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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc088702011年5月30日(月) 3日間降り続いた雨が漸く上ったので午後手賀の丘公園できのこ観察。雨はどっさり降ったものの気温が低いせいか種類・発生量ともいまいち。中ではナヨタケ属とキクラゲ科のきのこが元気。特に落ち枝にびっしり生えたキクラゲは雨を吸ってぷるんぷるん、久し振りの大収穫となる。見つけたのは①イタチタケ、②ウスベニイタチタケ、③ウラスジチャワンタケ、④キクラゲ、⑤キララタケ、⑥ナヨタケ、⑦ハイイロイタチタケ、⑧ハチノスタケ、⑨ハラタケ科(ナカグロモリノカサ?)、⑩ヒメカバイロタケ、⑪フウセンタケ科(ササタケ属?)、⑫ベニタケ属、⑬ホコリタケ、⑭モリノカレバタケ属、⑮不明種(キシメジ科?)の15種。(写真は②)

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc086902011年5月24日(火) この3日間たっぷり降った雨が午後になり上ったので早速増尾城址公園できのこ観察。ナラタケとハタケシメジには出逢えなかったが、①ウラスジチャワンタケ(初見)、②オオツルタケ、③カンゾウタケ(前回と同じ)、④コガネニカワタケ(キイロニカワタケ?、いずれにしても初見)、⑤コザラミノシメジ、⑥スギタケ属、⑦スミゾメヤマイグチ、⑧タマキクラゲ、⑨ハイイロイタチタケ、⑩ヒロハシデチチタケ、⑪⑫ベニタケ属、⑬ムジナタケ、⑭⑮不明種を見る。フィールドが少し賑わい始める。(写真は①)  

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イチゴジャム

Dsc086572011年5月22日(日) 小家の家庭菜園で採れたイチゴが2キログラム近くたまったのでジャムを作る。大鍋に冷凍イチゴ1キログラムと白砂糖800グラムを入れる。焦げつかないようにへらで攪拌しながら弱火でじっくり煮詰める。煮沸消毒したジャムの空き瓶に入れると、ちょうど5本分出来上がる。菜園のイチゴはあと2、3㎏は取れそうな感じ、我が家だけではとても食べきれないので友人知人にお裾分けしたいところであるが・・、ベクレルとシーベルトが気にかかる。ありがた迷惑かも・・、結局自家消費しかあるまい。

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菜園の恵み(37) アーティチョーク

2011年5月20日(金) 栽培2年目に入り、本日直径8㎝ほどの蕾(花芽)を初めて収穫する。畑では尚Dsc086545個の蕾が太りつつあり、これからどしどし新たな蕾が出てくる気配、この先大いに期待が持てる。一体どうやって食べるのだろう。早速ネットで調べてみる。
《レシピ》 アーティチョークをまるごとラップにくるみ、電子レンジに出力500Wで15分間かける。他にレモン汁と塩で30分間茹でる方法もあるが、電子レンジで調理するのが一番簡単。
《食べ方と風味》 苞片(ガク)を剥がし、基部の肉質部分を歯でしごくように食べる。ヴィネグレットソースにつけると美味しいらしいが、そんな洒落たものを家人に頼める筈もない。やむなくマヨネーズで代用する。外側の苞片は硬くて歯が立たず食べる所が全く無い。内側の苞片基部は軟らかいが、可食部分ごく僅か、結果としてゴミが沢山出る。苞片を全部剥がしてしまうと、繊毛に包まれた花托部分(ハート)が現れる。繊毛は食べられないので取り除き、花托部分のみを食す。苞片基部・花托とも澱粉質であり、風味は百合根(慈姑、竹の子にも似る)のようでまずまず美味しい。それにしても可食部分が少な過ぎる。食べ終わった後はゴミの山が出来上がる!。

