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ブラショフ市内観光

2013年4月12日(金) 6:45モーニングコールで目覚める。7:10からDsc09937_2朝食、目玉焼きとベーコンとヨーグルトを食べる。ジュースがいやに水っぽい。再びトイレの水が流れっ放しになり止まらないので、レセプションへ行き点検と修理を依頼する。連泊なので夕方まで直らない場合、部屋の変更も要求。序にホテル付近を散策。周囲に何もない所、ガソリンスタンドが2ヶ所、それにトヨタの販売店があるくらい。8:45 ブラショフ市内観光に出発。ブラショフは人口35万人のルーマニア第2の都市、12世紀にドイツ商人が建設し、ルーマニア人、ハンガリー人の3民族によって発展してきた。中世の町並が残る美しい古都の由。
最初の見学先は聖ニコライ教会。門を入るとDsc09952左手にある古い建物は、ルーマニア語による教育が行われた最初の学校で1760年に建造されたもの。聖ニコライ教会は14世紀に建立されたルーマニア正教の教会。中に入ると礼拝の最中でイコノタスの扉が半開き、内陣から「ダーミン、イエシテ、ダーミン、イエシテ、・・・」と繰り返す聖職者の祈りの声が響く。天井や壁はフレスコ画で彩られ、イコノタスの木彫も精緻、祈りの空間は美しく荘厳されている。二ヶ所目はスケイ門、門の前でバスを降り、左隣のエカテリーナ門から旧市街に入城する。スケイ門はかつてドイツ人とルーマニア人の居住区を分けていた関所で、ルDsc09951ーマニア人は特別な許可がない限り、この門から町へ入れなかったという。ポアルタ通りを進み左折して三カ所目の見学先の黒の教会へ。町の中心に聳え立つ黒の教会はトランシルヴァニア最大の後期ゴシック様式教会、高さは約65m、14世紀後半から15世紀初頭に約80年をかけて建立された。1689年にハプスブルク軍の攻撃に遭い、外壁が黒こげになったことから、この名がある。プロテスタントの教会なので内部は質素、イエス・キリストの主祭壇画、十戒を授かった場面を表す木彫彩色のモーゼ像、16世紀のフレスコ画・黒いマリア像、そしてブラショフが東西交易路上に位置していた関係で、16~18世紀にアラブ商人が奉納したとされる十字架紋様を持つトルコ・アナトリア産タペストリー(絨毯?)、1839年に造られた4000本のパイプと4つの鍵盤を持つルーマニア最大級のパイプオルガンなどがある。第一次世界大戦の戦没者慰霊碑、石棺の蓋のコレクションも見学してから外に出る。旧市庁舎前広場で若干のフリータイムはあったが、古都のゆかしさやドイツの香りを感じる間もなくあっさりとブラショフ観光は終る。10:45 バスに戻りシギショアラへ向け出発。

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