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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc081152011年4月27日(水) 連日のきのこ観察、今日は近所の根木内城址公園へ。例年アミヒラタケが発生するフジの伐採木は片付けられてしまい影も形もなし、年々公園の整備が進み淋しい限り?、花木の植栽も良いがほどほどにしてありのままの自然を大事にしてほしい。結局名残りのエノキタケと出始めのナヨタケ?(コナヨタケかも)の2種を認めただけに終わる。

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc080992011年4月26日(火) 雨が何回か降ったし暖かくもなったので久し振りのきのこ観察、場所は手賀沼の南に位置する手賀の丘公園。アミガサタケのシロがあるサクラ園は2箇所とも不発、辛うじて2本を見つけただけに終わる。他にはアシナガイタチタケとカラムラサキハツを見ただけ、今年の春きのこは絶不調である。  

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アマドコロ

Dsc080932011年4月24日(日) 流山市の向小金ふるさとの森の一隅、台地状の開けた草原に群生するアマドコロの若芽を摘みに行く。例年なら遅いくらいのタイミングだが、今年は春寒と少雨のせいでちょうど摘み頃、20本ほど採取して戻る。早速茹でておひたしを作り、マヨネーズをつけて食べる。茎と根は甘く美味しいが葉に少々苦味があり、万人受けする山菜とは言えないが、おひたし、マヨネーズ和え、天ぷら、油炒め、汁の実などが合う。

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原阿佐緒記念館

022011年4月21日(木) 原阿佐緒(1888-1969)は宮城県黒川郡宮床村生れの歌人、アララギ派に属し、九條武子(1887-1928)、柳原白蓮(1885-1967)と共に大正の三閨秀歌人として、その美貌と才能を謳われた女性である。石神山精神社にお参りした後、帰るには尚早いので、大和町宮床にある原阿佐緒記念館を訪ねてみる。10数年ぶり二度目の訪問である。前回は開館(平成二年)後間もない時期であり来館者で賑わっていたが、今回はブームが去ってしまったのか、或いは大震災の直後のせいなのか見学者は他に誰もいない。お陰で与謝野晶子等交流のあった人々の阿佐緒宛書簡をじっくり読むことができる。大正十年(1921)の東北大学教授石原純との恋愛問題のため歌壇から追放され、その後長い間不遇な立場に置かれていたが、昭和六十三年(1988)の生誕百年祭を機に見直しと名誉回復が進み、今では郷土が誇る女流歌人として尊敬を集めている。

「児の手とり かたくりの花 今日も摘む みちのくの山は 春日かなしき」

今日登った七ツ森の山中にもカタクリの群生地があちこちにあり、この辺りの景色は阿佐緒の時代そのままに余り変わっていないのであろう。小野勝美著「涙痕ー原阿佐緒の生涯」(至芸出版社)を一冊買い求めて記念館を後にする。

 

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石神山精(いわがみやまづみ)神社

Dsc08049 2011年4月21日(木) 七ツ森に登った帰りに立ち寄り参拝。所在地は宮城県黒川郡大和町吉田字麓71、今日登った遂倉山の北東麓に鎮座する。由緒は旧く、続日本書紀によれば桓武天皇の延暦九年(790)十一月丁亥に陸奥国黒川郡石神山精神社官社に進められ当時すでに大和朝廷の信仰厚く奉幣が行われた。また文徳天皇の仁壽二年(852)八月辛酉神階従五位下を授けられ続く延長五丁亥年(927)になる醍醐天皇延喜式には陸奥国一百座黒川郡四座の一に列せられた名社である。社名の示す通り巨大岩石に神霊の存在を認めて祀った古い信仰の姿を伝えた神社で祭神は大山祗神(おおやまつみのかみ)、大歳神、大国主神、事代主神、保食神、釜神を祀る。社殿前に坂上田村麻呂将軍お手植えの杉と古老の口碑に伝う周囲7m、千余年の老杉あり。
拝殿の後ろに回ると本殿前に樹齢千年の御神杉が天を突き、横手には大磐座がのしかかるように聳える。どちらも紛うことなきカミ、人智を超えた存在であり、自然に祈りを捧げたくなる。

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榴ヶ岡公園(仙台市)

Dsc07951 2011年4月17日(日) 榴ヶ岡公園は仙台の桜の名所、仙台藩四代藩主伊達綱村公が元禄八年(1695)京都から取り寄せたシダレザクラなど1000本をこの地に植えたのが始まりとされる。現在はシダレザクラを主体に約370本の桜樹があり、平成元年には日本の都市公園100選に選ばれている。自宅マンションが榴ヶ岡公園の傍らに建っており、マンション住民による恒例のお花見会が今日開かれる。住み始めてから11年、普段は荷物部屋にしており、お彼岸とお盆の墓参りに帰省する際にしか寝泊りしないので、この時期に満開のサクラを見るのは初めてである。今年は持ち回りで管理組合の役員(理事)を勤めることになり、組合主催のお花見の幹事役を仰せつかる。昨日仙台入り、今日は朝から公園の一角にブルーシートを敷き座卓を出して会場設営に当たる。お弁当や飲み物、おつまみの準備は昨日のうちに他の理事の方達が済ませてくれており申し訳ないことである。サクラは満開、天気は良し、暑くも寒くもなく絶好のお花見日和、このたびの大震災で亡くなった人々に黙祷を捧げた後、和気藹々と心和むひと時を持つ。 

