ており、球形で縦縞がある。物乞いの姿はなく、その代わり個性的な衣装をまとった少数民族(ロロ族かインター族?)女性の姿が目に付く。時間がなくてインレー湖産の魚を並べたコーナーを見学できなかったことが心残りである。バスに戻り船着場のあるニャウンシュエへ向かう。道路は狭く舗装してあるのは一車線のみ、サトウキビ満載のトラックとすれ違うのに苦労する。 インレー湖に近づくと高床式の住宅や養魚池が目に付くようになり、道の左側には葦原の湿地帯(古インレー湖)が、右側には水田が広がる。途中、シュエヤンウェ僧院に立ち寄り、19世紀に建てられた丸窓の木造僧院を見学する。ニャウンシュエの町境でインレー湖入域料として一人3ドルづつ支払い、一週間有効のパスポートを受け取る。11:15船着場到着、トイレは座るのが躊躇われるほど汚い。インレー湖は南北22㎞、東西12㎞の細長い湖であるが、乾期の今は水位が下がり(水深2m)、従って湖面も雨期よりは大分狭い。インレー湖とは「4つの村がある湖」という意味らしいが、 現在は36の村が湖岸や周辺に点在し少数民族のひとつインター族が暮らしている。浮島での畑作(水耕栽培?)、独特の片足漕ぎによる漁労、絹織物などの小規模伝統工芸などで生計を立てており、産物は湖畔や周辺の町で5日毎に開かれる五日市で捌かれる。11:30細長いボート3艘に4人づつ乗船、SCは前部に積み込む。座席には救命胴衣、横には日傘(飛沫避け兼用)とMW1本が置いてある。すぐにエンジンがかかり、泥水の運河を快速で走り出す。運河の両側には民家が建ち並び、桟橋で体や髪を洗う女性もいれば水牛と一緒に水浴びする子供たちもいる。強烈な日差しの中、P1150628 風を切り水を切って爽快に進む。戻ってくる観光ボートや黄色い麻袋(中味は米?)満載の船、刈り取った藻(肥料用?)を積んだ 船などと次々にすれ違う。結構飛沫が降りかかる。運河に繋がるクリークは殆どが干上がっている。白鷺が優雅に舞い、湖面にカモメが群がる。インレー湖は餌になる小魚が多いのであろう。船頭氏も心得たもので写真スポットではスピードを緩めてくれる。やがて運河から広い湖面に出る。漁をする小船は殆どが一人乗り、昔ながらの伝統的漁具である竹製追い込み籠を積んでいる船もあるが今では少数派、刺し網漁が優勢となっている。湖心に出ると漸く水の色が青く澄んでくる。 天気は良し、湖面は波静か、湖を囲む緑の山々は朧に霞む。周りには独特の風習片足漕ぎで漁をする小舟が沢山浮ぶ。湖をほぼ縦断しシュエインタ・フローティング・リゾート(水上ホテルのひとつ)に近づくと再び水は茶色に濁り始める。その先で運河に入りクリークの奥へ進む。収穫したばかりの空芯菜を満載したボートもある。12:30昼食会場の水上レストランに到着、インター族の伝統料理を味わう。メニューは揚げ豆腐、豆スープ、野菜天麩羅、青いトマトのサラダ(ゴマ風味)、豚肉カレー、湖魚ナトゥーカ(テラピア?)の煮付け、鶏肉とジャガイモの煮込み、青いカボチャの煮物、ご飯とジャガイモの練り物、フルーツ(スイカ、パパイア、バナナ)、 コーヒーのフルコース、とても食べきれない。タイガーの缶ビールを飲む。13:45ボートに戻り再びインレー湖観光の続き。最初はクリークの奥にある絹織物工房の見学、顔にタナカを塗り一張羅を着た子供たちが出迎えてくれる。目がぱっちりし皆可愛い。岸辺近くに高床式の工房が何棟もあり、それぞれワークショップ1、同2、同3・・と番号が振ってある。熟女は糸繰りや染色、若い女性は機織を分業する。見学コースの最後はお決まりの販売センター、そこの柱には「定価販売ありがとう!」を意味する各国語の張り紙がべたべた張ってあり値引きお断りの意思表示とみえる。スカーフ、ショール、ネクタイ、財布など原色の派手な色使いは熱帯の地ミャンマーなら似合うかもしれないが日本ではどうも、結局何も買わずじまい。二箇所目は鍛冶工房、ふいごで熱した鉄を3人がかりで鍛え上げ、山刀や鎌や包丁の類を作っている。 又、風鈴など様々な鋳物製品もある。土産にするには重過ぎるし、何より物騒なので見るだけにする。午後のこの時間帯になると陽射しは強烈、じりじりと焼けるように暑く頭がくらくらする。