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湯殿山大日坊(鶴岡市)

2013年8月17日(土) 注連寺の次に訪れたのは大日坊、ここも又、小説「月山」に登場する寺院である。大日坊は七五三掛集落と隣り合う大網地区にありDsc02814車で5分ほど。正式名を湯殿山総本寺大日坊金剛院瀧水寺といい、天長二年(825)弘法大師により開山されたと伝わる真言宗(豊山派)の古刹である。ご本尊は湯殿山大権現で「金胎両部大日如来坐像」とも呼ばれ秘仏である。大網はこの辺りの中心集落で、鶴岡と山形を結ぶ旧六十里越街道沿いに位置しており、旧境内地には大網御番所(関所)が置かれていた。湯殿山が女人禁制だったため、女性の参詣者は当寺から先に入山できず、注連寺とともに女人参詣所即ち「女人湯殿山」として大いに賑わったという。また、江戸時代には徳川家の祈願寺に定められるなど一層の隆盛を極め、寺宝の中には寛永十八年(164Dsc028171)春日局(1579-1643)が三代将軍家光(1604-51)の治世の安泰を祈願して奉納した金剛界大日如来像や、家康公の冥福を祈るために奉納した雲首型の家康公位牌などがある。その後、明治維新後の廃仏毀釈、明治八年(1875)の火災などで次第に衰退したが、焼失前の僧坊を併せた本堂は行間四十二間(約77m)、梁間十二間(約22m)という広壮なもの、その他に大日堂、即仏堂、五仏堂、阿弥陀堂、観音堂、太子堂、弁天堂、客殿、鐘楼、上土蔵、下土蔵など七堂伽藍を備えた東北有数の大寺であったと云う。昭和十一年(1936)の地滑り災害により伽藍の殆どが再び壊滅したため、現在地に移転している。14:35仁王門Dsc02830前の第一駐車場(標高380m)到着。茅葺の仁王門は地滑りの倒壊を免れて旧境内地より移転した唯一の建物、鎌倉時代の創建で山形県有形文化財に指定されている。仁王門の正面左右には風神像と雷神像、その奥には運慶作?とされる仁王像が鎮座しており、4体とも旧朝日村指定文化財。山門をくぐり紫陽花が植栽された参道を行く。庄内盆地は殊の外暑くむしむしする。本堂内の拝観料は500円、せっかくなので入堂してお参りする。受付のお坊さんが応対してくれ、まず御本尊の前に座り首を垂れると、何やら有難い真言を唱えてくれ、大払子でお祓いまでしてくれる。それから大日坊の寺歴の説明が始まるが、庄内弁?の早口で殆ど理解できない。東北弁の聞き取りには自信があるのだDsc02822が・・、全く歯が立たない。その後、即身仏の代受苦菩薩真如海上人にもお参りする。真如海上人は朝日村越中山の生まれ、大日坊で修行し、木喰行の末、天明三年(1783)九十六歳で生身のまま土中に入定し即身仏になったと云う。もともと大日坊には三体の即身仏があったが明治の火災で二体は焼失したとの由。「月山」作中にも、即身仏見学に観光バスが大日坊に上ってくる様子が出てくる。それにしても1対1での丁寧な応接に恐縮する。お寺さんはこうでなくては。大黒天、弁財天、変化百体観音、金銅仏釈迦如来立像(国指定重要文化財)など堂内に並ぶ諸仏を拝観してから本堂を退出、境内に建つ宝篋印塔(天明三年再建、旧朝日村指定有形文化財)を見学してから、旧境内地の皇壇のスギへ向かう。

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