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インレー湖観光

2011年3月1日(火) 5:00 MCで目が覚める。眠りが浅く一晩中うつらうつら。夜中、寒くなりエアコンのSWを切る。デング熱やマラリア感染を心配してきたが幸い部屋の中に蚊はいない。 髭を剃り日焼け止めを塗り、虫除けスプレーを噴霧。朝食をパスし持参の煎餅と梅干を食べてお茶を飲む。6:15ホテルを出発し先ず朝日観賞へ。レンガ造りの寺院(ミンゲンゴン寺院?)に到着し、例の如く裸足になって基壇へ登る。内部は真っ暗、懐中電灯の明かりを頼りに狭くて急な階段を辿りようやくテラスに出る。6:35オレンジ色の太陽が地平線から顔を出し、曙光がバガン遺跡を神々しく染め上げる。ロンドンから来たという男性と少し立ち話、イギリス各地から集まった参加者20名のツアーで東南アジアを2週間巡るとのこと。6:50バP1150613スに戻り空港へ向かう。御来光を拝む観光 客の姿は他の寺院のテラスにも見られる。7:00ニャウンウー空港着、 ロビーはマンダレーやインレー湖方面、或いはヤンゴンへ向かう欧米人旅行客でごった返している。空港掲示の国際時計はバンコク、GMT(グリニッジ標準時)、ミャンマー、東京、シンガポールの5個。出発便名を告げる係員が大声でロビーを回ると人波はぐっと少なくなる。我々の乗る飛行機は8:20発のマンダレー航空6T-361便、目的地のヘーホーまではマンダレー経由で1時間ほどのフライト。8:03搭乗、自由席なので窓側に座る。略満席、直ぐに離陸したかと思うと30分弱でマンダレー空港に到着、乗客の半分が降りる。機外へ出てリフレッシュ、朝は思いのほか涼しい。客室乗務員はサービス満点、一緒の記念撮影を頼むと快く笑顔で応じてくれる。中国人団体客が乗り込んできて又満席になる。9:00再離陸、機は山岳地帯を飛んでいく。山峡に集落が見えるが周囲に段々畑はなく、田畑は盆地状の低地に集中している。 乾期の直後で湖水は干 上がり田畑も赤茶けている。9:23海抜900mのシャン高原にあるヘーホー空港に着陸、9:45迎えのバスに乗り込む。今度は大型バスなのでひとり一席を占めゆったり、エアコンも効いて快適である。とは言っても元三重交通㈱の中古車であるが・・。沿道にはマツ並木が続く。右手の標高1000mを越す山上には“松の木町”(ビルマ語名は不明)と名づけられた町があり茶畑がある。マツタケも穫れ中華料理に使われるとのこと。茶褐色の乾田では荒起こしが始まっている。この辺り(シャン州)は二期作で赤米も取れる。こじんまりした小屋掛け風の民家が多く、柱と屋根だけの開P1150617放的な学校の中で小学生が勉強している。ミャンマーの教育制度は5(小)-4(中)-2(高)制、国語以外の授業は全て英語で行われる。暑期(3月~5月)の3ヶ月は長い夏休み。くねくねした山岳道路を走る。一応舗装されており、ネパールなどに較べれば余程道路事情は良い。ミャンマーは天然ガスの埋蔵量が豊富であり、それを切り札に中国やインドなど近隣大国の支援を引き出しているせいか、欧米の経済制裁は殆ど効いていない。引率されたコブ牛の群れがのんびりと道路を横切る。途中、シュエニャウン町の市場見物、昨日のニャウンウーの市場より更に素朴である。野菜は同じように何でもあるが、特にスイカの大盛りが目立つ。日本のスイカに似ており、球形で縦縞がある。物乞いの姿はなく、その代わり個性的な衣装をまとった少数民族(ロロ族かインター族?)女性の姿が目に付く。時間がなくてインレー湖産の魚を並べたコーナーを見学できなかったことが心残りである。バスに戻り船着場のあるニャウンシュエへ向かう。道路は狭く舗装してあるのは一車線のみ、サトウキビ満載のトラックとすれ違うのに苦労する。 インレー湖に近づくと高床式の住宅や養魚池が目に付くようになり、道の左側には葦原の湿地帯(古インレー湖)が、右側には水田が広がる。途中、シュエヤンウェ僧院に立ち寄り、19世紀に建てられた丸窓の木造僧院を見学する。ニャウンシュエの町境でインレー湖入域料として一人3ドルづつ支払い、一週間有効のパスポートを受け取る。