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世界遺産「イスタンブールの歴史地区」(その1)

2013年12月11日(水) 5:30起床。部屋の中が暑過ぎる。窓を開Dsc06558けるも外はホテル内の吹き抜け部分、少しも室温が下がらない。クラシックホテルは空調がよろしくない。他にもシャワーと湯張りの切り替え栓の調子がいまいち、トイレの水流が弱いなど色々欠点が目につく。ミイラか日干しレンガにでもなりそう、夜中に何回も起きて水やお茶を飲む。外の様子がさっぱり分からないのも難点。7:00朝食をとるため最上階六階のレストランへ上がる。外は大雪、今日の観光が思いやられる。菓子パン、ゆで卵、ハム、トマト、キュウリ、ホワイトチーズ、オレンジ、カリン?を食べコーヒーを飲む。まずまず。腹ごなしに外へ出てみたが、べた雪でぐちゃぐちゃ。作業員が 雪掻きしている舗道もあるがごく一部、足元が悪いのでオットマンホテルの外観写真を撮っただ けで引き揚げる。今日の観光は外回りが多く果たして大丈夫でDsc06570あるか。但し、通勤車両等は少ないので大渋滞はないかもしれぬ。9:00出発、雪は止んだが強風が吹き荒れ、少し離れた大通りまでしか入って来られないバスに辿り着くのが一仕事。9:10トプカプ宮殿着。トプカプ宮殿は1467年から1856年まで400年に亘りオスマン朝歴代スルタンの居城だったところ、三方をマルマラ海、ボスポラス海峡、金閣湾に囲まれた小高い丘の上に建つ。宮殿入口の最初の門、皇帝の門 (1478年建立)をくぐり第一庭園に入る。左側に建つアヤ・イリニ教会を眺めながら進み、左右に聳える八角塔が印象的な表敬の門(送迎門)をくぐ り第二庭園に入る。舗道の雪掻きはいい加減で足元Dsc06579はかなり危うい。ナジ氏の案内で9年前には入場しなかったハレムを見学。ハレムは宮廷の女性たちの居住区で、男性はスルタンと皇子と黒人宦官以外は足を踏み入れることすら禁じられた場所。入り口を入ると宦官の部屋がある。宦官の多くはエジプトから差し出された黒人のヌビア族出身者(飾ってある人形の皮膚の色は真っ黒)、任務はハレムの警備や外部との交渉役。ハレムの最高権力者である皇太后(スルタンの母親)の部屋、第1夫人から第4夫人(最初に男児を生んだ順)の部屋、ハレム内で最も広く豪華な装飾が施された皇帝の広間、イズニックタイル装飾が見事なムラト3世のサロン、ロココDsc06611調のインテリアと果実の装飾が見事なアメフット3世の食堂(果実の間)、跡継ぎの皇子が幽閉に近い日々を過ごしたという皇子の部屋、寵姫たちの中庭などを見学。どの部屋も装飾タイルが実に美しい。ハレムを見学した後はフリータイム、幸福の門、謁見の館、アフメット3世の図書館、衣裳展示室、宝物館などを見学する。宝物館はセリム2世の浴室だったところ、歴代スルタンによって集められた世界有数のコレクションを展示する。豪華な玉座、純金製の燭台、宝石をちりばめた水差し、ターバン飾り、翡翠や水晶の器など金銀財宝のオンパレード、中でも第4室にある「スプーン職人のダイヤモンド」と「トプカプの短剣」が双璧。前者は世界で7番目に大きいという86カラットのダイヤモンド、漁師が拾った原石をスプーン職人がスプーン3本と交換したとの伝説がある。後者は世界最大級の3個のエメラルドで飾られた短剣、宮殿の工房で製作されたもので、メリナ・メルクーリ主演のDsc06657映画「トプカピ」(1964年、米国)に登場し一躍有名に。11:10見学を終えて宝物館前に集合したところ、メンバー女性のひとりが北側テラスの階段で転倒し右手首を負傷したとのこと、骨折の疑いがあり、添乗員と御主人が付き添って直ぐに病院 へ向かう。大事に至らなければよいが・・。次は隣接するアヤソフィア博物館の見学(11:30-12:05)。アヤソフィアは西暦537年に完成したギリシャ正教の大聖堂、ビザンツ建築の最高 傑作と評される。オスマン朝時代にはモスクに改装されるなど、イスタンブールの波瀾の歴史を物語る。入り口から入り、外拝廊の皇帝の門の上の「キリストとレオ六世(886-912)のモザイク」(9世紀の作)、直径31m・高さ56mの大ドーム天Dsc06658井、内陣回廊の柱に掲げられた6枚の巨大な円盤、中2階ギャラリーにある「ディーシス(請願)のモザイク」(12世紀の作)、「聖母子とヨハネス2世と皇后エレーネのモザイク」、「キリストとコンスタンチン九世と皇后ゾエのモザイク」、ベルガマの壺、出口に近い内拝廊にある「聖母子とコンスタンチン大帝とユスティニアヌス一世のモザイク」など、ビザンツ時代のモザイク画を中心に見学する。最後のモザイクは、中央に幼いイエスを膝に抱いた聖母マリア、その右にはコンスタンチノープルの町を献上するコンスタンチン大帝、左にはドーム屋根の聖堂アヤソフィDsc06664アを捧げるユスティニアヌス大帝が画かれている。モザイクに使われている金のテッセラ(細片;tessera)はガラスの上に金箔を貼り、更にその上にガラスを流したもの、そのため1000年の時を経ても黄金の輝きは少しも失われていない。出口から前庭に出るとロココ調の泉亭(清めの泉)が建つ。1728年建造の優美な建物である。午前の最後は地下宮殿の見学(12:15-12:30)、1963年の英国映画「007 ロシアより愛を込めて」のロケ地になった場所である。宮殿とは云うが実際は地下貯水池、4世紀から6世紀にかけて造られたもので縦140m、横70m、高さ8mほどの大きさ、コリント様式の柱336本により支えられている。メドゥサの頭部が土台となっている北側奥の2本の柱は相変わらず不気味、浅い水中に以前は野生種の小魚しかいなかったのに、今は沢山の金魚や鯉が泳いでいる。

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