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ボストン美術館浮世絵名品展(山種美術館)

Boston2011年4月13日(水) 三箇所目は広尾の山種美術館、地下鉄日比谷線で恵比寿に移動し、そこから歩いて行く。現在は「ボストン美術館浮世絵名品展」と題して、ボストン美術館が所蔵する浮世絵コレクションから厳選した鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽の三大絵師の作品を中心に144点が出品・展示されている。4月17日の会期末が近いせいか会場は押すな押すなの大盛況、とてもゆっくり絵を観賞できる雰囲気ではない。美術館巡りも三箇所目となると流石に疲れが出て、長い列に並んだり人垣に割り込んでまで観賞する熱意は失せる。照明を落としている会場内はほの暗く、人垣の後方からでは錦絵の良さは殆ど伝わってこない。ミニアチュールを思わせる繊細な筆遣い(彫り)、鮮やかな色彩感覚(刷り)、個性的な人物の表情や姿態、人情風俗、江戸情緒などを全く味わうことなく消化不良に終わる。会場のスペースの割りに展示作品数が多過ぎるし、何よりも入場制限をかけるなど会場内の見学者数をコントロールする配慮が欲しい。

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ヴィジェ・ルブラン展(三菱一号館美術館)

Vigee_lebrun2011年4月13日(水) 二箇所目は同じく丸の内の三菱一号館美術館、18世紀末マリー・アントワネットの肖像画家として重用された女性画家ヴィジェ・ルブランの作品を中心に、同時代に活躍したラビーユ・ギアール他の女性画家達の作品が展示されている。手持ちの図録「ルーヴル-700年の絵画の系譜」の作家索引でヴィジェ・ルブランを引くと、「ヴィジェ=ルブラン夫人とその娘」という作品が2点掲載されている。ルーブル美術館のどこかに展示されていたのかもしれないが、巨匠の作品が目白押しの同館では陰に隠れて全く目立たない存在、見学した当時は関心もなければ興味もなしで素通りしたようである。まあ、祖国フランスでも回顧展を開いたことが無いとあればそれもやむを得ない。パトロンであるマリー・アントワネットの肖像より自身の自画像を遥かに美人に描いているのが印象に残ったくらいで、貴族の肖像画をうんざりするほど並べられても感激は薄い。

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相田みつを美術館

052011年4月13日(水) 今日は天気も良し、家人を伴い東京の美術館めぐりに出かける。一箇所目は丸の内の東京国際フォーラム地下一階にある相田みつを美術館、第1ホールでは「ことばの力 書の力」と題する第47回企画展が、第2ホールでは「詩人・柴田トヨの世界展」が開催されている。
「ぐちをこぼしたって いいがな 弱音を吐いたって いいがな 人間だもの たまには涙を みせたって いいがな ・・・」、このたびの東日本大震災で被災し、今尚深い悲しみの中にある多くの人々の心に届けたい言の葉が並んでいる。相田みつをの座右の書は道元禅師の「正法眼蔵」だったとのこと、紡ぎだされた言葉の奥には、きっとみほとけの大慈大悲の心が宿っているのであろう。

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セリ摘み

Dsc079322011年4月11日(月) セリ摘みといっても庭の植木鉢で半水耕栽培しているものを鋏で切るだけなので野趣は全くない。それでも田ぜり同様香りが高く歯ざわりシャキシャキ、卵とじなどで食べると非常にうまい。

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ハリギリの若芽採り

Dsc079162011年4月5日(火) 手賀沼の北辺にある公園へハリギリの新芽摘みに出かける。棘の鋭いハリギリのような木は公園では邪魔者扱いらしく、件の群生地を訪ねてみると殆どが切り倒されている。ショック!、行き届いた公園管理に文句を言うつもりは毛頭ないが、もう少し本来の自然も残してほしいもの。仕方が無いので公園内を駆けずり回り、辛うじて15個ほどの新芽を集める。来年はもう難しいかも。

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春シイタケ

Dsc078892011年3月28日(月) 東日本大地震の震災見舞いに親戚が住む仙台・多賀城に行き、柏を二週間も留守にしたので、さぞかしシイタケがどっさり出ているものと期待して帰ってきたが、今日の収穫はたったの3個。芽は沢山出ているが、雨が降らないのと気温が低いのとで春シイタケは思いのほか振るわない。それでも初めてサクラのほだ木にも発生したことで肯しとする。

