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ブカレスト市内観光

2013年4月11日(木) 10:50イヴァノヴォの岩窟教会を後にしブカレストへ向かう。11:25国境の町ルセ(Pyce)に着き、ドナウ川沿いに建つリガ・ホテルの前でルーマニアのバスに乗り換える。3日間お世話になったドライバーのイヴァンさんとガイドDsc09725のダフィナさんはここからソフィアへ帰る。ルーマニアのドライバーはコンスタンティン氏、ガイドはダニエル氏。ホテルで手洗いを済ませベンツ製の新型バスESTRAに乗り換える。グレードアップしたバスで11:40出発。ドナウ川に架かる国境の橋フレンドシップ・ブリッジ(友好橋)の手前で通行料を支払うために一旦停止、友好橋を渡りいよいよルーマニア入り。ルーマニア側関所でパスポートチェックがあるため再び停止、K嬢が全員分のパスポートを集め審査を受けている間に、我々は両替所へ走る。20ユーロを差し出し現地通貨85レイ(Lei)を受け取る(1レウ約30円)。車中におけるK嬢によるルーマニア事情の講話、「ルーマニアはローマ人の国という意味、ラテン系であり国民Dsc09764性はおおらかでアバウト。平均月収は320€ほど(ブカレストのみ700€)。物価はブルガリアより若干安め。出稼ぎで国外へ流出する人が多く、2150万人の人口は年々減少気味。ロマ(ジプシー)は100万人以上が居住、季節移動を繰り返し、定職を持たない。子供を学校にもやらない。云々」。見渡す限り牧草地らしき平原が広がり山は全く見えない。路傍や草地にやはりゴミが目立つ。紅いスレート(トタンかも)屋根と黄色い壁の家が多い。ジプシー御殿の前を通過。三階建てのくすんだ灰色の建物、建設中だと納税しなくて済むためわざと未完成状態にしている由、異様な建物。13:10ルーマニアの首都ブカレスト市内に入る。ブカレストの人口は250万人、共産Dsc09790党政権時代に建てられたマッチ箱形のアパートは如何にも旧いが、車も人もブルガリアより多く活気がある。昼食前に中心部にある革命広場とクレツレスク教会を見学。革命広場は1989年民主革命の銃撃戦の舞台、石畳の大きな広場を取り囲むように、共和国宮殿(現国立美術館)、旧共産党本部(現労働省)、大学図書館、アテネ音楽堂、ホテル・アテネパレスヒルトンが建つ。クレツレスク教会も革命広場の直ぐ近くにある。1725年建立の典型的なルーマニア正教教会で、入り口ポーチの天井と壁には18世紀のフレスコ画が描かれている。内部正面に楕円形のイコンを並べたきらびやかなイコノタス、壁面はドーム天井を含め聖人像のフレスコ画で隈Dsc09827なく彩られる。受付に座る女性が写真撮影をOKしてくれる。本来は禁止らしく、有難く親切に甘える。昼食のレストランはカルク・ベレ(Caru'cu Bere)、14:10着。1879年から続く老舗レストランは観光客と地元の人々で満席の大繁盛、創業当時を彷彿とさせる古色蒼然たる店内の雰囲気は抜群。メニューは、クルトン(揚げパン)、野菜スープ、ローストチキン&ポテト、焼き洋梨。これまでで一番美味、今回最高の食事かも。ルーマニアのビールURSUSの中瓶を飲む(10Lei=300円)。食事のあと国民の館へ。15:35~17:00国民の館見学。故チャウシェスク大統領が日本円にして1500億円を投じて造らせた巨大な宮殿であり、総工費は33億ドル(チャウシェスク時代の完成度は7割、現在はほぼ完工)、部屋数3107にのぼる。Dsc09849内部の写真撮影は有料で10$(1,000円)、余りにも高いのでパス(結果的には正解)。入り口で空港並みのセキュリティーチェックを受け、パスポートと引き換えに首から下げるビジターカードを受け取る。英語のガイド付きツアーで館内をぐるぐる。どこもかしこも巨大な部屋、柱・壁・床は色とりどりの大理石、天井や窓枠などは純金の装飾が施され、シャンデリアと絨毯もすごい。贅の限りが尽くされているけれども、どこか虚ろであり、造作も細工も粗め、エレガントとは言い難い。円形テーブルが設置された閣議室では、うっかりしてチャウシェスクの指定席?に腰掛けてしまう。すぐ後ろに隠し扉と秘密通路があり、いかにもという感じ。国際会議場では、WPA 2013 BUCHAREST CONGRESS やMEDICA ACADEMICAなど医学関係の学会が開かれている。クロークでビジターカードと交換でパスポートを返してもらう。17:00バスに乗りブラショフへ。

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