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菜園の恵み(36) イチゴ

Dsc086042011年5月18日(水) 菜園でイチゴが熟し始める。品種不明(前に菜園を借りていた方の残し苗)・形不揃い・虫食い有り(無農薬栽培)と三拍子揃っており、市場での商品価値は無きに等しい。事実、生食では甘味・酸味とも物足りない。それでも、ジャムにすれば美味しく食べられる筈、これから順々に熟してくるので暫らくの間イチゴ摘みに従事する日が続く。とりあえず、今日の収穫品はへたを取り除き綺麗に洗って冷凍庫に保存する。

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輪島朝市と黒部峡谷トロッコ電車

2011年5月17日(火) 5:30起床、Dsc08564宿のご主人は早起き、今朝も網揚げし獲れた魚を既に市場に下ろしてきたとのこと。 平家の落人部落と伝わる集落は元々7軒あったと云うが現在は3軒、傾斜地に僅かばかりの水田や畑地があり、道路は小さな漁港まで下って行き止る。7:00から朝食、生卵と味付け海苔、焼き魚でご飯を2杯食べる。勘定を済ませ8:00出発、県道輪島浦上線までの急坂を何とかi(アイ)は登り上げる。直ぐ先のゾウゾウ鼻展望台Pに車を駐め、千畳敷とゾウゾウ鼻を眺める。この辺りも荒削りの岩崖地、能登金剛の景色に負けていない。8:30輪島朝市駐車場に車をとめる。通りの両側に露店がDsc08566ずらりと並び、活き松葉ガニや一夜干しの 魚(フグ、ノドグロ、メバル、サバ、カレイ等)、ヌカ漬けサバ(へしこ)やヌカ漬けイワシ(これもへしこ?)などを商う。今が旬のタケノコ、フキ、カタハ(ウワバミソウ?)を売る店が交じる。輪島塗を扱う漆器店も多い。連休明けの平日とはいえ観光客の姿はめっきり少なく、売り子のおばさん達も呼び込みに必死、ここにも震災後の自粛ムードが出ている。一夜干しの乾魚はどれも美味そうだったが今日は帰宅に時間がかかりそうなので見送り、通りのスパーマーケットで本格麦焼酎能登のちょんがりぶしを3本購入する。9:10車に戻り宇奈月へDsc08570向け出発、穴水ICから能登有料道路に乗り起点まで走る。金沢東ICから北陸道 に乗り黒部ICで降りる。12:40黒部峡谷鉄道宇奈月駅(標高224m)に到着、駅前の有料駐車場(900円)に車を入れる。終点の欅平までの往復切符(大人3,320円)を買い、13:11の電車に乗る。欅平まで20.1㎞・80分のトロッコ電車の旅、窓なし車輌は風を切って寒いの何の。また走行騒音が凄まじく、音声ガイドの室井滋(富山県滑川市出身)のナレーションも甲高くなんとも耳障りである。深い峡谷の新緑は美しいものの、黒部川の清流は雪代水で白濁している。やはり自然探勝は自分の脚でゆっくり歩き、Dsc08631 動植物の命の息吹をじっくりと見たり聴いたり感じたりするのが一番。黒薙や鐘釣で途中下車し、温泉巡りでもやればもっと旅情が感じられるかもしれないが。14:34欅平(標高600m)到着、今年は残雪が多く猿飛峡への遊歩道は未だ閉鎖されている。行くところが無く、奥鐘橋と人喰岩の先まで歩いただけで引き揚げる。15:19欅平発、16:35宇奈月駅着。体はすっかり冷え切る。車に戻りカーナビの「自宅に戻る」ボタンを押し、413㎞・5時間の帰路に着く。北陸道の名立谷浜SAで給油し、上信越道の松代SAで夕食、関越道の上里SAで休憩をとり、最後に外環道を走って22:50無事帰宅。この4日間の総走行距離は1,718㎞。(完)

