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大宝八幡宮(茨城県下妻市)

2012年9月28日(金) 仙台から柏に戻る途中、休憩を兼ねて下妻市の大宝八幡宮に参詣。R294から案内看板に従い右折すると間もなく、境内前のゑびす屋のDsc01118無料駐車場に車を駐める。随身門前の説明板に大寶八幡宮御由緒として、「文武天皇の大宝元年(701) 藤原時忠 常陸国河内郡ヘ下向ノ際 筑紫ノ宇佐八幡宮ヲ勧請シ御創建サレタ 康平五年(1062) 安倍貞任ヲ討伐シタ 源頼義ハ祭祀田ヲ寄進シタ 文治五年(1189)奥州征伐ノ際 源頼朝ガ 鶴岡八幡宮ヲ勧請シ コレヲ 若宮八幡宮ト申シ奉ッタ 当宮ハ 大寶城の跡デ モトハ鳥羽ノ淡海ニ突キダシタ 東西二百五十米 南北五百米ノ丘陵地デアリ 応徳三年(1086) 下津間盛幹ガ コノ要害ノ地ニ築城 初代城主と為ル 約百年後四代ニシテ弘幹ガ滅亡 源頼朝ハ 小山朝政ノ所領トシテ治メサセル 小山氏ハ代々下妻氏ヲ名乗ッタ 建武ノ中興ノ大業モ挫折 六代城主政泰ノ代ニ南北朝時代トナル 政泰ハ南朝ニ味方シ 春日中将顕時 興良Dsc01122_2親王ヲ迎ヘ奉リ 関城ノ北畠親房ト相呼応シテ義旗ヲヒルガヘシタガ 戦利アラズ 落城シ 廃城トナル 正親町天皇ノ元亀年間ニ 多賀谷氏ガ 大寶ノ南 小野子台ニ新タニ築城 城主多賀谷尊経ハ 真壁郡関ノ庄三十三郷ヲ領シ 信心ノ念篤ク 天正三年(1575) 火災デ焼失シタ御本殿ヲ再建シ 佩刀ノ太刀ヲ奉献 戦乱ノ世ニ必勝ヲ祈願 三十三郷ノ民ヲ社頭ニ會シ 壮大ナ流鏑馬ノ神事ヲ催シタト言フ 慶安年間 三代将軍徳川家光ガ圭田ヲ寄進 代々御朱印ハ当宮ニ所蔵サレテイル 寛政七年(1795) 光格天皇ヨリ題字及御紋付幕ヲ賜ハル ソノ間御宮ヲ御守リシタノガ 大寶八ヶ寺 大寶寺ト総称シ 百五十石ヲ領シタ 大寶寺別当賢了院ガ中心デ七ツノ下寺ガアリ 明治維新前迄 奉仕シタ 明治十九年(1886) 北白川宮ヨリ幣帛料ヲ御進納サル 明治三十九年(1906)五月 県社ニ列格 昭和九年(1934)五月 国の史跡指定地トナル」とある。ご祭神は、誉田別命(ほんだわけのみこと)・足仲彦命(たらしなかつひこのみこと)・息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)の三柱、桃山時代に下妻城主多賀谷尊経が再建した本殿は、国の重要文化財に指定されている。早速拝殿に進み参拝する。関東最古の八幡宮と称するだけあって立派な社殿である。本殿を拝んでから境内を一巡り。鐘楼があったり、随身門に仁王像が祀ってあるのは神仏習合時代の名残り。ゑびす屋に入り厄除け団子を1パック購入しサービスのお茶と団子で一服する。

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