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竜飛崎

2011年11月5日(土) 森山集落に鳴り響くチャイムの音で5:00に目覚める。外はまだ真っ暗、室温13℃、朝は冷える。朝食まで間があるので布団の中で開高健著の「輝ける闇」を読む。7:00から朝食、焼き魚に納豆にコーヒーまでも付く。7:50チェックアウト、勘定はビール代も含め9,030円と格安、それなのにお昼のお握りと乾燥アオサを2袋も頂戴する。有り難い。先ず不老ふ死温泉に立ち寄り、 昨日暗くて撮れなかった全景写真を撮る。今日は津軽半島の最先端までドライブしてから仙台に帰ることとし、ナビ目的地に竜飛崎を設定すると130㎞。8:20深浦の町に入り、名刹円覚寺の山門前にあるDsc02181風待ち館の駐車場に車を入れる。春光山円覚寺は貞観十年(868)円覚法印が開山したと伝わる古刹、本尊は十一面観音像である。時代時代の土地の豪族や津軽藩主の庇護を受け、又、北前航路の蝦夷地へ渡る最重要港だったため、海上安全を祈願する船乗りや船主の信仰を集めたとのこと、鄙には立派なお寺である。仁王像が立つ山門をくぐり本堂にお参りする。十一面観音の御真言「おんろけいじんばらきりく」を三度唱える。丁寧には七度唱えるそうである。柱に御詠歌も掲げてあり、「ただ頼めほとけの恵み深浦の心(うら)安かれとこの世後の世」と「ただ頼め行く末祈る深浦の明日の命のほどは白浪」の二首。国の重要文化財に指定されている厨子(室町時代初期)は扉に鍵のかかった薬師堂内に納められており、 別途拝観料を納めねば見られない。境内を一回り、県重宝の宝篋印塔(江戸時代初期)、町指定天然記念物の"円覚寺の竜灯杉"、町の巨樹・古木に指定されている"円覚寺の大イチョウ"などを見学する。門前に「菅江眞澄の道」なる標柱が建ち、江戸時代の旅行家菅江眞澄(1754-1829)がこの寺に一時滞在した事実を伝えている。R101を北上し9:00行合崎に立ち寄る。行合崎は深浦海岸に突き出た平坦な岬で自然草原が発達しており271種の植物相を持つ。ニッコウキスゲ、ノハナショウブ、ムシャリンドウが草原を彩る季節はさぞかし華やかであろう。9:20道の駅Dsc02210ふかうら、海産物が豊富に並べてあり、生鮭のオスは1尾1,000円、同メスは4,000円、ヒラメは大きさにより1枚1,300円から750円、エゴ草やテン草など寒天材料もある。9:40千畳敷海岸、全国に千畳敷と称する海岸岩場は数多あるが、恐らくここが一番広いのでは。寛政四年(1792)の大地震で海床が隆起し水面に現れたところで、ここなら間違いなく千畳の畳が敷ける。岩場の先端まで歩いて行くと釣師が2人、狙いはアオリイカとのことで懸命にエギングロッドを振っている。 傍らの売店で名物のイカ焼きを買うと1パック300円、 焼きたてのアツアツにマヨネーズをつけて食べる。 10:25国の天然記念物(平成16年9月30日指定)"北金ヶ沢の大イチョウ"着。樹齢千年以上、高さ31m、幹周り22m、途方も無い大きさである。講談社現代新書801「巨樹」に紹介されている苦竹のイチョウ(宮城県)、千本イチョウ(千葉県)、上時のイチョウ(富山県)をはるかに上回る。今尚樹勢盛んであり真の日本一かも、いやはや大したものである。鯵ヶ沢町を抜けてR101と別れ県道12号線(鯵ヶ沢蟹田線)に入る。信号の殆どない直線道路で北海道のような景色、道の両側はクロマツ林、覗いてみたいが駐車スペースがない。 11:30十三湖中ノ島ブリッジパーク前の駐車場着。湖の向うに岩木山が美しく聳える。せっかくなので中島遊歩Dsc02233道橋を渡り中ノ島へ。中ノ島はキャンプ場もある野外遊園施設として開発されているが、湖畔は若いクロマツ林に覆われている。キンタケ(シモコシ)が出ていないか林内に入ってみたが、見つかったのはササタケとニセマツカサシメジのみ。地元の婦人がひとりきのこ採りをしていたので袋を覗かせてもらうと若いキンタケがどっさり、まだ松葉の下に隠れているらしく鎌で掘り起こさないと見つからないとのこと。