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カリン飴

Dsc022022012年10月30日(火) 菜園の片隅の花梨の木から10個ばかり実を頂戴し今年もカリン飴を作る。作り方は2011年10月31日の記事に同じ。ざく切りにしたカリン約1キログラムと白砂糖600グラムから、ジャムの大瓶2瓶分のカリン飴が出来上がる。これを毎日舐めて風邪とは無縁で冬を乗り切るつもり。我が家の冬支度のひとつ。

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きのこ図鑑「信州のキノコ」

Dsc021782012年10月27日(土) 先日上高地のビジターセンターを訪れた際、参考図書の架台で見つけたもの。ネットでアマゾンに注文し昨日届く。信濃毎日新聞社発行の2000年第4刷版で、もとの定価2,800円が送料込で2,750円也。樹林帯別に発生する種類がまとめられ、全680種掲載、複数の写真が記載されている種類も多く、写真総数は820枚もある。解説はなかなかユニークで面白い。昨夜遅くまでかかってひととおり目を通したところ、2009年9月に奥日光の西ノ湖畔で見つけ種名が分からなかったぶよぶよきのこは、ニカワウロコタケと判明する。早速、「私のきのこ図鑑(1)」に掲載しすっきりする。

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国立科学博物館筑波実験植物園「きのこ展2012」

2012年10月26日(金) 10月20日から28日まで開催されている「きDsc02177のこ展2012」を見学するため筑波実験植物園へ。9:40出発、一般道を43㎞走りつくば駅近くの同園に11:00到着。平日にもかかわらず2階建ての平置き駐車場がほぼ満車状態、なかなかの盛況である。自販機で入園券(300円)を購入し第一会場(教育棟)から見学をスタート。入り口には世界のきのこ切手や缶詰・瓶詰・乾燥されたきのこ食品が並べられている。その先のボードには植物園で観られる代表的なきのこの写真がずらり、昨年4月から園内に生えるきのこをすべて採集してDNAを調べるきのこプロジェクトが進行中とのことで、1年半ですでに2000点(2000種?)を超えるきのこが集まったらしい。筑波Dsc02161実験植物園には日本全国から3000種を超す植物が集められているので、多様な菌根菌が発生するのであろう。園内で発生するきのこの放射性物質濃度測定も始まっている様子であり、菌根菌の方が腐生菌より低い傾向にあるとのこと、但し、県内の野生きのこの測定データの集積は進んでいないようである。外へ出ると、テントの中に色々なきのこが並べられている。研究員の伝手で余所から送ってもらった野生きのこと園内で採取したきのこ、それと栽培きのこ(エノキタケ、エリンギ、タモギタケ、トキイロヒラタケ、ハナビラタケ、ヒラタケ、ブナシメジ、マッシュルーム、ヤマブシタケ)である。珍しいものは、オオモミタケ、ホンシメジ、ムレDsc02174オオイチョウタケぐらいで、採取してから時間が経ったものが多く、萎凋してしまい生の状態を想像しにくいのが残念。園内をひとめぐり、殆どの木の幹に名札が掛かっているので樹木の勉強にはなる。時期遅れなのか展示会用に採取された後なのか園内にきのこの姿はほとんどない。もっとも柵の中には立ち込めないし、一切の採集が禁止されているので、引き抜いて裏面の写真を撮るのは憚られる。年間のイベント一覧を見ると、春夏秋冬の各季節毎に一日、園内きのこ観察会が設けられている。またその時にでも出直すことにして、きのこグッズのクリアファイルと手ぬぐいを購入し植物園を後にする。

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菜園の恵み(77) 矩形自然薯(1)

Dsc021582012年10月25日(木) 午後から畑へ行き自然薯の試し掘り。4本建てた支柱のうちの1本の周りを掘り取り、収穫は1.8キログラム。すりおろしてだし汁で溶き熱々のご飯にかけて食べるのがベストだが、刻んで鰹節と醤油をかけて食べても美味い。また、これからの季節、水で溶いた小麦粉に擂りおろした自然薯を加え、お好み焼きの隠し味にするのも温まる。

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc021342012年10月25日(木) 午前、手賀の丘公園できのこ観察。ここでも(株)コスモ工業が工事を請け負い、放射性物質の除染工事が始まっている。10月22日から12月14日までの約2か月間、展望台を含む奥側(公園敷地の半分ほど)が立ち入り禁止。
《観察種》
1.アシナガタケ、2.カワリハツ、3.クリイロカラカサタケ、4.コムラサキシメジ?、5.チャワンタケの仲間、6.ツチナメコ、7.ドウシンタケ、8.ハイイロイタチタケ、9.マメホコリ、10.モエギタケ科?不明種 (写真はツチナメコ)

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秋映(あきばえ)

Dsc021182012年10月24日(水) 昨日、乗鞍高原から柏に戻る途中の上信越道・東部湯の丸SAで購入しました。豊野町農産物直売所の販売品で、長野県ではリンゴの「しなの3兄弟」と称され、シナノスイート、シナノゴールドとともに人気があるようです。ネットで調べると、長野県中野市の小田切健男氏が千秋につがるを交配・育成・選抜し、1993年に品種登録したもの、収穫時期は10月中旬から下旬とのことです。色が赤黒く錆色というか見た目がよろしくないせいか、柏市内のデパートやスーパーでは見かけません。食べてみると、香りが高く、果汁もたっぷり、歯触りもしゃきしゃき、甘みと酸味のバランスが良く、食味優秀です。7個で1,050円はお買い得でした。

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穂高神社奥宮(上高地)