紫外線避P1150642けの山帽子を深く被っても目が痛くなる。三箇所目はファウンドーウー・バコダ、インレー湖一帯では最も有名且つ巨大な水上寺院である。カメラ持ち込み料は2人で500チャット(50円)、本堂2階の中央に設けられた祭壇の上に5体の本尊が祀られている。 金箔を貼り過ぎたため今では黄金のダルマのような姿であるが、元は白檀の木造仏である。壁に貼られた昔の写真(1881年?と2001年)で元の姿と変遷を確かめることが出来る。男性は祭壇に上り本尊に触れてお参りできるが、女性は祭壇に立ち入ることすら許されない。本堂の四周の壁にはこの寺院の創建説話が絵物語の形で掲示してある。毎年9月或いは10月に催されるファウンドーウー祭りでは、これら5体の御本尊を御座船に乗せて湖を巡行するとのこと、その船を見学するため格納している建屋へ赴く。屋外のテラスのタイルは陽光に炙られ非常に高温になっており素足の身には堪らない。 郷ひろみじゃないけれど皆アーッチッチを連発、それなのに地元の人は平然と歩き回る。日本人は過保護でつくづくひ弱である。御座船の舳先には伝説の鳥カラウェイが取り付けられ黄金色の光を放つ。金箔張りはともかく造りは塩釜港祭りの御座船の朱雀にそっくり、中国の影響であろうか。本堂1階に軒を並べる土産物店に立ち寄り伝統芸能の操り人形を一体求めると僅か6,500チャット(650円)、申し訳ないほど安い。再びボートでクリークを走りぬけ四箇所目の銀細工工房へ。午後4時を回りやっと陽射しも柔らかくなる。商品にこれはというものはなかったが売り子の娘さん達は美人揃い、目の保養だけさせてもらう。五箇所目は紙工房、水(アルカリ?)に浸けて軟らかくした蓮の茎を叩き潰P1150651し、水に分散して和紙同様の方法で漉き紙を作る。その紙を原料に飾り傘、壁飾りなどを制作している。 紙工房に隣接してタイ国境に住む少数民族バタオン族(首長族)の土産物店があり、首とふくらはぎに真鍮製のパイプを巻きつけた4人の女性が記念撮影に応じてくれる。パイプと見たものは中実の棒でありずっしりと重い。バタオン族の神である龍に見立てて身に着けているものであるが、この伝統的風習も若い人の間では人気がなく廃れつつあるらしい。六箇所目はガーペー僧院、今日も盛り沢山のスケジュールで年寄りには非常にきつい。数百年の歴史を持つという木造の僧院の内部は薄暗く 床は板敷き、本堂の基壇の上には四面全てに沢山の仏像が祀られている。シャン、チベット、バガン、インワ各様式の仏像という事であるが違いは良く分らない。しかしながら仏像の表情、堂内の雰囲気とも日本のお寺に似ていて落ち着きがある。この寺院を有名にしているのはジャンプして輪くぐりするネコであるが餌につられての所業らしい。最後に浮島のトマト畑に立ち寄りトマトを試食、小振りだが味は良い。浮島は流れ出さないように何本もの竿を湖底に突き刺して固定してある。植え付けも収穫もボートから行うとのこと、まるで巨大な水耕栽培装置である。暮れなずむインレー湖上を今宵の宿目指してまっしぐら、陽が落ちるとぐっと涼しくなる。18:30コテージ風の水上ホテル、パラダイス・インレーリゾーP1150659トに到着し 301号室に入る。客室は全て独立棟であり木の床、竹編みの天上と壁、藤製のテーブルと椅子、蚊帳吊りベッド、網戸を持つ。部屋は広々、特に浴室は無駄なほど広い。アメニティは充実しているが電話、TV、冷蔵庫(ミニバー)が無い。MWが4本(1リットルが2本と500ミリリットルが2本)も置いてあり何かと思ったら歯磨き用と洗面用とか、確かに蛇口から出る水はすさまじくかび臭い。また、湖上のせいで部屋の中に蚊が多い。19:00から夕食、食堂に出向きシャン族の伝統料理を食べ、マンダレービールの大壜を飲む。乾し納豆、サラダ、スープ、野菜炒め、魚カレー、フルーツ、紅茶と出たが食べるものなし、部屋に戻ってからMWを沸かし サッポロ一番カップスター(しょう油)を食べる。序に明日の日本茶を作り、コーヒーも飲む。コンセントは110V、電気ポットもデジカメ充電も日本使用のプラグがそのまま使える。若者には文字通りパラダイス、ディスコバーから賑やかなダンス音楽と歌声が聞えてくる。風呂に入ろうと浴槽に湯を張ると灰褐色、かび臭ものすごくドブを薄めた感じ、とても体を沈める気になれない。ホテル側は単に給水配管が古いせいにしているが単なる鉄錆とは明らかに異なる。インレー湖の水を簡易処理しただけの代物と思われる。髪を洗うのを止めシャワーだけにとどめたが体がドブl臭くなる。やれやれ、こんな悪い水はインドでもお目にかかったことが無い。しかも湯の出も悪く水の親玉。22:30ぐったりして蚊帳の中のベッドにもぐりこむ。(続く)

