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カザンラク(Kazanlak)

2013年4月10日(水) プロヴディフからカザンラクへ向かうバス車内における添乗員K嬢の話、「ブルガリアの失業率は12~15%、果実の摘み取りなど出稼Dsc09523ぎの季節労働に従事する人も多い。平均月収は360€(約4万5千円)。国民の95パーセントは持ち家に住む。地方からソフィアに出てくる学生は3、4人でアパートの一室を借り共同生活するのが普通、ひとり月20€の部屋代で済む。云々」。カザンラクの町が近づくと、雪を戴く高い山の連なりが見える。バルカン山脈の東端に位置するボテフ山(2376m)であろうか?。道路沿いにはバラの畑もあるがラヴェンダー畑の方がずっと多い。畑の中で円座になって和やかにお昼を食べている姿が見られる。13:10 カザンラク到着。カザンラクとはバラの香油(Rose Oil)を抽出する時に使う「銅の釜」のこと。毎年5~6月に行われるバラ祭りの時期には観光客でごった返す町も今は閑散としている。カザンラクの標高は400mほど、バラの谷で一番大きな町であるがそれDsc09526でも人口は5千人、観光とバラ製品加工と武器製造を生業としている由。香油採取用のバラの品種はダマスカス・ローズと云い、鑑賞用の花よりひと回り小ぶり、3トンの花から僅かに1キログラムの香油しか取れないとのこと。香水の原料となるローズオイルはブルガリア産が世界市場の7割を占める。まず街中のホテル(Hotel Palas)のレストランで昼食をとる。メニューは野菜スープとキョフテ(ブルガリア風ハンバーグ)、それにバラジャム?を載せたケーキ。ザゴルカの生ビールを飲む(3Lv=200円)。最初の見学先は、トュルベト公園内にある世界文化遺産「トラキア人の墓」。14:20着、公園入り口でバスDsc09544_2を降りるとブルガリア美人の卵たちが出迎えてくれる。トラキア人とは現在のブルガリアの地に最初に(紀元前7世紀頃?)定住したインド=ヨーロッパ語族の人々、出土品から世界最古の黄金文明を築いていたとされる。当該トラキア人の墓は1944年、防空壕建設中に偶然発見されたもの。本物は鉄格子付きの頑丈な石小屋の中に保存されており一般の見学は不可。傍らに忠実に復元されたレプリカがあり、そちらが見学用。見所は紀元前4世紀後半から紀元前3世紀のものとされるフレスコ画で、当時の戦闘場面や葬送儀礼の様子が天井の小ドームに描かれている。カメラ持ち込みは有料、5Lv(350円)。墓室なので天井が低く、丼の内側を下から覗きこむような窮屈な態勢での撮影を強いられる。全体を1枚の写真に収めるのは困難。床にカメラを置いてタDsc09557イマー撮影すれば上手く撮れたかも。まァ後の祭り。二カ所目は街の北端にあるバラ産業博物館、15:15到着。博物館の鍵を持った案内担当者がどこからか押っ取り刀で駆けつけてくる。園内には博物館と研究所(Reserch Institute For Roses Aromatic And Medicinal Plants)の2棟が建ち、広大な圃場で働く人の姿がちらほら、我々の他に観光客はいない。博物館には、昔のバラ摘みや蒸留作業の写真、圃場作業用道具類、天秤やフラスコ等の分析器具、単式蒸留釜2組、クンクマ(ローズオイルを入れる容器)、送付先(Paris、Wien、Milano、Leipzig)を打ち抜いた金属板、歴代バラ祭り女王の写真などが展示されている。15:45バスに戻り、ヴェリコ・タルノヴォへ向かう。

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