Dsc020932012年10月22日(月) 今年の6月、安曇野市にある里宮(本宮)の穂高神社に参詣したが、今日はその奥宮参り。ここにお参りするのは10年ぶり二度目、前回は2002年10月13日。案内板の説明に、「穂高神社奥宮由緒 御祭神 穂高見神(神武天皇の御叔父神) 太古奥穂高岳に天降ったと伝えられる穂高見神(ほたかみのかみ)は、海神綿津見神(わたつみのかみ)の御子神で、海神の宗族として遠く北九州に栄え信濃の開発に功を樹てた安曇族の祖神(おやがみ)として奉斎され、日本アルプスの総鎮守として明神池に鎮座する。松本藩主水野忠恒大成の信府統記(1742)には、『皇御孫尊(すめみまのみこと)穂高嶽ニ鎮座マDsc02073シマスト云へリ、此嶽清浄ニシテ其形幣帛ノ如ク麓ニ鏡池、宮川、御手洗(みたらし)、河水アル所ヲ神合地ト云フ、大職冠鎌足公モ此神ヲ敬ミ祭リ給ヘリ・・・』とあり、すでに江戸時代中期には松本藩からも厚く崇敬されて、鎮座の昔を仰ぎ見ることが出来る。上高地は古くから神降地、神合地、神垣内、神河内とされ、神々を祀るに最も相応しい神聖な浄地である。善光寺名所図絵(1843)に霊湖とされている明神池は鏡池、神池ともいわれ、明神岳(穂高岳の一峯)の直下にして一の池・二の池からなり、奇石奇樹の島影は神秘ただよい、十月八日神池に浮かぶ龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)の御船は碧潭(へきたん)に映えて美しく平安朝の昔を偲ばせる」とある。
今回も拝観料300円を納め神域とされる明神池の周りを散策。今日は大岩魚の姿が見えないが、池畔からそそり立つ明神岳の眺めは絶景、錦秋の衣に荘厳されて一段と神々しい。嶺宮にもお参りしたいが、嶺宮は奥穂高岳の山頂に鎮座しており、もはや体力的に無理かもしれない。

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上高地で出逢ったきのこ

Dsc020472012年10月22日(月) 朝8:00、宿舎の乗鞍高原ホテルを出発し、沢渡最終駐車場に車を駐め、茶嵐バス停からシャトルバスで上高地へ。9:00上高地バスターミナル着。そこから梓川右岸遊歩道を明神池へ。明神池畔に鎮座する穂高神社奥宮に参拝し、御神域の明神池をひと巡りしてから、梓川左岸遊歩道を戻る。途中、ビジターセンターに立ち寄ったりしたので、バスターミナルに戻ったのは13:40、往復に4時間半もかかる。紅葉は平年より10日遅れが幸いしほぼ最盛期で美しかったが、きのこの方はさっぱり。ヌメリスギタケモドキとタヌキノチャブクロ、それとツガサルノコシカケやツリガネタケなど数種を見つけただけ。(写真はヌメリスギタケモドキ)

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乗鞍観光ホテル山百合

Dsc020032012年10月21日(日) 今日から2連泊、案内されたのは8畳和室のヒヨドリの間。山小屋風の建物で設備やアメニティーはいたってシンプル、余計?なものは一切ない。ゆこゆこで予約したが紅葉のオン・シーズンで一泊10,000円未満は魅力的、近くの白骨温泉に比べると格段に安い。各部屋に風呂はなく大浴場のみであるが、紛れもない源泉かけ流し、4.5×1.6mの総檜の大浴槽から乳白色の湯が常時溢れている。湯川源泉の湧出温度は46度、pHは表示がないので分からないが、泉質は単純硫黄泉、湯は熱めで温泉らしい温泉である。夕食のメインは信州サーモンと肉料理、初日は信州サーモンのたたきとローストビーフ、二日目は信州サーモンのお造りと鴨のロースト、味はまずまず。ただ、アサヒのスーパードライとサッポロのエビスは置いて有るのに、キリンビールが無いのが難。

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袈裟山千光寺(岐阜県高山市)

2012年10月21日(日) 飛騨千光寺は旧丹生川村(現高山市)にある古刹、ここにお参りするのは実に31年ぶり二度目。前Dsc01958回は1981年9月、家族4人で飛騨旅行をした際に訪れ交通安全の御守り(ステッカー)を受けたことを憶えている。寺歴には、「千六百年前、仁徳天皇の時代に飛騨の豪族両面宿儺(りょうめんすくな)の開創によると伝えられる。仏教寺院としては、千二百年前に、弘法大師の十大弟子の一人、真如親王(嵯峨天皇の皇子)によって、真言密教の飛騨祈願所として建立された。隆盛期には山上に十九の伽藍、院坊が立ち並んでいたが、永禄七年(1564)甲斐の武田軍の飛騨攻めの際に兵火にかかり、一山全て炎上した。のち天正十六年(1588)に飛騨高山城主金森長近が名刹をDsc01969偲んで再建したのが、現在の堂宇である」と記される。高野山真言宗に属し、御本尊の十一面千手千眼観世音菩薩は像高僅か一寸八分(約5㎝)の秘仏で、七年に一度御開帳される。
境内の様子は当時とは随分変わっている。新たに寺宝館が設けられ、六十三体の円空仏(岐阜県重要文化財)は全てそこに収納され、見学するには拝観料(500円)を納めねばならぬ。昔は一面に芝生が張られていて青々としていた東屋広場は、土が露出しやや荒れ気味、仁王門も修復中のようである。観音堂(高山市指定文化財、万治二年(1659)再建)や弁天堂(高山市指定文化財、永禄年間以降再建)にお参りしてから、志しを納めて庫裡の中に入る。庫Dsc01975裡の中心の囲炉裏の間は同じく高山市の指定文化財、やはり永禄年間の焼失後に再建されたものであるが、飛騨独特の重量感ある造りである。奥の間の襖九枚に描かれた「桜の襖絵」は県指定重要文化財、京都の絵師三熊思考(みくましこう)の作品である。思考が飛騨に入ったのは天明七年(1787)、58歳の時。更に本堂(観音堂)に進む。本堂の天井には県指定重要文化財の「板絵墨画龍絵」が狩野派の絵師により描かれている。前立の十一面千手千眼観世音菩薩像に有難くお参りする。寺宝館はパスし付属トイレのみ使わせてもらう。旧丹生川村が間伐材利用施設整備事業として岐阜県から補助金を受けて整備したもの。平成16年10月12日完成で事業費は8788.5千円とある。延べ床面積31平方メートル、木材総使用量11立方メートル(全て間伐材)という立派なもの、無論水洗で洋式、ウォシュレット付き?である。最後に国指定天然記念物「千光寺の五本杉」を見物する。樹齢1200年とされる巨樹は地上高1m位のところで幹が5本に分かれ株立ち状を呈する。もしかするともともと5本の杉が根際で癒着したものかもしれないが偉観であり一見の価値がある。

