« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

東京スカイツリータウンバゲット

Dsc000732013年4月28日(日) 東京スカイツリーソラマチ店限定商品の東京スカイツリータウンバゲット、日本最長を謳い、634ミリメートルの長さが味噌、1本1,050円也。横浜元町に本店があるポンパドウル(POMPADOUR)が販売しており、今日、東京スカイツリーに上ってきたと云う娘夫婦のお土産のひとつ。銀座のジンジャーのスカイツリー型キャップ付き青空ラムネジンジャー1本と、株式会社キャメル珈琲の東京スカイツリータウンコーヒー200グラムとの3点セット。母の日プレゼントのつもりかも?、まァそれはともかく、早速スカイツリータウンコーヒー(生産地にこだわり、S、K、Y、即ち、ブラジル国サントス、ケニア、イエメン国モカマタリ産コーヒー豆をブレンドしたもの)を淹れ、干しブドウととナッツ入りの香ばしいバゲットをいただきました。ごちそうさま。

| | コメント (0)

菜園の恵み(82) 新玉ねぎ

Dsc000722013年4月27日(土) 世間は今日から三連休、TVは早朝から高速道路の渋滞を告げている。こんな時は自宅に引き籠もるのが一番、午前、菜園へ行き玉ねぎを初収穫。大きめのものをとりあえず5個(1個の重さは150~250g)、もっと置いておけば更に大きくなりそうだが、関東産の新玉ねぎが市場にどしどし出回る前に。 

| | コメント (0)

定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc000232013年4月25日(木) 定点観察というよりはアミガサタケ採り、放射能測定に供するサンプルを集めに行く。昨日の雨に触発されたのかタイミング的にはどんぴしゃ、何とか必要量の700グラムを確保する。林内は今、ウラシマソウ、エビネ、キンラン、キランソウ、ジュウニヒトエなどの花盛り、のんびり散策すれば良いものを・・、何とも因果なことである。
《観察種》
①アシブトアミガサタケ?、②アミガサタケ、③ウスベニイタチタケ、④キララタケ、⑤タマチョレイタケ、⑥ハチノスタケ、⑦フクロシトネタケ?、⑧ベニタケ属 (写真は②)

| | コメント (0)

柏市の公園産キクラゲの放射能値

Dsc091562013年4月25日(木) 17日に柏市消費生活センターに持ち込み、放射能測定を依頼したキクラゲの結果が、本日郵送で届く。試料のキクラゲは、今年の3月から4月にかけて、柏市内の増尾城址公園と手賀の丘公園で採取したもの。9割くらいは増尾城址公園のキクラゲであるが、それに手賀の丘公園のアラゲキクラゲを少量混ぜて、目いっぱい水を吸わせ、漸く必要量の700グラムを確保する。
検査場所は(株)アトックス技術開発センター、測定器はORTEC製ゲルマニウム半導体検出器GEM-20P4-70型、測定方法はゲルマニウム半導体検出器によるガンマ線スペクトロメトリー、結果はCs-134が14.7、Cs-137が31.9、Cs合計が46.6Bq/kgであった。食品の基準値は下回るが、まぁ、食べない方が無難であろう。

| | コメント (0)

Cadet d'Oc CABERNET SAUVIGNON 2011

Cadet_doc_dsc000202013年4月24日(水) 南フランス産ワインのカデ・ドック カベルネ・ソーヴィニオン<赤>。ラベルには「チェリーやカシス、スパイスの香り、コクと丸みを兼ね備えた上品な味わい」とあり、ミディアム~フルボディ、やや辛口と記載されております。ワインの香りの表現は何とも優雅ですが、私にはブドウ果汁香としか分からず、ボディ感はミディアムのようです。評価は☆☆☆。製造元はバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社のシャトー・ムートン・ロスチャイルド、輸入元はエノテカ株式会社(東京都港区)。価格は楽天市場で997円也。 

| | コメント (0)

榴岡公園(仙台市)

Dsc000052013年4月20日(土) 所用があり車で仙台に帰省。午後の3時頃到着し、榴岡公園の西側に建つ自宅マンション11階ベランダから櫻見物。ソメイヨシノの盛りは過ぎつつあるが、今はベニシダレザクラが満開、肌寒い日であるが人出も満開なら屋台も満開。榴岡公園は仙台の桜の名所、園内には19種(イチョウ、エド、エドヒガン、オオシマザクラ、カスミザクラ、カンザン、ギョイコウ(御衣黄)、キリン、シダレザクラ、ジュウガツザクラ、ショウゲツ、スザク、ソメイヨシノ、フゲンソウ、ベニシダレ、ミクルマガエシ、モチズキサクラ、ヤエベニシダレ、ヤマザクラの由)・約370本の桜樹が植えられている。翌21日の仙台は朝からぼた雪、4月下旬の積雪1㎝は昭和22年以来66年ぶりの記録とか、お蔭で雪見桜なぞという珍しい景色を見る。

| | コメント (0)

千葉菌類談話会通信 No.29

No29_dsc000012013年4月19日(金) 本日、所属する千葉菌類談話会から第29号の年報が届く。しかも4冊。駄文を掲載して戴いた上に、別刷り代わりの本誌を3冊も余分に頂戴し、恐縮して拝受。前号から表紙を飾る絵は会員の片山周子氏の作品、描かれたイグチたちが嬉々として弾んでいるように見える。目次も含めた本文は67頁、早速、ひと通り読んでみる。小生の投稿文を除けば全てが力作揃い、先輩諸兄姉の研究成果など興味深い記事で溢れている。中でも、山本充弘氏の「南房総のアミヒカリタケ」を読み、関東では見られないものと諦めていたきのこが身近に発生することを知り吃驚。10月中旬の南房総大房崎、今年必ず探しに行こうと決心。また、篠崎正一氏の「きのこの放射能測定値(その2)」、同じ柏市民であることにまず親近感を覚え、筑波山のモミ林に発生するきのこ(アカモミタケとキハツダケ)のセシウム濃度がかなり高いことを知る。そして又、吹春先生の「きのこ・かび関連図書の紹介」で「兵庫のきのこ図鑑」が全ページダウンロードできることも知る。今回は年会費(1,000円)を10倍納めても良いくらいであるが・・、まぁ、それも大人げないように思うので、やはりぴったし千円を今日郵便局から振り込む。

| | コメント (0)

定点観察・船橋県民の森(船橋市)

Dsc002402013年4月18日(木) 午後、船橋県民の森へアミガサタケとハルシメジ採取に行く。連日の強い南風のせいで森の中はカラカラに乾燥しており、萎れたものを2本づつ見つけるのがやっと、まだ時期尚早なのか、それとも手遅れなのか判断がつかない。他のきのこも押しなべて低調、硬質菌を除くとキララタケ、シイタケ、ナヨタケ?しか見つからず。風に揺れるキンランに慰められて退場。(写真はキララタケ)

| | コメント (0)

アマドコロ移植

Dsc002262013年4月16日(火) 昨日、ブルガリア・ルーマニア8日間の旅から帰国したばかり、今日くらいのんびり骨休めしたいところであるが、やらねばならぬ事が山積み、下手をすると現役の頃より忙しい。近所の古い造成地へ行き、アマドコロの若芽を地下茎ごと掘り取り、家庭菜園の予定地へ20株移植する。序に地下茎単独でも10本埋める。運よく?地下茎が切れてしまった若芽(写真手前)は後で天婦羅にして賞味するつもり。アベノミクスとやらで、長らく底這い状態にあった不動産価値が漸く反転上昇する気配、放置されていた造成地もいつ何時上物工事が始まるか分からない。都会では今や貴重になった山菜を吾が菜園に遷座願った次第、来年から確実に食べ頃の若芽が手に入る。

| | コメント (2)

ルーマニアのビール

Dsc09895後半のルーマニア旅行で飲んだビールは下記の4種類・5本。現地ガイドのダニエルさんに言わせると、ベストの国産ビールはURSUS(ウルスス)の由。

①URSUS 中瓶:評価☆☆、ALC.5.0%(O.E.11.4%)、原材料は水・大麦麦芽・ホップ、製造元はURSUS BREWRIES S.A.(ブカレスト市)

②URSUS PREMIUM  缶:評価☆☆☆、ALC.5.0%(O.E.11.4%)、原材料は水・大麦麦芽・ホップ、製造元は同上

③URSDsc00140US BLACK 缶:評価☆☆★、ALC.6.0%(O.E.15.0%)、原材料は水・大麦麦芽・ホップ、製造元は同上

④Timisoreana 缶:評価☆☆★、ALC.5.0%(O.E.11.1%)、原材料は水・大麦麦芽・コーン・ホップ、製造元はURSUS BREWERIES S.A.(ブカレスト市)

⑤GOLDEN BRAU 缶:評価☆☆★、ALC.5%(O.E.11.2%)、原材料は水・大麦麦芽・コーン・大麦・ホップ、製造元はHeineken Romania S.A.(ブカレスト市)

ルーマニアのビールは隣国ブルガリアに比べるとしっかりした真面なものが多い。試飲したうちの4本までがURSUS Breweries S.A.の製品、ネットで調べると同社はSAB Miller plcの傘下にあるルーマニア最大のビール会社であり、4つの醸造所(Cluj-Napoca、Timisoara、Buzau、Brasov)を持ち、従業員は1700人以上とのこと。東欧のビール会社は単独で生き残るのは難しく、殆どが大手の傘下に入っている模様。価格は、500ミリリットル缶がスーパーだと70~80円、ガソリンスタンドの売店では130円、レストランで飲む中瓶が300円とブルガリアと略同じ。

| | コメント (0)

ブルガリアのビール

Dsc09417前半のブルガリア旅行で飲んだビールは下記の4種類・6本。ブルガリア語はキリル文字表記なので例えばWyMeHCKOをSHUMENSKO(シューメンスコ)と読み下すのは慣れないと難しく、ラベルの読み取りにまず四苦八苦。

①SHUMENSKO小瓶:評価☆☆★、ALC.4.6%、原材料不明、製造元はカールスベルクの子会社、1882年創業のCarlsberg Bulgaria(シューメン市)
②SHUMENSKO缶:評価☆☆、ALC.4.3%

③BOLYARKA(ボリャルカ)中瓶:評価☆★、ALC.Dsc001274.3%(O.E.10%)、原材料は水・麦芽・醸造用大麦・コーン・ホップ、製造元は1892年創業のBolyarka VT,AD(ヴェリコ・タルノヴォ市)

④Zagorka(ザゴルカ)缶:評価☆☆★、ALC.5%(O.E.11.4%)、原材料は大麦・大麦麦芽・水・ホップ・酵母、製造元はハイネケンの子会社、1902年創業のZagorka AD(スタラ・ザゴラ市)
⑤Zagorka生:評価☆☆★

