« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

菜園の恵み(57) ダイコン

Dsc027552011年11月27日(火) 先日の辛味大根に続き普通の大根の試し掘り、冬どり大蔵という品種で種の生産地はイタリア、販売元はタキイ種苗株式会社、ケーヨーD2で購入しました。9月15日に種蒔きしたので今日で73日目、収穫期間の目安は11月下旬~1月中旬とあるので適期収穫といえるでしょう。先端のほうが曲がったり枝分かれしたりしていますが、初めてにしてはまずまずの出来では、無農薬なので葉っぱも食べられそうです。菜園にはまだ30本ほど残っており、もう少し太らせてから収穫し、切り干しダイコンを作るつもりです。

| | コメント (0)

秘伝唐芋・種子島安納紅

Dsc027372011年11月26日(土) うまいもんドットコムで購入した種子島秘伝の唐芋・安納紅が昼前に宅急便で届く。生産者は㈱さんこうファーム(鹿児島県熊毛郡中種子町油久5817番地)。早速、オーブントースターで焼き芋にして食べてみる。切り口の肉の色は橙黄色で非常に美しい。が、2キログラムで送料込み2,000円の値段を考えると風味はいまひとつ。特長であるねっとり感と甘さがいまいち感じられない。調理法が悪かったのかも・・。自家産サツマイモの口直し用にと思い切って調達したのに、これでは単にイモにイモを重ねただけ、困惑はますます深まる。

| | コメント (0)

定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc027432011年11月26日(土) 午後の増尾城址公園できのこ観察。林内に落葉が厚く積もってしまい地上生のきのこを見つけるのは極めて困難。その上、晴天続きで乾燥が進み、せっかく見つけても乾しきのこ状態でカメラを向ける気になれない。ニオイアシナガタケ、ハタケシメジ、ヒロハシデチチタケ、ムラサキシメジの4種のみ写真に収め早々に引き揚げる。
(写眞はニオイアシナガタケ)

| | コメント (0)

菜園の恵み(56) みたびサツマイモ

Dsc027282011年11月24日(木) 午後一杯かけて今年三度目となる最終のサツマイモ掘り、30株ほど掘り起こして芋を収穫した後、蔓を細かく裁断して堆肥桶に納める。更に跡地を耕起して米糠を撒布。ヘトヘトになったところで薄暗くなりタイムアップ。堆肥と鶏糞と苦土石灰のすき込みは後日に回す。収穫物を体重計で量ってみると30㎏、前回、前々回と合わせると60㎏位か。さて、この大量の芋をどうやって消費したものか、味に自信がないのでご近所へのお裾分けは憚られる。さりとて戦時中でもないので、三度三度イモを食べるという訳にもいかない。弱りました。どうも良い知恵が浮びません。

| | コメント (0)

定点観察・手賀の丘公園(柏市)

2011年11月23日(水) 午後、手賀の丘公園できのこ観察。家族連れで賑わうバーベキュー広場を敬遠し、いつもより少しショーDsc02702トコースで歩く。今日は二十四節句の小雪、フィールドにもクリタケ?、ニセマツカサシメジ、マツカサキノコモドキ、ヒメムラサキシメジなど晩秋から初冬のきのこが現れる。
《観察種》
①ウスベニイタチタケ、②カヤタケ属(コブミノカヤタケ?)、③キララタケ、④クリタケ(写真)、⑤スギエダタケ、⑥スッポンタケ、⑦センボンイチメガサ、⑧チチアワタケ、⑨ナヨタケ属、⑩ナヨタケ属、⑪ニガクリタケ、⑫ニセマツカサシメジ、⑬ヒメムラサキシメジ、⑭マツカサキノコモドキ、⑮ムササビタケ、⑯ムラサキシメジ、⑰モエギタケ科07(ニガクリタケモドキ?)

| | コメント (0)

菜園の恵み(55) 辛味大根

Dsc02654 2011年11月22日(火) 朝一、畑へ行って辛味大根を試し抜き、3本収穫する。9月16日に種蒔きしたので67日目、辛吉(からよし)と云う品種?で種の生産地はニュージーランド、販売元は㈱サカタのタネである。辛味大根は天然きのこを大根おろし和えで食べようと植えたものであるが、今年は原発事故の影響を懸念する家人の指令で天然きのこの採取は自粛している。それどころか庭で原木栽培しているきのこも家への持込みを固く禁じられている。相方がいないではせっかくの辛味大根も宝の持ち腐れ、釜揚げシラスや釜揚げ川エビなどきのこ以外の相方を調達するしかあるまい。それにしてもまだ畑に30本以上ある。はてさて、どうしたものか。

| | コメント (0)

露地栽培シイタケ、悲しき絶好調

Dsc026502011年11月21日(月) 自宅の敷地北側でほた木栽培しているシイタケは、10月から出始めて只今絶好調、コナラにもサクラにもシラカシにもぼこぼこ出ている。柏市の民間会社"ベクレルセンター"(℡:04-7189-7416)にブツ(物)を持ち込めば放射能を測ってもらえるというので、毎日のように電話をしているがいつも話中で繋がらない。柏市はホットスポットなため、井戸水や菜園野菜や庭土を測りたい市民のニーズが高く、恐らく何ヶ月も先まで予約で一杯なのであろう。埒が明かないので測定は諦める。新聞情報によると、県内の露地栽培シイタケは、流山市産(11月16日採取)が831ベクレル/㎏、我孫子市産、君津市産も暫定規制値の500ベクレルを超えている。野田市産は247ベクレルとやや低いものの、まあ無理することも無い。自家産を食べるのを諦める。これまでの苦労が水の泡・・、口惜しいね。

| | コメント (0)

堂ヶ島で出逢ったきのこ

Dsc026032011年11月20日(日) 11:00堂ヶ島着、加山雄三ミュージアム前の駐車場に車を駐める。洞窟巡りの遊覧船は海が荒れているため欠航、やむなく遊歩道散策に切り替える。亀岩、三四郎島、天窓洞などリアス式海岸の景色を楽しみながら遊歩道沿いの地面もしっかりチェック、ハツタケが4本まとまって生えているのを見つける。然しながら、伊豆半島産の乾燥シイタケが確か500ベクレル超であったことを憶い出し、袋に採るのは諦める。

| | コメント (0)

伊那下神社(松崎町)

