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世界文化遺産「シギショアラの歴史地区」

2013年4月12日(金) 10:45 ブラショフを後にしシギショアラへ。約120㎞の道程。11:05ガソリンスタンドでトイDsc10024レ休憩。11:45ルーマニアで一番貧しいというロマの村を右手に見る。12:10右手山上にルパ要塞を見る。13世紀のものらしい。緑野が広がり、所々に羊の群れ、羊は人口の2倍もいる由。緩やかな起伏を持つ大地は北海道の美瑛を思わせる。民家はあばらやが多く、地方の農民の暮らしは厳しそうである。ホップ畑がある。支柱と張り線の高作り。12:35サスキズ村を通過。この村にある14世紀建造のサスキズ要塞教会も「トランシルヴァニアの要塞聖堂群」のひとつとして世界文化遺産に登録されている。13:00 シギショアラ(Sighisoara)の町に入る。シギショアラの歴史は、1191年Dsc10017にハンガリーのクラウス王の命でザクセン人が入植したことに始まる。15~16世紀の繁栄の絶頂期には15のギルド(職人組合)を持つ城塞都市であった。現在の人口は4000人。麓でバスを降り、丘の上にある旧市街へ坂道を上っていく。城門(Tailor's Tower)をくぐり石畳を踏んで中央広場に出る。まずはヴラド・ドラクルの家(RESTAURANT Casa Vlad-Dracul)で腹ごしらえ。ヴラド・ドラクルの家は通称ドラキュラ・レストラン、この家にヴラド・ドラクルが1431~35年の4年間、ハンガリー王によって幽閉されていた由。また、ドラキュラのモデルになった息子のヴラド・ツェペシュの生家でもある。メニューは、ドラキュラのスープ(トDsc10023マトスープ)、ドラキュラのなんとか?(白身魚のフライにヨーグルトソースかけ&ポテト)、ドラキュラのケーキ(血の色のジャムをかけたパンケーキ)の3皿。何がドラキュラなのか判らないが味はまずまず。14:20から旧市街散策。町のシンボルである時計塔(Clock Tower)は、14世紀にシギショアラが商工ギルドによる自治都市となったのを記念して建てられた。1670年に火災で焼失したものの再建され、現在も機械仕掛けで時を刻んでいる。内部は現在歴史博物館だが入場見学はなし。時計塔の周りには数基の古い石碑が建つ。時計塔の傍の展望台から暫し眼下の市街地を眺め、市役所前の小広場に建つヴラド・ツェペシュ像の前で記念写真を撮る。パステルカラーの家が建ち並ぶ一画(ハンガリー人地区?)にGEORGIUS KRAUSS(1607-1679)の水色の住居がある。彼は当時のシギショアラの市役所書記でトランシルヴァニア編年史の著者として有名。案内板の表記はルーマニア語とドイツ語のみ、さすがはドイツ系移民の町、帰国してから独和辞典を引かないと訳が分からない。そこから中央広場を経由し、山上教会へ。1642年建造の屋根付きDsc10053階段(Scara acoperta)175段を昇る。この階段は、冬期に山上教会に参詣する人々と、同じく山上にあるドイツ語学校に通う生徒達の利便のために造られたもの。西国三十三観音霊場の第八番、長谷寺の長い登廊を思い出す。登りきると最初に現れるドイツ語学校は今も使われているとのことであるが、今日は生徒の姿は見えない。最上部の山上教会は14世紀建立のゴシック様式のルーテル派教会、内部には入らず外観のみの見学。さすがに眺めが良く町が一望できる。裏手の墓地に回ると、そこもなかなか雰囲気がある。その頃からカメラが不調になり、ファイルが写した順番に保存されず、ランダムに前の写真の間にもぐりこむ?。何故?、どうしたらよいか分からない。再び中央広場に戻る。広場を取り囲Dsc10063む歴史的建造物には、ウィーンと同じように番号が付与され、簡単な説明がついている。説明はルーマニア語、ドイツ語、英語の三か国語。例えば、12番は「Dr.Joseph Bacon(1857-1941)の住居、1899年、時計塔の歴史博物館創設者」。13番は「16世紀から続く匠の家、18世紀に部分改修」。15番は「市長Jahann Bothの住居、17世紀半ばに屋根つき階段の建設を命じる」。16番は「図書館、1684年建築、山上学校の図書館として機能し、希少価値を持つ3万件以上の書物を所蔵」といった具合。広場に面する各建物は外壁の化粧直し中、近いうちに面目を一新しそう。再び城門(Tailor's Tower)をくぐり坂を下ってバスに戻る。15:30ビエルタンへ向かう。

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