« 神秘の国ミャンマー周遊6日間 | トップページ | インレー湖観光 »

バガン遺跡

2011年2月28日(月) 4:00 MCで目が覚める。荷物をドアの外に出し、日焼け止めクリームを塗り、虫除けスプレーを噴霧する。4:45バスでホテルを出発、街中の道路は片側3車線、少し凹凸があるようで揺れる。ジョギングする人の姿がある。バイクは警察や軍関係者を除き市内乗り入れ禁止、早朝のせいもあり車も少ない。5:10ヤンゴン国際空港着、国内線ターミナルビルは隣の旧い建物、エアコンはあるが空間容積が大きいので吹き出し口の下に行かないと涼風を感じない。トイレは係員がいてしょっちゅう清掃しており清潔、大は洋式が主でトルコ式も1個、水勢は弱い。ロビーには欧米人団体旅行客の姿が多く、また蚊も多い。 搭乗案内は係員が便名を書いた看板を掲げてロビーを巡回し大声で告知する方式、ネパールと同じである。ミャンマーの女性は鼻筋と頬に肌色のおしろいを塗っている人が多い。タナカと呼ばれる伝統的自然化粧品で柑橘系の木の幹を粉末に摩り下ろしたもの、日焼け止めを兼ねているらしい。マンダレー航空6T-401便ニャウンウー行きに6:15搭乗、この飛行機はヤンゴン→ニャウンウー→マンダレー→ヘーホー→ヤンゴンと山手線電車のようにぐるぐる周回している。プロペラ機で座席は中央通路を挟んでAB・DFの4席並び、スチュワーデスは2人とも美形である。6:23朝ぼらけの中を素早く離陸する。ヤンゴン郊外には日本の新興団地を思わせる戸建て住宅が建ち並ぶ街区があり、 その外側を水田(今は乾田)や畑地が囲み、水路が縦横に走る。1時間余の短いフライトなのに律儀に軽食とコーヒーが出る。山は見当たらずイラワジ川(エーヤワディ川)の本支流と湖沼などの低湿地帯が続く。先年、大型サイクロンによる甚大な被害を被ったのはこの辺りか。ニャウンウーに近づくと山が現れ大地も赤茶けてくる。樹木はまばらで陽光さんさん、これは暑くP1150606なりそう。7:30ニャウンウー空港に着陸、キョウチクトウの花に迎えられる。7:50迎えのバスに乗り込む。元越後交通の観光バスで10年以上も前の代物、車体のロゴは昔のままで塗装替えもしていない。それでもエアコンが効いており快適、 空港駐車場にも日本の中古車(特にトヨタ車)が溢れており、日本では絶対見かけることがない 年式の車ばかり、部品も含め中古車の流通市場が確立されているのであろう。一昔前にタイムスリップしたような懐かしい感覚を覚える。バガン遺跡見学の前に先ずニャウンウー市場見物へ。街路樹はマメ科の喬木で火炎樹か?、乾期の直後なので緑に勢いがない。ガソリン1リットルの値段は75円から90円と幅があり、安い国産粗製?ガソリンを扱うスタンド(GS)にはバイクや車が長蛇の列を成し、輸入精製ガソリン?を売る高いGSはがら空き、分り易い。8:00から1時間ほどニャウンウー市場を見学、現地の人々が食料品や生活用品を調達する場所だけに興味は尽きない。野菜は日本と同じ種類が何でもある。 インゲン、オクラ、カボチャ、カリフラワー、キャベツ、キュウリ、ゴーヤ、サツマイモ、ジャガイモ、ショウガ、タマネギ、トウガラシ各種、トウモロコシ、トマト、ナス?、ニンジン、ニンニク、ハクサイ、ブロッコリー、ヤーコン、ワケギ?など、珍しいのは各種ヒP1150565ョウタン。葉物も空芯菜始め色々。きのこはヒラタケと思われる一種類のみ、乾期直後の端境期なのであろう。果物はスイカ、メロン、パパイア、ミカン、ザボン、ブドウ、ココヤシなど。魚は大小各種のナマズにコイやソウギョ?、それに名前を知らない川魚各種、更に出汁に使うのか干し魚も色々並んでいる。 お菓子はヤシやサトウキビの蜜を板状に固めた黒砂糖、各種揚げパン、タコヤキそっくりの野菜入りお焼きなどこれまた様々。肉はブタ、牛、鶏、いずれも牛刀でぶつ切り、吊るし切りで販売されており実に迫力がある。その他、荒物、籠、笊、帽子、サンダル、ロンジー、シャツなど日用雑貨や衣料品まで何でも揃う。