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上時国家

Dsc08540 2011年5月16日(月) 30年ほど前、勤めていた会社の慰安旅行で奥能登を周遊した時に訪れており二度目。入館料500円を支払って受け取ったパンフには、「平清盛の義弟平大納言時忠は、源平の合戦で平家が滅亡した際、神器の帰座の功により特別の計らいで能登に配流となり、配所で没した。その子時国は、近隣の村々三百石を統治し、館を構え、江戸時代には天領の大庄屋を勤め、苗字帯刀を許された。この頃第二十一代当主は現代に残るこの豪壮巨大な屋敷を築き、第二十五代当主が現在もこの屋敷と伝統を守っている」との由緒が記されている。 小生が35年間勤めあげた会社の入社当時の社長Dsc08516が時国益夫氏、何でもこの上時国家の血筋を引いているとのこと、入社試験の役員面接でお会いしたのが最初で最後であったが、そういえば平家の公達のような気品ある顔立ちであったように憶えている。あれから随分時が流れ流れたが、ここだけは時間が止まっているような錯覚を受ける。地上18mの高さを誇る茅葺大屋根、唐波風総けやき造りの玄関、平家定紋「丸に揚羽蝶」が金箔で描かれているふすま、大納言の格式を表す縁金折上格天井を持つ書院造りの大納言の間、名勝庭園、風呂場、調度品類、土間と籠などを見学するなど、ひと通り建物内外を巡る。

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曹洞宗大本山 總持寺祖院

2011年5月16日(月) 總持寺祖院は横浜鶴見の總持寺、永平寺Dsc08488と並ぶ曹洞宗の大本山であり、小家の菩提寺大林寺の本山である。拝観料400円を納めて頂いたパンフレットには、「ここ諸嶽山總持寺は鎌倉時代の半ば、元享元年(1321)、日本曹洞宗の初祖道元禅師から四代目の法孫にあたる瑩山禅師が開創されて以来、明治三十一年(1898)の大火災以後の明治四十四年(1911)に布教伝道の本山として鶴見總持寺ができて移転するまで、実に590年の間、日本曹洞宗一万五千か寺の根本道場として発展してきたのである。 永平寺を開いた道元禅師の時代には、まだ日本曹洞宗の名称が用いられていなかったが、總持寺を 開いた瑩山禅師は、後醍醐天皇から『日本曹洞出世第一道場』の綸旨をいただき、以来ここが日本Dsc08494曹洞宗の中心道場となり、その基を作られたのが瑩山禅師であった。こうした歴史的経緯からわが宗門では、永平寺開山高祖承陽大師道元大和尚、總持寺開山太祖常済大師瑩山大和尚として、この二人を両祖と崇めており、その関係は『道元禅師は宗門の父であり、瑩山禅師は宗門の母である』とも表現されている」と記載されている。平成十九年(2007)3月25日の能登半島地震で各建物が大きな被害を受け、現在尚修復の途上にある。山門をくぐり、仏殿で御本尊の釈迦如来三尊像(左は達磨大師、右は大権修理菩薩)にお参りし、このたびの大震災で亡くなった人々の冥福を先ず以って祈願する。法堂、放光堂、伝燈院、慈雲閣、僧堂などは修復中のため立ち入れず、30分ほどで拝観を打ち切り白米千枚田へ向かう。

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金栄山妙成寺

Dsc08405 2011年5月16日(月) 妙成寺は北陸に於ける日蓮宗の本山である。拝観料500円を納めて頂いた小冊子の由緒書きによると、「今から七百有余年前の永仁二年(1294)日蓮聖人の弟子日像聖人が師命により妙法を京都に広めんとして、佐渡から都上りの途中、船中で能登石動山天平寺座主満蔵法印(日乗聖人)を教化改宗、一字を建立したのが当山のはじめである。今の重要文化財十棟は、加賀前田家初代から五代に亘って造営されたもので、殊に三代利常公は生母寿福院の菩提所として本堂、祖師堂、五重塔等を造立し、前田家御用大工坂上又三郎親子三代に亘って桃山時代の雄渾華麗な面を建築上遺憾なく発揮していると云われる」とある。二王門(1625年建立)、経堂(1670年〃)、五重塔(1618年〃)、三十番神堂(1614年〃)、三光堂(1623年〃)、本堂(1614年〃)、祖師堂(1624年〃)、鐘楼(1625年〃)、書院(1659年〃)、庫裡(1593年〃)の10棟は国指定重要文化財、開山堂(1677年〃)、丈六堂(1686年〃)、三十番神堂拝殿、名勝庭園は石川県文化財に指定されており、壮麗重厚な伽藍が建ち並ぶ。参拝順路に従い、浄行堂から庫裡に至る拝観コースを巡る。建物の他にも大槻伝蔵墓(加賀藩重臣、藩政改革の立役者、加賀騒動で嫌疑を受け自害)、浩妙院墓(利常公長女)、寿福院墓などを見学、丈六堂内の釈迦牟尼仏立像に手を合わせ、最後に名勝庭園を眺めてから次の目的地能登金剛へ向かう。