2011年11月20日(日) 伊豆の長八美術館駐車場に車を置いてなまこ壁通りへ歩いて行く途中でお参りする。Dsc02579 祭神は彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)と住吉三柱大神(すみよしみはしらのおおかみ)、それぞれ産業守護と航海守護の神様である。同神社公式ホームページによると創建と由緒は、「神やどる山、牛原山の麓には人の生活に欠くことのできない神水が湧き出しています。ここは石火郷(いしびごう)と那賀郷(なかごう)との境界であり、二つの郷に出入りする関門であったため、西伊豆の要地として栄えました。かつては大山祇神(おおやまずみかみ)の系統である石火族が住んでいました。昔は山そのものを神をまつる場としたため社殿なく、牛原山の嶺三本松と呼ばれるところが、祭をする自然の祭場でした。年が移り土地の発展にともない此処に神社がもうけられ、産業の守護神でもある彦火火出見尊を石火宮と称えて尊崇してきました。Dsc02577またこの神社を俗に唐大明神(からだいみょうじん)と称する起源は、四世紀に新羅征討の時、この国の人が皇后の御船を守り、長門の豊浦に留まり後にこの松崎に来て、ここに唐(新羅)征討の神功皇后ゆかりの住吉三神を鎮座したためであるといわれています。原始の頃より、山の中の祭からはじまっているので鎮座の年代は不詳です。平安期の延喜式という朝廷の神社名簿に「いなしりの明神」とあり、この延喜の制度に基づいて、祈年祭には国からのお供物があり、以後何度か位があがり 、神階四位上といわれていました。また正月、五月、九月二十日祭は朝廷の神道祭祀の卜部家(うらべけ)より、累代のこの神社の森氏に本官の服装(有紋黒袍)を着用し祭祀を司ることを許されました。明治六年九月村社(むらこそ)に列し、Dsc02578昭和五年八月郷社となり、同年には公から例祭にお供えの出る神饌幣帛料(しんせんへいはくりょう)供進社に指定されました。また、この神社は古くから航海安全の目標とされ、漁業に携わる人は海の幸を願い、地元のみならず駿河路を行き来する旅人の信仰を集め、源頼朝を始め武家の崇敬も篤く、多くの寄進もありました。」と記述されている。源頼朝寄進と伝わる国宝の松藤双鶴鏡(まつふじそうかくきょう)や、金山奉行大久保石見守寄進の青銅金渡金製釣灯籠など貴重な社宝を蔵する由緒正しい神社である。拝殿にお参りし、御神木である県指定天然記念物の大いちょうを見物する。目通り8m・枝張り25m・樹高22mの堂々たる巨樹は樹齢約1000年と伝えられる。境内の他の2本と合せ古来親子いちょうと称せられ、秋の黄葉の季節には沖行く船が目標にしたと云われる。記念に千年公孫樹の銀杏の実を10個ばかり拾ってから引き揚げる。(因みに、伊那上神社も500mほど北東に鎮座している)

| | コメント (0)

伊豆の長八美術館

2011年11月20日(日) 6:30集落に鳴り響くチャイムの音で目が覚める。台風並みの低気圧は去り、南風が吹き込むのか嫌に蒸し暑い。Dsc025667:30から朝食、アジの干物と卵でご飯を二杯食べる。 8:30チェックアウト、国道136号線を北上し松崎町の長八美術館前の駐車場に車を入れる。先ずは名物のなまこ壁通りへ。薬問屋だった近藤邸の外壁なまこ壁が、江戸末期の建築当時の姿のまま保存されている。今でも建物は現役であり、何代目に当たるのか近藤夫妻の名札が玄関に掛けてある。なまこ壁の家は近藤家唯一軒のみ、通りといっても露地のようなもので直ぐに通り抜けてしまう。那賀川に架かるときわ大橋を渡り、橋の畔に建つ和洋折衷の時計台を見物、更に明治時代に建てられた呉服商家の中瀬邸を眺めてから長八美術館 へ引き返す。途中で伊那下神社にお参り、平安期成立(延長五年(927))のDsc02581延喜式にも記載された由緒ある神社で祭神は彦火火出見尊(ひこほほでのみこと)と住吉三柱大神(すみよしみはしらのおおかみ)、朱塗りの社殿は立派である。御神木の県指定天然記念物、樹齢1000年の大イチョウの実を記念に10個ばかり拾う。9:00長八美術館が開館したので入場見学、明治商家中瀬邸と重文岩科学校を含む3館共通入館券が700円である。美術館には地元松崎町生れの左官職人・入江長八(1815-1889)の作品が50点ほど展示されている。漆喰鏝(こて)絵は西洋のフレスコ画と同じ漆喰芸術に入るが、薄肉彫刻が施されている分立体感がある。仕事が非常に緻密で観賞に拡大鏡が必要なほど(美術館で貸してもらえる)、さすがは高村光雲をも唸らせたと云う名人上手である。特に、「龍の図」や「春暁の図」などは見事、長八の代表作であろう。又、Dsc02587美術館を設計した石山修武氏は、この美術館が受賞の対象となり、建築界の芥川賞と云われる「吉田五十八賞」を受賞している。施行には全国から現代の名工が集まり左官技能の粋を尽くしたらしく、コの字型の建物の両翼をドーム中廊でつないだ白亜の建築物は斬新なフォルムを見せる。ドーム天井を飾る漆喰彫刻の天女像は、日本の左官技能のレベルの高さを物語る。次は、2㎞離れたところにある国指定重要文化財の岩科学校へ。岩科学校は明治十三年(1880)竣工、伊豆地域にある最古の小学校である。なまこ壁を生かした社寺風建築様式とバルコニーなど洋風をとりいれた和洋折衷の木造校舎は重厚な佇まいを見せる。順路に従い校長室、教室等を見学し、最後に二階鶴の間の欄間に施された長八の傑作「千羽鶴」を眺めて引き揚げる。11:00堂ヶ島着、Dsc02625 加山雄三ミュージアム前の駐車場に車を駐める。洞窟巡りの遊覧船は本日欠航の表示、昨日の余波で海がまだ荒れている。やむなく遊歩道で岬を一巡り、亀岩、三四郎島、天窓洞などの景観を楽しむ。途中、ハツタケを4本見つける余禄までつく。12:10恋人岬入口駐車場着、これからの若いカップルが圧倒的に多い。あとなし人も話の種(冥土の土産)に遊歩道を先端まで歩いてみる。ラブコールベルと名付けられた鐘がある展望所に出ると、青い駿河湾と西伊豆の岬の連なりとその果てに富士山が望める。昔は恋人岬や出逢い岬などのロマンチックな名称は付いていなかったと記憶するが、若い人を呼び込むために風光明媚な箇所を地元で整備したようである。何にしてもDsc02641景色は超一級品。遊歩道の途中には土肥町観光協会が建てた若山牧水(1885-1928)の歌碑がある。「ひとみには露をたたへつつ笑む時の丹(に)の頬のいろは桃の花にして」。牧水は土肥温泉をこよなく愛し、三十三歳の大正七年(1918)よりしばしば長期滞在したとのこと、土肥温泉を世の中に紹介した功労者である。再び船原峠を越えて浄蓮の滝へ向かう。13:50浄蓮の滝駐車場到着、辺りには石川さゆりが唄う「天城越え」が流れる。今月初めにも竜飛埼で「津軽海峡冬景色」を聞いたばかり。滝壷へ降りる階段の途中にある売店で名物のワサビソフトを味わい、更に急な石段を降りる。昨日の大雨で滝の水量は物凄く、平時の3倍も太い。暴れ龍の如く落ちて飛沫を撒き散らし奔流となって岩を噛む。たいした迫力である。これならわざわざ見に来た甲斐があるというもの。14:30帰路に着く。伊豆長岡のGSで給油、16:00沼津ICから東名に乗る。東名は海老名SA附近の事故で35㎞の大渋滞、足柄SAで夕食をとるなど時間調整をしたものの一向に解消しない。結局渋滞に突っ込む羽目となり難渋。21:00無事帰宅、この三日間の総走行距離は525㎞。(完)