もっとじっくり見学したかったが時間切れ、タマリンドのお菓子を買って引き揚げる。バガン遺跡見学の最初はミャンマー3大パコダのひとつ、シュエズィーゴォン・パコダ、バガンを代表する仏塔で11世紀建立、仏陀の額骨と歯が収められていると伝わる。9:10到着、参道入口まで乗りつけたバスの中P1150569で予め裸足になってお参りに行く。 タマリンド(マメ科喬木)とボダイジュの大木が聳える境内の緑陰でモウさんの説明を聴き、巨大な黄金パコダを時計回りに一回りする。ビルマ族による最初の統一王朝であるパガン王朝の中興の祖、アノーヤター王と次王チャンスィッターによって建立された仏塔は独特のフォルムが美しく、強烈な陽光に照らされて碧空に燦然と輝く。境内には小寺院・祠堂がパコダを取り囲むように建ち並び、その前で熱心に祈りを捧げる人々の姿がある。二箇所目は1215年建立のティーローミィンロー寺院、同じくバスの中で裸足になり正面である東参道から境内に入る。レンガ造りの寺院内部の東西南北の祠堂に黄金(金箔張り)の仏像が祀られている。東面の仏像が最大(主尊?)であり、表情は皆微妙に異なる。時間が無いので各仏像の前で般若心経の真言部分のみを唱える。仏像が安置されている祠堂の入口上部に大口寄進者と思われる日本人の名前がアルファベットで掲げてあり、キタサカ・マサタカ氏と読める。 ミャンマーアソシエーション・ジャパンのマネージング・ディレクターとある。次の見学先へ移動する途中、平原に仏塔や寺院が建ち並ぶ撮影ポイントでバスを下りる。これらの仏塔や寺院は11~13世紀に建造されたものであり、その数は数千(一説には4,444)に及ぶ。規模といい歴史といいボロブドゥールに勝るとも劣らない世界有数の仏教遺跡であるが、世界文化遺産には未登録とのこと、独裁軍政のミャンマー政府が申請しないのか、欧米による経済制裁の一環でユネスコが受理しないのか真相は分らない。三箇所目はアーナンダ寺院、1091年チャンスィッター王 により建立されたバガン遺跡を代表する美しい寺院である。一辺63mの正方形の本堂の中央に高さ50mの塔がそびえ、東西南北に4つの入口がある。バスの中で裸足になり北の参道から入る。参道の両側には仏具や土P1150578産物を売る店が並ぶ。北、東、南、西の順に内廊を巡り、各祠堂に安置された仏像にお参りする。仏像はいずれも高さ9.5m、木製の立像で金箔張り、北と南の2体は創建当時のオリジナル、東西の2体は火災に遭い再建されたものである。過去四佛を表すというが、寺院名の由来となった仏陀の一番弟子アーナンダは東の仏像であろうか(東の本尊仏はカクサンダ仏)。創建当時の仏像は心なしか表情が穏やかで優しい。内廊の壁にも龕(がん)があり各々仏像が祀られている。また、西側の入口には金網で覆われた大きな仏足石があり、沢山のお賽銭があげてある。素足は意外と気持ちが良く癖になりそうな感じであるが、床には凹凸があって足裏が痛く、下手をすると破傷風にかかるかも。四箇所目はタラバー門、バガン王朝の始祖ピンビヤー王が9世紀に築いた城壁の名残りであり、門の両袖にバガンの守護神である兄妹の精霊マハーギリ・ナッを祀る小祠がある。写真を撮っただけでニューバガン地区へ移動し漆工房を見物する。材料は薄く削った竹や馬の毛、それらを編んだり巻いたりして器体を作り、漆を塗り重ねる。 製品は大小とりどりの容器、表面模様が渋く美しい。何も買わず椅子に座ってタマリンドの菓子、黒糖、ピーナッツ、醗酵茶葉などを試食する。昼食はイラワジ川の畔のレストラン、サンセットガーデンでビルマ風中華料理を食べる。ミャンマービールの大瓶(640ml)を飲む。風が通り涼しい。デザートのパパイアは用心してパス、コーヒーを飲む。その後今宵の宿バガンホテルにチェックイン、ウエルカムドリンクのスイカジュースはパスして1004号室に入る。時刻は13:30、ロビー再集合まで2時間部屋で休憩する。 部屋はバンガロー風で藤製のテーブルと椅子、ミニバーも備えてあり、MW500ミリリットル4本のサービスもあればバスローブに歯ブラシ、シャンプー、ドライアーとアメニティも至れり尽くせり、エアコンが効いており快適である。