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能登国一宮 気多大社

Dsc08386 2011年5月16日(月) 能登周遊の最初に羽咋市にある氣多大社に参詣する。祭神は大国主神(大己貴命)、北陸道総鎮護のお社だけに壮麗重厚な社殿を構える。神門(1584年造営)、拝殿(1653年同)、本殿(1787年同)、摂社白山神社本殿(1787年同)、摂社若宮神社本殿(1569年同)は国指定の重要文化財、お参りした後境内を少し散策する。境内の一等地に昭和天皇が昭和58年5月22日の行幸の折に詠まれた歌「斧入らぬ みやしろの森 めつらかに からたちはなの 生ふるをみたり」の歌碑が建つ。背後の森は約3万平方メートル、「いらずの森」として北陸地方随一の原生林である。ご神木の樹齢1000年のタブの木にも大きな大黒天様にもお参りする。境内の外れにある折口信夫(釈迢空)の「氣多のむら 若葉くろずむ 時に来て 遠海原の 音を聴きおり」と、その弟子藤井春洋の「春畠に 菜の葉荒びし ほど過ぎて おもかげに師を さびしまむとす」の歌碑を確かめてから、日蓮宗北陸本山の妙成寺へ向かう。

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能登周遊

2011年5月16日(月) 5:10起床、朝風呂。7:00朝食、ハタハタ干物、イカ刺し、Dsc08372 ジャコおろしあえ、甘エビの味噌汁などが美味しい。8:00ホテル古賀乃井をチェックアウト、片山津ICから北陸道に乗る。金沢西ICで下りて能登有料道路に乗り換える。今浜ICで出て千里浜なぎさドライブウェイを終点まで走る。距離8㎞、所要時間は10分ほど、海はともかく海岸は漂着物でゴミだらけで余り感心しない。10:10羽咋市にある能登国一宮の気多大社着。祭神は大国主神、北陸総鎮護のお社だけに重厚且つ壮麗な社殿を構える。神門をはじめ五棟が国指定重要文化財である。お参りした後境内をひと巡りし、昭和天皇の歌碑やご神木のタブの木などを拝観する。Dsc0847110:30同じ市内にある金栄山妙成寺着、加賀前田家ゆかりの寺で日蓮宗北陸本山である。 永仁二年(1294)日像聖人による開山、本堂、五重塔などの国指定重要文化財十棟と丈六堂など石川県文化財三棟が建ち並び、能登随一の大伽藍を誇る。拝観料500円を納めて境内をひと巡りする。雄渾華麗な桃山建築の粋を味わい、前田家三代利常公生母寿福院墓等を見学、最後に庭園と五重塔の景色を眺めて引き揚げる。国道249号線を北上、能登金剛の名勝のひとつ巌門に到着、波が打ち寄せる岩場に降りて巌門洞窟と鷹ノ巣岩を眺める。五月連休明けの平日とあって観光客の姿はまばら。更に北上を続け、能登金剛の名勝地、機具岩(はたごいわ;通称夫婦岩)、義経の舟隠し、ヤセの断崖を巡る。