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古都バゴー/帰国

2011年3月3日(木) 5:30起床、ベッドと枕が軟らかすぎて良く眠れず。7:00から朝食、目玉焼きとソーセージ゙とバナナを食べスイカジュースを飲む。序にフルーツ(スイカとメロン)も食べる。  同行の皆の様子を観察するとカット野菜もカットフルーツも大丈夫そうである。8:00ヤンゴンの北東70㎞にあるバゴー観光へ出発。市内の幹線道路は片側3車線、車がさほど多くない上に一般のバイクは乗り入れ禁止、そしてクラクションも禁止とあってすっきりと静かである。途中から有料道路に入る。ミャンマーは日本の1.8倍、68万平方キロメートルの国土を持ち人口も5,300万人を数える。天然ガス等資源にも恵まれ且つ中国の後ろ盾があるので欧米の経済制裁など何処吹く風の様子。人心も良く安全で居心地の良い国であり、独裁軍政により一般民衆が苦しんでいるようには全く見えない。皆つつましくものんびりとほがらかに暮らしている。蚊はいることはいる。空港ロビー、バスの車内、インレー湖など、然しながら乾期のせいか刺すまでの勢いはなく数も少なめ。今回虫除けスプレーはお守りに終わったが雨期には必要になるかも。9:45ドライブインでトイレ休憩、大はトルコ式一色で紙の備え付けなし、水桶のみの完全水洗方式である。10:00バゴー市内に入る。バゴーはマンダレーや バガンと並ぶ古都として知られ、13~16世紀にモン族の王都となりP1150700下ビルマの中心として栄えた町である。最初の見学先はシュエターリャウン寝仏、黄金の衣をまとった全長55mの寝仏が体育館のように広い鞘堂の中に横たわる。994年にモン族の王ミガディパにより建立されたものと考えられている。18世紀半ばのバゴー王朝の滅亡とともに忘れ去られ密林の中に埋もれていたが、イギリス植民地時代(1885-1947)の鉄道敷設調査の際に偶然発見されたとのこと。シュエターリャウン寝仏は、昨日ヤンゴンで見たチャウッタージー・バゴタの寝仏よりも上品な顔立ちをしており、枕や足裏に施されたモザイク装飾も見事である。ここは 映画「ビルマの竪琴」(1956年上映、市川崑監督、安井昌二・三國連太郎主演)の撮影舞台にもなったところ、帰国したらDVDを手に入れねば。新に建造されたというミャッ・タ・リャウン寝仏にも立ち寄り、P1150708貯水池の向こう側に横たわる全長60mの巨大な仏陀を写真に収める。二箇所目はチャカッワイン僧院、ミャンマー国内屈指の規模を持つ僧院に今日は国務大臣の来訪があり、周囲を警察官が物々しく警固する。ちょうど昼前の粥飯時で520人の若い僧侶が自分の鉄鉢を胸に抱え一列になって食堂に向かってくる。食堂入口で大櫃からひとりひとり鉄鉢に飯をよそってもらうが、今日は国務大臣自ら装い役を買って出るサービス振り、2007年9月の反政府デモの主体となった僧侶達と関係修復を図りたい軍政のポーズであろう。観光客も装い役に自由に参加することができる。食事も様子も見学できる。6人ずつが円卓に座り合掌礼拝の後食事を開始、テーブルの上にはスープ、漬物、豚肉煮付け、P1150710デザート(菓子)など5品ほどのおかずが並ぶ。肉食OKだが朝と昼の2食主義、午後からは一切食事を取らず禅定修業に励むとのこと、どうりで皆どんぶり飯を食べる訳である。 外へ出ると今日も暑い。三箇所目はシュエモード・バコダ、バゴー最大の見所であるがバコダ見学はもう充分といった感じ。黄金の仏塔の高さは114m、内部は空洞らしいがヤンゴンのシュエダゴォン・バコダよりも高い。西参道から境内に入り例の如く仏塔を時計回りに巡拝する。やはり東西南北に過去四仏が祀られ、その間に八曜日仏が祀られる。強烈な陽光に焙られたタイルは足裏が火傷しそうなほど熱い。境内にはカキの木?と称する樹木があり、P1150715 横枝を天蓋のように四方に伸ばし格好の緑陰を提供している。確かに橙色の丸い実が成っているが、実も葉も樹皮も日本の柿とは明らかに異なる。1931年の大地震で崩落した仏塔の先端部分が展示してある。また南参道の中ほどに、日本人の鈴木氏一族が奉納した1996年5月29日銘の鎌倉大仏の写しが祀られている。奇特な方である。恐らくビルマ戦没者の遺族であろう。それにしても足裏が熱い、皆あつつ、アッチッチの連発!。西参道から寺外へ出てようやく今回の裸足巡礼の旅を終える。昼食会場はシュエモード・バコダの道向にあるシックなレストラン・ハンタワーディー、春巻き、酸味スープ、空芯菜炒め、焼きソバ、P1150717鶏肉煮込み、酢豚、フルーツ、コーヒーを食べ、TIGERの生ビールを飲む。  2時間かけてヤンゴンに戻り、ボーヂョーアウンサン・マーケットでファイナルショッピング、ヤンゴン最大のマーケットである。但し、生鮮食料品は扱っておらず衣類、日用雑貨、宝飾品、お土産品の店が多い。一品だけフクロウ型の置物を買う。これで全ての日程を終え空港へ向かう。途中、モウさんの知人が経営する軽食レストランに立ち寄りヌードルを食べ着替えをさせてもらう。ある筈の更衣室は無く何とトイレの片隅、シャツを厚手のものに着替え、足裏をウエットティッシュでよく拭いてサンダルから靴に履き替える。何のことは無い、モウさんの顔などさっぱり効かない。18:00ヤンゴン国際空港着、搭乗時刻までゆとりがないというのに出国審査は相変わらずのスローペースである。18:45 VN700便ハノイ行きに搭乗、19:05離陸、機内は空席が目立つ。機内サービスは軽食を断りコーヒーのみもらう。20:30ハノイ国際空港着陸、時計を30分進める。ここでも又次の航空券の発券にいやに手間取る。23:50漸くVN954便成田行きに搭乗、後に空席があったので窓側から通路側に移る。個人端末は付いているが故障?とのことで音楽や映画のサービスはなし、トホホ。日付が変わって(3月4日)0:10離陸、成田までの飛行時間は4時間15分。PROTREKを日本時間(+2時間)に戻し、税関申告書の作成を行う。(完)

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