 

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越中白山宮(富山県南砺市)

2012年10月21日(日) お参りした際に頂いた白山宮奉賛会作成Dsc01894の由緒書には、「当社は白山菊理媛命(くくりひめのみこと)を主神とし、諏訪大明神、宇佐八幡宮をも祀る。傳える所に依れば、元正天皇の御宇養老年間(717-723)泰澄大師により、人形山(ひとがたやま)山頂に勧請され、後、天治二年(1125)三月、村の市郎右エ門の夢枕に神託を受け現地に移し鎮めたといふ。本殿は後文亀二年(1502)に建てられ、一間社流れ造りと称する様式であり、その虹梁、木鼻、蟇股等は特にその時代の特徴が見られ、県下最古の建造物として、昭和三十三年五月、国指定重要文化財となる。当地方は山深く、長く平野部と隔絶された秘境であった為に、山岳信仰、神仏習合の遺風が温存されてゐた。神楽舞、こきりこ唄等古謡も伝承され、今も春秋の二大祭に神前Dsc01898に奉納される」とある。前拝殿と後拝殿とがあり、一段の高みに建つ茅葺の後拝殿を覆屋として、国指定重要文化財の白山宮本殿が中に納められている。重文附指定の棟札には、「文亀弐年壬戌 卯月廿日敬白 南胆浮洲大日本国越中国利波郡坂本保内上梨村白山宮再興建立畢因茲現当二世諸願成就由也 願主 高桑新兵衛入道道永了讃 時政所 高桑五郎 次郎 弘次 時修所 高桑籐五郎」と書かれているそうな、制作年代が棟札によりはっきり分かることも重文指定の大きなポイントと思われる。石川県白山市にある白山本宮・加賀一ノ宮白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)の、全国に三千余社あると云う末社のひとつであり、2003年8月1日に白山頂上(御前峰)でお参りしたのは奥宮である。ありがたい。