ヤセの断崖は松本清張原作の映画「ゼロの焦点」のロケ地だったところである。13:20門前町庁舎駐車場に車を駐め、曹洞宗大本山総持寺祖院にお参りする。拝観料は400円也。2007年3月25日に発生した能登半島地震で各建物が大きな被害を受け今尚修復途上、法堂や伝燈院には立ち入Dsc08507れない。 仏殿のご本尊にお参りし、先ず以って今回の大震災で亡くなった人々の冥福を祈る。仏殿右奥の紫雲台で、法堂欄間から取り外したと云う特別展示品の透かし彫りを見学する。開山太祖常済大師瑩山大和尚の一代記を彫り込んだものである。総持寺を後にし更に国道249号線を北上、今宵の宿がある輪島市を通り抜けて白米千枚田に到着したのは14:35、海岸段丘に開いた文字通りの千枚棚田(実数1,004枚)は見事なものである。写真を撮っただけで上時国家へ。上時国家見学は2回目であり新鮮味は余り無いが、勤めていた会社 の元社長の御本Dsc08542家とあらばここまで来て素通りは出来ない。入館料は500円。最大級の木造民家を謳うだけあって、茅葺大屋根を持つ189坪の母屋はどっしりと座りが良い。国指定重要文化財である建物の内部を一巡り、平家の定紋「丸にあげは蝶」を描いた襖や大納言の間、庭園、土間等を見学する。時間が無いので下時国家はパスし、能登半島北端の祿剛崎燈台へ向かう。16:15最北端の集落狼煙(のろし)に到着、道の駅狼煙の駐車場に車を入れる。早速祿剛崎燈台のある海岸段丘に上る。天気は下り坂、ガスが出てきて見晴らしはゼロ。 観光客は当然ながら誰もいない。燈台にタッチしDsc08548大返し、輪島市へ急いで引き返す。17:45小池町小鵜入にある温泉民宿漁火(いさりび)着、輪島市中心から西へ7㎞も入り込んだところ、崖っぷちにへばり付くように建つ漁師宿はまさに秘境中の秘境である。居間の鴨居には大物イシダイの魚拓4枚(65㎝、62㎝、56㎝、52㎝)が懸かり、壁にはなんでも鑑定団の鑑定士中島誠之助の色紙(2000年4月25日作成)も掲げてある。宿の主は下孫一氏、夫婦と娘さんの3人で切り盛りしており、今日の泊り客は我々も含め11名である。18:00から夕食、ブリ、タイ、イカ、甘エビ刺身のてんこ盛り、 他にも煮ホタテ、アナゴ?焼き物、ブリのお吸い物など新鮮な日本海の幸Dsc08555がどっさり出る。何せ漁師が本業と云う宿の主人が、今朝定置網を揚げて獲ってきた活きの良い魚ばかり、歯ざわりコリコリ、甘味があって非常に美味しい。これで一泊7,500円(2食付、入湯税・消費税込み)では申し訳ない。客室は古民家だった母屋を増改築した2階の6畳間、TVもなければ電話もなし、お茶のポットも何もない。まあこれも一興、くつろぐには1階の囲炉裏の間へ降りれば良い。お風呂は、3、4人が同時に入れる大きい浴室と、鍵付きの家族風呂とがあり好きな方を選べる(女性は後者のみ)。薄濁りの温泉で温まり、髪を洗ってさっぱりする。(続く)

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東尋坊と越前松島

2011年5月15日(日) 近江八幡の長命寺から再び彦根に戻り、彦根ICから名神高速に乗る。Dsc08340米原JCで北陸道に入り丸岡ICで下りて14:30東尋坊着。土産物屋の無料駐車場のひとつに車をとめる。初めて来たが一大観光地である。名物の断崖絶壁へ続く道の両側には食堂兼土産物屋がびっしり建ち並び、老若男女の観光客で大賑わい。イカやホタテの串焼き、甘エビの串揚げ、越前蟹、岩牡蠣など日本海の幸はどれも美味しそうである。東尋坊の断崖絶壁は、新生代新第三紀(今から約1200万年前)の火山活動でマグマが米ヶ脇累層という堆積岩層に貫入し、冷え固まってできた火山岩が波浪による浸蝕を受けて地表に現れたもの、マグマが冷え固まる時に出来た柱状節理が良く発達している。Dsc08355 千畳敷に下りて打ち付ける白波に手を浸す。駐車料金代りにお土産を買った後、東尋坊の北にある越前松島にも立ち寄る。こちらは観光客は皆無で地元の釣師くらいにしか合わない。海蝕洞窟が三箇所在り、観音洞には観音菩薩が、 聖(ひじり)の穴には聖観音菩薩と如意輪観音菩薩が祀られている。弁慶の抜け穴は遊歩道が通行禁止のため立ち入れない。これらの洞窟は縄文時代から古墳時代にかけての古代人の遺跡であり、出土品は東京国立博物館に収められている。大島、小森島、窓島、材木岩など岩礁の島々が海辺に浮ぶ。波の浸蝕によって作られた海蝕崖であり柱状節理が発達しているところから東尋坊と同じ生い立ちであろう。景色は本家の松Dsc08366島とは比ぶべくも無いが、まあ一見の価値はある。16:05今宵の宿がある片山津温泉へ向け出発。17:00ホテル古賀乃井着、芝山潟の湖畔に建つ大型ホテルであるが外観は古めかしい。早速一風呂浴びて昨日の奥ノ院参りの後遺症で痛む脚を揉む。泉質はpH7.4の単純泉でさらさら、余り温泉らしくはない。18:30から夕食、アワビの蒸し焼き、タイのしゃぶしゃぶ等が付き値段(一泊二食付き8,700円也)の割りに食事が良い。今日の宿泊客はざっと40~50人、この程度の人数では巨大ホテルの維持費を捻出するさえ大変であろう。315号室は和室10畳でゆったり、窓から正面に大噴水が、右手には浮御堂が見える。加賀白山は対岸の高層ホテルの陰に隠れ残念ながら拝めない。

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西国三十一番札所 姨綺耶山長命寺(天台系単立)

Dsc083212011年5月15日(日) ここも本来の修業をするなら808段ある表参道の石段を自力で登らねばならないのであるが・・、昨日の華厳寺奥ノ院往復が応え脚にきているので、狭い曲りくねった林道を本坊直下の駐車場まで車で上る。10:40到着。早速本堂の御本尊、千手十一面聖観世音菩薩三尊一体像(柳の霊木に千手観音、十一面観音、聖観音三尊一体の聖像を刻んだもの)にお参りし、御真言の「おんばさら だるま きりく そわか」を三遍唱える。納経所で御朱印を受けてから境内の伽藍見物、国指定重要文化財の三重塔(1597年再建)、護摩堂(1606年同)、鐘楼(1608年同)などを拝観する。更に当山開闢武31内宿禰(たけうちのすくね)にまつわる「六処権現影向石(ろくしょごんげんようごうせき)」(天地四方を照らす岩)や「修多羅岩(すたらいわ)」(修多羅とは仏教用語で天地開闢、天下泰平、子孫繁栄を言う)なども見物する。御詠歌は「やちとせや やなぎにながき いのちでら はこぶあゆみの かざしなるらん」。今回の西国観音霊場巡りはこれにて終了、11:20車に戻り、カーナビの目的地に東尋坊をセットする。

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西国三十二番札所 繖山観音正寺(天台宗一単立)

Dsc082942011年5月15日(日) 彦根から安土町にある観音正寺までは一般道で約20㎞、西国一の難所と云われる石寺からの表参道歩きを敬遠し、狭い曲りくねった有料林道(400円)を車で上がり9:10駐車場着。そこから裏参道を570m歩くと境内に入り近江平野の早緑の水郷地帯を眼下に一望することが出来る。平成十六年(2004)に再建されたばかりの本堂は真新しく清々しい。早速本堂に上がり御本尊の千手千眼観世音菩薩像にお参りし、延命十句観音経を唱える。「観世音 南無佛 與佛有因 與佛有縁 佛法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念念従心起 念念不離心」。それにしても大きな(丈32六?)観音様である。御詠歌は「あなとうと みちびきたまえ かんのんじ とおきくにより はこぶあゆみを」。納経所で御朱印を受けてから直ぐに駐車場に戻り、近江八幡市にある第三十一番札所長命寺へと向かう。