但し、浴室がやや狭い。それにしても初日から盛り沢山の強行軍、この後更に5箇所の寺院や仏塔見学が控えている。15:30ロビーに集合し五箇所目のゴドーパリィン寺院の見学に出発、と言ってもホテルの目と鼻の先。1203年建立、バガンで2番目に高い55mの塔を持つ二層構造の寺院はアーナンダ寺院に較べるとやや造りが雑、やはり東西南北の祠堂に黄金色の仏像が鎮座する。正面である東の仏像が最大で他はやや小振り、 それぞれが左右に本尊の半分くらいの大きさの脇侍を従える。東の主尊の前で大勢の人々が床に座りお祈りしている。 六箇所目はタビィニュ寺院、12世紀半ばの建立、バガンで最も高い65mの塔を持つ寺院である。さすがに寺院見学も4箇所目となると、マンネリになり集中力が続かなくなる。同様に裸足になって時計回りに一巡り、東西南北に座る4体の主尊にお参りする。但し、東の仏像だけは階段を昇ったところにある奥室に安置してあるようで写真と左右の脇侍のみの拝観、階段は扉があって立ち入れない。ヤンゴンからお参りに来た団体と鉢合わせし寺院内は大混雑、ミャンマーの人々の信仰心は非常に篤い。タビィニュ寺院の向い側にタビィニュ僧院があり、そこに日本人のビルマ戦没者慰霊碑が建つ。昭和60年頃は日本から関係者が盛んに慰霊に訪れたようで、P1150599その事を示すプレートが何枚も貼付されている。戦後65年、今では関係者の多くが泉下の人となったためか、近年のプレートは見当たらず、我々のような観光客がお参りする程度なのであろう。僧院が手厚く維持管理してくれていることが有り難く、 皆居合わせた僧侶にお布施を渡す。タビィニュ寺院の遠景を写真に納めた後、七箇所目のスラマニ寺院へ。1183年ナラパティスィドゥー王の手で建立されたレンガ造りの壮大な寺院である。一階の東西南北に仏像が祀られるのは他の寺院同様であるが、金色仏は一体のみで、他は白色と肌色の漆喰塗りの御仏、いずれも芯材はレンガの様である。日本の仏像と較べると崇高さと威厳に欠け有難味はいまひとつ、但し、ここには壁面に仏像や蛇などをモチーフにした11世紀のフレスコ画が良く保存されており見ごたえは十分ある。八箇所目はダマヤンヂー寺院、1167年第5代ナラトゥ王により建設に着手されたが、途中で王が暗殺されたために工事が中断され、未完成のまま現在に至っている。未完とはいえ4体の本尊が東西南北の祠堂の中に鎮座している。その中で北?に祀られる仏像は珍しい双体像、道祖神を思い起こさせ微笑ましい。ここは土産物の押し売りがすごい。その粘り強さには感心するが幾ら値段が安くとも欲しいと思う物がない。 最後はシュエサンドー・バコダに登って夕陽観賞、「サンドー」とはビルマ語で聖髪を意味し、仏塔には釈迦の遺髪が納められていると伝わる。1057年の建立で5層の基壇を持つ見事な建造物である。急な階段を最上部のテラスまで登り平原に沈む夕陽を眺める。続々と観光客が登ってきて基壇の上はどこも満杯、それにしても急な階段、今まで事故がないのが信じられぬほど。夕食はニューバガン地区のNANDAレストランで伝統芸能の操り人形ショーを観ながら伝統料理を食べる。ヒヨコマメの煎餅、スープ、魚カレー、空芯菜とモヤシの炒めもの、ココナツ味のご飯、野菜天麩羅、デザートのスイカと紅茶のコース料理、TIGERビールの大瓶を飲む。全体に脂っこい料理が多く胃にもたれそう、暑いので冷たいビールがうまい。20:10ホテルに戻り長い長い一日が漸く終わる。夕食を余り食べなかったのでMWを沸かし、サッポロ一番カップスター(しお)を食べる。風呂から上ると21:45、SCを詰め直してからベッドにもぐりこむ。(続く)

|

« 神秘の国ミャンマー周遊6日間 | トップページ | インレー湖観光 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 神秘の国ミャンマー周遊6日間 | トップページ | インレー湖観光 »