それにしても競争相手は少ないし松林は広大、福島第一原発事故の影響もここまでは届かず羨ましい環境である。松林の中にはアキグミの木が多く、赤い実をどっさりつけていたので果実酒用に採取する。駐車場に戻り、十三湖名産のしじみ貝を直売している小倉屋でアツアツのしじみ汁(100円)を飲む。12:20靄山(もややま)登山口着。小一時間で山頂を往復できそうなので登ってみる。 太い白木(ヒバ)の鳥居をくぐり、更に三基の朱塗りの鳥居をくぐる。そこから先はジグザグの急坂をカシワの落葉を踏みしめながら登る。補助ロープが張り渡してあり大助かり。山頂(標高152m)には、脇元岩木山神社と三等三角点があり、参道整備の募金箱も備えてある。眺めは抜群、南には、美しく弧を描く七里長浜の海岸線と十三湖、その果てに秀麗津軽富士、北には、日本海の荒波を受ける権現崎、眼下には箱庭のような市浦の集落、文句なしに素晴らしい。日本の風景百選どころか十指にも選ばれそうな美景、これは登った甲斐があるというもの。カメラマンがいないのが不思議なくらいである。12:50車に戻る。R399に入り権現崎の尾崎山に登ろうと思ったが、崖崩れのためキャニオンハウスの手前で通行止め、 やむなく引き返し竜飛崎へ直行する。 小泊は太宰治の小説「津軽」の舞台、記念館に立ち寄りたかったが時間が無い。13:30道の駅こどまりで小休止、昨日から冬期休業に入り建物の改修工事が行われている。R399(龍泊ライン)はやがて海岸を離れ山中に入る。14:00眺瞰台(標高500m)、R399の最高点である。雨がぱらつき始める。階段を117段登り展望台へ。南には岩木山と七里長浜が遥か遠くに朧に霞み、北には竜飛埼らしき岬が望める。随分遠くに来たものである。14:15ようやく竜飛崎到着、雨は本降り、観光客の姿はまばら、最果ての岬は閑散としている。竜飛漁港を見下ろすDsc02273場所に「津軽海峡冬景色」の歌碑が建ち、石川さゆりの歌声が繰り返し流れる。R399(車道)はそこで行き止り、国内唯一の階段国道(全長388m、362段、標高差70m)で漁港バス停前のR399と結ばれる。せっかくなので階段国道を漁港まで降りてみる。R399(車道)に出ると町営バス乗り場竜飛漁港というバス停があり、竜飛今別漁業協同組合竜飛支所の建物がある。緑色のペンキで塗られた公衆トイレもある。漁港の最先端に建つ民宿兼食堂"津軽海峡亭"まで歩き店内を覗いてみたが客は誰もいない。ひとりでは昼食を用意してもらうのも悪いので、再び階段国道を登り返して駐車場に戻る。階段国道の途中の平地には昭和59年に廃校になった三厩村竜飛中学校跡地がある。車で一段上の竜飛埼燈台駐車場に上る。白亜の燈台が建つ所が岬の最先端、北緯41度15分30秒、東経140度20分33秒、その先は鉛色の津軽海峡を挟んで北海道の山並が指呼の間に眺められる。晴れていれば素晴らしい景色であろう。季節を変えて又来ねば。無料休憩舎内の食堂でホタテラーメン(600円)を食べる。雨が小降りになったので園地に建つ歌碑をチェック、「東西の浪闘いて 霰加南(あられかな)」(大町桂月)、「龍飛岬立てば風浪四季を咬む」(Dsc02290川上三太郎)、「陸(くが)はつる海の光に草山は黄菅(きすげ)の花の輝くあはれ」(佐藤佐太郎)、他に太宰治の文学碑や吉田松陰の碑もある。今より遥かに交通不便な時代だった故に、陸果てる竜飛岬が数多の文人墨客を惹きつけたとみえる。15:35仙台へ向け出発、カーナビに仙石線榴ヶ岡駅をセットすると422㎞、22:00着。今日中に着ければよいが・・。R399を走り今別から県道14号線(今別蟹田線)に入る。蟹田へ出てR280を南下、青森市内に入って給油し、青森ICから東北道に乗る。18:40花輪SA、汐ヶ浜でもらったお握りを食べる。盛岡附近から再び本降りの雨、20:30前沢SAで小休止、小岩井のバタークッキーを2箱買う。泉ICで高速を下りて22:20無事マンション着。風呂に入ってさっぱりしてからイカ焼きの残りを肴に一番搾りの35缶を飲む。

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