⑥Kamenitza(カーメニッツアー)缶:評価☆☆、ALC.4.4%(O.E.10.2%)、原材料は水・麦芽・大麦・ホップエキス、製造元は1881年創業のKamenitza AD(プロヴディフ市)

ブルガリアのビールは総じて苦味が弱く、原麦汁濃度(O.E.)が低いので水っぽく感じ、物足りないものが多い。Zagorkaが一番まとも。価格は500ミリリットル缶がスーパーなら80円、ガソリンスタンド売店では125円ほど。レストランでは小瓶が210円、中瓶が280円と日本よりは大分安く飲める。

| | コメント (0)

GODIVA CHOCOLATE TABLETS

Dsc00212ミュンヘン空港で乗継便を待つ間に免税店で購入したのはゴディバのタブレットチョコレート。ブルガリア、ルーマニアにはこれといった土産品は見当たらず、これが今回の旅行最高額の買い物。72%CACAO-DARK CHOCOLATEと31%CACAO-MILK CHOCOLATE各2枚計4枚入りパックが14.5ユーロ(1ユーロ128円として1,850円)、72%CACAO-DARK CHOCOLAT ALMONDと41%CACAO-MILK CHOCOLATE HAZELNUT各2枚計4枚入りパックも同じ値段。因みに国内では、楽天、YAHOO、amazonの各ショップで1枚693円で販売されている。4枚なら2,772円になるので、3割ほど安く入手できたことになる。ホワイトデーのお返しを督促されている家人と娘ふたりに微笑み返しするつもり。

| | コメント (0)

帰国(ブカレスト→ミュンヘン→成田)

2013年4月14日(日)  7:00起床。SCの荷造り、帰国の準備。8:00朝食、ベーコンとトマトとキュウリ、それとヨーグルトを食べ、トマトジュースとコーヒーを飲Dsc00180む。出発まで時間があるので朝のブカレスト散歩に出る。国立美術館の庭園にコブシとシモクレンが咲いている。メトロポリスカジノがあるノボテル・ブカレストは四つ星。オデオン座の前で引き返す。10:00 アテネ・パレス・ヒルトンをチェックアウト、ブカレスト国際空港へ。10:30空港到着。ルフトハンザのカウンターにSCを預け、マイレージ加算と通路側座席を依頼。出国審査後、搭乗口14番の前で一旦解散、12:20までフリータイム。免税店でラキヤを探したが、そんな安酒は置いていないとつれない返事。軽食レストランやファストフードの店は現地通貨が使える。空港はリニューアルしたばかりでぴかぴか、トイDsc00175レも清潔。午前の出発便は少ないのか待合室は閑散としている。時間潰しに今回の旅行の評価と感想をアンケート用紙に書き入れる。旅行代金のことを思えば、あの食事でも彼のホテルでも「満足」か「やや満足」、そう悪くは書けないし・・、悩ましい。LH1651便ミュンヘン行きに搭乗、機種は来る時と同じエアバス320-200型、座席は25C席。通路側だが隣は黒人女性。略満席。13:05離陸。春先はヨーロッパも気流が不安定なのか良く揺れる。ドリンクサービスではヴァルシュタイナー(Warsteiner)の小瓶をもらう。ドイツビールは苦いが飲みごたえがある。着陸間近、又も大揺れ。15:00(現地14:00)ミュンヘン国際空港安着。乗継客の手荷物検査等はなく、次の搭乗口H32へ移動。免税店を物色し、お土産にゴディバのチョコレートを3箱。LH714Dsc00201便成田行きに搭乗、37H席は通路側、しかも隣の窓側が空席。これはついている。機種はエアバス340-600型、これも来る時と同じ。日経と読売(4月14日版)をゲット、久しぶりに日本の新聞に目を通す。ミュンヘン時刻16:15離陸、成田まで11時間20分の長いフライト始まる。機内は冷えるのでヤッケを羽織り膝に毛布をかける。ワルシャワ上空で時計を日本時間に合せる(→4月15日0:30)。0:35一回目の食事、そば、サラダ、パンのみ食べる。司馬遼太郎著「人斬り以蔵」を読了。3:15ようやくウラル山脈上空、あと7時間。鮭お握りを食べる。6:00まもなくバイカル湖北辺上空、あと3,600㎞・4時間半。映画「007スカイフォール」観るも退屈で途中眠くなる。8:00ハバロフスク上空、あと2時間半。二回目の食事は辞退。10:27成田空港着。(完)

| | コメント (0)

ルーマニアのトイレ事情

Dsc09821ルーマニアのトイレ事情もブルガリアと似たりよったり。まァ少し上かも。専ら、ドライブインとレストランの無料トイレを利用したが、どこも掃除が行き届き清潔。洋式ばかりでブルガリアにあったトルコ式(日本の和式同様しゃがんで利用するタイプ)は見かけなかった。偶々かもしれないが・・。やはり水勢・水流は不十分で、傍に大きめの屑籠がある場合は、使用済みペーパーは便器に流さず、屑籠に入れねばならない。写真はブカレストの老舗レストラン、カルク・ベレの男性用個室。繁盛店だけに設備は一流ホテルなみ、清掃も30分ごとに実施されており、チェックシートに担当者の名前とチェックが入っている。これなど安心して利用できる。

| | コメント (0)

夜のブカレスト散歩

Dsc001462013年4月13日(土) 21:30ロビー集合、添乗員K嬢の案内で夜のブカレスト散歩。ホテルを出て革命広場からヴィクトリア通りを南下、オデオン劇場の前を通り、旧王宮跡まで。旧王宮跡はドラキュラ伯爵のモデルとなったヴラド・ツェペシュが15世紀に築いた砦の跡。大部分は地震や火事で失われてしまったが、この辺りがブカレスト最古のエリア。ヴラド・ツェペシュ像がひっそりと建つ。そこでUターン、カフェが建ち並び週末の人出で賑わうバルチェスク?通りを北上し、22:45ホテルに戻る。湯を沸しサッポロ一番塩らーめんを食べる。風呂から上がり爪を切り缶ビールの試飲。0:50 漸くベッドに入る。

| | コメント (0)

ATHENEE PALACE HILTON

2013年4月13日(土)  16:10 シナイア僧院を後にしブカレストへ帰る。又も車Dsc00121中でうつらうつら、この5日間の疲れがどっと出る。時々目覚めて車窓から眺めると湖畔に太公望の姿、結構釣りは盛んな様子。森林も多く茸も出るのであろうが、とうとう今回の旅では出逢えず仕舞い。立ち枯れにヒラタケらしき茸を目撃したにとどまる。17:45 IKEAやCarrefourなど大型店が建ち並ぶパワーセンターに寄り1時間の買い物タイム。現地通貨は殆ど使い切ったし買いたいものもないしで、ひとりビールの価格調査。カルフールにおける500ミリリットル缶の価格は、URSUSが2.49Lei(75円)、TIMISORENAが2.39Lei(72円)、URSUS BLACKが2.70Lei(81円)、GOLDEN BRAUが2.40Lei(72円)。安い!。ガソリンスタンドの売店の半Dsc00122_2値。19:05ブカレスト市内の凱旋門の前で降り、今度は写真タイム。第一次世界大戦の勝利を記念し、パリの凱旋門を真似て1919年に建てられたもの。19:40 今宵の宿アテネ・パレス・ヒルトン到着。革命広場前に建つ1914年創業の老舗ホテルは五つ星、ロビー奥の列柱の間を通りぬけ、エレベーターで446号室に上る。さすがはブカレスト最高級ホテル、ゆったりしたダブルベッドが1台、バスローブとスリッパ付き、他のアメニティーも至れり尽くせり、電気ポットにコーヒー・紅茶・緑茶・ハーブティー、目覚まし時計、アイロンまで何でも揃っている。但し、インターネットは有料で24時間66Lei(2,000円)也。TVはDsc001262チャンネルがCNN、3チャンネルがBBC。19:50からホテルのレストランで夕食をとる。お品書きが付いて、野菜のクリームスープ、白身魚(テラピア)のソテー、チョコレートミルクムースの3皿。ムースは美味しいけれども、スープは塩辛く、テラピアは味がない。五つ星ホテルが出す料理とは思えず、これなら市内の中華料理店にでも連れて行ったもらう方が余程まし。麦酒ウルススの小瓶が5€、値段は一丁前である。21時半にロビーに集まり、希望者だけで夜の散歩に出かけることに。

| | コメント (0)

セイヨウフキ

Dsc00096シナイア(Sinaia)にあるペレシュ城の庭園の水辺に咲いていました。西洋フキはヨーロッパブキとも呼ばれ学名はPetasites hybridus、花の色は淡桃紫色、ヨーロッパ全域とアジア北部に分布する由。2009年11月にクロアチアを訪れた時、プリトヴィッツェ湖群国立公園で日本のフキそっくりの植物を見かけましたが、あれも西洋フキということになるようです。セイヨウフキは、根茎から抽出される主成分(ペタシン)が偏頭痛、鼻づまり、花粉症、尿管炎に薬効ありとして、外国では大衆薬やサプリメントの形で利用されているようです。ただし、肝毒性を有する成分(ピロリジジンアルカロイド)を含む恐れがあるので、2012年2月8日付で厚労省から摂取を控えるよう呼びかけがなされています。因みに、日本のフキの学名はPetasites japonicus、日本原産で、北は樺太から朝鮮半島、中国大陸まで分布する由、同属別種とはいえ日本のフキにもピロリジジンアルカロイドは含まれている筈、煮炊きすれば大丈夫ということなのでしょうか。

| | コメント (0)

シナイア(Sinaia)