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世界遺産「五箇山の合掌造り集落」

2012年10月21日(日) 6:00起床。朝一、温泉に入る。7:00朝食。五箇山豆腐(堅豆腐)の味噌汁と地鶏の温泉たまごが美味い。コーヒーもついてはいたが薄すぎ。7:45五箇山荘がある田向地区の見どころ見物に出る。山荘は霊峰人形山(ひとがたやま;標高1726m)の山麓、庄川の深い渓谷を見下ろす左岸の高み(標高250mほど)に建つ。人形山は岩崎元郎氏選定の新日本百名山のひとつ。富山県指定文化財の「流刑小屋」、国指定重要文化財の「村上家」、同じく重文の「白山宮」、同じく重文の「羽馬家住宅」の順に見学し、羽場家の近くにある住吉神社にもお参りする。集落内の道端には茣蓙を広げて大豆や小豆が干してあり早や冬支度。この辺り11月中旬には初雪が降り、真冬には4mも積もる日本有数の豪雪地帯である。各案内Dsc01879板の説明は以下の通り。
流刑小屋、「富山県文化財指定 昭和四十年十月一日 有形民俗文化財 流刑小屋 間口2.77m、奥行3.63m 加賀藩の流刑地として罪人が五箇山へ送られてきたのは、寛文七年(1667)が最初とされている。以来明治維新までの約200年間に150余人が流されてきた。流刑地は、庄川右岸の七集落(猪谷・小原・田向・大島・篭度・大崩島・祖山)に限られている。藩は、流刑人の逃亡を防ぐため庄川に橋をかけさせず一人では往来できない篭の渡しを使わせた。流刑小屋には集落内に限って出歩ける平小屋、一歩も外へ出られないお縮小屋、小屋の中に更に狭い檻を作って閉じ込める禁錮の三種類がある。お縮小屋と禁錮は牢番が食事を柱の穴から差し入れるだけであった。このお縮小屋は明治以降は、物置に利用されていたが昭和三十八年の豪雪で倒壊したため、古文書を参考にして復元したものである。全国的にも流刑小屋の遺構はなく貴重な民族資料である。 平成十四年十一月 富山県教育委員会・南砺市教育委員会」。
羽馬(はば)家住宅、「国指定重要文化財 建造物 羽馬家住宅 指定年月日 昭和三十三年五月十四日 所在地 富山県南砺市田向二五四 所有者 羽馬利一 この住宅の建築年代はつまびらかではないが、調査の結果では江戸中期以前のものとされている。明和六年(1769)に、この田向集落Dsc01915は大半が焼失し4㎞下流の大島集落にあった古い合掌造りを買い求めて移築したと伝えられている。この家は、オエ、デイ、ネマ、オマエの四室からなるが、ネマおよびオマエの部分の桁行が、わずか一間(1.8m)で非常に小規模な建築である。これは五箇山地方民家の平面としては、もっとも初期的な合掌造りの段階を示しているもので、全体的に木割が細く、ネマはほとんど周囲を閉鎖された空間というべく、唯一の出入口として帳台構(ちょうだいがまえ)を設けてあること、内法寸法が、五尺六寸五分であることも古い様式で、部材は釿(ちょうな)・槍鉋(やりがんな)仕上げであるなど建設された年代のかなり古いことを示す。五箇山の民家のもっとも古い遺構の一つとして、かつ、後世の改造も少なく当初の姿を最もよく残していることで、標本的価値が高いとして重要文化財に指定された。他の古い合掌造りの部分的な資料などに比較して大体江戸初期の寛文中頃の建築とされている。昭和三十八年解体修理を行っている」。
9:00五箇山山荘をチェックアウト、料金は一人11,700円也。9:20相倉合掌造り集落到着、集落保存協力金として駐車場料金500円を納める。五箇山とは、庄川上流と支流利賀川の深い谷間に点在する七十の集落(旧・平村、上平村、利賀村)のDsc01949総称であり、相倉はその典型的な集落のひとつである。相倉には23棟の合掌造りが現存するが、約100~200年前のものが多く、古いもので400年前の建造と云われる。合掌造りは豪雪に耐えるために六十度正三角形に造られた急傾斜の屋根を持つ。アマ(屋根裏)で蚕を飼ったため、切妻として明り取りを設け、床下で塩硝(鉄砲火薬の原料)の土を培養したため床が高い。養蚕・塩硝・紙漉きが江戸時代の五箇山の人々の暮らしを支えた三大産業である。集落内をぶらぶら歩き、まず地主神社と相念寺にお参りする。地主神社の由緒については説明がないので分からないが、境内の右手高みに皇太子殿下の歌碑が建つ。「五箇山をおとづれし日の夕餉時 森に響かふこきりこの唄」。平成三年宮中歌会始のお題「森」で詠まれた歌であり、学習院高等科ご在籍時、地理研究会の研修で来村された時のご感懐とある。相念寺の方は由緒書きがあり、「真宗大谷派 倉壁山相念寺 本寺創始Dsc01925は判然としないが古文書によれば天文二十一年(1552)に図書了観が五箇山十日講員として念佛道場を構えて蓮如上人真筆の御名号を奉拝し爾来その子孫が継承護持し今日に至る 正徳元年(1711)道場坊受慶が夢告により聖徳太子御自作阿弥陀像を神通川上流角川(岐阜県河合村)より奉迎したるも手次寺本敬寺(福光町)へと納め本寺尊像阿弥陀如来は延享二年(1745)本山下付安置せしものである 本寺建物は安政六年(1859)建築完成せしものでそれまでは家屋併設の内道場であった 昭和二十四年に本山より寺号付与を受け相念寺を称す」と記されている。相倉民俗館1号館(旧尾崎家)、同2号館(旧中谷家)を見学。共通入館券は200円。内部には生活用具と養蚕、塩硝造り、和紙づくりに用いられた道具類が展示され、麦屋節やこきりこの唄がビデオから長閑に流れる。梯子でアマ(屋根裏)に登ると、合掌の屋根は、釘や鎹(かすがい)などを一切使わず、荒縄とDsc01936ネソと呼ばれるマンサクの木で丸太を結わえつけた工法である。屋根裏のカヤ、丸太、ネソや荒縄は長年の囲炉裏の煙で真っ黒に煤けている。この防腐・防虫の効果により耐久性が高いのであろう。公衆トイレの裏手にある墓地を見ると、墓石の碑面は一様に「南無阿弥陀仏」、一向一揆の盛んだった土地柄、今でも殆どが浄土真宗の熱心な信徒なのであろう。但し、苗字はまちまちであり、同じ平家落人の里といっても桧枝岐(星と平野姓のみ)とは違う様である。最後に集落全景が見渡せる地点に登り写真を撮る。駐車場に戻ると10:55。次は菅沼合掌造り集落へ向かう。相倉で合掌造りを堪能したので菅沼は絶景ポイントから俯瞰するに止め、今宵の宿がある乗鞍高原へ向かう。五箇山ICから東海北陸自動車道に乗り、高山ICで158号線に下りて旧丹生川村(現高山市)の千光寺に立ち寄る。千光寺にお参りするのは二度目、前回は1981年9月なので実に31年ぶりである。再び158号線を走り、平湯から安房トンネル(有料700円→休日割引400円)を抜け、15:15乗鞍観光ホテル山百合にチェックイン。標高は1500mほど、周囲のシラカバ、ナナカマド、モミジの紅葉が美しい。ひよどりの間に案内される。時間が早いので近くの一ノ瀬園地へ行き白樺林を1時間ほど散策する。 
 