11:15船着場到着、トイレは座るのが躊躇われるほど汚い。インレー湖は南北22㎞、東西12㎞の細長い湖であるが、乾期の今は水位が下がり(水深2m)、従って湖面も雨期よりは大分狭い。インレー湖とは「4つの村がある湖」という意味らしいが、 現在は36の村が湖岸や周辺に点在し少数民族のひとつインター族が暮らしている。浮島での畑作(水耕栽培?)、独特の片足漕ぎによる漁労、絹織物などの小規模伝統工芸などで生計を立てており、産物は湖畔や周辺の町で5日毎に開かれる五日市で捌かれる。11:30細長いボート3艘に4人づつ乗船、SCは前部に積み込む。座席には救命胴衣、横には日傘(飛沫避け兼用)とMW1本が置いてある。すぐにエンジンがかかり、泥水の運河を快速で走り出す。運河の両側には民家が建ち並び、桟橋で体や髪を洗う女性もいれば水牛と一緒に水浴びする子供たちもいる。強烈な日差しの中、P1150628 風を切り水を切って爽快に進む。戻ってくる観光ボートや黄色い麻袋(中味は米?)満載の船、刈り取った藻(肥料用?)を積んだ 船などと次々にすれ違う。結構飛沫が降りかかる。運河に繋がるクリークは殆どが干上がっている。白鷺が優雅に舞い、湖面にカモメが群がる。インレー湖は餌になる小魚が多いのであろう。船頭氏も心得たもので写真スポットではスピードを緩めてくれる。やがて運河から広い湖面に出る。漁をする小船は殆どが一人乗り、昔ながらの伝統的漁具である竹製追い込み籠を積んでいる船もあるが今では少数派、刺し網漁が優勢となっている。湖心に出ると漸く水の色が青く澄んでくる。 天気は良し、湖面は波静か、湖を囲む緑の山々は朧に霞む。周りには独特の風習片足漕ぎで漁をする小舟が沢山浮ぶ。湖をほぼ縦断しシュエインタ・フローティング・リゾート(水上ホテルのひとつ)に近づくと再び水は茶色に濁り始める。その先で運河に入りクリークの奥へ進む。収穫したばかりの空芯菜を満載したボートもある。12:30昼食会場の水上レストランに到着、インター族の伝統料理を味わう。メニューは揚げ豆腐、豆スープ、野菜天麩羅、青いトマトのサラダ(ゴマ風味)、豚肉カレー、湖魚ナトゥーカ(テラピア?)の煮付け、鶏肉とジャガイモの煮込み、青いカボチャの煮物、ご飯とジャガイモの練り物、フルーツ(スイカ、パパイア、バナナ)、 コーヒーのフルコース、とても食べきれない。タイガーの缶ビールを飲む。13:45ボートに戻り再びインレー湖観光の続き。最初はクリークの奥にある絹織物工房の見学、顔にタナカを塗り一張羅を着た子供たちが出迎えてくれる。目がぱっちりし皆可愛い。岸辺近くに高床式の工房が何棟もあり、それぞれワークショップ1、同2、同3・・と番号が振ってある。熟女は糸繰りや染色、若い女性は機織を分業する。見学コースの最後はお決まりの販売センター、そこの柱には「定価販売ありがとう!」を意味する各国語の張り紙がべたべた張ってあり値引きお断りの意思表示とみえる。スカーフ、ショール、ネクタイ、財布など原色の派手な色使いは熱帯の地ミャンマーなら似合うかもしれないが日本ではどうも、結局何も買わずじまい。二箇所目は鍛冶工房、ふいごで熱した鉄を3人がかりで鍛え上げ、山刀や鎌や包丁の類を作っている。 又、風鈴など様々な鋳物製品もある。土産にするには重過ぎるし、何より物騒なので見るだけにする。午後のこの時間帯になると陽射しは強烈、じりじりと焼けるように暑く頭がくらくらする。紫外線避P1150642けの山帽子を深く被っても目が痛くなる。三箇所目はファウンドーウー・バコダ、インレー湖一帯では最も有名且つ巨大な水上寺院である。カメラ持ち込み料は2人で500チャット(50円)、本堂2階の中央に設けられた祭壇の上に5体の本尊が祀られている。 金箔を貼り過ぎたため今では黄金のダルマのような姿であるが、元は白檀の木造仏である。壁に貼られた昔の写真(1881年?と2001年)で元の姿と変遷を確かめることが出来る。男性は祭壇に上り本尊に触れてお参りできるが、女性は祭壇に立ち入ることすら許されない。本堂の四周の壁にはこの寺院の創建説話が絵物語の形で掲示してある。