2013年4月13日(土) 13:20バスに戻りシナイアへ。車中でうつらうつら。目覚めると山の中、道路の法Dsc00107面にフキノトウが出ている。山頂に十字架が建つこごしい岩山はカーライ山、第一次世界大戦の戦没者を慰霊するらし。小さなホテルやペンションが沢山建つシナイアの町に入る。シナイアはカルパチア山脈ブチェジ山の中腹、標高800mの山峡に位置する。人口は15,000人、夏は避暑、冬はスキーの高原リゾート。14:20シナイアの山手に建つペレシュ城到着。標高は940mほど、日陰には未だ雪が残る。ペレシュ城は、ドイツから招かれたルーマニア王朝の始祖カロル1世が、1875年に建てた夏の離宮。ドイツ・ルネッサンス様式の壮麗な宮殿は、ルーマニアを代表する美しい城である。庭園の水辺にヨーロッパブキ(セイヨウフキ)のフキノトウが沢山出ている。スミレやニリンソウ?も咲いている。英語ガイドによるツアーで城内見学。内部の撮影は有料でカメラが32Lei(約1,000円)、ビデオが53Lei(1,600円)、高いので誰も手を出さない。エントランスホールの床には白とピンクの大理石が敷き詰められ、柱や螺旋階段の手摺には精緻な木彫が施されている。壁には彫像や肖像画が飾らDsc00106れ、天井はスライド式のステンドグラス。ドイツの古城を描いた油絵もずらりと掲げてある。何もかも重厚な造り、同じ城と云っても要塞あがりのブラン城とはお金のかけ方がまるで違う。それにしてもツアーガイドの英語が早口過ぎてK嬢の通訳が追いつけない。カメラの無断撮影を見張るのか、目つきの悪い係員が何人もいて非常に感じが悪い。共産党独裁政権時代の性悪説の名残?。次は武器室、15~19世紀にドイツ、スペイン、フランス、ルーマニアなどヨーロッパ各国で製作された4,000点の武器・武具が展示されている。重量が100㎏を越える馬の甲冑、首切り用の鈍刀、カロル1世の本物の王冠も。酒杯の部屋、カロル1世と王妃エリザベトの肖像画が飾られる執務室、700Dsc00114冊の書物を収蔵する三面書棚の図書室、図書室には秘密の扉があり、その裏に階段と逃げ道が隠れている。王妃自らが描いたという「水浴」、「うたたね」、「春」の油絵がかるエリザベトの部屋。ヴェネツィア製シャンデリアが下がるイタリアの間は天井も壁も金泥装飾、舞踏パーティーに用いられたと云う最も華やかな広間。鏡の間、36人掛けの食卓がある食堂、タペストリーと絨毯で蔽われるトルコの間、66席のミニシアター等を順に巡る。全部で160室あるという部屋は、絵画・彫刻などの美術品、陶磁器、宝飾品、シャンデリア、ステンドグラスなどで華麗に装飾されている。15:40見学を終えて外に出ると土砂降りの雨、小降りになるまで雨宿りしてバスに戻る。次はシナイア僧院、ペレシュ城から山坂を降った所に建つ。門前から覗きこんで写真を撮るだけの筈であったが、幸運にも境内に入っての撮影が許可される。僧院の創建は17世紀、この町の名前の由来にもなっている。19世紀にカロル1世が建立した大教会Baserica Mareが境内中央に建つ。16:10 シナイアを後にしブカレストへ。

| | コメント (0)

ルーマニア土産(2) 羊乳チーズ

Dsc00155ブラン村は羊の放牧が盛んで、松の樹皮に包まれた羊乳チーズが名物。350グラムの商品を1個15レイ(約450円)で購入する。

| | コメント (0)

ルーマニア土産(1) ドラキュラ伯爵の壁掛け

Dsc00216串刺し公ヴラド・ツェペシュの顔とブラン城とが型押しされたセラミック製の壁掛け。中国製かもしれない。

| | コメント (0)

ブラン城

2013年4月13日(土) 6:40起床。さあいよいよ観光最終日、今日も天気はなんとか持ちそう。朝食にベーコン、目玉焼き、スモークチーズ、オレンジを食べ、コーヒーをDsc00018飲む。オーストリアと中国から来た団体も加わり食堂はごった返す。9:30 出発、ブランへ向かう。ブランはブラショフの南西30㎞にある人口5,500人の村。山上に吸血鬼ドラキュラの居城モデルとなったブラン城が聳え建つ。10:00 ラスノフ村(RASNOV)通過、ブラン城より古い13世紀の城砦が山上に聳えるが、観光資源としては未だ発展途上の由。後背にトランシルヴァニア・アルプスの2000m級の雪山が連なる。道路が悪く揺れがひどい。メモがとれないほど。ブラン村に入ると一見して裕福な家が建ち並ぶ。庭のテーブルでお茶を楽しむ家族の姿もある。ルーマニア最大の観光名所であるブラDsc00045ン城を抱え、国内外から押し寄せる大勢の観光客が落とすお金でよほど潤うのであろう。10:15ブラン城着、標高は670mほど。駐車場は大型観光バスや自家用車でぎっしり埋まっている。入場門に至る通りには、チーズ、肉製品、ソーセージ、羊皮製帽子やスリッパ、民族衣装、民芸品、Tシャツ、ファストフード、その他もろもろの品物を商う露店がひしめく。ドラキュラが主役のお化け屋敷まである。
ブラン城の歴史の始まりは、1377年11月19日付のハンガリー王ルイス1世の「ブランの山上に要塞を築く特権をブラショフのザクセン人(ドイツ商人)に与える」という通達書。要塞は1438-1442年、オスマDsc00051ン朝軍との攻防戦に使われた後、ワラキアとトランシルヴァニアを結ぶ街道の税関として使われたが、ドラキュラ伯爵のモデル、ワラキア領主の串刺し公ヴラド3世(1448-1476)との直截的関係を示す事実はないとの由。1533年にマジャール王からブラショフ市に所有権が移り、18世紀中頃まで軍事戦略拠点として機能した。1919年にトランシルヴァニアがルーマニア領に組み込まれると、翌1920年ルーマニア王国の所有となり、夏の離宮として使用された。1948年、共産党独裁政権が誕生し、王族は国外に追放され、ブラン城は没収される。民主政権確立後の2005年、政Dsc00049府から財産継承者であるルーマニア国王の子孫に返還され、2009年6月から私設博物館として一般に公開されている。
坂を上り城の入口へ。最初の部屋には、歴代城主6名と現在の所有者3名(ルーマニア国王フェルディナンド1世の孫であるDominic Habsburg-Lothringenと彼の二人の姉妹Maria-Magdalena Holzhausen、Elisabet Sandhofer)の写真が掲げてある。持ち主3人とも現在米国在住とのこと。小さな部屋が多くこじんまりした城である。さざえ堂のように一方通行で上り下りして見学できるように工夫されている。置かれている家具などの調度品は西洋Dsc00016アンティークをどこからか掻き集めて並べただけのような感じであるが、この城が気に入り、しばしば長期間滞在したというマリー王妃の生活を偲ばせる装飾が主調である。他には、武具や鎧兜、家紋、衣裳などを展示した部屋もあるが、まぁテーマパークのようなもの、中身は何てことはない。塔の最上階のテラスに出てブラン村の眺望を楽しむ。城の見学を終えてから通りの土産物屋を冷やかし、ドラキュラ伯爵の壁掛けを2枚買う。Made in Chinaかと聞いたら即座に100% made in Romaniaとの答。名物の松の樹皮に包まれた羊乳チーズも1個購入。12時から近くのレストランPOPASUL REGINEI(女王御用達?)でお昼、野菜スープ、パプリカサラダ、ルーマニア風シュニッツェル(とんかつ)、アイスクリームを食べる。味はまずまず。13:20 バスに戻りシナイアへ向かう。雨が落ちてくる。

 

| | コメント (0)

ルーマニア産ワイン

Dsc11128_2民族舞踏ディナーショーで飲んだルーマニア産白ワイン、ジドベイ・フェテアスカ・レガーラ(JIDVEI FETEASCA REGALA 2011)。Google翻訳の助けを借りて裏ラベルのルーマニア語を読み解くと、「ブドウ品種はトランシルヴァニア高原・タルナベ地区・ジドベイワイナリー産のフェテアスカ・レガーラ種。原産地呼称統制下にあるセミドライの白ワインは芳香がありボディはライト。5~15℃に冷やして飲むこと。製造元:ジドベイ社(S.C.JIDVEI S.R.L)」と書いてある。ネットで調べたルーマニア国内価格は16RON(約500円)なので、比較的程度の良いワインなのであろう。口当たりが良くいける。

| | コメント (0)

ルーマニア民族舞踏ディナーショー

Dsc111112013年4月12日(金) 16:50ビエルタンの要塞聖堂を後にしブラショフへ。良く見ると民家の庭にはブドウの樹が2、3本必ず植えてある。ブドウ棚を造っている家もあり、ワインを自家醸造するのかも。18:10ガソリンスタンドでトイレ休憩、売店でチョコレート菓子を買う。19:30ブラショフ市内に戻り、レストランCERBUL CARPATINで夕食。スリムなルーマニア美人が出迎えてくれる。まず食前酒?、ルーマニアワイン3種の試飲がある。白、白、赤、どれもややライト、さっぱりしてる。席を移動し食事の会場へ。男性4人、女性4人が組で踊る賑やかな民族舞踏ショーが始まる。前菜はマッシュルームの肉包み、鶏肉の唐揚げ、レバDsc11130ーのベーコン巻、ソーセージのパイ包みの4品、これが全部不味、何時作ったのか冷たくぱさぱさ、いけません。旅行会社のサービスで食事にも白ワインJIDVEI FETEASCA REGALA 2011が付く。アルコール分11.5%、やや甘口でややライトなワインは飲みやすい。ルーマニア産ワインは大部分がバルクでフランスやイタリアへ渡り、そこで瓶詰めされて彼の地のワインに化けて日本へ輸出されているとのこと。主菜は鶏肉とソーセージのシチュー、それにスクランブルエッグ、これまた不味。ブラショフのレストランは昨日と云い今日と云い美味しくない。料理を食べずにワインをぐいぐい飲るので、酔いに酔う。料理の不始末を補うかのように踊り子達は熱烈、曲ごとに衣裳を換え、手拍子、足拍子も賑やかに何曲も何曲も激しく踊りまくる。歌姫はふたり、先ほど入り口で出迎えてくれた女性も出演しソロで歌う。最後のデザートのケーキもいまひとつ、やれやれ泣けてくる。まぁともかくもブラショフのナイトライフを楽しみラマダホテルに戻る。時刻は21:50、トイレは完璧に修理されており一安心。今日のメモに手を入れ、風呂から上がると23:25、Noapte buna(おやすみなさい)。

| | コメント (0)