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国民宿舎五箇山荘

2012年10月20日(土) 義母を介護施設に預け9:40出発。カーナビDsc01864の目的地に五箇山荘(ごかさんそう)を設定すると高速道利用で510㎞。外環道から関越道に入ると紅葉のオン・シーズンとあって渋滞が連続する。12:45寄居PAで休憩。藤岡JCTから上信越道に入り、14:30松代PAで二度目の休憩。名物の鮎うるかを2箱購入する。上越JCTから北陸道に入り、16:10越中境PAで三度目の休憩。名物の白えびせんべいとほたるいかせんべいとを2袋づつ買う。夕景の日本海が見える。有磯海SAで給油。小矢部・砺波JCTから東海北陸道に入り城端PAで四度目の休憩。五箇山ICで高速道を降りて、18:00漸く国民宿舎五箇山荘到着。三階建て全22室の312号室に案内される。最近リニューアルしたばかりなのか内装はDsc01872新しく、白木造りの部屋は落ち着いた雰囲気、簡素ながらこざっぱりしている。ベッドはセミダブルでゆったり、電気ポットも置いてある。但し、クローゼットとトイレは非常に狭い。ロビーのPCは無料でインターネット使い放題、最近の国民宿舎は進歩している。
19:00から夕食。キリンフリーはあるがビールはアサヒのみ、後で自販機の一番搾り缶を飲むことにして我慢する。山里らしく川魚と山菜料理が主体であるが、富山湾が近いのでカンパチ・タイ・カマスのお造りも新鮮、何より富山県産こしひかりのご飯が美味い。清流懐石と名付けられた料理は、食前酒の梅酒に始まり、前菜はおから、先付が豆Dsc01871腐サラダ・うどの胡麻和え・わらび酢、お造里が環八・鯛・カマス、炊合せが五箇山豆腐・ぜんまい・すす竹・しいたけ・ふき、鍋は牛朴葉味噌焼き、焼物は岩魚塩焼き、揚物は秋野菜の天婦羅・五箇山豆腐・南瓜・ししとう・さつまいも・すす竹、食事は南砺市産こしひかり・味噌汁・香の物と続き、デザートのプリンで終わる。おしながきに料理長佐渡一信氏とある。食後、大浴場へ。お風呂は五箇山温泉という温泉であるが、源泉の湧出温度が31℃と云うのでいわゆる鉱泉の様である。泉質はpH8.2のアルカリ性単純泉。内湯は加温循環、露天風呂も加温循環と思われるが、ぬるい源泉が常時少量給湯されている(かけ流しではない)。無色透明の湯でヌルヌル感はさほどなし。(続く)

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc018302012年10月19日(金) 午後から増尾城址公園できのこ観察。城址側は、放射線量低減対策のため除染作業が始まり工事関係者以外立ち入り禁止、期間は10月吉日(17日大安?)から12月14日(金)まで。重機で本格的に表土を剥がしており、アカヤマドリのシロもハタケシメジのシロも駄目になるかもしれない。しようがないので、バーベキュー広場側でうろうろ。
《観察種》
①アラゲキクラゲ、②カイガラタケ、③キクラゲ、④キララタケ?、⑤クサハツ?、⑥シロニセトマヤタケ、⑦スギカワタケ、⑧タマチョレイタケ、⑨テングタケ、⑩ドウシンタケ、⑪ニガクリタケ、⑫ハタケシメジ、⑬ヒビワレシロハツ、⑭ベニタケ属、⑮モリノカレバタケ属、⑯ヤマドリタケモドキ (写真は④)

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新田次郎著「密航船水安丸」

Dsc018252012年10月18日(木) 柏市立図書館から借用して本日読了する。本書を読もうと思ったきっかけは、先月帰省した折に訪れた東和町の古刹華足寺の境内に建っていた新田次郎の文学碑(本ブログ2012年9月27日付け「奥州観音霊場第十五番 竹峯山華足寺」参照)、本書は旧米川村(現登米市東和町)出身の実業家及川甚三郎の伝記である。及川甚三郎は明治29年(1896)、単身カナダ・バンクーバーに乗り込み、彼の地で当時は廃物とされていたドッグ・サーモンと筋子の日本への塩漬輸出に先鞭をつける。フレーザー河に浮かぶドン島とライオン島に日本人村を作り、同郷人を呼び寄せ事業を軌道に乗せる。更に、明治39年(1906)には、200トンの帆船水安丸を仕立てて、同郷人82名を密航させることに成功する(カナダ政府の特別な計らいにより正式移民として許可される)。当初大成功を収めた鮭事業は競争者が現れて次第に衰退し、及川甚三郎は大正6年故郷に戻る。事業を引き継いだ息子の泰二郎も大正13年に島を畳み日本に引き揚げる。結果的に成功したとは言えないかもしれないが、宮城県にこのような開拓魂旺盛な先人がいたことは嬉しいかぎり、及川甚三郎は郷土の誇りであり、世間にもっと知られてよい人物である。

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市原市民の森産タマゴタケの放射能値

Dsc016092012年10月18日(木) 今月の8日に市原市民の森で開催された千葉菌類談話会の観察会でタマゴタケを約1キログラム採集。つぼを取り除き良く洗ってから冷蔵庫で保存、10日に柏市消費生活センターに720グラムを持ち込み、放射能測定を依頼。本日、検査結果が郵送されてくる。結果はCs-134が不検出(検出限界値12Bq/kg)、Cs-137が14Bq/kg(検出限界値10Bq/kg)であった。結果については試料不足?(測定のため700グラム以上必要)のため参考値との付記があるが、まぁ当たらずといえども遠からず、新基準値の100Bq/kgを超えることはなかろう。これで来年から安心して採取し、安全に食べられる。

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殻つき大粒南京豆

Dsc018292012年10月17日(水) 息子のお嫁さん実家から、今度は大粒の南京豆が届く。家の前の畑で作ったものらしく、ふつうの南京豆の倍ぐらい殻が大きい。塩茹でにして食べると美味しいとのこと、これで晩酌の楽しみがぐっと膨らむ。
そして、全部食べてしまうのも勿体ないので、何粒か生のまま種用に保存し、来春、我が家の家庭菜園でも栽培にチャレンジする積り、これまた後楽が増える。S様、いつもお気遣いいただき誠にありがとうございます。

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菜園の恵み(76) 鳴門金時

Dsc018232012年10月16日(火) 鳴門金時ひと畝分14株掘り取り、収量14キログラム。

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聖天山歓喜院長楽寺(熊谷市妻沼)

