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東日本大震災始末記

2011年3月11日(金) 14:46、三陸沖(宮城県沖)でM 9.0の巨大地震発生、その直後青森県から千葉県に亘る太平洋岸に大津波襲来。
3月13日(日) Dsc07807 息子夫婦の救援と、仙台市、多賀城市、七ヶ浜町に住む親戚の安否確認のため、車に食糧と水を満載し6:45出発。R6、R16、R4と一般道を走り17:00仙台のマンションに到着。室内は悲惨な状態、食器棚や本棚等が転倒し、割れたガラス片や瀬戸物のかけらで足の踏み場も無い。ざっと片付けて蒲団を敷くスペースを確保し、着の身着のまま2日間を避難所で暮らしていた息子夫婦を招じ入れる。二人とも無事なので一安心、間もなくエレベーターも復旧し11階への荷揚げが楽になる。
3月14日(月) 仙台の親戚を回りお見舞い、5家族とも無事。菩提寺の大林寺に墓参、墓石は倒壊を免れたものの芯ズレが起きており補修の要あり。
3月15日(火) 車に給油できなDsc07842いため徒歩で多賀城の親戚回り、往復7時間・30km。6家族とも人的被害はなし、但し津波で全壊~半壊2軒、床上浸水2軒と物的被害は大。息子達を住まわせていたアパートも1階は完全に水没、流れてきたコンテナや車3台にのしかかられて躯体が傾き全損状態、これはもう解体するしかない。まあ、住民の方が全員無事だったことが何よりと諦める。
3月16日(水) 食料品の買出しでどこのスーパーも長蛇の列、3時間、4時間待ちは当たり前。買物難民のひとりとなり、やまや榴岡店に並ぶ。1時間ほどで店内に入れたものの、主食になる物はなく、ウサギ肉のテリーヌ、オイルサーディン、ビーフジャーキーなど手当たり次第に籠に放り込む。
3月18日(金) やまや榴岡駅前店で石川県産米ゆめみずほを10㎏購入、序にビールとマッコリも購入。
3月19日(土) 午後、家人来仙。昨夜23:30新宿発の夜行バスに乗り今朝の10:00山形着、仙台行きに乗り換えて都合15時間がかりで到着。スーツケース、リュックサック、手提げ袋に食糧品を詰め込み運んで来てくれる。有り難い、お陰で食糧事情が好転する。
3月25日(金) 家人離仙、10:00発新宿行きのウイラーバスを仙台駅東口で見送る。午後、車で七ヶ浜町の親戚のお見舞い。人も家も無事だが漁船と養殖設備は流亡。
3月27日(土) 24日から東北自動車道の一般車通行規制が解除になったので一旦引き揚げることに。8:00出発、高速道のSAで給油できることを前提にしての見切り発車。菅生SA、国見SAとも給油所閉鎖中のサイン、真っ青。9:45安達太良SA、2時間待ちでやっと満タンに給油してもらう。ガラガラの磐越道、常磐道を走り15:30帰宅。 

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