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世界遺産「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」

2012年1月17日(火) 6:20起床。7:00朝食。ハム、ソーセージ、ヨーグルトを食べジュースとコーヒーを飲む。五星ホテルといDsc03935っても内容はこれまでのホテルと変わらない。8:30リスボン市内観光に出発、 現地ガイドは日本人女性堀さんとアナベラさん。ホテルは市内の北部、堀さんの説明を聞きながら市西部の河畔にあるベレンの塔へ向かう。途中、ヨーロッパ一の高さ(65m)を持つ全長43㎞という水道橋を眺めたり、ジャカランダ(ノウゼンカズラ科)の街路樹に見入る。羽状複葉のちょうど鳳凰木のような木である。4月中旬になると一斉に花が咲き、紫雲木の名にふさわしく街を青紫に彩るとのこと、最近では日本でも宮崎県などに行けばジャガランダの花が見られるそうであDsc03940_2
る。そうするうちにベレンの塔が近づく。ベレンの塔はマヌエル1世の命により1515年に着工、1520年に完成したテージョ川の河口を守る要塞である。 後には船の通関手続きを行う税関や燈台としても利用されたが、要塞とは思えない優美な姿をしている。司馬遼太郎は、著作の「街道を行く 23 南蛮の道Ⅱ」の中で「テージョ川に佇む公女」と表現しているが、15世紀末のポルトガル独特の建築様式(マヌエル様式)の白い塔は、空の青と海(河)の青に映えて美しく佇む。次に汀線を少し上流に歩いた所に建つ「発見のモニュメント(海洋発見記念碑)」へ。巨大な帆船を模した形の記念碑がテージョ川に向かって船首を突き出ている。 1960年にエンリケ航海王子の没後500年を記念して造られたモニュメントであり、先頭にはカラベル船を手に持つエンリケ航海王子、2番目にはアフリカ・ポルトガル帝国を形成したアフォンソ5世、3番目にはインド航路を開拓したヴァスコ・ダ・ガマ、4番目にはブラジルに到達したペドロ・アルヴァレス・カブラル、5番目には初の世界一周を達成したフェルナン・デ・マガリャインス(マゼラン)、しんがりから2Dsc03953番目にフランシスコ・ザビエル、大航海時代を切り開いた16人の偉人の像が並ぶ。反対側にも15人?、皆名のある英雄であろう。モニュメント前の広場には大理石のモザイクで世界地図と各地の発見年号が記されている。日本は1541年、ポルトガル船が豊後に漂着した年とされている。続いて広場 の向うのジェロニモス修道院の見学へ。ジェロニモス修道院は、エンリケ航海王子とヴァスコ・ダ・ガマの偉業を称え、また新天地開拓へと乗り出していく航海の安全を祈願して、1502年にマヌエル1世が着工したもの。東方交易で 得た潤沢な資金を惜しげもなくつぎ込んだDsc03985 建物は完成まで1世紀を要し、ポルトガル海洋王国の栄華を今に伝える記念碑となっている。修道院や聖堂の見学はもう腹一杯で、もはや根性がなくなり気力が続かない。そうは云っても入場料が7ユーロ、気力を振り絞ってひと通り見学する。教会に入り内陣とステンドグラス、サンタ・マリア聖堂、セバスティアン王の棺、ヴァスコ・ダ・ガマ(1468-1524)の棺、柱の浮彫り彫刻(胡椒の実、ザクロ、アーティチョーク等)を眺め、食堂(元共同室)、一階回廊、二階聖歌隊席、二階回廊と巡る。中ではマヌエル様式の最高傑作といわれる回廊アーチの装飾と天井部分を支えるリブの星型紋様が見事、一見の価値がある。Dsc04038 続いてリスボン旧市街に建つサン・ロケ教会へ。天正遣欧少年使節が1ヶ月ほど滞在したイエズス会の教会である。15分ほどで慌ただしく見学、午後から「選べる観光プラン」が控えているため午前中は忙しい。サン・ロケ教会は16世紀に建てられたイタリア・バロック様式の教会であるが、正面ファサードは1755年の大地震で破壊され、その後再建されたためかシンプル。教会奥にあるサン・ジョアン・パプティスタの礼拝堂は華麗である。最後に国立アズレージョ美術館に1時間弱立ち寄る。教会を改装した建物の中に、14世紀から現代までのアズレージョが所狭しと展示されている。何れも見ごたえがあるが、リスボン大震災(1755年)前の街並を描いたタイルは歴史的にも価値が高い。記念にタイル製の小物入れを購入する。12:25午前の観光終了、バスに乗り市中の昼食会場へ向かう。途中、車窓から「くちばしの家(1522年建造)」やロシオ駅を写真に収める。

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