2012年10月15日(月) 今年7月、埼玉県の建造物では初めて国宝にDsc01799指定された歓喜院長楽寺の聖天堂(しょうでんどう)見学に行く。9:00出発、歓喜院のある熊谷市妻沼目指して国道354号線を走る。12:10参詣者駐車場着。国宝指定以来参詣者が急増したのか、周辺に幾つも無料駐車場が用意されている。聖天山歓喜院長楽寺は高野山真言宗に属し、創建は治承三年(1179)、開基は長井庄(熊谷市妻沼)を本拠とした武将斉藤別当実盛と伝えられる。今回国宝に指定された本堂の聖天堂は、享保から宝暦年間(18世紀半ば)にかけて再建されたもので、平成十五年から二十三年まで修復工事が行われ、今では往時の華麗さを取り戻してDsc01796いる。拝観料700円を納め、12:40からのガイド付き案内の列に加わる。ボランティアガイドはガイド歴二年という森博美氏、なんでも60歳から78歳に亘る総勢50名のガイドさんがおり、忙しい日は30名グループの見学者を10回も案内することがあるらしい。1回40分として、熊谷の酷暑の夏にはまさに重労働、その上、手弁当の無報酬とあっては頭が下がる。ありがたいことである。本堂奥殿の聖天堂は南、西、北の壁面と部材の全てが彩色漆塗り彫刻で荘厳されている。材質はイチョウとのことであるが、浮彫・透かし彫りの技は精緻を極め、豪華絢爛この上ない。まさに江戸後期装飾型建築の代表例であり、「埼Dsc01810玉の小日光」と称えられるのも肯ける。規模はともかく、日光東照宮をも凌ぐ華やかさ、宮大工の技術の粋が注ぎこまれている。江戸時代の妻沼は、聖天山の門前町、そして新田往還(現在の県道太田熊谷線)の宿場町、利根川の渡船場として大いに栄えたらしく、それら庶民の寄進で再建された聖天堂には遊び心も満載されている。特に縁下の唐子遊びの場面はみな楽しい。13:40までみっちり1時間、懇切丁寧に案内してもらう。その後、大師堂にもお参りし、斉藤実盛公像、貴惣門(国指定重要文化財)を見学してから駐車場に戻る。帰りは、館林ICから高速道に乗り、東北道、外環道を走る。16:15帰宅。

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「メキシコの月 信州の月」と「天皇(エンペラドール)の密使」

2012年10月14日(日) 今年の6月安曇野を旅行し、松本市南部にある国指定重要文化財馬場家住宅を訪れた際に(本ブログ2012年6月22日記事「松本市散Dsc01464歩」参照)、第15代当主の馬場称徳氏がメキシコ革命の混乱時に日本人移民を多数救出した外交官であったことを知り、氏の評伝「メキシコの月 信州の月」(神津良子著、郷土出版社)と氏をモデルとした小説「天皇の密使」(丹羽昌一著、㈱文藝春秋)を読んでみたいと思っていたが、このほど松戸市にある千葉県立西部図書館から借り受けて漸く実現する。前者は、地域に根ざした文学・歴史・美術書を出版している松本市にある地方出版社の発行であるが、掘り下げが浅く、馬場称徳の人物像や魅力が伝わってこない。「埋もれた歴史・検証シリーズ②」と銘打つには力不足、特に外務省を退官してからの後半生の描き方が弱すぎる。称徳自身が残したものを含め膨大な馬場家文書があるのだから、それらをもっと読み込んで執筆されるべき。後者は第十二回サントリーミステリー大賞受賞作だけに一定の読みごたえはあり、又、実在の人物が数多く登場するのでノン・フィクションに近く、ミステリーというよりは歴史小説である。メキシコ革命時の馬場称徳(作中では灘健吉)の活躍を史実に基づき具現しているように思われる。

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定点観察・蓮沼海浜公園(山武市)

Dsc017462012年10月13日(土) 久しぶりに(前回は2010年12月9日)九十九里浜へきのこ観察に出る。12:00蓮沼海浜公園いこいの広場に到着。大震災で津波を被り枯れてしまったクロマツは全て伐採されている。おかげで海岸林はすかすかになり見晴らしが良くなる。陽射しが入るようになり、下草が伸びて林内の様子がすっかり変わる。地上生のキノコは1本も見つからず、クロマツの枯れ木にコガネツムタケ(写真)のみ群生している。次に横芝海浜の森へ移動すると、こちらは幾分緑の葉をつけたクロマツが残っている。が、やはりきのこはほとんど出ていない。辛うじてテングタケを数本見つける。セイタカアワダチソウが林の中まで入り込み、やはり様相は変化している。植林によりクロマツ林が再生されない限り、アミタケやハツタケ、キンタケの発生はもう期待できないかも。

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菜園の恵み(75) 安納紅 

Dsc017402012年10月12日(金) 安納紅ひと畝分10株掘り取り、収量18㎏。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc016552012年10月10日(水) 午前、名戸ヶ谷のケイヨーD2へ肥料を買いに行った序に増尾城址公園を覗くとヤマドリタケモドキがぼこぼこ出ている。午後から出直し、セシウム濃度測定用サンプルとしてヤマドリタケモドキの若い菌を7本(約900グラム)採取、その又序できのこ観察。クサウラベニタケも発生数が非常に多い。 
《観察種》
1.アイバシロハツ、2.アカヤマドリ、3.アセタケ属、4.アンズタケ属、5.イグチ属、6.ウスキテングタケ、7.オオツルタケ、8.オオホウライタケ、9.カワリハツ、10.キタマゴタケ、11.クサウラベニタケ、12.クリDsc01724カワヤシャイグチ、13.ケショウハツ、14.コテングタケモドキ、15.スミゾメヤマイグチ、16.センボンイチメガサ、17.ダイダイガサ、18タマチョレイタケ、19.チシオタケ、20.テングタケ、21.ドクツルタケ、22.ニオイワチチタケ、23.ニガクリタケ、24.ハラタケモドキ?、25.ヒビワレシロハツ、26.ベニタケ属、27.ムラサキヤマドリタケ、28.ヤマドリタケモドキ
(写真は上がアカヤマドリ、下がキタマゴタケ)

