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杉原記念館(旧日本領事館)

Dsc04826杉原記念館前に11:10到着。一帯はグリーンヒルと呼ばれる高級住宅地、喬木が生える緑地も多い。平坦地ばかりのリトアニアでは丘の上は眺めが良いし一等地なのであろう。最も坂の登り口には旧KGBの灰色のビルとか廃墟のような建物もあるが。旧日本領事館といってもそんなに大きな建物ではない。一般の住宅に毛が生えた程度。館内に入ってまずビデオ鑑賞20分、「葦のようにしなやかに」というタイトルで制作は岐阜県八百津町有志、杉原千畝の故郷である。ビデオによると、千畝は1900年1月1日八百津町の生まれ、早稲田大学在学中の1919年に日本国外務省の試験にDsc04820_2合格し、留学してハルビン学院に学び、その後外交官となった。駐リトアニア共和国領事代理時代の1940年7月、突然カウナスの日本領事館前に人垣ができた。彼等はナチスに追われ、ポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人だった。その要求するところは日本の通過ビザ。すでにヨーロッパにユダヤ人が安住できる場所はなく、シベリアを経由して米大陸に逃れるのが唯一生き残る道だった。ビザ発給の許可を求める杉原の電報に対する日本政府の回答は“否”、ドイツと同名を結んでいる日本としては当然であった。救いを求めるユダヤ人たちを無視することができなかった杉原は独断でビザを発行する。領事館退去の期日までの約一ヶ月間、昼夜を分かたず、ペンが折れ腕が動かなくなるまでビザを書き続け、Dsc04827 その数は千六百通にも及んだ。これによって実際にシベリア、日本を経由して第三国に渡ることができたユダヤ人は六千人を超えると伝えられている。云々。日本に帰ったら早速、反町隆史主演の映画「日本のシンドラー杉原千畝物語/六千人の命のビザ」のDVDを見てみよう。序に「シンドラーのリスト」も。その後館内見学、執務室や資料展示室を回る。杉原記念館の入館料は志納であるが、維持費は早稲田大学も負担しているらしい。11:45バスに戻り、市内のレストラン・ポンペイヤ(POMPEJA)へ行き昼食。レストランの隣に建つモニュメントはユダヤ人の宗教建造物とのこと、鳥居そっくり、インドのサーンチー仏教遺跡に建つトラーナ(塔門)も同じような形をしていたが何か相互関連があるのかも。スープ、ツェペリナイ、アイスクリームを食べる。ツェペリナイはリトアニアのジャガイモを使った郷土料理、名前の通り飛行船のような形をしている。13:00リガへ向け出発。

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