| | コメント (0)

アカハタ

Dsc025592011年11月19日(土) 西伊豆は雲見温泉の温泉民宿はまゆ、通常コース料理というのに夕食の膳に舟盛りを出してくれる。その主役がアカハタ、他にアジ、イカ、マグロ、甘エビを合わせ5種盛りの豪華版。「アカハタはハタ科の魚で岩礁間に多く、本州中部から沖縄まで分布する。成魚で40㎝になり、本州のものは赤味が強く美味。」と、手持ちの魚類図鑑にある。生れて初めて食べたが白身魚でコリコリして非常に美味しい。何でも宿の息子さんが釣ってきたものらしく、数が上らないので市場には出回らないとのこと、お陰さまで珍しいものを御馳走になりました。

| | コメント (0)

福地山修禅寺(伊豆市)

Dsc025442011年11月19日(土) 正式な呼称は「福地山修禅萬安禅寺(ふくちざんしゅぜんばんなんぜんじ)」、略して福地山修禅寺と呼ぶ。大同二年(807)弘法大師によって開創され、その後四百七十年間は真言宗として栄える。鎌倉時代になり中国から蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)禅師が入山して臨済宗に改宗、臨済時代が二百数十年間続く。やがて室町時代(延徳元年(1489))になり、韮山城主北条早雲が叔父の隆渓繁紹(りゅうけいはんじょう)禅師を住職として招き曹洞宗に改宗、専門僧堂として多くの禅僧を輩出し現在に至っている。その間、文久三年 (1863)の大火により伽藍や宝物の多くを焼失、明治十三年(1880)から明治二十年にかDsc02546けて本堂などを再建し、又、開創千二百年目にあたる平成十九年(2007)に記念事業として老朽化した本堂と大屋根の修復が行われている。御本尊は木造大日如来坐像、国指定の重要文化財であり、鎌倉時代の大仏師実慶により承元四年(1210)に制作されたものである。三嶋大社から西伊豆の雲見温泉へ向かう途中に立ち寄り参詣する。本堂にお参りすると、ご本尊の大日如来は遷座中とのことで残念ながら拝めない。大雨に加えて風も強くなってきたので、境内に建つ弘法大師像と竹林を眺めただけで引き揚げる。

| | コメント (0)

伊豆国一宮 三嶋大社

2011年11月19日(土) 祭神は大山祇命(おおやまつみのみこと)と事代主神(ことしろぬしのかみ)Dsc02530の二柱、総じて三嶋大明神と称している。創建に関しては不明であるが、三宅島(現富賀神社)→下田・白浜海岸(現伊古奈比咩命神社)→大仁町(現広瀬神社)→現在地と遷宮したとの伝承がある。他に、伊予国大三島の大山祇神社からの分社とする説もある。「延喜式神名帳」(延長五年(927))には「伊豆国加茂郡伊豆三島神社」として記載され、延喜式成立の平安時代初期には既に下田・白浜海岸に建っていたことが判る。現在の三嶋大社は平安時代中期以降に、田方郡の国府の近くに新宮として分祀されたものとされる。箱根から西伊豆の雲見温泉へ向かう途中で参詣に立ち寄る。大雨にもかかわらず舞殿は七五三参りの家Dsc02534族連れで満杯、拝殿にお参りするとちょうど結婚式の最中であり、次の組も控えているほどの大盛況、大した神様である。源頼朝が源氏再興を祈願した御社であり、頼朝の旗揚げ成功以来、中世歴代の武門武将の崇敬篤く、莫大な寄進により現在の様な大社となったのであろう。伊豆国一之宮で且つ旧官幣大社という社格の高さもあって、現在でも 人々の盛んな信仰を受けている。国指定重要文化財の本殿・幣殿・拝殿(慶應元年(1865)建造)は無論のこと、社務所や宝物館など皆立派である。雨でなければ境内をゆっくり回りたかったが、国指定天然記念物の御神木"三嶋大社の金木犀"(樹高10m、目通り周囲4m)を見学するだけに留める。国の天然記念物に指定されているキンモクセイは全国に7本あると云うが、推定樹齢千二百年はまさに日本一であろう。傍らの茶店で一服し名物の縁起餅福太郎を食べてから、次の目的地修善寺へ向かう。 

| | コメント (0)