毎年9月或いは10月に催されるファウンドーウー祭りでは、これら5体の御本尊を御座船に乗せて湖を巡行するとのこと、その船を見学するため格納している建屋へ赴く。屋外のテラスのタイルは陽光に炙られ非常に高温になっており素足の身には堪らない。 郷ひろみじゃないけれど皆アーッチッチを連発、それなのに地元の人は平然と歩き回る。日本人は過保護でつくづくひ弱である。御座船の舳先には伝説の鳥カラウェイが取り付けられ黄金色の光を放つ。金箔張りはともかく造りは塩釜港祭りの御座船の朱雀にそっくり、中国の影響であろうか。本堂1階に軒を並べる土産物店に立ち寄り伝統芸能の操り人形を一体求めると僅か6,500チャット(650円)、申し訳ないほど安い。再びボートでクリークを走りぬけ四箇所目の銀細工工房へ。午後4時を回りやっと陽射しも柔らかくなる。商品にこれはというものはなかったが売り子の娘さん達は美人揃い、目の保養だけさせてもらう。五箇所目は紙工房、水(アルカリ?)に浸けて軟らかくした蓮の茎を叩き潰P1150651し、水に分散して和紙同様の方法で漉き紙を作る。その紙を原料に飾り傘、壁飾りなどを制作している。 紙工房に隣接してタイ国境に住む少数民族バタオン族(首長族)の土産物店があり、首とふくらはぎに真鍮製のパイプを巻きつけた4人の女性が記念撮影に応じてくれる。パイプと見たものは中実の棒でありずっしりと重い。バタオン族の神である龍に見立てて身に着けているものであるが、この伝統的風習も若い人の間では人気がなく廃れつつあるらしい。六箇所目はガーペー僧院、今日も盛り沢山のスケジュールで年寄りには非常にきつい。数百年の歴史を持つという木造の僧院の内部は薄暗く 床は板敷き、本堂の基壇の上には四面全てに沢山の仏像が祀られている。シャン、チベット、バガン、インワ各様式の仏像という事であるが違いは良く分らない。しかしながら仏像の表情、堂内の雰囲気とも日本のお寺に似ていて落ち着きがある。この寺院を有名にしているのはジャンプして輪くぐりするネコであるが餌につられての所業らしい。最後に浮島のトマト畑に立ち寄りトマトを試食、小振りだが味は良い。浮島は流れ出さないように何本もの竿を湖底に突き刺して固定してある。植え付けも収穫もボートから行うとのこと、まるで巨大な水耕栽培装置である。暮れなずむインレー湖上を今宵の宿目指してまっしぐら、陽が落ちるとぐっと涼しくなる。18:30コテージ風の水上ホテル、パラダイス・インレーリゾーP1150659トに到着し 301号室に入る。客室は全て独立棟であり木の床、竹編みの天上と壁、藤製のテーブルと椅子、蚊帳吊りベッド、網戸を持つ。部屋は広々、特に浴室は無駄なほど広い。アメニティは充実しているが電話、TV、冷蔵庫(ミニバー)が無い。MWが4本(1リットルが2本と500ミリリットルが2本)も置いてあり何かと思ったら歯磨き用と洗面用とか、確かに蛇口から出る水はすさまじくかび臭い。また、湖上のせいで部屋の中に蚊が多い。19:00から夕食、食堂に出向きシャン族の伝統料理を食べ、マンダレービールの大壜を飲む。乾し納豆、サラダ、スープ、野菜炒め、魚カレー、フルーツ、紅茶と出たが食べるものなし、部屋に戻ってからMWを沸かし サッポロ一番カップスター(しょう油)を食べる。序に明日の日本茶を作り、コーヒーも飲む。コンセントは110V、電気ポットもデジカメ充電も日本使用のプラグがそのまま使える。若者には文字通りパラダイス、ディスコバーから賑やかなダンス音楽と歌声が聞えてくる。風呂に入ろうと浴槽に湯を張ると灰褐色、かび臭ものすごくドブを薄めた感じ、とても体を沈める気になれない。ホテル側は単に給水配管が古いせいにしているが単なる鉄錆とは明らかに異なる。インレー湖の水を簡易処理しただけの代物と思われる。髪を洗うのを止めシャワーだけにとどめたが体がドブl臭くなる。やれやれ、こんな悪い水はインドでもお目にかかったことが無い。しかも湯の出も悪く水の親玉。22:30ぐったりして蚊帳の中のベッドにもぐりこむ。(続く)

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