« 奥の細道三十三霊場 第十番 弥勒寺(登米市) | トップページ | 大宝八幡宮(茨城県下妻市) »

奥州観音霊場 第十五番 竹峯山華足寺(登米市)

2012年9月27日(木) 県北古刹巡りの三ヶ所目は登米市東和町にある竹峯山華足寺(ちくぶさんげそくじ)。大同年間に創建されたと伝わる古刹で、御本尊Dsc01076_2は馬頭観音である。駐車場に車を駐め、宮城県有形文化財に指定されている山門より見学を開始。説明文には、「山門は、寛政十一年(1799)伊達九代藩主周宗公の祈願によって作られたもの、棟の魔除けの龍は対になっている。右に増長天、左に多聞天の四天王二神を祀り、二階には十二支の守り本尊八神像を安置している」とある。昨年の大震災のダメージが大きく倒壊の恐れがあって立ち入り禁止、周囲にロープが張られており神像は拝めない。次は客殿、客殿も平成四年十月二十七日付けで県の有形文化財に指定されている。説明文には、「木造平屋建桁行八件、梁Dsc01071行五間、屋根は入母屋造り、色瓦葺(もと茅葺)、石場建、玄関の間口は二間、奥行きは五尺ほどある。建築年代は不明であるが山門や庫裡よりも古い年代のものと思われ、江戸中期、十八世紀初頭を降らない密教系の本格的客殿遺構であり当時の建築様式を知る上でも貴重な遺構例である」。境内には古寺のゆかしい雰囲気が漂い、今時珍しいお寺らしいお寺さんである。石段を昇り観音堂(本堂)にお参りする。そこにも説明があり、「当山は征夷大将軍坂ノ上田村麻呂が大同二年(807)敵・味方の戦争犠牲者の迷魂を鎮撫する為に建立されました。本尊は馬頭観世音、動物憐憫の守護仏です。馬の霊Dsc01083場としては日本最古と伝えられています。古には三十数ヶ寺の末寺を有した名刹でありました。現在の本堂は八代藩主伊達斉村公の寄進により天明六年(1787)に再建されました。重厚にして荘厳美豊かな芸術的建築物として有名、広く賞賛されて居ります」と記されている。本堂内は暗く、御本尊どころか何も見えない。裏手の高処にある奥之院にも参拝する。奥之院の御堂は大永四年(1524)葛西十四代陸奥守晴重公の寄進によって建立されたとあり、これは一段と古めかしい。そのほか境内には新田次郎の文学碑があり、「はるばるとカナダに渡り日本の精神(こころ)をきめし女(ひと)を訪ねる 昭和五十三年霜月 新田次郎」と刻まれている。傍らの説明に、「講談社発行新田次郎著「密航船水安丸」は、当地方の取材作品で、全国的に有名になった。移民百周年記念カナダツアー、市民劇場「カナダに渡った蛍火の夢」の成功と、三陸道登米・東和インターチェンジ開通を記念し、作家新田次郎氏を讃え、多くの方々の協力で後世に残す碑である」と記されている。いちど「密航船水安丸」を読んでみなくては。

|

« 奥の細道三十三霊場 第十番 弥勒寺(登米市) | トップページ | 大宝八幡宮(茨城県下妻市) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 奥の細道三十三霊場 第十番 弥勒寺(登米市) | トップページ | 大宝八幡宮(茨城県下妻市) »