雲見温泉・温泉民宿はまゆ

2011年11月19日(土) 朝起きると本降りの雨、箱根旅行はどうも天気に恵まれない。8:40パレスホテル箱根をチェックアウト。本日観光の手始めは箱根関所、平成十三年から復元工事が行われ、平成十九年春に全面公開された新しい施設でDsc02513ある。箱根関所資料館も含めた共通通行手形(入館料)は500円、順路に従い大番所、上番休息所、足軽番所、遠見番所、箱根関所資料館など一通り見学する。江戸時代末期の箱根関所解体修理報告書「相州箱根御関所御修復出来形帳(慶應元年(1865))」を基に忠実に復元しただけあって良くできている。二箇所目は旧街道石畳、甘酒茶屋の駐車場に車を駐め、大雨の中をバス停ひと駅分歩いて入口へ。石畳を元箱根方面へ少し登って往時の雰囲気を味わう。当然ながら観光客は誰もいない。甘酒茶屋へ戻る際も旧道を下る。こちら側は只の山道、水溜りや 川のような箇所が連続し靴の中までぐしょぐしょになる。茶屋に入り一服し名物の甘酒(一杯400円)を飲んで温まる。江戸時代から十二代続く老舗茶Dsc02540屋は、茅葺屋根や土間、剥きだしの梁など昔のままの佇まいである。箱根を後にして国道1号線で三島に下る。11:45三箇所目の三嶋大社着、参詣者専用駐車場に車を入れる。大雨でも七五三参りの家族連れで大賑わい、それどころか本殿では結婚式の真っ最中、次の組まで控えている。今日は先負で日が良いこともあろうが大した勢いの神様である。主祭神は大山祇命(おおやまつみのみこと)と事代主神(ことしろぬしのかみ)の二神、総じて三嶋大明神と称される。総欅造りの本殿(国指定重要文化財)を始めとして社殿は皆立派、さすがは元伊豆国一宮で旧官幣大社だっただけのことはある。 樹齢千二百年と伝わる御神木のキンモクセイ(国指定天然記念物)を眺め、傍らの茶店で名物の縁起餅福太郎(おDsc02552茶付き200円)を食べてから引き揚げる。136号線を南下し13:40四箇所目の修禅寺着、隣の有料駐車場に車を駐める。修禅寺は大同二年(807)弘法大師が開創したと伝わる古刹、現在は曹洞宗に属している。本堂にお参りするもご本尊の大日如来像は遷座中とのことで拝めない。 次いで"竹林の小径"へ。桂川右岸に沿う竹林に建仁寺垣や桂垣を配し京都風を演出した風情ある小道である。やや竹が込み過ぎの感があり、もっと間引いた方が趣が出ると思うが、竹林の懐(奥行き)が浅い為止むを得ないかも。今では修善寺名所のひとつらしく、この大雨でも観光客が陸続と訪れる。雨に加えて風も出てきたので今宵の宿がある西伊豆の雲身温泉へ向かう。 台風並みの強風豪雨の中、国道136号線Dsc02561をひた走り15:50温泉民宿はまゆに到着。駐車場から宿まで3分歩くだけで傘が裏返りずぶ濡れになる。二階の表に面した部屋、マーガレットの間(6畳和室)に案内される。宿はスキューバダイビングサークルの学生で満室、この荒天ではやる事もなく皆部屋でごろごろしている。部屋には37インチ薄型TVがあり、浴衣・タオル・歯ブラシ・お茶セットにお菓子の桔梗信玄餅まで付く。旅館と何ら変わらず、おまけに女将さんの愛想が良い。早速風呂に入りにいく。お風呂は家族風呂(お座敷風呂と称し洗い場が畳敷き)と男女別浴室の三箇所あり、 いずれもホースで温泉を引き込んでDsc02555いる。二人も入れば満杯になるほどの広さしかないが、紛れも無い源泉掛け流し、しかも岩風呂、無色透明の湯(泉質はカルシウム・ナトリウム・塩化物泉)は良く温まる。18:00からの夕食は部屋食、通常コース料理(休前日一泊二食付き7,875円)を頼んだというのに、アカハタ他の刺身の舟盛りに、サザエの壷焼き、茹でマツバガニ、焼きエビ、ムール貝の煮付け、鮭のムニエル、モズクの酢の物と新鮮な海の幸がてんこ盛り、更に日本酒のお銚子までサービスに付く。これは申し訳ない。生れて初めて食べるアカハタは白身でコリコリして非常に美味しい。アカハタは漁獲が少なく地元でもなかなか手に入らない高級魚らしい。外は家が揺らぐほどの暴風雨が暫らく続いていたが、夜半突然静かになる。(続く)

| | コメント (0)

パレスホテル箱根

2011年11月18日(金) 今日からDsc02501家人と箱根・伊豆を2泊3日で巡るドライブ旅行、義母を介護施設に預かってもらい9:50出発。 江戸川を渡る橋と三郷ICからの首都高は相変わらずの渋滞、海老名SAまで3時間半もかかる。小田原厚木道路と箱根新道を走って箱根園に着いた時は既に14:30、ロープウェイに乗って濃霧と強風の箱根駒ヶ岳に登り、山頂の元宮にお参りする(詳しくは自惚山人ノオト「483.箱根駒ヶ岳」をご参照ください)。仙石原へ転進し、ススキ原の散策路を行き止りまで歩いて見物した後の16:50、今宵の宿パレスホテル箱根にチェックインし520号室に入る。一服してから早速温泉へ入りに行く。大浴場は三階、半月形の内湯と岩組みの露天風呂がある。内湯は無色Dsc02493_2透明であり、井水か水道水の沸かし湯と思われる。露天風呂は薄く白濁した紛れも無い温泉、源泉名は大涌谷温泉、泉質は酸性石膏泉で泉温64℃、pH2.5である。但し、加水・加温・循環されている。良く温まる良い温泉である。風呂上りに一番搾りの350ミリリットル缶を飲む。19:30から一階のレストラン・ハミングで夕食、大型観光バス2台分の団体(トラピクス?)が入ったために大分待たされる。イタリアン?のコース料理でメインはオージービーフのサーロインステーキ、それに前菜、野菜スープ、サラダ、パン、デザート、コーヒーが付く。食器はSANGO製で料理の味もまずまず。食後、もう一度露天風呂へ入りにいく。(続く)

| | コメント (0)