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苦竹のイチョウ(国指定天然記念物)

Dsc079022011年3月23日(水) 榴ヶ岡の自宅から歩いて10分、仙台市宮城野区銀杏町にある乳銀杏は、八木下弘著「巨樹」(講談社現代新書)にも出てくる日本を代表する大イチョウである。幹周8m、樹高32m、樹齢は1200年とも言われ、大正15年10月20日付けで国の天然記念物に指定されている。昔は母乳の出が思わしくない若い母親と思われる女性が熱心に祈っている姿をよく見かけたものだが、近年は粉ミルクの普及により乳銀杏のご利益を願う風習も廃れつつある。隣に延暦十七(798)年創建の宮城野八幡神社(別称北畠八幡宮)が建ち、てっきりその境内に聳えているものと理解していたが、さにあらず、驚くことに個人(永野氏)の屋敷内にある個人の所有物である。それでも神の木であることは確かであり、貞観大地震(869年)も経験したと思われる偉大な生命体は、今日も樹齢を重ね続けている。

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東日本大震災始末記

2011年3月11日(金) 14:46、三陸沖(宮城県沖)でM 9.0の巨大地震発生、その直後青森県から千葉県に亘る太平洋岸に大津波襲来。
3月13日(日) Dsc07807 息子夫婦の救援と、仙台市、多賀城市、七ヶ浜町に住む親戚の安否確認のため、車に食糧と水を満載し6:45出発。R6、R16、R4と一般道を走り17:00仙台のマンションに到着。室内は悲惨な状態、食器棚や本棚等が転倒し、割れたガラス片や瀬戸物のかけらで足の踏み場も無い。ざっと片付けて蒲団を敷くスペースを確保し、着の身着のまま2日間を避難所で暮らしていた息子夫婦を招じ入れる。二人とも無事なので一安心、間もなくエレベーターも復旧し11階への荷揚げが楽になる。
3月14日(月) 仙台の親戚を回りお見舞い、5家族とも無事。菩提寺の大林寺に墓参、墓石は倒壊を免れたものの芯ズレが起きており補修の要あり。
3月15日(火) 車に給油できなDsc07842いため徒歩で多賀城の親戚回り、往復7時間・30km。6家族とも人的被害はなし、但し津波で全壊~半壊2軒、床上浸水2軒と物的被害は大。息子達を住まわせていたアパートも1階は完全に水没、流れてきたコンテナや車3台にのしかかられて躯体が傾き全損状態、これはもう解体するしかない。まあ、住民の方が全員無事だったことが何よりと諦める。
3月16日(水) 食料品の買出しでどこのスーパーも長蛇の列、3時間、4時間待ちは当たり前。買物難民のひとりとなり、やまや榴岡店に並ぶ。1時間ほどで店内に入れたものの、主食になる物はなく、ウサギ肉のテリーヌ、オイルサーディン、ビーフジャーキーなど手当たり次第に籠に放り込む。
3月18日(金) やまや榴岡駅前店で石川県産米ゆめみずほを10㎏購入、序にビールとマッコリも購入。
3月19日(土) 午後、家人来仙。昨夜23:30新宿発の夜行バスに乗り今朝の10:00山形着、仙台行きに乗り換えて都合15時間がかりで到着。スーツケース、リュックサック、手提げ袋に食糧品を詰め込み運んで来てくれる。有り難い、お陰で食糧事情が好転する。
3月25日(金) 家人離仙、10:00発新宿行きのウイラーバスを仙台駅東口で見送る。午後、車で七ヶ浜町の親戚のお見舞い。人も家も無事だが漁船と養殖設備は流亡。
3月27日(土) 24日から東北自動車道の一般車通行規制が解除になったので一旦引き揚げることに。8:00出発、高速道のSAで給油できることを前提にしての見切り発車。菅生SA、国見SAとも給油所閉鎖中のサイン、真っ青。9:45安達太良SA、2時間待ちでやっと満タンに給油してもらう。ガラガラの磐越道、常磐道を走り15:30帰宅。 

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ギョウジャニンニク栽培

Dsc078062011年3月11日(金) 午前、ケイヨーD2へ行き醗酵鶏糞と苦土石灰肥料、それにギョウジャニンニクの苗(生産地:岩手県、発売元:カネコ種苗株式会社、一袋3株本入り399円)を2袋購入して戻る。ギョウジャニンニクはユリ科ネギ属の多年草、深山の林下に生えるというが、山歩きを重ねてもどうしても見つからない。ホームセンターで苗を買って畑に植え付けるなど楽山子を標榜する自分としては残念な気持ちが強いが、最早あとなしびと、背に腹は帰られぬ。早速畑の片隅に植えつける。収穫は来年春とのことであるが何せ大好物、今からもう待ち遠しい。うまく種取りして 株をうんと増やせば・・などと今後の楽しみが大きく膨らむ。

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