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八幡神社(多賀城市)

2011年12月25日(日) アパートの解体撤去工事の確認後、近くの八幡神社へお参りに行く。境内には三月の大震災と津波の爪跡が未だ生々しく残る。鬱蒼たる鎮守の森を形成していたDsc03064スギやマツは枯れてしまったために全て伐採され、御神木のコウヤマキだけが辛うじて残っているが、なんとも寒々とした景色である。かつてあった由緒書きの石碑は見当たらない。入口に建つ神徳敬仰碑の碑面には、「宮城郡多賀城町に鎮座せらるる八幡神社は鎮座の地名によりて一は興の井八幡 或は末松山八幡宮とも称せらる 往昔坂上田村麿東夷征討 の際宇佐より勧請すと伝え中世留守氏の厚く崇敬せる名社なり 菅野宮司当社の社殿を改築造営し新に神霊を奉安する奥殿を設けむの念願をたてこれを神社役員に諮りて賛同を得しかば技師清水信雄氏に設計監督を木匠伏谷壽男氏に施工を委嘱せしが名々精魂を傾けて力を致し昭和三十五年(1960)九月十五日盛大なる竣工奉告祭を奉仕せり 総工費弐百四十五萬円は神社より支出し奥殿内の鋪設装飾用具は氏子崇敬者の醵出に係る 待望久しかりし社殿整備の功畢(おわ)り此処に面目一新す 冀(こいねがわ)くば神徳弥々高大に衆庶益々葵傾(きけい)の誠を捧ぐるに至らんことを 今年一月菅野宮司多年奉仕の功により神社本庁より二級を以て遇せらるるを記念し些さか社殿竣工の顛末を刻し後昆(こうこん)に伝ふと云爾(かくいう) 昭和三十七年四月 宮城県神社庁長 志波彦神社・塩釜神社宮司 河合繁樹 題字 八幡神社宮司 菅野亦左衛門 建碑 志波彦神社・塩釜神社禰宜 押木耿介 撰文」とある。拝殿にお参りし、被災地の復旧と復興の一日も早いことを願う。此処にも2mを超える津波が押し寄せた筈、附近の惨状は目を覆うばかりであるが、幸いにも社殿は鎮守の森に護られて倒壊や流亡を免れたようである。午後からはマンションの修繕委員会、震災の後始末は尚も続く。 

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