世界文化遺産「ビエルタンの要塞教会」

2013年4月12日(金) 15:30シギショアラを後にし南西27㎞にあるビエルタン(Biertan)へ。春耕の季節、耕運機は使われておらず、日本なら半世紀前の、馬Dsc10110に犂をつけて畑を耕す様子が見られる。16:00 ビエルタン到着、要塞教会前の広場でバスを降りる。時間が遅いせいか我々以外に観光客の姿はなく、人口2,600人の村はひっそり閑としている。トランシルヴァニア地方には要塞教会を中心にした村落が300ほど残っている。その中で、ビエルタンは、「ビエルタンとその要塞聖堂」の名称で他に先駆けて1993年に世界遺産登録されたが、その後1999年にサスキズなど6村落が拡大登録された結果、名称も「トランシルヴァニア地方の要塞聖堂群」と変更されている。世界遺産が7カ所に分散してしまった結果、観光資源として当初ほどの集客力はなくなっているのかもしれず、何となく活気がない。それでも三重の城壁に囲まれた強固な造りはビDsc10106エルタンだけとのこと、いずれもオスマン朝など異民族の侵略から村を守るため、籠城できる教会を要塞化したものである。ビエルタンの聖堂は1490~1520年建立の後期ゴシック様式。聖堂入り口扉の鍵を持った係員の後に続き、チケット売り場から木製階段を上り、城内に入る。城壁には要所に銃眼が見られ防御は固そうであるが、オスマン朝の大軍に襲撃されればひとたまりもなさそうな感じ。こじんまりした教会の見所は聖具室の扉、1515年に地元の親方達が製作したもので19個もの鍵が取り付けられている。非常に複雑な仕組みが採用されており、1900年開催のパリ万博で賞を受けた由。但し、聖具室は空っぽでお宝は納められていない。祭壇とパイプオルガンを見学してから聖堂の外へ出て境内をひと回り、城壁から村の早春の佇まいを眺める。16:50バスに戻りブラショフへ。

| | コメント (0)

世界文化遺産「シギショアラの歴史地区」

2013年4月12日(金) 10:45 ブラショフを後にしシギショアラへ。約120㎞の道程。11:05ガソリンスタンドでトイDsc10024レ休憩。11:45ルーマニアで一番貧しいというロマの村を右手に見る。12:10右手山上にルパ要塞を見る。13世紀のものらしい。緑野が広がり、所々に羊の群れ、羊は人口の2倍もいる由。緩やかな起伏を持つ大地は北海道の美瑛を思わせる。民家はあばらやが多く、地方の農民の暮らしは厳しそうである。ホップ畑がある。支柱と張り線の高作り。12:35サスキズ村を通過。この村にある14世紀建造のサスキズ要塞教会も「トランシルヴァニアの要塞聖堂群」のひとつとして世界文化遺産に登録されている。13:00 シギショアラ(Sighisoara)の町に入る。シギショアラの歴史は、1191年Dsc10017にハンガリーのクラウス王の命でザクセン人が入植したことに始まる。15~16世紀の繁栄の絶頂期には15のギルド(職人組合)を持つ城塞都市であった。現在の人口は4000人。麓でバスを降り、丘の上にある旧市街へ坂道を上っていく。城門(Tailor's Tower)をくぐり石畳を踏んで中央広場に出る。まずはヴラド・ドラクルの家(RESTAURANT Casa Vlad-Dracul)で腹ごしらえ。ヴラド・ドラクルの家は通称ドラキュラ・レストラン、この家にヴラド・ドラクルが1431~35年の4年間、ハンガリー王によって幽閉されていた由。また、ドラキュラのモデルになった息子のヴラド・ツェペシュの生家でもある。メニューは、ドラキュラのスープ(トDsc10023マトスープ)、ドラキュラのなんとか?(白身魚のフライにヨーグルトソースかけ&ポテト)、ドラキュラのケーキ(血の色のジャムをかけたパンケーキ)の3皿。何がドラキュラなのか判らないが味はまずまず。14:20から旧市街散策。町のシンボルである時計塔(Clock Tower)は、14世紀にシギショアラが商工ギルドによる自治都市となったのを記念して建てられた。1670年に火災で焼失したものの再建され、現在も機械仕掛けで時を刻んでいる。内部は現在歴史博物館だが入場見学はなし。時計塔の周りには数基の古い石碑が建つ。時計塔の傍の展望台から暫し眼下の市街地を眺め、市役所前の小広場に建つヴラド・ツェペシュ像の前で記念写真を撮る。パステルカラーの家が建ち並ぶ一画(ハンガリー人地区?)にGEORGIUS KRAUSS(1607-1679)の水色の住居がある。彼は当時のシギショアラの市役所書記でトランシルヴァニア編年史の著者として有名。案内板の表記はルーマニア語とドイツ語のみ、さすがはドイツ系移民の町、帰国してから独和辞典を引かないと訳が分からない。そこから中央広場を経由し、山上教会へ。1642年建造の屋根付きDsc10053階段(Scara acoperta)175段を昇る。この階段は、冬期に山上教会に参詣する人々と、同じく山上にあるドイツ語学校に通う生徒達の利便のために造られたもの。西国三十三観音霊場の第八番、長谷寺の長い登廊を思い出す。登りきると最初に現れるドイツ語学校は今も使われているとのことであるが、今日は生徒の姿は見えない。最上部の山上教会は14世紀建立のゴシック様式のルーテル派教会、内部には入らず外観のみの見学。さすがに眺めが良く町が一望できる。裏手の墓地に回ると、そこもなかなか雰囲気がある。その頃からカメラが不調になり、ファイルが写した順番に保存されず、ランダムに前の写真の間にもぐりこむ?。何故?、どうしたらよいか分からない。再び中央広場に戻る。広場を取り囲Dsc10063む歴史的建造物には、ウィーンと同じように番号が付与され、簡単な説明がついている。説明はルーマニア語、ドイツ語、英語の三か国語。例えば、12番は「Dr.Joseph Bacon(1857-1941)の住居、1899年、時計塔の歴史博物館創設者」。13番は「16世紀から続く匠の家、18世紀に部分改修」。15番は「市長Jahann Bothの住居、17世紀半ばに屋根つき階段の建設を命じる」。16番は「図書館、1684年建築、山上学校の図書館として機能し、希少価値を持つ3万件以上の書物を所蔵」といった具合。広場に面する各建物は外壁の化粧直し中、近いうちに面目を一新しそう。再び城門(Tailor's Tower)をくぐり坂を下ってバスに戻る。15:30ビエルタンへ向かう。

| | コメント (0)

ブラショフ市内観光

2013年4月12日(金) 6:45モーニングコールで目覚める。7:10からDsc09937_2朝食、目玉焼きとベーコンとヨーグルトを食べる。ジュースがいやに水っぽい。再びトイレの水が流れっ放しになり止まらないので、レセプションへ行き点検と修理を依頼する。連泊なので夕方まで直らない場合、部屋の変更も要求。序にホテル付近を散策。周囲に何もない所、ガソリンスタンドが2ヶ所、それにトヨタの販売店があるくらい。8:45 ブラショフ市内観光に出発。ブラショフは人口35万人のルーマニア第2の都市、12世紀にドイツ商人が建設し、ルーマニア人、ハンガリー人の3民族によって発展してきた。中世の町並が残る美しい古都の由。
最初の見学先は聖ニコライ教会。門を入るとDsc09952左手にある古い建物は、ルーマニア語による教育が行われた最初の学校で1760年に建造されたもの。聖ニコライ教会は14世紀に建立されたルーマニア正教の教会。中に入ると礼拝の最中でイコノタスの扉が半開き、内陣から「ダーミン、イエシテ、ダーミン、イエシテ、・・・」と繰り返す聖職者の祈りの声が響く。天井や壁はフレスコ画で彩られ、イコノタスの木彫も精緻、祈りの空間は美しく荘厳されている。二ヶ所目はスケイ門、門の前でバスを降り、左隣のエカテリーナ門から旧市街に入城する。スケイ門はかつてドイツ人とルーマニア人の居住区を分けていた関所で、ルDsc09951ーマニア人は特別な許可がない限り、この門から町へ入れなかったという。ポアルタ通りを進み左折して三カ所目の見学先の黒の教会へ。町の中心に聳え立つ黒の教会はトランシルヴァニア最大の後期ゴシック様式教会、高さは約65m、14世紀後半から15世紀初頭に約80年をかけて建立された。1689年にハプスブルク軍の攻撃に遭い、外壁が黒こげになったことから、この名がある。プロテスタントの教会なので内部は質素、イエス・キリストの主祭壇画、十戒を授かった場面を表す木彫彩色のモーゼ像、16世紀のフレスコ画・黒いマリア像、そしてブラショフが東西交易路上に位置していた関係で、16~18世紀にアラブ商人が奉納したとされる十字架紋様を持つトルコ・アナトリア産タペストリー(絨毯?)、1839年に造られた4000本のパイプと4つの鍵盤を持つルーマニア最大級のパイプオルガンなどがある。第一次世界大戦の戦没者慰霊碑、石棺の蓋のコレクションも見学してから外に出る。旧市庁舎前広場で若干のフリータイムはあったが、古都のゆかしさやドイツの香りを感じる間もなくあっさりとブラショフ観光は終る。10:45 バスに戻りシギショアラへ向け出発。

| | コメント (0)

RAMADA BRASOV

2013年4月11日(木) 17:00 国民の館見学を終えブラショフへ。160km・3時間半の道程。走っている車に日本車は少ないがニッサンのX-TRAILと三菱のOUTLANDERとを見る。タクシーは全Dsc09880てルーマニアの国産車ダチア(DACIA)、価格は6,000€。車で通りかかる人相手に花や野菜を商う露店(ともいえない様な代物)が道路の両側に並ぶ。ベンチに座って客を気長に待つのは看板娘ではなく老爺や老婆、自家産の物を売る様子。此の辺りの農家の人々と思われるが、呼び込みをするでもなく同じような品物を並べた店ばかり。停まる車を殆ど見ない。商売が成り立つのであろうか。車道を堂々と荷馬車が走る。沿道で草を食む牛、馬、羊、ヤギの姿も。なんとも長閑な国である。18時過ぎ、俄かに暗くなり豪雨来襲、天気はやはり変わりやすい。18:40ガソリンスタンドでトイレ休憩。ルーマニアの缶ビール4本とアイスクリームを買う。トラキア平原からトランシルヴァニアに入境したらしく、山がちの地勢になる。プラホヴァ川?沿いに遡行し、標高800mの峠を越えDsc09884てシナイア(Sinaia)にさしかかる。シナイアは高原リゾート兼スキーリゾートの町、周りをトランシルヴァニア・アルプスの2000mを越える雪嶺が取り囲む。こごしい岩山が聳え立つ。バスが急ブレーキを踏み、座席の上に置いた缶ビールが転げ落ちる。その弾みで1缶に穴が開き、車内がビール臭くなる。やれやれ。ブロショフの街に付き、市内のレストランROATA NOROCULUIにて夕食。メニューは、野菜スープ、サルマーレ(ロールキャベツ)&ママリガ(トウモロコシ粉の練り物)、アップルケーキ。正直にいうと不味、香辛料がよろしくない。22:00ようやく今宵の宿ラマダ・ブラショフにチェックイン、102号室に入る。四つ星ホテルであるがルーマニアの四つ星は高級、初めてほっとする。机、Dsc09892袖机、椅子、スタンド台、ミニバー扉など木造りであり、カーテン、ベッドカバーの色もアイボリーブラウンでコーディネートされている。ミニバーに中身が入っているし、TVはPhilips製の壁掛け薄型、電気ポット、コーヒー、紅茶、日本茶のティーバッグ付き、ドライヤーやティッシュペーパーまで備えてある。至れり尽くせり。と、ここまでは良かったが、トイレの水勢が弱く、且つ、流れっ放しになり、どうしても止まらない。やっぱりね。生理的欲求の都度、やむなくロビー階へ用足しに行く。やれやれ。それでも水タンクをいじっているうちに何とか止まる。水道水を電気ポットに汲みお湯を沸かし明日のお茶造り。風呂から上がると御前様の0:05。ブルガリアのホテル同様やはり水回りが弱い。浴槽とシンクの排水がのろま。

| | コメント (0)