アキグミ酒

Dsc024712011年11月17日(木) 十三湖に浮ぶ中ノ島のクロマツ林の中で今月5日に採取したアキグミの実を漸くホワイトリカーに漬けました。キンタケ(シモコシ)が出ていないかと松林を覗いたところ本命はさっぱりでしたが、直径5ミリほどの真紅のアキグミがたわわに実っておりました。生食もできないことはありませんが渋味があるので断然果実酒向き、果たしてナワシログミ酒とどちらが美味しいか出来上がるのが楽しみです。

| | コメント (0)

川エビの甘煮

Cimg01332011年11月15日(火) 今日は3月の大震災後全く近づかなかった海岸の様子見に出かける。最初は蓮沼海浜公園、いつものようにクロマツ林を一回り。地形はそれほど変わっていないが、林がスカスカになっている。残りのマツも息絶え絶え、葉が褐色に変色しており緑が少ない。結局きのこは1本も見つからず、これは暫らく駄目かも。二箇所目は栗山川漁港(屋形海岸)、2基の水門は閉鎖されており迂回路が通じている。岸壁には釣り人が結構並んでおり、魚籠の中には良型ハゼが2、3尾。一日粘ればまだ10尾近く釣れるらしい。三箇所目は波崎漁港、向かう途中の旭市飯岡地区の津波被害はひどく、九十Dsc02457九里ビーチライン沿いの家は土台を残し軒並み解体されている。波崎漁港の被害も又大きく、路面は亀裂や陥没ででこぼこ、護岸も一部は崩落している。そこにも釣り人は並んで居たが今日はさっぱりとのこと、昨日は豆アジが釣れたらしい。きのこは駄目で釣りは何とかなりそうなことが分ったので引き揚げる。帰りに道の駅水の郷さわらに寄り、名物の川エビの甘煮(常総食品工業株式会社)、ピーナッツ甘納豆(萩原商店)、栗どら焼(山口屋本店)を購入する。 

| | コメント (0)

菜園の恵み(54) 再びサトイモ

Dsc026602011年11月14日(月) 昨日今日と2日間かけてサトイモ15株を掘りあげる。サトイモ掘りは重労働、すっかり腰が痛くなる。それでも体重計で量った今回の収量が約30㎏、前回分とあわせれば50㎏(付着している土を勘案し2割減としても40㎏)になり、種芋500グラムが80倍に増えた勘定になる。里芋は非常に効率が良く、あらゆる苦労は十分報われる。種芋の品種は今春ケーヨーD2で購入した"どだれ(土垂)"、昨年までは値段が安いスーパー購入のサトイモを植えていたが、多少値は張ってもやはり由緒正しい種芋を植える方が良さそうである。

| | コメント (0)

定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc023962011年11月12日(土) 午後、増尾城址公園できのこ観察。昨日の氷雨に触発されたのか、この時期にしては意外に多くのきのこを見る。それにしても今年は写真に撮るだけ、優秀食菌のエノキタケもハタケシメジも眺めるだけで袋には取れない。福島第一の原発事故が何とも恨めしい。
《観察種》
1.アシナガタケ、2.アラゲキクラゲ、3.アンズタケ、4.エノキタケ、5.オオカヤタケ、6.クラガタノボリリュウタケ?、7.コカブイヌシメジ、8.コバヤシアセタケ、9.サクラタケ、10.スギエダタケ、11.スギタケ属、12.チャウロコタケ?、13.チチタケ属、14.ニオイキシメジ?、15.ニセヒメチチタケ?、16.ハタケシメジ、17.ヒビワレシロハツ、18.ヒメカタショウロ?、19.ヒメモグサタケ、20.ベニタケ属、21.ミダレアミタケ、22.ムジナタケ、23.ムラサキシメジ、24.ヤケアトツムタケ?(写真はクラガタノボリリュウタケ)

| | コメント (0)

菜園の恵み(53) 再びサツマイモ

Dsc02343 2011年11月10日(木) 午前中は運転免許の更新に流山免許センターへ行き、午後は畑でサツマイモ掘り、前回の5株に続き10株を掘りあげる。やはり蔓を挿して栽培したものは形が良い。そうではあるのだが甘味がいまいち、焼き芋にしても蒸かし芋にしても「タベラレル」程度の評価に止まる。まだ畑には30株も残っており、「こったらさづまいも、ほだにいっぺぇこさえてなじょすんの」とお袋が生きておれば叱られそう。まあ、正月用のきんとんなら出番はありそうだし、他にも乾燥芋に加工する手もある。何でも何とかなる。

| | コメント (0)

菜園の恵み(52) 日野菜蕪

Dsc023392011年11月8日(火) ミニトマト跡地に9月27日に種蒔きした日野菜蕪(ひのなかぶ)が大分太ってきたので10本ばかり引き抜き試食してみることにしました。日野菜蕪は滋賀県の特産品で桜漬けの原料として親しまれる色カブとのことです。浅漬けにして食べましたが、幾分の辛味と酸味があり美味、さっぱりして結構いけます。畑にはまだ100本ほど残っているので当分美味しい漬物がいただけそうです。尚、種子はタキイ種苗株式会社の商品、生産地はイタリアで8ミリリットル入り、値段は忘れました。

| | コメント (0)

定点観察・榴ヶ岡公園(仙台市)

Dsc023312011年11月7日(月) 午前、多賀城市にあるアパートの解体撤去工事の打ち合わせを現地で済ませ、その足で親戚2軒に顔出し。午後はマンションに戻り榴ヶ岡公園できのこ観察。暫らくの間頻繁に帰仙することになるので、今回から定点観察箇所に加える。観察できたのはカヤタケ属(前回10月22日と同じ小型菌)、キシメジ科キシメジ属(→コブミノカヤタケ?)、クマシメジ、シロノハイイロシメジ(前回と同じ)、ツチグリ、ツルタケ、ベニタケ属の7種、種類は少ないが柏市の公園では見かけないものが多い。(写真はクマシメジ)

| | コメント (0)

春光山円覚寺(西津軽郡深浦町)