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彦根城

Dsc082782011年5月15日(日) 7:45ホテルルートイン彦根をチェックアウト、西国観音霊場巡りの前に彦根城へ。自分は2回ほど見学したことがあるが妻は初めて、そうであれば彦根に来ていながら国宝の彦根城見学を外すわけにもいかず・・、お寺巡りばかりでは陰気臭い。彦根城は元和八年(1622)完成の平山城、天守閣は国宝、天秤櫓、太鼓門櫓、西の丸三重櫓、佐和口多聞櫓、馬屋は重要文化財である。大手橋から天守閣を往復する。こじんまりしているが何度見ても優雅な城郭であり、今日は天守の白壁が碧空にことのほか美しく映える。

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多賀大社

Dsc086192011年5月15日(日) 宿泊したホテルルートイン彦根の近くにある多賀大社に朝食前にお参りに行く。多賀大社は和銅五年(712)編纂の古事記にも、延長五年(927)編纂の延喜式神名帳にも記載がある由緒ある古社、伊邪那岐命と伊邪那美命の2柱を祀る。中世から近世にかけて伊勢・熊野とともに庶民の参詣で賑わったらしく、その事は「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」や「お伊勢七度 熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」などの俗謡に見てとれる。勤めていた会社の事業所が多賀町にあり、出張のたびに一度お参りしたいと思っていたが、長年の念願がようやく今日叶う。早朝の境内は清々しい。そり橋(別名太閤橋)、神門、神馬舎、能舞台を見学してから拝殿に進みお参りする。滋賀県一の大社を誇るだけあって壮麗な社殿であり有難味も一入、境内にある大釜と太閤倉も見学し納得してホテルへ引き揚げる。

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根尾谷の淡墨桜

Dsc086152011年5月14日(土) 西国三十三所観音霊場の第33番谷汲山華厳寺にお参りした後、約20㎞先の根尾谷まで日本三大桜樹のひとつ淡墨桜を見学に行く。国指定天然記念物(大正11年10月12日指定)の淡墨桜は彼岸桜の一種(和名ウバヒガン)である。樹齢は1500年?とも云われるが、樹高17.2m、枝張り東西23.9m、同南北21.2m、幹周り9.1mの堂々たる巨躯は、青々とした葉を身にまとい、今尚樹勢盛んなことを顕示している。保護柵に沿って一回りし東西南北からこの雄渾な生命体を写真に収める。時刻は16:00、大分日も傾いてきたので根尾谷を後にし、今宵の宿がある彦根へと向かう。

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西国三十三番札所 谷汲山華厳寺(天台宗)

