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世界遺産「タリンの歴史地区」(その2)

Dsc05479カフェで一服した後の10:30、再び旧市街散策を続行。ラエコヤ広場からハルユ通りを南進し、聖ニコラス教会へ。聖ニコラス教会は船乗りの守護聖人ニコラスに捧げられ、13世紀前半にドイツ商人の居住区の中心に建てられた教会。現在は博物館とパイプオルガンのコンサートホールとして使われている。リュヒケ・ヤルク(短い足)通りを抜けて山の手であるトームペアの丘に上る。まずトームペア城とのっぽのヘルマンの見物。トームペア城は13世紀初め、かつてエストニア人の砦があった場所に帯剣騎士団により建てられた。現在の建物は18世紀後半の再建。南側にある高さ50mDsc05472の塔の愛称は「のっぽのヘルマン」、頂きにエストニアの三色旗を掲げ国を象徴する存在となっている。現在、城内に政府の一部と国の議会が入っているので内部の見学は不可。トームペア城の向い側に建つアレクサンドル・ネフスキー教会に入場見学。1901年、帝政ロシアによって建立されたロシア正教の教会である。ちょうどミサの最中でイコノタスの正面扉とサイドの扉が開いており奥の祭壇を覗くことができる。真っ黒な顎鬚と頬髯とを生やし黒い袈裟をまとった司祭は重々しく威厳がある。その司祭の厳粛な祈りの声が堂内に朗々と流れ、言葉はまるDsc05510で分らないがちょうど仏教の声明を聞く様である。ロシア人信徒は皆、有り難さにひざまづく。歴史的経緯からタリンにはロシア人移民が数多く住んでおり、新聞もエストニア語版とロシア語版があるとのこと、なるほどと頷ける。堂内に入って直ぐの右側の壁には、1905年の日露戦争(日本海海戦)で亡くなった人々に捧げる鎮魂のプレートが掲げられている。大聖堂を左手に眺めながら第一展望台(Patkuli Vaateplats)へ。旧市街の眺めは抜群であるが足元が凍結していてつるつる、非常に危ない。冬期は転倒して怪我をする人が多く、その上屋根から落下する氷柱の直撃を受けてDsc05512亡くなる人まであると云う。上も下も危ないのではゆっくり街歩きを楽しめない。建物の氷柱を常に落としておかないと所有者は罰金を科されるとのこと、軒下を歩かないよう建物の壁に斜めに棒を立てかけて注意を促している箇所も多い。更に第二展望台(Kohtuotsa Vaateplats)へ。そこも又凍結していたが、旧市街の眺めは素晴らしく、何処を切り取っても絵になる。そこからピック・ヤルク(長い足)通りを下り、ラエコヤ広場に戻る。街角に佇む屋台は中世のアーモンド菓子を商い1袋が2ユーロ。売り子は伝統衣装(中世の衣装?)の赤いマントを身にまとう。タリンの風物詩、皆若く美人が多い。12:00ラエコヤ広場に面するレストランMaikrahvに入り昼食。煮凝りと温野菜とポークステーキとアイスクリームを食べる。味はまずまず。

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