ブカレスト市内観光

2013年4月11日(木) 10:50イヴァノヴォの岩窟教会を後にしブカレストへ向かう。11:25国境の町ルセ(Pyce)に着き、ドナウ川沿いに建つリガ・ホテルの前でルーマニアのバスに乗り換える。3日間お世話になったドライバーのイヴァンさんとガイドDsc09725のダフィナさんはここからソフィアへ帰る。ルーマニアのドライバーはコンスタンティン氏、ガイドはダニエル氏。ホテルで手洗いを済ませベンツ製の新型バスESTRAに乗り換える。グレードアップしたバスで11:40出発。ドナウ川に架かる国境の橋フレンドシップ・ブリッジ(友好橋)の手前で通行料を支払うために一旦停止、友好橋を渡りいよいよルーマニア入り。ルーマニア側関所でパスポートチェックがあるため再び停止、K嬢が全員分のパスポートを集め審査を受けている間に、我々は両替所へ走る。20ユーロを差し出し現地通貨85レイ(Lei)を受け取る(1レウ約30円)。車中におけるK嬢によるルーマニア事情の講話、「ルーマニアはローマ人の国という意味、ラテン系であり国民Dsc09764性はおおらかでアバウト。平均月収は320€ほど(ブカレストのみ700€)。物価はブルガリアより若干安め。出稼ぎで国外へ流出する人が多く、2150万人の人口は年々減少気味。ロマ(ジプシー)は100万人以上が居住、季節移動を繰り返し、定職を持たない。子供を学校にもやらない。云々」。見渡す限り牧草地らしき平原が広がり山は全く見えない。路傍や草地にやはりゴミが目立つ。紅いスレート(トタンかも)屋根と黄色い壁の家が多い。ジプシー御殿の前を通過。三階建てのくすんだ灰色の建物、建設中だと納税しなくて済むためわざと未完成状態にしている由、異様な建物。13:10ルーマニアの首都ブカレスト市内に入る。ブカレストの人口は250万人、共産Dsc09790党政権時代に建てられたマッチ箱形のアパートは如何にも旧いが、車も人もブルガリアより多く活気がある。昼食前に中心部にある革命広場とクレツレスク教会を見学。革命広場は1989年民主革命の銃撃戦の舞台、石畳の大きな広場を取り囲むように、共和国宮殿(現国立美術館)、旧共産党本部(現労働省)、大学図書館、アテネ音楽堂、ホテル・アテネパレスヒルトンが建つ。クレツレスク教会も革命広場の直ぐ近くにある。1725年建立の典型的なルーマニア正教教会で、入り口ポーチの天井と壁には18世紀のフレスコ画が描かれている。内部正面に楕円形のイコンを並べたきらびやかなイコノタス、壁面はドーム天井を含め聖人像のフレスコ画で隈Dsc09827なく彩られる。受付に座る女性が写真撮影をOKしてくれる。本来は禁止らしく、有難く親切に甘える。昼食のレストランはカルク・ベレ(Caru'cu Bere)、14:10着。1879年から続く老舗レストランは観光客と地元の人々で満席の大繁盛、創業当時を彷彿とさせる古色蒼然たる店内の雰囲気は抜群。メニューは、クルトン(揚げパン)、野菜スープ、ローストチキン&ポテト、焼き洋梨。これまでで一番美味、今回最高の食事かも。ルーマニアのビールURSUSの中瓶を飲む(10Lei=300円)。食事のあと国民の館へ。15:35~17:00国民の館見学。故チャウシェスク大統領が日本円にして1500億円を投じて造らせた巨大な宮殿であり、総工費は33億ドル(チャウシェスク時代の完成度は7割、現在はほぼ完工)、部屋数3107にのぼる。Dsc09849内部の写真撮影は有料で10$(1,000円)、余りにも高いのでパス(結果的には正解)。入り口で空港並みのセキュリティーチェックを受け、パスポートと引き換えに首から下げるビジターカードを受け取る。英語のガイド付きツアーで館内をぐるぐる。どこもかしこも巨大な部屋、柱・壁・床は色とりどりの大理石、天井や窓枠などは純金の装飾が施され、シャンデリアと絨毯もすごい。贅の限りが尽くされているけれども、どこか虚ろであり、造作も細工も粗め、エレガントとは言い難い。円形テーブルが設置された閣議室では、うっかりしてチャウシェスクの指定席?に腰掛けてしまう。すぐ後ろに隠し扉と秘密通路があり、いかにもという感じ。国際会議場では、WPA 2013 BUCHAREST CONGRESS やMEDICA ACADEMICAなど医学関係の学会が開かれている。クロークでビジターカードと交換でパスポートを返してもらう。17:00バスに乗りブラショフへ。

| | コメント (0)

オドリコソウ

Dsc09721オドリコソウもイヴァノヴォの岩窟教会一帯を彩る植物。オドリコソウはシソ科オドリコソウ属を代表する植物であり、ヒメオドリコソウよりは背が高く、すっきりと群生する。

| | コメント (0)

スミレ

Dsc09661世界遺産「イヴァノヴォの岩窟教会群」一帯の春を彩る植物のひとつ。葉の形から日本産のマルバスミレに似ているような気がするが、素人が同定するには種類が多過ぎる。2010年4月、オーストリアのウィーンにある高級カフェ、デーメルで、皇妃エリザベト(シシィ)がお気に入りだったという「スミレのソルベ」(菫の花の砂糖漬け)なるものを、それこそ目が飛び出るほどの値段で購入したことがあるが、このスミレも彼の砂糖菓子の原料に使われている種類かも。

| | コメント (0)

ブルガリアガイドのダフィナさん

Dsc09722イヴァノヴォの岩窟教会の下で現地ガイドのダフィナさんとツーショット。

| | コメント (0)

世界文化遺産「イヴァノヴォの岩窟教会群」

2013年4月11日(木) 6:05起床、曇り。7:00から朝食。ベーコンと目玉焼き、キュウリとトマトを食べてコーヒーを飲む。8:00出発、ルーマニアのブカレストへ通じる幹Dsc09658_2線国道をひた走る。8:50ガソリンスタンドでトイレ休憩。売店でチョコレート菓子を購入し、現地通貨を使い切る。更に北上し、ドナウ平原の広大な穀倉地帯を走り抜ける。途中、国境近くのイヴァノヴォ村にある1979年登録の世界文化遺産「イヴァノヴォの岩窟教会群」に立ち寄る。イヴァノヴォ村を貫流するルセンスキー・ロム川の両岸には高さ50mを越える断崖絶壁が連なり、そこに300もの岩窟教会や修道院が穿たれている。ここは13世紀前半、ブルガリア正教会がギリシャ正教会から独立した後、巡礼地として栄えた場所である。しかし、14世紀末にはオスマン帝国の支配下で衰退してしまう。洞窟内にDsc09680見られるビザンティン様式のフレスコ画は、13~14世紀、第2次ブルガリア帝国の繁栄下で製作されたものとのこと。
9:50岩山下の駐車場着。見学者に開放されているのは300窟のうちのごく一部(1窟のみ?)らしく、岩峰の中腹に小屋掛けしてあるように見える聖母教会まで、岩壁の左側から巻くように登って行く。雨が止んだばかりなのか、急な石段がつるつる滑る。斜面の草付きにはスミレやヤマエンゴサク?などの小花が咲く。入り口は開削したものではなく自然の割れ目、天然の洞窟の内部を削って主聖堂と祭壇室が作ってある。内部の写真撮影は有料、1€。天井と壁には一面、聖書のDsc09708主な場面や聖人像などのフレスコ画が描かれている。天井や壁にひび割れが走る。剥落も目立つけれども、7、800年前の作とすれば保存状態は良好、最後の晩餐の場面や裏切り者ユダの首吊り自殺の図などは印象深い。聖母教会の見学の後、岩峰をトラバースして展望台へ回る。雨上がりのしっとり感が漂う気持ちの良い散策路、青紫のムスカリの花が一面に咲く。自然豊かな田舎の詩情を味わい、ようやくブルガリアの良さを得心する。展望台からセンスキー・ロム川の渓谷を見下ろし、新緑に包まれたイヴァノヴォ村を見渡す。山国だけに日本の春の気分に良く似ている。周回コースを下ってバスに戻る途中、ズミのような白い小さな花を枝先いっぱいに着けた木とオドリコソウとの群落を見る。10:50バスに戻りブカレストへ。

| | コメント (0)

ブルガリアのトイレ事情

Dsc09312今回の旅で主に利用したガソリンスタンドやレストランのトイレは何処も無料。写真はリラの僧院の無料トイレ。殆どの場合が洋式、清掃が行き届き、トイレットペーパーも備えてある。唯、どこでも下水管が細く、洗浄水の量が少ないので、ペーパーを直接便器に流すことは厳禁、直ぐに詰まってしまう。使用済みのペーパーは脇に置いてある屑籠の中に捨てねばならない。また、リラの僧院のトイレは全てトルコ式(日本の和式便器同様しゃがんで使う、但し、向きは反対)で、トイレットペーパーは備えられていない。そういう場合もあるし、一般に紙質がよろしくないので、日本製を持参するのがベター。プロヴディフの街中とシプカ峠の売店で利用したトイレは有料で0.5Lv(35円)。

| | コメント (0)

ヴェリコ・タルノヴォ(Veliko Tarnovo)