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バガン遺跡

2011年2月28日(月) 4:00 MCで目が覚める。荷物をドアの外に出し、日焼け止めクリームを塗り、虫除けスプレーを噴霧する。4:45バスでホテルを出発、街中の道路は片側3車線、少し凹凸があるようで揺れる。ジョギングする人の姿がある。バイクは警察や軍関係者を除き市内乗り入れ禁止、早朝のせいもあり車も少ない。5:10ヤンゴン国際空港着、国内線ターミナルビルは隣の旧い建物、エアコンはあるが空間容積が大きいので吹き出し口の下に行かないと涼風を感じない。トイレは係員がいてしょっちゅう清掃しており清潔、大は洋式が主でトルコ式も1個、水勢は弱い。ロビーには欧米人団体旅行客の姿が多く、また蚊も多い。 搭乗案内は係員が便名を書いた看板を掲げてロビーを巡回し大声で告知する方式、ネパールと同じである。ミャンマーの女性は鼻筋と頬に肌色のおしろいを塗っている人が多い。タナカと呼ばれる伝統的自然化粧品で柑橘系の木の幹を粉末に摩り下ろしたもの、日焼け止めを兼ねているらしい。マンダレー航空6T-401便ニャウンウー行きに6:15搭乗、この飛行機はヤンゴン→ニャウンウー→マンダレー→ヘーホー→ヤンゴンと山手線電車のようにぐるぐる周回している。プロペラ機で座席は中央通路を挟んでAB・DFの4席並び、スチュワーデスは2人とも美形である。6:23朝ぼらけの中を素早く離陸する。ヤンゴン郊外には日本の新興団地を思わせる戸建て住宅が建ち並ぶ街区があり、 その外側を水田(今は乾田)や畑地が囲み、水路が縦横に走る。1時間余の短いフライトなのに律儀に軽食とコーヒーが出る。山は見当たらずイラワジ川(エーヤワディ川)の本支流と湖沼などの低湿地帯が続く。先年、大型サイクロンによる甚大な被害を被ったのはこの辺りか。ニャウンウーに近づくと山が現れ大地も赤茶けてくる。樹木はまばらで陽光さんさん、これは暑くP1150606なりそう。7:30ニャウンウー空港に着陸、キョウチクトウの花に迎えられる。7:50迎えのバスに乗り込む。元越後交通の観光バスで10年以上も前の代物、車体のロゴは昔のままで塗装替えもしていない。それでもエアコンが効いており快適、 空港駐車場にも日本の中古車(特にトヨタ車)が溢れており、日本では絶対見かけることがない 年式の車ばかり、部品も含め中古車の流通市場が確立されているのであろう。一昔前にタイムスリップしたような懐かしい感覚を覚える。バガン遺跡見学の前に先ずニャウンウー市場見物へ。街路樹はマメ科の喬木で火炎樹か?、乾期の直後なので緑に勢いがない。ガソリン1リットルの値段は75円から90円と幅があり、安い国産粗製?ガソリンを扱うスタンド(GS)にはバイクや車が長蛇の列を成し、輸入精製ガソリン?を売る高いGSはがら空き、分り易い。8:00から1時間ほどニャウンウー市場を見学、現地の人々が食料品や生活用品を調達する場所だけに興味は尽きない。野菜は日本と同じ種類が何でもある。 インゲン、オクラ、カボチャ、カリフラワー、キャベツ、キュウリ、ゴーヤ、サツマイモ、ジャガイモ、ショウガ、タマネギ、トウガラシ各種、トウモロコシ、トマト、ナス?、ニンジン、ニンニク、ハクサイ、ブロッコリー、ヤーコン、ワケギ?など、珍しいのは各種ヒP1150565ョウタン。葉物も空芯菜始め色々。きのこはヒラタケと思われる一種類のみ、乾期直後の端境期なのであろう。果物はスイカ、メロン、パパイア、ミカン、ザボン、ブドウ、ココヤシなど。魚は大小各種のナマズにコイやソウギョ?、それに名前を知らない川魚各種、更に出汁に使うのか干し魚も色々並んでいる。 お菓子はヤシやサトウキビの蜜を板状に固めた黒砂糖、各種揚げパン、タコヤキそっくりの野菜入りお焼きなどこれまた様々。肉はブタ、牛、鶏、いずれも牛刀でぶつ切り、吊るし切りで販売されており実に迫力がある。その他、荒物、籠、笊、帽子、サンダル、ロンジー、シャツなど日用雑貨や衣料品まで何でも揃う。もっとじっくり見学したかったが時間切れ、タマリンドのお菓子を買って引き揚げる。バガン遺跡見学の最初はミャンマー3大パコダのひとつ、シュエズィーゴォン・パコダ、バガンを代表する仏塔で11世紀建立、仏陀の額骨と歯が収められていると伝わる。9:10到着、参道入口まで乗りつけたバスの中P1150569で予め裸足になってお参りに行く。 タマリンド(マメ科喬木)とボダイジュの大木が聳える境内の緑陰でモウさんの説明を聴き、巨大な黄金パコダを時計回りに一回りする。ビルマ族による最初の統一王朝であるパガン王朝の中興の祖、アノーヤター王と次王チャンスィッターによって建立された仏塔は独特のフォルムが美しく、強烈な陽光に照らされて碧空に燦然と輝く。境内には小寺院・祠堂がパコダを取り囲むように建ち並び、その前で熱心に祈りを捧げる人々の姿がある。二箇所目は1215年建立のティーローミィンロー寺院、同じくバスの中で裸足になり正面である東参道から境内に入る。レンガ造りの寺院内部の東西南北の祠堂に黄金(金箔張り)の仏像が祀られている。東面の仏像が最大(主尊?)であり、表情は皆微妙に異なる。時間が無いので各仏像の前で般若心経の真言部分のみを唱える。仏像が安置されている祠堂の入口上部に大口寄進者と思われる日本人の名前がアルファベットで掲げてあり、キタサカ・マサタカ氏と読める。 ミャンマーアソシエーション・ジャパンのマネージング・ディレクターとある。次の見学先へ移動する途中、平原に仏塔や寺院が建ち並ぶ撮影ポイントでバスを下りる。これらの仏塔や寺院は11~13世紀に建造されたものであり、その数は数千(一説には4,444)に及ぶ。規模といい歴史といいボロブドゥールに勝るとも劣らない世界有数の仏教遺跡であるが、世界文化遺産には未登録とのこと、独裁軍政のミャンマー政府が申請しないのか、欧米による経済制裁の一環でユネスコが受理しないのか真相は分らない。三箇所目はアーナンダ寺院、1091年チャンスィッター王 により建立されたバガン遺跡を代表する美しい寺院である。一辺63mの正方形の本堂の中央に高さ50mの塔がそびえ、東西南北に4つの入口がある。バスの中で裸足になり北の参道から入る。参道の両側には仏具や土P1150578産物を売る店が並ぶ。北、東、南、西の順に内廊を巡り、各祠堂に安置された仏像にお参りする。仏像はいずれも高さ9.5m、木製の立像で金箔張り、北と南の2体は創建当時のオリジナル、東西の2体は火災に遭い再建されたものである。過去四佛を表すというが、寺院名の由来となった仏陀の一番弟子アーナンダは東の仏像であろうか(東の本尊仏はカクサンダ仏)。創建当時の仏像は心なしか表情が穏やかで優しい。内廊の壁にも龕(がん)があり各々仏像が祀られている。また、西側の入口には金網で覆われた大きな仏足石があり、沢山のお賽銭があげてある。素足は意外と気持ちが良く癖になりそうな感じであるが、床には凹凸があって足裏が痛く、下手をすると破傷風にかかるかも。四箇所目はタラバー門、バガン王朝の始祖ピンビヤー王が9世紀に築いた城壁の名残りであり、門の両袖にバガンの守護神である兄妹の精霊マハーギリ・ナッを祀る小祠がある。写真を撮っただけでニューバガン地区へ移動し漆工房を見物する。材料は薄く削った竹や馬の毛、それらを編んだり巻いたりして器体を作り、漆を塗り重ねる。 製品は大小とりどりの容器、表面模様が渋く美しい。何も買わず椅子に座ってタマリンドの菓子、黒糖、ピーナッツ、醗酵茶葉などを試食する。昼食はイラワジ川の畔のレストラン、サンセットガーデンでビルマ風中華料理を食べる。ミャンマービールの大瓶(640ml)を飲む。風が通り涼しい。デザートのパパイアは用心してパス、コーヒーを飲む。その後今宵の宿バガンホテルにチェックイン、ウエルカムドリンクのスイカジュースはパスして1004号室に入る。時刻は13:30、ロビー再集合まで2時間部屋で休憩する。 部屋はバンガロー風で藤製のテーブルと椅子、ミニバーも備えてあり、MW500ミリリットル4本のサービスもあればバスローブに歯ブラシ、シャンプー、ドライアーとアメニティも至れり尽くせり、エアコンが効いており快適である。但し、浴室がやや狭い。それにしても初日から盛り沢山の強行軍、この後更に5箇所の寺院や仏塔見学が控えている。15:30ロビーに集合し五箇所目のゴドーパリィン寺院の見学に出発、と言ってもホテルの目と鼻の先。1203年建立、バガンで2番目に高い55mの塔を持つ二層構造の寺院はアーナンダ寺院に較べるとやや造りが雑、やはり東西南北の祠堂に黄金色の仏像が鎮座する。正面である東の仏像が最大で他はやや小振り、 それぞれが左右に本尊の半分くらいの大きさの脇侍を従える。東の主尊の前で大勢の人々が床に座りお祈りしている。 六箇所目はタビィニュ寺院、12世紀半ばの建立、バガンで最も高い65mの塔を持つ寺院である。さすがに寺院見学も4箇所目となると、マンネリになり集中力が続かなくなる。同様に裸足になって時計回りに一巡り、東西南北に座る4体の主尊にお参りする。但し、東の仏像だけは階段を昇ったところにある奥室に安置してあるようで写真と左右の脇侍のみの拝観、階段は扉があって立ち入れない。ヤンゴンからお参りに来た団体と鉢合わせし寺院内は大混雑、ミャンマーの人々の信仰心は非常に篤い。タビィニュ寺院の向い側にタビィニュ僧院があり、そこに日本人のビルマ戦没者慰霊碑が建つ。昭和60年頃は日本から関係者が盛んに慰霊に訪れたようで、P1150599その事を示すプレートが何枚も貼付されている。戦後65年、今では関係者の多くが泉下の人となったためか、近年のプレートは見当たらず、我々のような観光客がお参りする程度なのであろう。僧院が手厚く維持管理してくれていることが有り難く、 皆居合わせた僧侶にお布施を渡す。タビィニュ寺院の遠景を写真に納めた後、七箇所目のスラマニ寺院へ。1183年ナラパティスィドゥー王の手で建立されたレンガ造りの壮大な寺院である。一階の東西南北に仏像が祀られるのは他の寺院同様であるが、金色仏は一体のみで、他は白色と肌色の漆喰塗りの御仏、いずれも芯材はレンガの様である。日本の仏像と較べると崇高さと威厳に欠け有難味はいまひとつ、但し、ここには壁面に仏像や蛇などをモチーフにした11世紀のフレスコ画が良く保存されており見ごたえは十分ある。八箇所目はダマヤンヂー寺院、1167年第5代ナラトゥ王により建設に着手されたが、途中で王が暗殺されたために工事が中断され、未完成のまま現在に至っている。未完とはいえ4体の本尊が東西南北の祠堂の中に鎮座している。その中で北?に祀られる仏像は珍しい双体像、道祖神を思い起こさせ微笑ましい。ここは土産物の押し売りがすごい。その粘り強さには感心するが幾ら値段が安くとも欲しいと思う物がない。 最後はシュエサンドー・バコダに登って夕陽観賞、「サンドー」とはビルマ語で聖髪を意味し、仏塔には釈迦の遺髪が納められていると伝わる。1057年の建立で5層の基壇を持つ見事な建造物である。急な階段を最上部のテラスまで登り平原に沈む夕陽を眺める。続々と観光客が登ってきて基壇の上はどこも満杯、それにしても急な階段、今まで事故がないのが信じられぬほど。夕食はニューバガン地区のNANDAレストランで伝統芸能の操り人形ショーを観ながら伝統料理を食べる。ヒヨコマメの煎餅、スープ、魚カレー、空芯菜とモヤシの炒めもの、ココナツ味のご飯、野菜天麩羅、デザートのスイカと紅茶のコース料理、TIGERビールの大瓶を飲む。全体に脂っこい料理が多く胃にもたれそう、暑いので冷たいビールがうまい。20:10ホテルに戻り長い長い一日が漸く終わる。夕食を余り食べなかったのでMWを沸かし、サッポロ一番カップスター(しお)を食べる。風呂から上ると21:45、SCを詰め直してからベッドにもぐりこむ。(続く)

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