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菜園の恵み(74) サトイモ

2Dsc01616012年10月9日(火) 4日と6日に続き三回目のサトイモ掘り、今日で一畝分14株の収穫作業を終える。泥を洗い落として乾かしてから重量を計ると8キログラムほど。今夏の猛暑と旱魃のせいで子芋や孫芋は小粒、その上数も少ない。8月は連日ポリタンクで120リットルも水運びし懸命に灌水したのだが、あまり効果はなかった様でがっかり。これでは親芋もズイキ(茎)も食べないと・・。もう一畝分24株残っているが、掘り取る元気がなかなか出てこない。

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最勝山真高寺(市原市)

2012年10月8日(月) 市原市民の森で開催される千葉菌類談話会の観察会へ向かう途中で飯給にある真高寺に立ち寄り、市指定文化財の山門を見学する。市原市教育委員会作成の説明板には、「最勝山真高寺は、室町時代の享徳二年(1453)、太厳存Dsc01474高禅師(だいげんそんこうぜんじ)によって建立されたと伝えられる曹洞宗の寺院です。存高禅師は、真里谷真如寺(まりやつしんにょじ)三世の昭応禅師の弟子に当ります。昭応禅師は、上総国望陀郡真地(木更津市真里谷)の城主であった武田三河守信興の孫に当りますので、真里谷武田氏ゆかりの人物による開山ということになります。寺名は、この真地の真と存高の高を取って真高寺と名付けたといわれています。江戸時代には、徳川幕府より朱印地十五石を受け、末寺七ヶ寺を有していました。明治元年(1868)七月、戊辰の役により伽藍を焼失しましたが、山門だけが奇跡的に難を逃れました。門の形式は、桁行柱間を三間に取り、出入口を一か所にした二階建ての建物で、しかも屋根を二重にした入母屋造りの立派なものです。一階中央間の鏡天井には竜、二階には飛Dsc01477天が描かれ、さらに一・二階の蟇股(かえるまた)には初代武士伊八郎信由(たけしいはちろうのぶよし)の手による彫刻があります。初代伊八郎は長狭打墨(ながさうつみ:鴨川市)の彫師で、別名「波の伊八」と呼ばれ、波を彫ったら関東一とうたわれた人物です。県内の二重形式の門は、江戸時代中期以降に建てられるようになりますが、本県の代表的なものに鴨川市の誕生寺仁王門(宝暦年間建立)があります。真高寺山門は、これより約三十年ほど時代が下りますが、建築様式の上でひけを取るものではありません。軒の出が大きく、特に二階は、組物を三手先尾垂木(みてさきおだるき)とし、垂木を二軒扇垂木(ふたのきおおぎだるき)としています。江戸時代後期では、本県を代表する寺院山門ということができます。平成十五年から三か年をかけて、解体修理を行い、面目を一新しました。その際、瓦葺きに改装されていた屋根を改め、一階は柿葺形(こけらぶきがた)銅板葺きに、二階は茅葺形銅板葺きに変更し、創建時の偉観がよみがえりました」とある。

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千葉菌類談話会第66回観察会(市原市民の森)

2012年10月8日(月) 栗ご飯のお握りと鶏の唐揚げの入った弁当を作ってもらい7:30出発、千Dsc01568葉菌類談話会の観察会が行われる市原市民の森へ。一般道で80㎞、2時間半の道のり。ファミマ大松屋牛久店で休憩した後、その先の真高寺に寄り道し市原市文化財の山門を見学する。10:25市原市民の森到着、吉田副会長と吹春先生の挨拶は終わっており、受付で渡された腕章は62番。今日の参加者は70~80名、真岡市から150㎞を飛ばしてOさんも来ている。早速東屋前で記念の集合写真。それから各自思い思いのコースで観察・採集を開始する。自分はいつもの尾根コースを上り、万田野林道を歩いて、もみじ谷コースを下る。今日はきのこがぼこぼこ出ている。しかもシロオニタケ、タマゴタケ、ヤマドリタケモドDsc01578キなど大型菌が多い。タマゴタケは特に発生数が多く当たり年の様、セシウム濃度測定用にと1キログラムほど採取する。持ち帰って食べるつもりなのかレジ袋一杯採取している人も多い。初見のきのこはブドウニガイグチとキシメジ似の美しいきのこの2種、素直に嬉しい。13:00鑑定会場に戻ると、テーブルの上はきのこの山また山、今日は大豊作の大収穫である。中には、ウラベニホテイシメジ(1本)、サクラシメジ(6本)、シシタケ(多数)、バカマツタケ(4本)、ハタケシメジ(3株)、ホンシメジ(1株)なども並んでいる。どなたがどこで採取したものやら・・、毎年出逢いたいと思ってやって来るが、今年も空振りに終わる。途中で中座し18:00帰宅。TVをつけると京都大学の山中伸弥教授が今年のノーベル生理学・医学賞に決定したとのニュースが流れる。久々に明るいニュースを聞く。

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定点観察・船橋県民の森(船橋市)

Dsc014582012年10月5日(金) 午後、久しぶりに船橋県民の森へ出かけてみる。近くのアンデルセン公園をカーナビ目的地に設定すると16㎞ほど。平日なのに駐車場は混んでいる。いつものコースで2時間かけて園内を回り、管理棟横の自販機に辿り着いてヴィックルを飲む。今日は種類も量も多かったが、まだまだテングタケ、ベニタケの仲間の夏きのこが主力、「私のきのこ図鑑」に登録するような珍菌には残念ながら出逢えず。 
《観察種》
1.アイバカラハツモドキ、2.アイバシロハツ、3.アカキツネガサ、4.アカチャツエタケ、5.アシグロタDsc01453ケ?、6.アセタケ属、7.アラゲキクラゲ、8.イタチタケ、9.ウスキテングタケ、10.ウスヒラタケ、11.エゴノキタケ、12.オオチリメンタケ、13.オオホウライタケ、14.カイガラタケ、15.クサハツ、16.クロハツ、17.コウジタケ?、18.コテングタケモドキ、19.ダイダイガサ、20.チシオタケ、21.チャツムタケ属、22.ツエタケ、23.ツヤウチワタケ、24.ツルタケダマシ、25.テングタケ、26.テングタケダマシ、27.ドウシンタケ、28.ドクツルタケ、29.ノウタケ、30.ヒイロタケ、31.ヒビワレシロハツ、32.ヒメコナカブリツルタケ、33.ベニタケ属、34.ベニヒダタケ、35.マントカラカサタケ、36.ムササビタケ、37.多孔菌科不明種 (写真は上がアカチャツエタケ、下がヒイロタケ)

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大栗

Dsc013582012年10月4日(木) 午前、息子のお嫁さん実家から大きなクリが5キログラムも届く(写真の倍量!)。近くに所有する栗園で栽培したもので、品種はおそらく丹波栗と思われる。今夏の猛暑と少雨のせいで例年より粒は小さいそうであるが、どうしてどうして、見事な大きさである。1個が25~30グラムもあり、先日公園で拾ってきたシバグリなど束になっても叶わない。大栗はマロングラッセにして食べるのが一番美味しいのだが、とりあえず今夜は栗ご飯で賞味する。これだけあれば秋の味覚を暫らく楽しめそう、S様、いつもありがとうございます。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc013362012年10月3日(水) 曇天の午後、増尾城址公園できのこ観察。途中から雨が降り出し林の中が一層暗くなる。写真撮影は困難になり、もっと光を!状態、コンパクトデジカメではどうにもならない。その上、オオムカデに襲われてとうとう途中退散の羽目に。仕方なくイエローハットへ車のエンジンオイル交換に行く。
《観察種》
1.アカキツネガサ、2.イグチ属、3.ウスキテングタケ、4.ウスキモリノカサ、5.オオホウライタケ、6.カワリハツ、7.ガンタケ、8.キツネノハナガサ、9.クリカワヤシャイグチ、10.クロハツモドキDsc01302、11.クロホコリタケ、12.ケショウハツ、13.シロハツ、14.スミゾメヤマイグチ、15.タマゴテングタケモドキ、16.チチタケ属、17.ツルタケ、18.テングタケ、19.テングタケ属(ケアシノツルタケダマシ?)、20.ナカグロモリノカサ、21.ノウタケ、22.ハイイロイタチタケ、23.ハラタケ属、24.ヒビワレシロハツ、25.ヒメコナカブリツルタケ、26.フクロツルタケ、27.ベニタケ属、28.ベニタケ属、29.ベニタケ属、30.ボタンイボタケ、31.ヤマドリタケモドキ
(写真は上が19、下が31)

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc01178_22012年10月1日(月) 昨夜から今朝にかけ本州を縦断した台風17号に伴い、南方から熱気が運ばれてきたようで県内5カ所で真夏日を記録する季節外れの暑さ。その暑さにもめげず手賀の丘公園できのこ観察に励む。園内は落枝が散乱し条件は必ずしも良くなかったが、半月前に比べるときのこの種類は格段に増えフィールドが大分賑やかになる。全般に未だ夏きのこが主体だが、秋きのこも期待が持てそうな予感。
《観察種》
1.アセタケ属、2.ウスキテングタケ、3.ウスキモリノカサ?、4.オオホウライタケ、5.オオヤシャイグチ、6.オキナクサハツ、7.カレバキツネタケ、8.カDsc01241ワリハツ、9.ガンタケ、10.キツネノカラカサ、11.キリンタケ?、12.クサハツ、13.コテングタケモドキ、14.サクラタケ?、15.チチアワタケ、16.チチタケ属、17.チャヌメリカラカサタケ、18.ツルタケ、19.テングタケダマシ、20.テングツルタケ、21.ヒビワレシロハツ、22.ヒメコナカブリツルタケ、23.ボタンイボタケ、24.マントカラカサタケ、25.ミイノヒガサタケ?、26.ミドリニガイグチ、27.ヤマドリタケモドキ、28.ヨソオイツルタケ?
(写真は上がガンタケ、下がチチアワタケ)

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ヤマグリ

2012100111dsc012512012年10月1日(月) 韋駄天台風17号が本州を縦断し夜半柏でも大風が吹く。明けて今朝は台風一過の青空が広がり、ちょうど曜日も月曜日、こんな日はヤマグリ拾いに限ると、午後から市内某所の公園に出かけてみる。今夏の雨不足と高温が祟ったものか熟期は例年より遅れている様子、青イガのまま落果しているものが非常に多い。それでも陽当たりの良い場所にある樹の下で1㎏ほど拾う。ヤマグリはもともと小粒であるが今年は一段と粒が小さい。栗ご飯にしたいけれど皮剝きに非常に手間がかかるし・・、茹でてたべるしかなさそう。

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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc011442012年9月30日(日) 超久しぶりに根木内歴史公園へ。主目的は栗拾いであるが時期尚早で殆んど落ちていない。きのこの方も未だ夏きのこ、只今本州に接近中の台風17号が去れば空気も入れ替わり、秋きのこの時節到来になるかも。
《観察種》
①キシメジ科(材上生)、②クサイロハツ、③ケショウハツ、④コウジタケ、⑤コナカブリテングタケ、⑥シロハツ、⑦シロヒメカラカサタケ、⑧ノウタケ、⑨ハラタケ属(仮称ケモノハラタケ?)、⑩ヒトヨタケ、⑪ヒビワレシロハツ、⑫ミドリスギタケ
(写真は⑤)

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