2013年4月10日(水) シプカ峠を北に下る。17:15山麓の町、ガブDsc09601ロヴォ通過。民家の庭にコブシ?(花は小さいがモクレンかも)が咲く。スバル自動車のディーラーがあり、今話題のXVが展示してある。ガブロヴォの人々は倹約家揃い、それをネタにしたジョーク集も出版されている由。大相撲の大関琴欧洲は、ヴェリコ・タルノヴォから車で1時間ほどのジェリニッカ村の出身、活躍していた頃はそこを訪ねるツアーもあったとか。鯉でも釣っているのか池に釣り糸を垂れている太公望の姿がある。このあたりの民家はむき出しのレンガ造りが多く、上等な家のみ漆喰を上塗りしている。18:00ヤントラ川に架かる橋を渡り、河岸段丘上に広がるヴェリコ・タルノヴォの町にDsc09626_2入る。ボリャルカ(Bolyarka)ビールの工場がある。ヴェリコ・タルノヴォは1187年~1393年の206年間、第二次ブルガリア帝国の首都として栄えた古都、現在は人口7万人の地方都市。まずツァレヴェッツの丘入り口へ行き、丘の頂上に建つ大主教区教会とぐるりの旧市街を眺める。それから旧市街のメインストリート、ニコラ・ピコロ通りをぶらぶら。薔薇の香油や石鹸などを商う土産物店で一旦解散、19時までフリータイムになる。薄暗くなってくるし時間は短いしでどこにも行けず仕舞い。19:15四つ星のインターホテル・ヴェリコ・タルノヴォにチェックイン、556号室に入る。どんがらの大きなホテル、部屋には狭いシングルベッドが2台、リフォームが済んだばかりの様子で、高級感はないものの明るさが取り柄。直ぐにロビーに集合し地階レストランで夕食をとる。メニューはトマト&ヨーグルトサラダ、鶏肉のグリル&野菜炒め、チョコレートスポンジケーキ。味はやはりいまひとつ。現地ライセンス生産品と思われるハイネケンの中瓶を飲む。価格は8Lv(550円)と日本のホテル並み。部屋に戻り、携帯用電気ポットで水道水を沸し、日Dsc09625本から持参の緑茶ティーバッグ2袋を使って500ミリリットルの日本茶を作る。生茶のペットボトルに詰めて明日の準備完了。更に、カップラーメン(サッポロ一番みそラーメン)を食べてから風呂に入る。浴室も見栄えは良いが、浴槽の架栓の具合が悪くお湯が溜められない。又、仕切りのガラス戸の隙間からシャワーのしぶきが浴室に漏れ、床もスリッパもぐしょぐしょ。それなのに足拭きタオルは置いてない。トイレの水勢も弱いし、水回りは本当によろしくない。先進国のホテルランクなら二つ星がせいぜい。固形石鹸やシャンプーの薔薇の香りがせめてもの慰め。23時過ぎベッドにもぐりこむ。シングルベッドの幅が極端に狭く寝返りをうつと転げ落ちそう・・。

| | コメント (0)

シプカ峠

Dsc095922013年4月10日(水) 15:45バラ産業博物館を後にし次の目的地ヴェリコ・タルノヴォへ向かう。車窓から見る平原にこんもりした盛り土の塚が幾つも現れる。全てトラキア人の墓らしく、まだまだ未発掘のものがあるということか。10㎞ほど走るとシプカ村、此処に住んでいる日本人家族があり、珍しいのでよくTV取材を受けるとか、TV朝日の「世界の村で発見!こんなところに日本人」的な番組らしい。露土戦争の激戦地シプカ峠(手持ちの世界地図にはシプチェンスキー峠)へ続く道は次第に山に分け入る。バスはぐんぐん山坂を上っていく。標高1000m付近はまだ裸木、広葉樹は芽吹いていない。樹木は、アカマツ、白樺、ブナ、ヨーロッパトウヒ?など。路Dsc09588傍に雪も残る。下界に三日月形の湖が見えると山頂が近い。16:15標高1326mのシプカ峠到着、ひと休み。スタナプラリナ山の頂に聳え立つのは高さ32mの自由の碑、ロシア・ブルガリア連合軍の歴史的勝利を記念するモニュメントである。先ほどカザンラクの街からも視認している。せっかくなのでシプカ峠名物の水牛ヨーグルトを食べる。蜂蜜スティックとスプーン付きで2Lv(130円)、特に癖はなく、弱い酸味があるだけの固いヨーグルト。16:45バスに戻る。

| | コメント (0)

バラ祭りの歴代女王

Dsc09575カザンラクのバラ産業博物館内に展示されている歴代ミス・バラ祭り5名のポートレート、いずれ劣らぬバラの谷を代表する美人揃い。写真はそのうちのひとり。

| | コメント (0)

カザンラク(Kazanlak)

2013年4月10日(水) プロヴディフからカザンラクへ向かうバス車内における添乗員K嬢の話、「ブルガリアの失業率は12~15%、果実の摘み取りなど出稼Dsc09523ぎの季節労働に従事する人も多い。平均月収は360€(約4万5千円)。国民の95パーセントは持ち家に住む。地方からソフィアに出てくる学生は3、4人でアパートの一室を借り共同生活するのが普通、ひとり月20€の部屋代で済む。云々」。カザンラクの町が近づくと、雪を戴く高い山の連なりが見える。バルカン山脈の東端に位置するボテフ山(2376m)であろうか?。道路沿いにはバラの畑もあるがラヴェンダー畑の方がずっと多い。畑の中で円座になって和やかにお昼を食べている姿が見られる。13:10 カザンラク到着。カザンラクとはバラの香油(Rose Oil)を抽出する時に使う「銅の釜」のこと。毎年5~6月に行われるバラ祭りの時期には観光客でごった返す町も今は閑散としている。カザンラクの標高は400mほど、バラの谷で一番大きな町であるがそれDsc09526でも人口は5千人、観光とバラ製品加工と武器製造を生業としている由。香油採取用のバラの品種はダマスカス・ローズと云い、鑑賞用の花よりひと回り小ぶり、3トンの花から僅かに1キログラムの香油しか取れないとのこと。香水の原料となるローズオイルはブルガリア産が世界市場の7割を占める。まず街中のホテル(Hotel Palas)のレストランで昼食をとる。メニューは野菜スープとキョフテ(ブルガリア風ハンバーグ)、それにバラジャム?を載せたケーキ。ザゴルカの生ビールを飲む(3Lv=200円)。最初の見学先は、トュルベト公園内にある世界文化遺産「トラキア人の墓」。14:20着、公園入り口でバスDsc09544_2を降りるとブルガリア美人の卵たちが出迎えてくれる。トラキア人とは現在のブルガリアの地に最初に(紀元前7世紀頃?)定住したインド=ヨーロッパ語族の人々、出土品から世界最古の黄金文明を築いていたとされる。当該トラキア人の墓は1944年、防空壕建設中に偶然発見されたもの。本物は鉄格子付きの頑丈な石小屋の中に保存されており一般の見学は不可。傍らに忠実に復元されたレプリカがあり、そちらが見学用。見所は紀元前4世紀後半から紀元前3世紀のものとされるフレスコ画で、当時の戦闘場面や葬送儀礼の様子が天井の小ドームに描かれている。カメラ持ち込みは有料、5Lv(350円)。墓室なので天井が低く、丼の内側を下から覗きこむような窮屈な態勢での撮影を強いられる。全体を1枚の写真に収めるのは困難。床にカメラを置いてタDsc09557イマー撮影すれば上手く撮れたかも。まァ後の祭り。二カ所目は街の北端にあるバラ産業博物館、15:15到着。博物館の鍵を持った案内担当者がどこからか押っ取り刀で駆けつけてくる。園内には博物館と研究所(Reserch Institute For Roses Aromatic And Medicinal Plants)の2棟が建ち、広大な圃場で働く人の姿がちらほら、我々の他に観光客はいない。博物館には、昔のバラ摘みや蒸留作業の写真、圃場作業用道具類、天秤やフラスコ等の分析器具、単式蒸留釜2組、クンクマ(ローズオイルを入れる容器)、送付先(Paris、Wien、Milano、Leipzig)を打ち抜いた金属板、歴代バラ祭り女王の写真などが展示されている。15:45バスに戻り、ヴェリコ・タルノヴォへ向かう。

| | コメント (0)

ブルガリア土産 フルーツグラッセ

Dsc00222プロヴディフ観光を終えバスに乗るためマリッツァ川を渡る橋にさしかかると両側は橋上ショッピングモール、その中の菓子店で購入したオレンジグラッセ、半身にチョコレートが被せてある。飴でも何でも全て量り売りのお店で、当該オレンジグラッセは10個330グラムで6レフ(約400円)、少しおまけしてくれたようである。1包に2枚づつ入っており、べたべたして始末が悪いが風味は純良、お茶受けにぴったり。

| | コメント (0)

プラム(スモモ)

Dsc09432プロヴディフへ向かう途中で休憩したガソリンスタンドの敷地境界に咲くプラム?の花。今の時期、日本同様、ブルガリア、ルーマニアでも種々の花木が花盛り。中でも数が多く目立つのが此の白花をつける樹木、現地ガイドのダフィナさんに聞くとプラムとのこと。車窓から見る民家の庭にも1本や2本は必ず植えてある。各家庭では収穫したスモモの実を発酵させ、アルコール度数の高い蒸留酒(アルコール含量40~50%)を手作りすることもあるらしく、その酒はブルガリアではラキヤ、ルーマニアではツイカと呼ばれ、国民酒として広く親しまれている由。

| | コメント (0)

プロヴディフ旧市街

Dsc094352013年4月10日(水) 5:50起床。今日の出発は7:30、なのにレストランは7時からしか開かずゆっくり朝食を食べる時間がない。まず激辛せんべいをかじり目を覚ます。食堂へ行き昨日と同じ内容の朝食を食べ、夜来少し頭が痛むのでバファリンを飲む。7:30 ロディナホテルをチェックアウト、プロヴディフへ。一転して今日は好天、雪を被ったヴィトシャ山が直ぐ近くにくっきり見える。山頂部の乳房のような形は安達太良山に似ているかも。夜は相当冷え込んだようで車の屋根やフロントガラスは霜で真っ白。途中、何度か霧が濃い場所を通過する。プロヴディフに通じる主要道は路面が荒れており振動Dsc09441や騒音が大きい。9:20ガソリンスタンドでトイレ休憩、。トイレが無料なので皆が売店で何らかの買い物、自分はイタリア産のチョコレート菓子を2箱(9.8Lv=660円)購入する。敷地境界の草地にはナズナ、ヒメオドリコソウ、ホトケノザ、タンポポなどの花が咲き、日本の春の野と変わらない。10:00ブルガリア第2の都市プロヴディフ(Plovdif)到着。人口は35万人、ワインやタバコの包装事業、製靴、金属製品加工などが盛んであり、毎年4月に開催されるワインの国際見本市でも有名との由。バスを降り、丘上に広がる旧市街めざして石畳の道を上っていく。足首を捻挫しかねないDsc09445ほど凹凸が激しく歩きにくい。紀元前4世紀にマケドニアのフィリップ2世により建てられたと伝わるヒサル・カピア(要塞門)をくぐり旧市街に入る。道の両側に2階部分が1階よりせり出した独特な(頭でっかち)形の建物が並ぶ。アラフランガ(a-la-franga)という建築様式とのこと、西欧の様式と民族復興様式がミックスされたものである。右手に建つオレンジ色の外観が印象的な建物はブルガリア民族復興博物館(ゲオルギアディ・ハウス)、1848年に建てられ、富裕な商人ディミタール・ゲオルギアディ(Dimitar Georgiadi)の屋敷であったが、現在は歴史博物館として利用されている。ヒルトップに建つ聖コンスタンティン・エレナ教会に立ち寄る。古いキリスト教会跡地に1832年に再建された聖コンスタンティン教会と聖ヘレナ教会との複合教会は、薄緑色の鐘楼を持ち、入り口前廊の壁はフレスコ画で美しく飾られる。内部は撮影禁止、黄金で飾られたイコノタスが見える。内部には民族復興期の巨匠ザハリ・ゾグラフ(Zakhari Zograf)らの手によるイコンもある由。そDsc09471の辺りからロマ(ジプシー)と思われる3人組の女性が付き纏う。若いのにいやに目つきが鋭い。ギャラリーやアンティークの店が数多く並ぶ通りを抜きつ抜かれつ歩く。リュックやバッグを胸の前でしっかり抱え隙を見せないようにする。漸く振り切ってローマの円形劇場跡に着く。2世紀に建てられた円形劇場は旧市街の断崖に設けられ3,000人の収容能力、今でも夏になると野外劇が開催されている。坂を下り、聖処女教会の前を通り、ジュマヤ広場に出る。傍らにイスラム寺院のジュマヤ・ジャーミヤが建つ。オスマン朝のスルタン、ムラト2世の治世下の14世紀に建立されたもの、ミナレット(尖塔)のダイヤモDsc09476_2ンド模様が美しい。広場は歩行者天国、ファストフードの店が軒を連ね、トルコ系の顔立ちの人々がベンチに座ってピザを食べている。そこからイマレット・ジャーミヤに続くダスカロフ通りは、両側にブティックやカフェが並ぶショッピングモール、ソフィアより明るく垢抜けている。1444年建立のイマレット・ジャーミヤを眺めてからマリッツァ川(全長400㎞、ブルガリア第2の大河)に架かる橋を北に渡る。橋の入り口に有料トイレがあり0.5Lv。橋上も両側がショッピングモール、中程の菓子店でフルーツグラッセ10枚を購入する。11:40 ノヴォテル(Novotel Plovdiv)の前でバスに乗り、カザンラクへ向かう。

| | コメント (0)

ソフィア市内観光

2013年4月9日(火) 首都ソフィアの人口は約150万人、知恵(ソフィア)Dsc09355の都らしく大学は12あり、ブルガリア全土から学生や若者が集うとのこと。アレクサンダル・ネフスキー寺院前の広場でバスを降りると、ちょうど正五時(17:00)を告げる鐘が鳴り響く。高さ60mの黄金のドームを戴くネオ・ビザンツ様式の豪華な建物は、ブルガリア最大規模を誇る教会であり、ブルガリアをオスマン朝支配から解放した露土戦争の戦没者20万人のロシア人兵士を慰霊する目的で建立されたもの、1882年に着工し1922に完成した。広場を囲む緑地の一画に植えられた桜樹50本は、日本とブルガリアの国交回復40周年を記念して日本からソフィア市に寄贈されたもの、記念碑には1999年10月12日の日付と当時の在ブルガリア日本国大使館特命全権大使の松井啓(まついあきら)氏、ソフィア市長のステファン・ソフィアンスキー氏の名前が刻まれる。広場を横切り、巨大な青銅製のライオン像が護る無名戦士の墓、首都ソフィアの名前の由来となった聖ソフィア教会、公園に佇むロシアの詩人・作家 A.S.プーシキン(1799-1837)の胸像、1913年の建造で金色のドームとエメラルドグリーンの尖塔が美しい聖ニコライ・ロシアDsc09361教会、巨大恐竜の骨格標本が入り口に飾ってある国立自然史博物館、マリア・テレジア・イエロー色の外壁が印象的な国立民俗博物館・国立美術館(旧王宮)、ブルガリア国民銀行、直立不動の衛兵に守られる大統領官邸、国立考古学研究所付属博物館、国際会議場(旧共産党本部)などを見て回る。外から眺めるだけなので印象は極めて薄い。無骨で威圧的建造物が多く共産党独裁時代の名残が色濃く感じられる。更に、ソフィアの中心スヴェタ・ネデリャ広場の中央尖塔上に立つ聖ソフィア像、広場両角にあるUni Credit Bulbank、カールDsc09386スベルク社ソフィア支店?(看板だけかも)等のビルを見て、地下道をくぐり、半地下式の14世紀に建造された聖ペトカ地下教会、地下鉄工事で偶然に発見されたという道路橋脚下の古代城塞都市セルディカの遺跡(2世紀)、大型百貨店のツム、道向こうのマクドナルドの大型店舗、1566年建立のイスラム寺院バーニャ・バシ・ジャミヤなどを見て回る。その後の25分間のフリータイムには、ツムの地下1階にあるスーパーマーケットに行き、ブルガリアビールのシューメンスコ(Shumensko)を1本購入する。500ミリリットル缶が80円。お米も売られており、パールライス(精米)1キログラムが190円。時間まで地下鉄Dsc09415セルディカ駅へ行き切符の自販機を見物するなどじゃらんじゃらん。TVには松坂慶子似のブルガリア美人が頻繁に出てくるが、街中ではなかなかお目にかかれない。18:55から近くのレストラン・セントラル(RESTORANA TSENTRALA)で夕食。とまと&きゅうりのサラダ、ブルガリアの代表的料理カヴァルマ(肉と野菜の煮込み料理)、ババロアを食べ、ボリャルカの中瓶(4Lv=270円)を飲む。20:15ロディナホテルに戻る。皆はこれから再び近くのスーパーへ出かけるというが自分は自重し、デジカメを充電したり、お湯の出るうちにと風呂に入る。風呂上りに今日買い求めた缶ビール3種類を試飲する。いずれもやや水っぽく物足りない。22時半ベッドにもぐりこむ。 

| | コメント (0)

世界文化遺産「ボヤナ教会」

2013年4月9日(火) 13:20 リラ村のレストランを後にしヴィトシャ山の麓にDsc09343_2建つボヤナ教会へ向かう。コチェリノヴォ村を通過する際、コウノトリが飛翔する姿を目撃する。墓地は水仙など地植えの花々で美しく飾られる。沿道に建つ石碑に生花が供えてあるのは交通事故で亡くなった人を偲ぶのか。また雨が降ってくる。天気は恐ろしく変わりやすい。傘をさす人とそうでない人は半々くらい。15:00 GSでトイレ休憩。トイレは無料の上、清潔。15:30標高700mのヴィトシャ山山麓に建つ世界文化遺産「ボヤナ教会」到着。門をくぐった先に石造りとレンガ造りの小さな教会がある。これが世界遺産?、ルーマニアの世界遺産はみな小粒、それでも1979年と早い時期の登録である。一つの建物に見えるが、一番奥の部屋が1048年に創建された聖Dsc09346ニコラウス聖堂、中間室が1259年創建の聖パンティレイモン聖堂、前室が1845年創建の第3聖堂と順次増築された3つの部分から成る。内部は撮影禁止。奥室の壁には、創建当時の11世紀のフレスコ画の上に13世紀のフレスコ画が上書きされており、その上書きされたフレスコ画が貴重なものらしく世界遺産登録物件とのこと。描かれているのは東欧美術史を代表する傑作「最後の晩餐」や「受胎告知」など、聖母マリアの下に十字架文様の僧服をまとった聖ニコラウスの姿もある。中間室の壁は第2聖堂を建立したカロヤン夫妻、及び聖ニコラウスの生涯を絵解きした一連のフレスコ画で飾られる。これらも13世紀の製作。前室の壁にはフレスコ画等はなくシンプル、見学受付の係員が居るだけの部屋。内部は狭く8人づつ3班に分かれて見学するので時間がかかる。16:25ソフィアへ。

| | コメント (0)

Restorant Zhabokrek

Dsc09324鱒の看板を掲げたレストラン、名前のシャボクレック(Zhabokrek)は地名?。リラの僧院から山道を10分ほどバスで下り、山口のリラ川沿いに建つ。12:15着、陽射しが出てくる。この辺り鱒の養殖が盛んな土地柄ゆえに名物は無論鱒料理。豆スープに続きメインの鱒のグリルが登場。けれども期待に反し味付けが薄く塩・胡椒してもいまいち、仕方がないのでルフトハンザ機内でもらった醤油をかけて食べる。単純に塩焼きしてくれれば良いものを・・。ブルガリアのビール、シューメンスコの小瓶を飲む(3Lv=200円)。デザートは花梨ジャム入りパンケーキ(パラチンカ)。外へ出ると対岸の段丘上に色とりどりの蜂の巣箱が並べてあり養蜂も盛んな様子。13:20バスに乗りボヤナ教会へ向かう。

| | コメント (0)

世界文化遺産「リラの僧院」

2013年4月9日(火) 6:00起床。外はまだ真っ暗だが車の音や市電の動き出す音が聞こえてくる。眠りは全然Dsc09243足りない。水道水は飲めるらしいが妙に生ぬるいのでやめておく。TVはトルコのBEKO製の旧式、9チャンネルまで入るがブルガリア語とキリル文字でさっぱり分からない。外は寒いのか暑いのか見当がつかないので、念のためセーターをリュックに入れる。7:00漸く明るくなる。窓から眺める周囲に高い建物はなく、せいぜいが5、6階止まりのレンガ屋根、古ぼけた町である。朝食に1階レストランへ。野菜サラダ(トマト、キュウリ、オリーブ)、スモークチーズ、焼き豚を食べチェリージュースとカプチーノを飲む。味はまずまず。ウエイトレスのチェックが厳しく、パンを持ち帰ろうとした女性が注意を受ける。8:00バスに乗りリラの僧院へ出発。いきなり初っ端からブルガリア観光最Dsc09267大のハイライトへ。それにしては天気がいまいち、今にも降り出しそうな空模様。車窓から出勤風景を眺めると、男性も女性もジャケットやコートの色が暗い。車はなかなk立派で、ベンツ、VWなどドイツ車が多い。フォードやプジョー、日本車もちらほら。街路樹は芽吹いたばかり、白い花が咲いている木はプラムとのこと、樺類の花序が風に揺れる。ソフィアは標高550mの高原都市、近くのヴィトシャ山(2290m)の山頂にはまだ雪が残る。高速道を走る。沿道の初めは丘陵地帯の牧草地、北部のドナウ平原では大麦、小麦、裸麦、ライ麦、ビート、タバコなどが作られ、果樹栽培も盛んDsc09274らしい。低山はヨーロッパクロマツと思われる針葉樹の森で蔽われ、枝打ちされているようなので植林か。白樺はちらほら、ポプラもある。高速道路の法面は荒削り、岩盤を斜めに開削しただけで芝も張られていなければコンクリートの被覆もない。但し、路面は良く整備され振動は殆どない。ギリシャのテッサロニキまで高速道路を延伸中とのこと、完成すればソフィアから4時間半で行ける。「わが谷は緑なりき」といった景色が続くが一皮めくると赤土、ラテライト?、本当に紅い。どんよりしているのと霧が深いのとで沿道の写真は殆ど撮れない。9:15ガソリンスタンド(GS)でトイレ休憩、併Dsc09295設の売店でブルガリアのビール2種類を購入、500ミリリットル缶のザゴルカ(Zagorka)が1.9Lv(130円)、カーメニッツァ(Kamenitza)が1.7Lv(115円)、日本の半値以下である。沿道や畑地に紙やビニル屑などのゴミが目立つ。コウノトリで有名なコチェリノヴォ村通過、繁殖のためアフリカから渡って来るらしく、屋根の煙突の上に営巣している一羽を認める。リラ村にさしかかると道はメティオラのようなこごしい岩山の間に分け入るようになる。雨が落ちてくる。リラとは水の豊富な処の意味、山中に200の湖があり、多くの渓流がかかる。柳など木々の芽吹きが美しく、クロモジのような淡黄色Dsc09289の小さな花を沢山つけた木も見られる。10:45リラの僧院到着、標高は1150mほど。平日で天気も悪いせいか駐車場はがら空き。僧院の歴史は10世紀にさかのぼる。イヴァン・リルスキという僧が、隠遁の地としてこの場所を選び、小さな寺院を建立したのが始まりとされる。14世紀には時の王の庇護のもとで現在の形の僧院が建てられ、最盛期には全国から3,600人もの修道士が集い、僧院文化を花開かせた。僧院の建物は1833年の大火でフレリョの塔(鐘楼)を除き焼失してしまったが、その後復旧され、1983年にユネスコの世界文化遺産に登録されている。敷地内の中Dsc09308央に建つ聖母誕生教会を中心に見学。正面のアーチをくぐると、コの字型に広がる外回廊の壁と天井は色彩豊かなフレスコ画で覆われている。36の聖書の場面とこの地方のそれぞれの時代の生活の様子が描かれているとの由、聖書を読んだこともない門外漢には分からない。教会内部は写真撮影禁止。内部に入ると、ブルガリア正教の総本山というだけあってイコノタス(聖障)が立派、幅は10mもあり、精緻な彫刻と金箔が施されている模様。ブルガリア木彫芸術の最高傑作といわれるイコノタスであるが、何しろ薄暗いし、ろうそくの煙でくすんでいるしで、しかと見定めるのは困難。外へ出ると雨が雪(霙)に変っている。薄手のヤッケでは寒く傘を持つ手が冷たい。境内の湧水を汲みに来ている地元の人の姿はあるが、参詣に訪れる人は稀、ましてや大型バスの観光客は我々だけ、閑散としている。集合時間まで境内を一巡り、ブルガリア語初の文法書を著し、僧院長でもあったネオフィット・リルスキ(1793-1881)の墓などを見学する。序に無料トイレも利用する。12:00バスに戻り、昼食をとるため下の村のレストランへ向かう。

| | コメント (0)

HOTEL RODINA

Dsc092342013年4月8日(月) 23:15今宵の宿ロディナホテル着、カジノ付きの四つ星ホテルでシングル60€、ダブル70€の料金表を掲げている。添乗員のKさんがチェックインの手続きをしている間、ロビーをうろつくとトイレの異臭がひどい。これが高級ホテル?、本当に首都の四つ星ホテル?。23:40 1313号室に入る。部屋はゆったりしているが調度品はお粗末。ベッドカバー、カーテン、ソファカバーなどの色をコーディネートしてあるのは良いとして布地がガサガサ。トイレの水勢は弱いし、タンクに水が溜まるのに時間がかかり過ぎ。足ふきタオルはないし、そのくせシャワーはカーテンを閉めても四方八方に飛び散る始末、いやはやここに連泊とは泣けてくる。それでもシャンプーとシャワージェルと石鹸は付いており、何とか髪と体を洗う。風呂から上がると0:20(日本時間4月9日6:20)、もはや完全徹夜!、直ぐにベッドにもぐりこむ。 

| | コメント (0)

ブルガリア・ルーマニア2ヶ国ハイライト周遊8日間

2013年4月8日(月) 6:00起床、好晴。昨日の名残の風が幾分強い。7:35家人の運転する車で南柏駅へ。我孫子駅、成田駅で乗り換え、9:55成田空港第一ターミナルビル着、10:40集合に楽々間に合う。Dsc09213阪急交通社の受付を済ませ、スーツケース(SC)をルフトハンザドイツ航空のカウンターに預ける。同行のメンバーは23名(何と19名がひとり参加)、添乗員は女性のKさん。出国審査後、いつものように三井住友海上火災(株)の海外旅行保険に加入、欧州8日間・D08タイプで保険料は5,000円也。10:20 LH715便ミュンヘン行きに搭乗、56H席は後方の通路側。機種はAirbus A340-600、略満席。12:50離陸。猪苗代湖上空で激しい揺れに遭遇、前日来の台風並みに発達した低気圧のせいで気流が悪い。10分ほどで収まる。飲み物サービスで久しぶりに飲むドイツビール(Warsteiner Premium)が苦い。Dsc09218機はまっすぐ北上して札幌上空を通過、稚内付近で機種を左に向ける。昼食は機内食をパスし鮭お握りのみ食べる。トイレは中央階段下にまとめられて5ヶ所あり、後方にも2ヶ所ある。客室やパントリーと分離されているのは衛生的で良い。日経とサンケイスポーツ、新聞2紙を読むもまだまだ。18:30ノリリスク(Norilisk)上空、あと4,800㎞・6時間15分、飛行高度は11,582m、機内圧は高度換算で2,200m。キーラ・ナイトレイ主演の映画「アンナ・カレーニナ」を観る。先日、ビビアン・リー主演の同作品をビデオで観たばかり、ビビアン・リーの方が華があるかも。野村萬斎Dsc09230_2主演の映画「のぼうの城」も観る。これもいまいち。夕食はラズベリーソース付きムースのみ食べる。23:40コットブス(Cottbus)上空、あと560㎞・1時間。0:40(現地時間17:40)ミュンヘン国際空港に着陸。H41ゲートへ移動中、一人行方不明となったが事なきを得る。2:10 LH1706便ソフィア行きに搭乗、37F席は二人並びの窓側。機種はA321-200型。2:40離陸、すぐ雲の中に入り、又も揺れる。4:05(現地時間22:05)ソフィア空港に安着、外は雨。入国後、空港内両替所で30ユーロを両替し、現地通貨55.77レフ(Lv)を受け取る。1Lvは約67円。4:50迎えのバスに乗り込む。3日間お世話になる現地ガイドはソフィア美人のダフィナさん、運転手はイヴァンさん。車内でチップや飲み水に関する現地事情を聞くうちにロディナホテル着。時刻は5:15(23:15)、自宅を出発してから既に22時間近くが経つ。さすがに遠い。

| | コメント (0)

Signatures du SUD Rouge 2011

Dsc091932013年4月7日(日) キッコーマン食品株式会社輸入の“シニャチュール・ド・シュッド”ルージュはフランス産赤ワイン、フランスI.G.P.コンクールで金賞を受賞したワインであり、1986年度世界最優秀ソムリエのジャンボン氏厳選のワインの由、河内屋南柏店で購入しました。等級はI.G.P.ペイ・ドックとあり、良く判りませんがAOC相当品?。アーモンド様の完熟果実の香りがあり、辛口で、渋みは程よいとラベルにあります。アルコール分は12.5パーセント。試飲すると、果汁香(感)がありミディアムボディの味わい、評価は☆☆☆。

| | コメント (0)

春の作付け完了

Dsc091962013年4月6日(土) さして広くはない家庭菜園(借地)を区画割りし、連作を避けて各種作物に配分、このほど略すべての植え付けを完了する。
《作物名、植え付け日、株数もしくは個数》
①ギョウジャニンニク、3月7日、6株
②九条ネギ、3月7日、30本
③矩形自然薯、3月8日、25株+α(むかご)
④里芋、3月8日、20個+α(萎び芋)
⑤キヌサヤ、3月8日、10株(隣りの畑のKさんからの頂き物)
⑥ジャガイモ、3月9日、72個
Dsc09199⑦ミニトマト、3月28日、3株(後日、枝取りし挿し木で倍に増やす予定)
⑧ネギ、3月29日、50本(⑤と同じくKさんからの頂き物)
⑨キュウリ(さつきみどり)、4月4日、3株
残るは、モロヘイヤの種まき、サツマイモの育苗と植え付け(現在、種芋の加賀野菜・五郎島金時を畑に埋め、発芽するのを待っている段階)、アマドコロの移植くらい、ようやく一段落。 (下の写真は昨秋植え付けた玉ねぎ)

| | コメント (2)

定点観察・五本松公園(我孫子市)

Dsc091772013年4月5日(金) 定点観察と言えるほど足繁く通っている訳ではないが、午後、手賀沼北岸にある五本松公園できのこ観察。五本松公園はシラカシとスギの混交林が広がり房総丘陵の昔の面影が色濃く残る処、今の時期、カシ林に発生するというカシタケを探してみる。結局は見つからず、これは茨城県の鹿島神宮辺りまで出張しないと駄目かもしれない。
《観察種》
①アシナガイタチタケ、②アラゲキクラゲ、③カラムラサキハツ、④ナヨタケ、⑤ニセニクハリタケ (写真は④)

| | コメント (0)

定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc091332013年4月4日(木) セシウム測定に供するアミガサタケとキクラゲを採集するため手賀の丘公園へ。園内は花見の家族連れで大賑わい、平日だが春休みのせいかも。アミガサタケは時期尚早で1本も見つからず、キクラゲも発生していた倒木が片づけられてしまい空振り。
《観察種》
①アクニオイタケ、②アラゲキクラゲ、③アラゲニクハリタケ?、④ウスベニイタチタケ、⑤カバイロチャワンタケ?(シラカシ腐朽材上、肉質脆い)、⑥カラムラサキハツ、⑦コウヤクタケ科、⑧タマチョレイタケ、⑨ニセニクハリタケ (写真は④)

| | コメント (0)

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »