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西国四番札所 槇尾寺(天台宗)

Dsc082032013年1月22日(火)  正式な寺号は槇尾山施福寺、本尊は千手千眼観世音菩薩。欽明帝(510-570)の頃、播磨国加古郡の行満上人によって創建されたと伝わる古刹である。後に一山八百坊、三千人の衆徒を有する大寺院となったが、南北朝の頃より戦乱に巻き込まれ、信長の焼打ちに遭ったり、弘化年間(1844-1847)の火災などによって、今では僅かに七院が残るのみ。本尊は、宝亀二年(771)法海上人が泉大津の海で紫雲に包まれた千手観音の姿を感得し、その姿を模刻奉安したものといわれる。また、弘法大師(774-835)とゆかりの深い寺であり、延暦十二年(793)住僧・勤操僧正が戒師となり、弘法大師はこの寺で出家剃髪されたとのこと、山4img013内には剃髪所跡石標や御髪堂が建ち、音無川、満願の滝、讃岐不動など大師練行の古跡が残る。槇尾寺は西国三十三所観音霊場の中では有数の難所、駐車場から山腹に建つ本堂まで標高差300mを登らねばならぬ。普通は裏参道の車道が付いているものだが、ここには自然石の石段しかなく、足弱な年寄りには苛酷。そういえば御朱印帳に墨書して頂いた老師はかなりの御高齢とお見受けしたが、この寒気厳しい時期、山中にお住まいなのであろうか。御詠歌は、「深山路や 檜原松原 わけゆけば 槇の尾寺に 駒ぞいさめる」。 

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