2011年11月5日(土) 深浦町の民宿汐ヶ島を出発し竜飛埼へ向かう途中で参詣。案内板の「澗口観音Dsc02169(まぐちかんのん)円覚寺略記」には、「津軽一統志に、次のように書かれています。大同二年(807)、征夷大将軍・坂上田村麿、観音堂をこの地に建立し、厩戸皇子の妙巧なる十一面観音像を安置す。今の本尊これなり、と。その後貞観十年(868)、泰澄大徳の弟子・浄定行者の末弟の円覚法印が、修験道(山伏)を奉じ、諸国の霊山を遍歴して、この地に来て観音堂を再興しました。円覚法印は、大和国(奈良県)の人で、寺号の円覚寺は開山の円覚法印の名前から付けられたのです。当寺は、当山派修験(真言系の山伏)の寺院で、お葬式をする寺ではありませんでしたので、江戸時代、幕府の檀家制Dsc02181度の発布後も、 檀家はありませんでした。それで、江戸時代以前は、各時代時代の豪族の帰依をうけ、江戸時代には、津軽藩主の庇護によって続いていたのです。深浦は、上方(京大阪)と蝦夷地(北海道)を結ぶ経済文化の大動脈北前航路の蝦夷地へ渡る最重要港でした。そのため、ここの観音様は澗口観音と称されて信仰されました。澗口観音と云うのは、澗(港)の入口にあって、海上安全・商売繁盛のご利益のある観音様と云うことです。事実、数々の船絵馬・髷額(国重要有形民族文化財)や奉納品がその事柄を物語っ ています。明治五年(1872)新Dsc02193政府による修験道禁止令の法難によって全国の多くの修験寺院は消えて行きましたが、当寺は生き残り、真言宗醍醐派末寺の祈祷寺として現在に至って居ります。本堂の後ろに寺宝館(篤学館)があります。国指定の文化財『船絵馬』、『髷額』(106点)や県指定の文化財、また当寺二十六世・義観僧正の仏道修業の遺品の数々が展示されて居ります。中でも圧巻は、僧正が日露戦没の両国殉難者供養のために、五ヵ年を費やして、全国有心男女八万四千人の毛髪を以て刺繍した『八相釈尊涅槃図』でしょう。」と記されている。早速本堂にお参りする。ご本尊の御真言「おんろけいじんばらきりく」を三度唱える。より丁寧には七度唱えると良いそうである。御詠歌は、「ただ頼めほとけの恵み深浦の心(うら)安かれとこの世後の世」と「ただ頼め行く末祈る深浦の明日の命のほどは白浪」の2首。その後境内を一回り、県重宝の宝篋印塔(江戸時代初期)、町の巨樹・古木に指定されている“円覚寺のイチョウ”、国指定重要文化財の厨子(室町時代初期、青森県内最古の建造物)を納める薬師堂を見学する。最後に、町指定天然記念物の“円覚寺の竜灯杉”の樹幹に結ばれた竜灯光明九字の綱を額に押し当て、家内安全を祈ってから退出する。

| | コメント (0)

竜飛崎

2011年11月5日(土) 森山集落に鳴り響くチャイムの音で5:00に目覚める。外はまだ真っ暗、室温13℃、朝は冷える。朝食まで間があるので布団の中で開高健著の「輝ける闇」を読む。7:00から朝食、焼き魚に納豆にコーヒーまでも付く。7:50チェックアウト、勘定はビール代も含め9,030円と格安、それなのにお昼のお握りと乾燥アオサを2袋も頂戴する。有り難い。先ず不老ふ死温泉に立ち寄り、 昨日暗くて撮れなかった全景写真を撮る。今日は津軽半島の最先端までドライブしてから仙台に帰ることとし、ナビ目的地に竜飛崎を設定すると130㎞。8:20深浦の町に入り、名刹円覚寺の山門前にあるDsc02181風待ち館の駐車場に車を入れる。春光山円覚寺は貞観十年(868)円覚法印が開山したと伝わる古刹、本尊は十一面観音像である。時代時代の土地の豪族や津軽藩主の庇護を受け、又、北前航路の蝦夷地へ渡る最重要港だったため、海上安全を祈願する船乗りや船主の信仰を集めたとのこと、鄙には立派なお寺である。仁王像が立つ山門をくぐり本堂にお参りする。十一面観音の御真言「おんろけいじんばらきりく」を三度唱える。丁寧には七度唱えるそうである。柱に御詠歌も掲げてあり、「ただ頼めほとけの恵み深浦の心(うら)安かれとこの世後の世」と「ただ頼め行く末祈る深浦の明日の命のほどは白浪」の二首。国の重要文化財に指定されている厨子(室町時代初期)は扉に鍵のかかった薬師堂内に納められており、 別途拝観料を納めねば見られない。境内を一回り、県重宝の宝篋印塔(江戸時代初期)、町指定天然記念物の"円覚寺の竜灯杉"、町の巨樹・古木に指定されている"円覚寺の大イチョウ"などを見学する。門前に「菅江眞澄の道」なる標柱が建ち、江戸時代の旅行家菅江眞澄(1754-1829)がこの寺に一時滞在した事実を伝えている。R101を北上し9:00行合崎に立ち寄る。行合崎は深浦海岸に突き出た平坦な岬で自然草原が発達しており271種の植物相を持つ。ニッコウキスゲ、ノハナショウブ、ムシャリンドウが草原を彩る季節はさぞかし華やかであろう。9:20道の駅Dsc02210ふかうら、海産物が豊富に並べてあり、生鮭のオスは1尾1,000円、同メスは4,000円、ヒラメは大きさにより1枚1,300円から750円、エゴ草やテン草など寒天材料もある。9:40千畳敷海岸、全国に千畳敷と称する海岸岩場は数多あるが、恐らくここが一番広いのでは。寛政四年(1792)の大地震で海床が隆起し水面に現れたところで、ここなら間違いなく千畳の畳が敷ける。岩場の先端まで歩いて行くと釣師が2人、狙いはアオリイカとのことで懸命にエギングロッドを振っている。 傍らの売店で名物のイカ焼きを買うと1パック300円、 焼きたてのアツアツにマヨネーズをつけて食べる。 10:25国の天然記念物(平成16年9月30日指定)"北金ヶ沢の大イチョウ"着。樹齢千年以上、高さ31m、幹周り22m、途方も無い大きさである。講談社現代新書801「巨樹」に紹介されている苦竹のイチョウ(宮城県)、千本イチョウ(千葉県)、上時のイチョウ(富山県)をはるかに上回る。今尚樹勢盛んであり真の日本一かも、いやはや大したものである。鯵ヶ沢町を抜けてR101と別れ県道12号線(鯵ヶ沢蟹田線)に入る。信号の殆どない直線道路で北海道のような景色、道の両側はクロマツ林、覗いてみたいが駐車スペースがない。 11:30十三湖中ノ島ブリッジパーク前の駐車場着。湖の向うに岩木山が美しく聳える。せっかくなので中島遊歩Dsc02233道橋を渡り中ノ島へ。中ノ島はキャンプ場もある野外遊園施設として開発されているが、湖畔は若いクロマツ林に覆われている。キンタケ(シモコシ)が出ていないか林内に入ってみたが、見つかったのはササタケとニセマツカサシメジのみ。地元の婦人がひとりきのこ採りをしていたので袋を覗かせてもらうと若いキンタケがどっさり、まだ松葉の下に隠れているらしく鎌で掘り起こさないと見つからないとのこと。それにしても競争相手は少ないし松林は広大、福島第一原発事故の影響もここまでは届かず羨ましい環境である。松林の中にはアキグミの木が多く、赤い実をどっさりつけていたので果実酒用に採取する。駐車場に戻り、十三湖名産のしじみ貝を直売している小倉屋でアツアツのしじみ汁(100円)を飲む。12:20靄山(もややま)登山口着。小一時間で山頂を往復できそうなので登ってみる。 太い白木(ヒバ)の鳥居をくぐり、更に三基の朱塗りの鳥居をくぐる。そこから先はジグザグの急坂をカシワの落葉を踏みしめながら登る。補助ロープが張り渡してあり大助かり。山頂(標高152m)には、脇元岩木山神社と三等三角点があり、参道整備の募金箱も備えてある。眺めは抜群、南には、美しく弧を描く七里長浜の海岸線と十三湖、その果てに秀麗津軽富士、北には、日本海の荒波を受ける権現崎、眼下には箱庭のような市浦の集落、文句なしに素晴らしい。日本の風景百選どころか十指にも選ばれそうな美景、これは登った甲斐があるというもの。カメラマンがいないのが不思議なくらいである。12:50車に戻る。R399に入り権現崎の尾崎山に登ろうと思ったが、崖崩れのためキャニオンハウスの手前で通行止め、 やむなく引き返し竜飛崎へ直行する。 小泊は太宰治の小説「津軽」の舞台、記念館に立ち寄りたかったが時間が無い。13:30道の駅こどまりで小休止、昨日から冬期休業に入り建物の改修工事が行われている。R399(龍泊ライン)はやがて海岸を離れ山中に入る。14:00眺瞰台(標高500m)、R399の最高点である。雨がぱらつき始める。階段を117段登り展望台へ。南には岩木山と七里長浜が遥か遠くに朧に霞み、北には竜飛埼らしき岬が望める。随分遠くに来たものである。14:15ようやく竜飛崎到着、雨は本降り、観光客の姿はまばら、最果ての岬は閑散としている。竜飛漁港を見下ろすDsc02273場所に「津軽海峡冬景色」の歌碑が建ち、石川さゆりの歌声が繰り返し流れる。R399(車道)はそこで行き止り、国内唯一の階段国道(全長388m、362段、標高差70m)で漁港バス停前のR399と結ばれる。せっかくなので階段国道を漁港まで降りてみる。R399(車道)に出ると町営バス乗り場竜飛漁港というバス停があり、竜飛今別漁業協同組合竜飛支所の建物がある。緑色のペンキで塗られた公衆トイレもある。漁港の最先端に建つ民宿兼食堂"津軽海峡亭"まで歩き店内を覗いてみたが客は誰もいない。ひとりでは昼食を用意してもらうのも悪いので、再び階段国道を登り返して駐車場に戻る。階段国道の途中の平地には昭和59年に廃校になった三厩村竜飛中学校跡地がある。車で一段上の竜飛埼燈台駐車場に上る。白亜の燈台が建つ所が岬の最先端、北緯41度15分30秒、東経140度20分33秒、その先は鉛色の津軽海峡を挟んで北海道の山並が指呼の間に眺められる。晴れていれば素晴らしい景色であろう。季節を変えて又来ねば。無料休憩舎内の食堂でホタテラーメン(600円)を食べる。雨が小降りになったので園地に建つ歌碑をチェック、「東西の浪闘いて 霰加南(あられかな)」(大町桂月)、「龍飛岬立てば風浪四季を咬む」(Dsc02290川上三太郎)、「陸(くが)はつる海の光に草山は黄菅(きすげ)の花の輝くあはれ」(佐藤佐太郎)、他に太宰治の文学碑や吉田松陰の碑もある。今より遥かに交通不便な時代だった故に、陸果てる竜飛岬が数多の文人墨客を惹きつけたとみえる。15:35仙台へ向け出発、カーナビに仙石線榴ヶ岡駅をセットすると422㎞、22:00着。今日中に着ければよいが・・。R399を走り今別から県道14号線(今別蟹田線)に入る。蟹田へ出てR280を南下、青森市内に入って給油し、青森ICから東北道に乗る。18:40花輪SA、汐ヶ浜でもらったお握りを食べる。盛岡附近から再び本降りの雨、20:30前沢SAで小休止、小岩井のバタークッキーを2箱買う。泉ICで高速を下りて22:20無事マンション着。風呂に入ってさっぱりしてからイカ焼きの残りを肴に一番搾りの35缶を飲む。

| | コメント (0)

黄金崎不老ふ死温泉

Dsc02165 2011年11月4日(金) 崩山から下山し、深浦町大字森山字松浦71-2にある民宿汐ヶ島(代表:山本光治氏、℡:0173-77-2174)にチェックイン、さざえの間に通される。ここに泊まるのは二度目、前回は2009年9月3日でやはり白神岳登山を果たした日。夕食まで間があるので不老ふ死温泉へ入りに行く。黄金崎まで片道およそ10㎞、途中で日本海に沈む夕陽を眺める。名物の露天風呂は残念なことに15:30で受付終了、やむなく600円を支払い内湯に入る。大浴槽とジャグジーがあり、大浴槽は茶褐色の紛れもない温泉、ジャグジーは無色透明 で水道水か井戸水の沸かし湯のようである。大浴槽は源泉(温度調整のため加水)掛け流しで熱め、泉質はナトリウム・塩化物強塩泉で良く温まる。源泉は地下200mのところから毎分400リットル湧出しているとのこと、色から測ると鉄分が多いのであろう。髪も洗ってさっぱりし、18:00前には汐ヶ島に戻る。

| | コメント (0)