2011年5月14日(土) 4:15起床、今日から3泊4日で久し振りに西国三十三所観音霊場を巡り、Dsc08611 序に北陸も周遊する。5:10出発、華厳寺のある岐阜県揖斐川町をナビの目的地に設定すると455㎞ある。三郷ICから首都高速に入り、東名の中井PA、日本坂PA、浜名湖SAで休憩、その都度妻と運転を交代する。名神の守山PAで名古屋きしめんを食べ、東海北陸自動車道の各務原ICで高速を下り、13:25ようやく華厳寺の駐車場に到着。谷汲山華厳寺は西国観音霊場の結願寺、本来は番外も含め35ヶ所の巡拝を終えた後にお参りするのが正しいが、俄か巡礼ゆえ順番が滅茶苦茶なのは勘弁してもらう。運慶作と伝わる仁王像が立つ山門を潜り抜け、参道の中央に建つ三十三度石、百度石を過ぎ、左手に経堂と勢至・観音03大菩薩像を見て本堂へ続く石段を上る。本堂にお参りし、御本尊十一面観世音菩薩の御真言「おん まかきゃろにきゃ そわか」を三回唱える。その後、納経所で過去・現在・未来を意味するという御詠歌に因み、御朱印を3箇所受ける。即ち、御詠歌の「よをてらす ほとけのしるし ありければ まだともしびも きえぬなりけり」に対し「谷汲山 大悲殿 華厳寺」の御朱印、「よろずよの ねがいをここに おさめおく みずはこけより いずるたにぐみ」に対し「奉拝 満願堂 谷汲山」、「いままでは おやとたのみし おいずるを ぬぎておさむる みののたにぐみ」Dsc08612に対し「奉拝 笈摺堂 谷汲山」。本堂下に設けられた戒壇巡りも行い、真っ暗闇の中で大きな錠前に触る。本堂の左右の柱に打ちつけられた 精進落としの鯉は、奉寄進鯉二匹として大垣林町の奥村万蔵、川合源助、久世弥平3氏が寄贈したもの、参拝記念に鯉にも触れておく。本堂の右手奥に続く道を上り、阿弥陀堂、満願堂にもお参りする。満願堂に妻を残しひとりで奥ノ院へ。奥ノ院までは1.3km・比高差230mの本格的な山登り、参道は東海自然歩道の一部となっており一般の参拝客で登ってくる人は皆無。途中の要所要所の小祠に西国一番札所から三十二番札所までの32の写し観音石像が祀られている。急いで往復したものの50分もかかり、満願堂で妻に合流したのは14:55、最後に笈摺堂にお参りしてから華厳寺を後にする。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc081932011年5月13日(金) 今朝まで3日連続で大雨が降り続いたし、気温が25℃を上回る日も出てきたことから、そろそろ菌相に変化があるかもと、午後からきのこを見に行く。結果は期待外れ、種類も量もまだまだ少なく、カラムラサキハツ、カンゾウタケ、ヒロハシデチチタケ、モリノカレバタケ属の4種類に出逢っただけに終わる。(写真はヒロハシデチチタケ)

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菜園の恵み(35) キャベツ

Dsc081702011年5月9日(月) 冬くぐりのキャベツを2個収穫、結球部分が小さくて市販品の3分の1くらいしかありません。これでは食べるところが余りにも少ないので、試しに外葉を茹でてから刻んで炒めて食べてみました。健胃と整腸には良さそうですが、筋っぽくて美味しくありません。畑にはあと10個ほど残っていますが、全く結球していないものもあるし、難しいものです。

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茂木びわ

Dsc08161 2011年5月8日(日) どういう風の吹き回しか、スパーへ行った家人が高級ブランドの長崎産茂木びわを買って帰ってきました。年金暮らしの家計を一手に取り仕切る我が家の主計局長にもとうとう節約疲れが出たものか、或いは娘と息子から高価な母の日プレゼントでも届いたのではと、あれこれ推察してみましたがよく分りません。まあ、何にしても旬のもの、冷蔵庫で冷やして美味しくいただきました。(何のことは無い、半額セールでありました!)

  

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馬面剥(うまづらはぎ)

Dsc081662011年5月7日(土) 近所のスーパーBELXで購入した長崎県産ウマズラハギを塩焼きで賞味する。もともと肉よりは魚の方がずっと好きなのだが、福島第一原発の事故に伴い大量の放射性物質が海洋に放出されて以来、我が家の食膳から近県産の魚介類がすっかり姿を消す。還暦を過ぎれば怖いものなしであるが・・・、財布と台所の主導権を握る大蔵大臣兼シェフの意向とあらば如何ともし難い。カワハギ類はちり鍋や煮付けが美味しいが、塩焼きもなかなかいける、わるくない。

「ひらひらとはげの釣られしをかしさよ」(岳秋)

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エノキタケ

Dsc081512011年5月1日(日) 増尾城址公園で採取してきた乾しきのこ状のエノキタケを水で戻し、醤油で煮付けて下ろし和えにして食べる。寒きのこであるエノキタケを5月に入って採取するのは初めてであり、今年は自然もどこか調子が狂っている。 

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