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西国八番札所 豊山長谷寺(真言宗豊山派総本山)

2012年5月25日(金) 拝観料を納めて頂いた小冊子に、「長谷寺は、山号を豊山(ぶざん)と号し、朱鳥元年(686)、道明上人が天武天皇のために千躰釈迦板仏(銅Dsc09295板法華説相図)を初瀬山西の岡に安置したことに始まり、のち神亀四年(727)、徳道上人が聖武天皇の勅願によって御本尊十一面観世音菩薩を東の岡にお祀りしました。徳道上人は観音信仰にあつく、西国三十三所観音霊場を開かれた大徳として知られ、長谷寺はその根本道場とも呼ばれるゆえんであり、初瀬詣、長谷信仰は全国に広がりました。下って天正十六年(1588)の頃、専誉僧正がご入山されてより、長谷寺は関係寺院三千ケ寺を有する真言宗豊山派の総本山として、また西国三十三所第八番札所として、檀信徒は約二百万人、四季を通じて花の御寺として多くの人々の信仰をあつめています」と縁起が記される。
後陽成天皇宸筆の額が掲8image0003げられた仁王門をくぐり、登廊の399段の石段を上り切ると、慶安三年(1650)徳川家光の発願によって再建された舞台づくりの本堂(国宝)に出る。本堂に上がり、2.7mの自然石の台座に立つ像高8mの巨大な御本尊十一面観音立像(重文)にお参りする。御詠歌は、「いくたびも まゐるこゝろは はつせでら やまもちかひも ふかきたにがは」。ちょうど正午を告げる法螺貝の音が初瀬の山峡に響き渡る。枕草子の124段の中頃に、「日ごろこもりたるに、昼はすこしのどかにぞ早うはありし。法師の坊に男ども童などゆきてつれずれなるに、ただ傍に貝をいと高く、俄に吹き出したるこそおどろかるれ」とあるのは、この時を告げる法螺貝の音であろう。清少納言が参詣した千年の昔から絶えることなく今に続く床しい音色である。

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