« 定点観察・増尾城址公園(柏市) | トップページ | 空間放射線量測定 »

高宕観音(高宕山萬福寺)

2012年1月30日(月) 房総半島の中央部、富津市と君津市の境にある高宕山に登り(詳しくは姉妹編ブログDsc04202 の「自惚山人ノオト」の「487.石射太郎山・高宕山」を御覧ください)、中腹(といっても山頂近く)に建つ高宕観音にお参りする。岩窟に掛け作りされた観音堂の中にご本尊の十一面観音菩薩像が安置されている。存外小さい、金箔が施された7寸(21㎝)ほどの小像である。傍らに立つ環境庁・千葉県作成の高宕観音の由来なる説明板を読むと、「伝説によれば、奈良時代に行基菩薩が当山を訪れた際、多くの人々にご利益を施そうとし て彫刻した霊像といわれている。この観音像の利益を受けた者は数限りないが、源頼朝が石橋山の合戦に破れ安房の国にわたったとき、源家再興を懇祈し、黄金で一寸八分の尊像を写し刻んだ。そして常に肌身はなさず持ち、ついに鎌倉幕府を開くに至った。また、五穀豊穣、子育てや厄除など観音様の霊感のおかげであるといわれ、近郷あるいは遠方から参詣に訪れる人が絶えなかった。(高宕山縁起より)」とある。狛犬の台座の銘は元治元年甲子(1864)、三重石塔の銘は宝暦八年戊寅(1758)、堂前の地蔵菩薩像の銘は寛永四年(1627)、同じく石碑は明治十四年(1881)、これら石造物から確かに江戸時代から明治にかけて(恐らく昭和の前期まで)、人々から篤く信仰された観音様だったようである。堂内の賛額を見ると、峯上二十七番と小糸三十二番の御詠歌も記されており、今は廃れたのであろうがかつては地域の三十三所観音霊場の札所だったことが分る。

|

« 定点観察・増尾城址公園(柏市) | トップページ | 空間放射線量測定 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 定点観察・増尾城址公園(柏市) | トップページ | 空間放射線量測定 »