崩山(白神山地)で出逢ったきのこ

203dsc02050011年11月4日(金) 十二湖の奥にある森の物産館キョロロの前の有料駐車場に車を置き3時間半かけて崩山山頂をピストン(詳しくは姉妹編ブログ「自惚山人ノオト」の「481.崩山」をご参照ください)。日本有数のブナ林はさすがに豊饒であり、晩秋のこの時期でも色々なきのこが出ている。特に初見のフチドリツエタケとブナシメジに出逢えたことで大満足。
《観察種》
①アカチシオタケ、②ウラベニガサ、③ウラベニガサ科不明種、④タヌキノチャブクロ、⑤ツキヨタケ、⑥ニガクリタケ、⑦ハイイロシメジ?、⑧ヒトヨタケ、⑨フチドリツエタケ、⑩ブナシメジ、⑪ブナハ02dsc02084リタケ、⑫ムキタケ、⑬モエギタケ科不明種(キナメツムタケ?)、⑭モエギビョウタケ
(写真は上がフチドリツエタケ、下がブナシメジ)

| | コメント (0)

蓬田岳(阿武隈山地)で出あったきのこ

Dsc019822011年11月3日(木) 3月の震災で被災した多賀城市にあるアパートの解体撤去工事の打合せと、仙台の居宅にしているマンションの修繕委員会に出席するため今年六回目の帰仙。その行き掛けの駄賃に阿武隈山地の一等三角点峰蓬田岳に登る(詳しくは姉妹編ブログ『自惚山人ノオト』の「480.蓬田岳」をご参照ください)。登山口のジュピアランドひらたの大駐車場に車を置き山頂を往復したが、登山道脇で見られたきのこはシロノハイイロシメジ?とスギエダタケの2種のみ。山中にブナは意外に少なく、期待したムキタケには出会えなかった。また、シロノハイイロシメジは先日(10月22日)仙台の榴ヶ岡公園で見つけたものとは少し雰囲気が異なり、どちらかがハイイロシメジなのかもしれない。いずれにしても両種とも晩秋のきのこであることが分る。

| | コメント (0)

「プラド美術館所蔵 ゴヤ-光と影」展

Dsc01967 2011年11月2日(水) 読売新聞を購読している販売店から、国立西洋美術館で開催中(10月22日~来年1月29日)の「プラド美術館所蔵 ゴヤ-光と影」展の無料観覧券を2枚貰ったので上野へ出かける。2006年のスペイン旅行の際に、マドリッドの国立プラド美術館に入場はしたものの、ゴヤの作品で記憶に残るのは〈裸のマハ〉、〈着衣のマハ〉、〈カルロス4世の家族〉くらい、限られた時間でゴヤ以外の画家の必見作品もチェックせねばならず、館内を慌ただしく移動したことを思い出す。今回はその時見逃した〈自画像〉、〈日傘〉、〈マハとしゃれ者達〉、〈目隠し鬼〉、〈スペイン王子フランシスコ・デ・パウラ・アントニオの肖像〉、〈レオカディア・ソリーリャ?〉なども出展されている。これらはプラド美術館の図録にも載っており、ゴヤの代表作なのであろう。今回の展示品123点のうち油彩画は20点余、残りの殆どは版画集の下絵?やデッサン帖をばらした素描?である。会場は薄暗く、小品である下絵や素描の細部を見るには辛いものがあったが、2時間ほどかけてじっくり観賞する。目玉である〈着衣のマハ〉や宮廷肖像画が光とすれば、スペイン独立戦争を基に制作された版画集〈戦争の惨禍〉は影と云うことか、後者には46歳で聴力を失ったゴヤの苦悩と人間の残酷な本質が生々しく凝縮されている。館内のレストラン"すいれん"でお昼を食べようと思ったが満席で行列が出来ている。結局上野駅構内のエキュートでパンとコーヒーの安上がり。

| | コメント (0)

定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc019582011年11月1日(火) 午後、松戸市にある千葉県立西部図書館に借用していた本を返却し、その足で手賀の丘公園へ廻りきのこ観察。前回(10月11日)より種類も量も大分少ない。それでもスッポンタケの卵が4個並んでいる姿を撮影できたことで良しとする。
《観察種》
①コムラサキシメジ、②スギエダタケ、③スッポンタケ(写真)、④チチアワタケ、⑤ヌメリガサ属(チャヌメリガサ?)、⑥ノウタケ、⑦ハラタケ属(オオミノモリハラタケ?)、⑧不明種(「私のきのこ図鑑(2)」のモエギタケ科07)

| | コメント (0)

カリン飴

Dsc019292011年10月31日(月) 今日は近所のスーパーで購入したカリンでカリン飴を作る。良く水洗いした3個のカリン(約1キログラム)を2つ割りにし、スプーンで種を取り除く。ザク切りにしたカリンを鍋に入れ、1リットルの水を加えて加熱し、沸騰したら弱火にして1時間ほど煮る。煮汁を金網のザルで濾し、濾液を鍋に受ける。カリン残渣に250ミリリットルの水を加え再び煮立たせて、同様に濾し、先の濾液と一緒にする。同じ操作をもう一度繰り返す。鍋に集めた煮汁約1リットルに白砂糖800グラムを加え、弱火でじっくり煮詰める。約半分の0.5リットル位になったら、煮沸消毒した瓶に入れて出来上がり。ワインレッドの色合いが美しく初めてにしては上出来、香りも良い。あとはカリン酒を作れば今冬の風邪対策は万全かも。

| | コメント (0)

タマネギ植え付け

Dsc023532011年10月31日(月) ケーヨーD2で購入したタマネギ苗約130本をサトイモ跡地に植えつける。130本のうち100本が極早生種の玉ネギ、残りの30本が早生種の赤玉ネギである。今年は冬期の凍上対策として、初めて穴あきマルチシートを張ってみたが果たして効果は如何。無農薬有機栽培を基本とする我が家の菜園は、見た目や味が多少悪くても、安全・安心が売り物の野菜を生産してきたが、柏市がホットスポットになってしまった今では、その唯一の取り柄にも疑問符がつく。結構時間と労力がかかる家庭菜園を来年以降も続けるべきかどうか、このところ心が揺らぎっ放しで困ったことである。

| | コメント (0)

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »