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「楽山楽水日記」全五巻

Dsc06959 2013年12月31日(火) 契約しているプロバイダのニフティには投稿したブログを印刷・製本してくれるココログ出版(印刷・製本元はあさひ高速印刷株式会社)というコンテンツがあったが、採算がとれないのか今年の9月でサービスが終了となる。退職してからこの12月21日で丸10年になるが、その間楽隠居の道楽三昧の日々をブログ「楽山楽水日記」に綴り、約2年分の記事をまとめては1冊450頁の本に製本してきたが、これも第五巻止まりで終わることに。同様に山日記の「自惚山人ノオト」は200回分を1冊に製本してきたが三巻(第510回止まり)まで。少し残念な気もするが、まあ内容はどちらも小学生の絵日記レベル、だらだら続けても仕方がなく、ちょうど良い区切りかもしれない。何事も始めがあれば終わりがあり、そうであれば引き際は美しくありたいもの。さあて。

今年も一年間、「楽山楽水日記」のご愛読ありがとうございました。皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

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農事納め

Dsc068972013年12月30日(月) 矩形自然薯の収穫が終わり、ハタケシメジ栽培の仕掛けも済んで今日は畑仕事の納めの日。各畝に御礼肥えを施し来春の作付けまで休ませる。現在残っているのは大根とネギのみ、100㎡の畑が寂しく見える。まぁそれでも春になれば今は土中に隠れているアマドコロやギョウジャニンニクが萌え出る。陽当りの良いところに移植した2種類のキイチゴ(ラズベリーとニガイチゴ?)も沢山の花(実)をつける。来年はどんな作物を作ろうかの楽しみも。伝統野菜や西洋野菜にチャレンジするのも良い。連作障害を避けるために栽培作物の割り付けを工夫する楽しみもある。何でも楽しみにして明日を待つ時間が一番。

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上撰白鶴

Dsc069082013年12月29日(日)  干しシラスの辛味大根おろし和えのお供は上撰白鶴。アルコール脱水素酵素の働きが弱い私はめったに日本酒は口にしないが、お葬式の香典返しにいただいたお酒が溜まってきたので片づけねば。冷やでちびりちびりやるうちにいつものように顔が真っ赤っか。それでも日本酒はやはり旨い。

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc069522013年12月28日(土) 昨日雨が降ったので辛味大根おろしの相手エノキタケを探しに午後から手賀の丘公園へ。ところが又も空振り、ただの1本も見つからない。しようがない、瓶詰エノキタケの妙高なめ茸で我慢するしかない。
《観察種》50音順
①アラゲキクラゲ、②キクラゲ、③スエヒロタケ、④ニクウスバタケ、⑤ニセマツカサシメジ、⑥ネンドタケ、⑦ハカワラタケ?、⑧ヒメシロカイメンタケ?、⑨マツカサキノコモドキ
(写真は⑥)

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今ほた木に出ているきのこ

Dsc06890 2013年12月27日(金) 家庭菜園の片隅のカリン樹の下に放置してあるほた木に現在発生しているきのこはシイタケとヒラタケのみ、それもシイタケは僅か1本、ヒラタケは2本のほた木に止まる。2011年3月の原発事故以来、我が家の原木栽培きのこは見向きもされなくなってしまったが、3年近くが経ち農産物や天然きのこのベクレル値が低下、やっとほとぼりが冷めたと思ったら発生の盛期は疾くに逝ぎてしまっている。
シイタケの種駒をコナラの原木に植菌したのは2010年2月、発生の最盛期は2012年秋と2013年春、又、ナメコをサクラに植菌したのは2009年3月、発生の最盛期は2011年12月、そしてヒラタケを樹種不20131122dsc05681明の落葉広葉樹に植菌したのは2010年2月、発生の最盛期は2012年11月である。いずれも三夏を過ぎた時期に発生の最盛期を迎え、四夏を過ぎると急激に衰えることが分かる。五夏を過ぎたナメコのほた木はぼろぼろになり養分がすっかり失われている。
このところホームセンターで種駒や原木を見かけることはなくなり、扱かっても商売にならないので自粛しているのであろう。当面、新たな原木栽培を始めるは難しいので、ハタケシメジの栽培に注力するつもり。

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サクラエビ

Dsc06905 2013年12月26日(木) 辛味大根がたくさん取れたので連日のおろし和え。今日のお供は茹でサクラエビ。辛吉もからいねもワサビに匹敵するほどのピリカラ、本当に辛い。ジアスターゼたっぷりで消化に良くご飯が進む。下し和えの他の相手は干ししらす、妙高なめ茸(瓶詰エノキタケ)、天然エノキタケや栽培ナメコや天然ハタケシメジの醤油煮など。あとは川エビ(藻エビ)でも手に入ると最高なのだが・・。

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ハタケシメジ栽培開始

Dsc06902 2013年12月25日(水) 午後から鋸を持って増尾城址公園へ出撃。集草所に積み上げてある落葉樹の伐木(サクラなど3、4種類)を玉切りし、ハタケシメジ栽培用の原木を調達する。ヤマノイモ跡地を耕し、発酵鶏糞と米ぬかと石灰を施肥してから、畝の中央を深堀し再度米糠を施肥、しかる後原木を直線状に埋設する。天然のハタケシメジは埋もれ木から発生するとされているが、増尾城址公園でも2ケ所のシロは土止めの杭の根際であり、同じような環境を整える。あとはシロの土を掘り取ってきて原木の周りに撒いたり、春先に発生するハタケシメジの成菌を植え替えるつもり。文字通り「畑でシメジの栽培」であるが、うまくいっても発生は再来年の春か秋であろう。借りている畑でこんなことをやっているのを見つかったら地主さんからお叱りを受けるかもしれないが、同じ畝で矩形自然薯を継続栽培しカモフラージュするつもり、はてさてどうなりますか。

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干しいも「紅はるか」

Dsc07058 2013年12月24日(火) 息子夫婦からクリスマスプレゼント兼お歳暮が届く。例年と同じく私の大好物の干しいも、そしてこれまた例年と同じく日本一の本場ひたちなか産、但し、芋の品種は従来の「いずみ」ではなく「紅はるか」となっている。紅はるかは最近売出し中の蜜入り芋らしく、黄金色の干しいもは勿論そのまま食べてもOK、さっと焙れば(バターやマーガリンを塗ると尚)very good、天ぷらに揚げれば更によしの3拍子揃った高級品とのこと。2㎏もあるので暫らく楽しめる。まことに嬉しい到来物、Vielen Dank!、ごちそうさま。

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菜園の恵み(102) ヤマノイモ

Dsc06881 2013年12月23日(月) 午後、矩形自然薯掘り。支柱やネットの取り外しと片付けだけでも大仕事だが掘り取りは更に重労働。大小2本のスコップを使い慎重に作業を進めたつもりであるが、集中力の持続が難しく、どうしても芋を傷つけてしまう。それでも、手前に置いた一番の大物は1.0㎏ジャスト、他にも700g級が4本、種芋級も含めると5.2キログラムの収量は悪くない。今日は畝の半分を掘っただけで日が暮れてしまったが、最終的には10㎏ぐらいの収穫量か。(翌日残りを掘り取ると4.6㎏、総計9.8㎏)

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc06876 2013年12月22日(日) 午前、隣の敷地にはみ出している庭木の枝を剪定しすっきり。午後、増尾城址公園へエノキタケ採りに行く。結果は空振り、3日間あれほど雨が降った後なのに。僅かに1箇所の切株、4本では汁の実にも足りない。他にはアラゲキクラゲ、カワラタケ、キヒラタケ、スエヒロタケを認めたのみ、地上生のきのこは見当たらず。

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柚子

Dsc068682013年12月18日(水) 今年も家内の友人のMさんから柚子をどっさり頂戴する。十二単の佳人が傍にいるかのごとき爽やかな香りが隈なく室内に漂う。今日は曇天で鬱陶しい一日であるが、これで気分も晴れる。夜間には関東の平野部でも積雪が予報されるほど寒い一日、早速風呂をわかし柚子湯の恩恵に与からん。Mさま、いつもありがとうございます。

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ししとう種取り

Dsc068582013年12月15日(日) 午後、シシトウの種取りを行う。完熟し紅くなったシシトウを摘み取り、流しの三角コーナー用ネットに入れて約1か月間ベランダに吊るし乾燥させたもの。ビバホーム柏増尾台店で春先に68円で購入した苗は非常に優秀で、今秋食べきれないほどの恵みを我が家にもたらし、ピーマンが高い時期の代用品として大活躍。その遺伝子を持つ種を取り出し、来年は育苗から始めるつもり。家庭菜園も次第に本格化。

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とらふぐフルコース

Fukufullcourse 2013年12月14日(土) 昨日トルコから帰国したばかりなので午前中は洗濯他の後片付けに追われる。夕方、娘夫婦が来宅し、父の日兼誕生日のお祝いとて木曽路柏店でとらふぐのフルコースを御馳走になる。うっかりデジカメを忘れ写真を撮り損ねてしまったが、てっぴ(皮の湯引き)に始まり、前菜、てっさ(刺身、薄造り)、唐揚げ、てっちり(鍋)、雑炊、香の物と続き、最後はアイスクリーム。4人で楽しく談笑するうち午後9時半を廻る。2人とも共働きで忙しい中、貴重な休日にわざわざ来柏してくれ、その上大散財させてしまい申し訳なし。まことに有難い。御馳走さま。

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トルコのビール

今回のトルコ旅行で飲んだビールは6種類、そのうち行き帰りのカタール航空機内で飲んだハイネケンを除くと以下の5種類。トルコはイスラム圏ではあるが政教分離政策がとられているせいか飲酒は禁じられておらず、レストランやカフェでビール、ワイン、ラクなどを自由に飲むことができる。また、国道Dsc06235沿いのドライブインではさすがにアルコール飲料の販売は禁止されているが、街中の酒屋へ行けば誰でも自由に購入できる。

①EFES XTRA(500ミリリットル缶):原材料;水・大麦麦芽・砂 糖・炭酸ガス・ホップ・酵母、アルコール分7.5%、評価☆☆★(あくまでも個人的なもの、以下同じ)

②EFES PILSEN(500ミリリットル缶):原材料;水・大麦麦芽・米・砂糖・炭酸ガス・ホップ・酵母、アルコール分5.0%、評価☆☆★

Dsc06238③EFES LIGHT(500ミリリットル缶):原材料;水・大麦麦芽・炭酸ガス・ホップ・酵母、アルコール分3.0%、カロリー40%オフ、 評価☆☆

④EFES DARK(330ミリリットル瓶):原材料;水・大麦麦芽・米・砂糖・麦芽エキス・炭酸ガス・ホップ・酵母、アルコール分6.1%、評価☆☆★

⑤TUBORG GOLD(330ミリリットル瓶):原材料;麦芽・ホップ、アルコール分5.0%、評価:☆☆☆

Dsc06712①から④はイスタンブール市に本社があるAnadolu EFES Breweryの製品、1969年創業の同社は、トルコ以外にもロシア、カザフスタンなどに合計16のビール工場を持ち、ブランド名のEFESはトルコの古代都市エフェソス(Ephesus、トルコ名Efes)に由来する。トルコのトップブランドでエフェス・ピルスナーはどこのレストランにも置いてある。⑤はTurk Tuborg Brewing and Malting Inc.の製品、トルコ第3の都市イズミールに本社があり同じく1969年の創業、2008年からInternational Beer Breweries Ltdの傘下(子会社)に入っている。トルコのビールはいずれも飲める。十分美味しい。但し、アルコール飲料の価格は全般に高め、酒屋で購入しても500ミリリットルの缶ビールが250円~400円、330ミリリットルの小瓶が250円ほどとられるし、レストランだと300ミリリットルの小ジョッキで500円、小瓶は600円~700円、ラクも一杯700円、グラスワインなら800円は覚悟しなければならない。

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トルコのトイレ事情

Dsc05832ドライブインのトイレ、観光地の公衆トイレ、レストランのトイレ、ホテルのトイレと今回のトルコ旅行ではいろいろな場所のトイレのお世話になったが、9年前に比べ 写真のトルコ式は激減し、ドライブインを除けば殆ど洋式トイレになっている。ドライブインのトイレは洋式とトルコ式が半々くらいであるが、どちらも清潔になり 衛生状態は格段に向上している。また、ドライブインのトイレはほとんどが有料(1TL=55円)、バスで走る時間が長いので(8日間の走行距離は約2,500㎞)小銭を十分用意する必要がある。勿論、5TL、10TL、20TL札でもちゃんとお釣りがもらえる。中にはカイマクル地下都市の如く、トイレの入り口に改札口のような建物があり、係員が2人もいてトイレで商売 しているのではと思えるような所もある。何にしても紙詰まり等もなくなり、トイレに関しては心配ご無用と云える。

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テュネル乗車体験&エジプシャンバザール/帰国

2013年12月12日(木) バスでガラタ橋近くのカラキョイ駅へ移動し、世界一短いと云う地Dsc06790下鉄 のテュネル(Tuenel)乗車体験、終点のテュネル駅まで僅か3分、あっという間に到着する。1875年に造られたヨーロッパでもっとも古い地下鉄のひとつである。車内は寒い。出たところは小パリとも呼ばれるイスティクラル通り(独立通り)、イスタンブールを代表する目抜き通りであるが何しろ寒い。11:00から50分間のフリータイムになったが、ほんのさわりのオランダ総領事館の所まで歩いただけでギブアップ、タクシン広場とテュネル駅間を走るトラムの写真を撮っただけでスターバックスに避寒する。ブレンドコーヒー(4.5TL)を1杯だけ頼んだが、スモールカップなのに500ミリDsc06812
リットルもある。その代り焦げ臭く 煮出し汁のような味、まずい。不味いけれども店の中は暖かくほっとする。集合時間まで粘りバスに戻る。最後はエジプシャンバザールの見学(12:10-12:45)、昨日のグランドバザールは旅行者相手の土産物店ばかり並んでいたが、こちらはイスタンブール市民の台所らしく、魚、肉、野菜、果物、栗(Kestane:12TL/kg)、胡桃など食料品が並ぶ。また、干しイチジクや蜂蜜、ロクム、カラスミなどもあり、ここで買うのが一番安い。挽きたてのコーヒー豆の粉を売る有名店の前は長蛇の列、辺りに良い香りが漂う。主に魚屋を見学。スズキDsc06829(Levrek:15TL/kg)、クロダイ(Cipura:15TL/kg)、カツオ(Palamut Tane:20TL/kg)、アジ(Istavrit:10TL/kg)、いわし(Sardalya:15TL/kg)、マス(Alabalik Sapanca:10TL/kg)、アジ?(SARIKANAT:25TL~30/kg)、ヒメジ(Tekir:35TL/kg)、エビ(Karides:15TL/kg)など、それほど安くはない。市場前の広場の屋台で焼き栗と茹でトウモロコシを売っている。焼き栗は100gが5TL、150gが7TL、250gが10TL、つまり市場で仕入れて焼き上げれば3、4倍に化ける。因みに茹でトウモロコシは1本1.5TL(75円)。昼食は近くのシーフードレストランSUR BALIK、昨日の昼と同じ店名だが違う店。魚Dsc06826スープ、イカのリング揚げ(カラマル・タワ)、タラのフライ、サラダ、フルーツを食べる。味はまずまず。13:55いよいよ空港へ向かう。14:15アタテュルク国際空港着、個人チェックインとのことでチェックインカウンターの最前列に並ぶもなかなか開かず。15:30ようやく係員登場、通路側を希望したが仲間内で調整してくれとけんもほろろ。カタール航空はパックツアーの客には非情であり問答無用、夫婦であっても隣席は望めない。まあ「998」では乗せてもらうだけでも良しとせねば・・。絨毯とトルコ石は出国手続きが必要とのことでGATE219傍のTAX FREE CUSTOMSへ。絨毯現物と領収証を持って申告するが、消費税が戻ってくるわけではなし、何の為?。絨毯屋の売上伝票がDsc06842税関に届いており、それと現物 と領収証を照合するのみ、要するに絨毯屋(半官半民)が売上金をごまかさないようにとの仕組、自分たちの都合である。搭乗ロビーはものすごい混雑、出発便が軒並み遅延しており、それで人が溜まっている様子。漸く空いている椅子を見つける。18:10 QR238便ドーハ行きに搭乗、機種はA330、14Aと15D席、略満席であるが奇跡的に隣が空いている。18:50離陸、時計を1時間進める。ドリンクサービスに続き夕食、タラ料理&ポテトを撰び、ハイネケンビールを飲む。0:10ドーハ国際空港に着陸。1:25 QR806便成田行きに搭乗、機種はB777-200LR、略満席で自分は18A席で窓側、家内は17C席で通路側。成田まで8,309㎞、9時間のフライト、なかなか離陸せず長いこと待たされる。3:00漸く離陸。(完) 

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ボスフォラス海峡クルージング

2013年12月12日(木) トルコ旅行の最終日、5:50起床。7:00ドアの外へSCを出して6階のレスDsc06734トランへ上がる。ハム2種にゴマパン、食パン、チェリージャム、ドライフルーツ(アンズ、グミ、 ブドウ)、オレンジなど食べる。8:45ホテルをチェックアウト、一行20名中16名が参加し大雪の中ボスフォラス海峡クルージングへ(オプション:一人5,000円)。9:05ガラタ橋の畔でチャーター船に乗り込み金閣湾を出航。ガラタ橋の下には魚料理のレストランがずらりと並ぶ。岸辺にはこの荒天の雪降りでも釣り糸を垂れる太公望がちらほら。アジ、イワシ、サバ、ボラが釣れる由、サビキ仕掛けのようである。イスタンブ-ルの街をヨーロッパ側とアジア側に分けるボスフォラス海峡は長さ32㎞、最も幅広の地点はブユックデレの 3.3㎞、最も狭いのがルメリ・ヒサルとアナDsc06747ドル・ヒサル辺りの660mである。船は黒海へ向かって北上し、進行方向左岸寄りを走る。現地ガイドのナジさんが沿岸の名所旧跡を船内放送マイクを使って案内する。新市街のランドマーク、高さ67mのガラタ塔(1338年再建)、リッツ・カールトン(宿泊料金265€~)、ヒルトン・イスタンブール(同320€~)、ドルマバフチェ・ジャーミィ(1853年建立)、スイスオテル・ザ・ボスフォラス(550€~)、トルコ・ルネサンス様式の白亜の大宮殿、ドルマバフチェ宮殿(1859年完成)、フォーシーズンズ・イスタンブール(料金は不明であるがイスタンブールで2番目に高いホテルの由)、チュラーン・パレス・ケンピンスキー(同510€~)。ボスフォラス海峡を見下ろす位置に名だたる最高級ホテルも建Dsc06758
ち並ぶ。特に、チュラーン・パレス・ケンピンスキーは1867年完成の宮殿を改装した宮殿ホテル、スイートルームは1泊75~300万円もするらしく、小泉元首相や安倍現首相が宿泊したとのこと、浴槽や洗顔器は黄金でできているらしい。丘上の樹木は霧氷に覆われ花が咲いたように美しい。更に、ガラタサライ大学(GALATASARAY UNIVERSITESI)、シートカバーで覆われている修理中のオルタキョイ・メジディエ・ジャーミィ(1854年建立)、若者に人気のカフェ・レストラン街のオルタキョイ地区、長さ1070m、高さ70m、アジアとヨーロッパを結ぶ第1ボスフォラス大橋(1973年建設)などを眺める。海峡沿いに建つマンションは超高級、今は政府のDsc06765規制により新たなマンションは建てられない。そのため価格は高騰、億ションどころか10億円の物件はざら、最高は150億円とか。いやはや。ボスフォラス海峡を通過する船は一日500隻、ロシアのタンカーが一番多い。海峡は鏡のように波静かで全く揺れない。長さ1090mの第2ボスフォラス大橋(ファーティフ・スルタン・メフメット大橋、1988年、日本の円借款でIHIが建設したため日本橋とも呼ばれる)の手前のルメリ・ヒサールの所でUターン。ルメリ・ヒサルはコンスタンチノープルを征服するためにメフメット2世(在位1451-1481)が1452年に築造した要塞、現在は野外博物館として一般公開されている。帰りはアジア側の岸辺を眺めながら走る。ベヤズイト2世(同1389-1402)がボスフォラス海峡に睨みDsc06778
を効かせるために建設したアナドル・ヒサル、小さな夏の離宮のクチュクス・カスル、高い時計塔が印象的なクネリ海軍士官学校、スルタンの夏の離宮であるベイレルベイ宮殿(1865年完成)、アジア側の中心であるウシュクダル地区、その海岸近くの岩礁に建つ乙女の塔など。暖かい船内で冷たいフ レッシュオレンジジュースを飲み、両岸に逝ぎる雪景色を眺めながらくつろぐ。クルージングはのんびりして詩情豊か。再びマルマラ海出口を渡り(この時だけ5分ほどだが少し揺れる)、トプカプ宮殿を左に、イエニ・ジャーミィを正面に眺めて10:30帰港。桟橋でナジ氏の知り合いの帽子屋からほぼ全員がひとつ500円の皮製帽子を買う。バスに戻り新市街散策へ。

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世界遺産「イスタンブールの歴史地区」(その2)

2013年12月11日(水) 昼食は市内のレストラン SUR Dsc06685BALIK FISH RESTAURANT(12:45- 13:30)、レンズ豆のスープ(メルジメッキ・チョルバス)、ニンジンサラダ、ドネルケバブ、フルー ツの4皿が出る。魚料理店なのにどうして牛肉料理?、味もいまいち。店の入り口にある屋台では、小父さんが伸びるアイス(ドンドルマ)の実演中、この寒空に売れるのであろうか。午後一番はブルーモスク(スルタンアフメット・ジャーミィ)の見学(13:40-14:10)、雪のため今日は早く閉まるとの話があり大急ぎ。入り口で靴を脱がなければならないが、その辺りの絨毯はぐしょ濡れ、足カバーを着ける前に靴下が湿ってしまう。やれやれ。ブルーモスクは1616年の完成、6 本のミナDsc06699レット(尖塔)を備え、高さ43m・直径23mの大ドーム、4つの副ドーム、30の小ドームを持つ。6本の尖塔が天を突き、山の連なりのようにドームが重なる外観は壮麗であり、トルコを代表するイスラム寺院である。内部はガランとしているが、大ドームを支える直径5mもの4本の柱、内壁を飾る青を基調とした2万枚以上(正確には21,043枚)のイズニックタイル、西側正面の色鮮やかなステンドグラス、フロア一面に敷き詰められた絨毯などが美しい。一部修復中なのか内部に高い足場が組み立ててある。ブルーモスクを退出し隣接するローマ時代の競馬場跡、ヒポドDsc06688ロームへ。今は単なる細長い公園であるが、中央に「テオドシウスのオベリスク」、「蛇のオベリスク」、「コンスタンチンのオベリスク」の3本の記念碑が建つ。テオドシウスのオベリスクは、もとは古代エジプトのファラオ、トトメス3世(BC1504-1450)がルクソールにあるカルナック神殿に建立したもの。皇帝テオドシウス1世(在位379-395)が、390年にエジプトからコンスタンチノープルに運ばせたものと伝わる。台座に競馬を観戦する皇帝テオドシウス1世と家族、側近らの姿が浮き彫りにされている。蛇のオベリスクは青銅製、高さ5.5mのところで折れているが、デルフォイのアポロン神殿にあったものDsc06701をコンスタンティノス1世(在位306-337)がここに運ばせたものとされる。もとは紀元前5世紀(BC479)にギリシア都市国家連合軍がペルシア戦争の戦勝記念に建てたもので、オリジナルは3匹の蛇が絡み合った形の三脚台、高さは8mで頭上に黄金の玉が載っていた。失われた蛇の頭部分は国立考古学博物館と大英博物館にひとつづつ保存され、残る一つは行方不明とのこと。コンスタンチンのオベリスクは高さ32m、コンスタンティノス7世(在位913-959)が祖父の業績を称えるとともにオリジナルより更に立派な柱として修復したことを記す碑文が残っていることから、もとは9世紀 の建立とされる。14:25バスに戻りグランドバザールへ。寒Dsc06709風が霰を伴って吹き付ける。雪のイスタンブールの風情を楽しむどころではない。14:50から15:40の間、グランドバザールの見学。東側入り口1番のヌルオスマニエ門から入り、西側の7番ベヤズット門までカルバクチュラル(毛皮商人)通りを往復する。4,400軒もの店がひしめき内部は迷路のようなので、迷子になってはと細い通りには入らず、クユムジュラル(宝石商)通りのみ16番のメルジャン門まで歩く。特に欲しいものはなかったが、1枚4TL(200円)のセラミックの鍋敷き3枚を買う。外へ出ると気温が下がり降雪が激しくなる。バスに乗り一旦ホテルに戻ったのは16:30、夜のディナーショーまで時間が たっぷりあるのでお湯を沸かして日本茶を飲む。すっかり身体が冷えたので風呂にも入り温まる。それでも時間が余るので読Dsc06724書、伊坂幸太郎著「重力ピエロ」を読む。20:00民族舞踏とベリーダンスのディナーショーへ出発、会場はイエニカプ駅前のガル・ミュージック・ホール、イスタンブール最大規模の1400人を収容できる巨大なナイトクラブである。約2時間、トルコ料理を食べながら、アナトリア地方の民族舞踏とベリーダンスを鑑賞する。食事は前菜10種にチーズパイ、鯖のグリル、サラダ、デザートはケーキ。作り置きして時間が経っているのか不味、特に鯖の焼き物は鰹節と見紛うほど硬い。TUBORG GOLDの小瓶(14TL=700円)を飲む。3人づつ6人の男女が踊る民族舞踏はまずまずであったが、期待のベリーダンスはいまいち、2人の踊り子の出来が悪い。若いだけが取柄で妖艶さが足りず、それに伴奏がやかましい。22時半ホテルに戻り、即ベッドに入る。

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世界遺産「イスタンブールの歴史地区」(その1)

2013年12月11日(水) 5:30起床。部屋の中が暑過ぎる。窓を開Dsc06558けるも外はホテル内の吹き抜け部分、少しも室温が下がらない。クラシックホテルは空調がよろしくない。他にもシャワーと湯張りの切り替え栓の調子がいまいち、トイレの水流が弱いなど色々欠点が目につく。ミイラか日干しレンガにでもなりそう、夜中に何回も起きて水やお茶を飲む。外の様子がさっぱり分からないのも難点。7:00朝食をとるため最上階六階のレストランへ上がる。外は大雪、今日の観光が思いやられる。菓子パン、ゆで卵、ハム、トマト、キュウリ、ホワイトチーズ、オレンジ、カリン?を食べコーヒーを飲む。まずまず。腹ごなしに外へ出てみたが、べた雪でぐちゃぐちゃ。作業員が 雪掻きしている舗道もあるがごく一部、足元が悪いのでオットマンホテルの外観写真を撮っただ けで引き揚げる。今日の観光は外回りが多く果たして大丈夫でDsc06570あるか。但し、通勤車両等は少ないので大渋滞はないかもしれぬ。9:00出発、雪は止んだが強風が吹き荒れ、少し離れた大通りまでしか入って来られないバスに辿り着くのが一仕事。9:10トプカプ宮殿着。トプカプ宮殿は1467年から1856年まで400年に亘りオスマン朝歴代スルタンの居城だったところ、三方をマルマラ海、ボスポラス海峡、金閣湾に囲まれた小高い丘の上に建つ。宮殿入口の最初の門、皇帝の門 (1478年建立)をくぐり第一庭園に入る。左側に建つアヤ・イリニ教会を眺めながら進み、左右に聳える八角塔が印象的な表敬の門(送迎門)をくぐ り第二庭園に入る。舗道の雪掻きはいい加減で足元Dsc06579はかなり危うい。ナジ氏の案内で9年前には入場しなかったハレムを見学。ハレムは宮廷の女性たちの居住区で、男性はスルタンと皇子と黒人宦官以外は足を踏み入れることすら禁じられた場所。入り口を入ると宦官の部屋がある。宦官の多くはエジプトから差し出された黒人のヌビア族出身者(飾ってある人形の皮膚の色は真っ黒)、任務はハレムの警備や外部との交渉役。ハレムの最高権力者である皇太后(スルタンの母親)の部屋、第1夫人から第4夫人(最初に男児を生んだ順)の部屋、ハレム内で最も広く豪華な装飾が施された皇帝の広間、イズニックタイル装飾が見事なムラト3世のサロン、ロココDsc06611調のインテリアと果実の装飾が見事なアメフット3世の食堂(果実の間)、跡継ぎの皇子が幽閉に近い日々を過ごしたという皇子の部屋、寵姫たちの中庭などを見学。どの部屋も装飾タイルが実に美しい。ハレムを見学した後はフリータイム、幸福の門、謁見の館、アフメット3世の図書館、衣裳展示室、宝物館などを見学する。宝物館はセリム2世の浴室だったところ、歴代スルタンによって集められた世界有数のコレクションを展示する。豪華な玉座、純金製の燭台、宝石をちりばめた水差し、ターバン飾り、翡翠や水晶の器など金銀財宝のオンパレード、中でも第4室にある「スプーン職人のダイヤモンド」と「トプカプの短剣」が双璧。前者は世界で7番目に大きいという86カラットのダイヤモンド、漁師が拾った原石をスプーン職人がスプーン3本と交換したとの伝説がある。後者は世界最大級の3個のエメラルドで飾られた短剣、宮殿の工房で製作されたもので、メリナ・メルクーリ主演のDsc06657映画「トプカピ」(1964年、米国)に登場し一躍有名に。11:10見学を終えて宝物館前に集合したところ、メンバー女性のひとりが北側テラスの階段で転倒し右手首を負傷したとのこと、骨折の疑いがあり、添乗員と御主人が付き添って直ぐに病院 へ向かう。大事に至らなければよいが・・。次は隣接するアヤソフィア博物館の見学(11:30-12:05)。アヤソフィアは西暦537年に完成したギリシャ正教の大聖堂、ビザンツ建築の最高 傑作と評される。オスマン朝時代にはモスクに改装されるなど、イスタンブールの波瀾の歴史を物語る。入り口から入り、外拝廊の皇帝の門の上の「キリストとレオ六世(886-912)のモザイク」(9世紀の作)、直径31m・高さ56mの大ドーム天Dsc06658井、内陣回廊の柱に掲げられた6枚の巨大な円盤、中2階ギャラリーにある「ディーシス(請願)のモザイク」(12世紀の作)、「聖母子とヨハネス2世と皇后エレーネのモザイク」、「キリストとコンスタンチン九世と皇后ゾエのモザイク」、ベルガマの壺、出口に近い内拝廊にある「聖母子とコンスタンチン大帝とユスティニアヌス一世のモザイク」など、ビザンツ時代のモザイク画を中心に見学する。最後のモザイクは、中央に幼いイエスを膝に抱いた聖母マリア、その右にはコンスタンチノープルの町を献上するコンスタンチン大帝、左にはドーム屋根の聖堂アヤソフィDsc06664アを捧げるユスティニアヌス大帝が画かれている。モザイクに使われている金のテッセラ(細片;tessera)はガラスの上に金箔を貼り、更にその上にガラスを流したもの、そのため1000年の時を経ても黄金の輝きは少しも失われていない。出口から前庭に出るとロココ調の泉亭(清めの泉)が建つ。1728年建造の優美な建物である。午前の最後は地下宮殿の見学(12:15-12:30)、1963年の英国映画「007 ロシアより愛を込めて」のロケ地になった場所である。宮殿とは云うが実際は地下貯水池、4世紀から6世紀にかけて造られたもので縦140m、横70m、高さ8mほどの大きさ、コリント様式の柱336本により支えられている。メドゥサの頭部が土台となっている北側奥の2本の柱は相変わらず不気味、浅い水中に以前は野生種の小魚しかいなかったのに、今は沢山の金魚や鯉が泳いでいる。

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レガシーオットマン(LEGACY OTTOMAN)

Dsc065492013年12月10日(火) 19:00旧市街にある大型ホテル、五つ星のレガシーオットマンにチェックインし422号室に入る。同行の女性の一人が足首を捻挫したようなのでSCを開梱し湿布薬を1袋進呈。ホテルはグランドバザール近くにありロケーションが良い。1911年完成のビザンチン様式の建物を改装しただけに内装はシック、額絵はオリエント調、絨毯はアラベスク紋様、木をふんだんに使い落ち着いた雰囲気。机の他に丸テーブルがあり、ベッドはセミダブルが2台、町の中心部にしてはゆったりした間取りである。TVはトルコのVESTEL製、NHKが29CHで入る。ミニバーとスリッパはあるが電気ポットはなし。デジカメの電池を充電し、持参のポットでお湯を沸かして日本茶を飲む。部屋が暑く空調がいまいち。夕食に殆ど手をつけなかったので、日清のスープヌードルを食べる。風呂上りにエフェスのエクストラ試飲。 

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世界遺産「トロイの考古遺跡」

2013年12月10日(火) 今日は移動日、途中トロイ遺跡の見学を挟み、アイワルク(Ayvalik)からイスタンブールまで500㎞をバスで走る。4:50起床、朝は冷える。エアコンは夜中も掛けっぱなしなので部屋の空気が乾燥し喉がぜろぜろ。6:00から朝食、Dsc06485SCをドアの外へ出してレストランへ。 コーンスープを飲み、ゆで卵と乾しアンズ、トマト、キュウリ、ソーセージを食べる。それと紅茶を1杯。7:00出発、曇りのせいもあり未だ薄暗い。7:45エズレミット(Edremit)のドライブインでトイレ休憩、人口5万人、トルコのオリーブセンターとのこと、売店にオルーブ関連製品が並ぶ。海岸近くに戸建ての別荘が建ち並ぶが今は無人、夏季休暇(6月15日~9月15日)になると子供を連れた奥さんがイスタンブールからやって来て暮らし、仕事のある旦那は週末のみ滞在。価格は1,000万円から5,000万円もする由、空き家にしておくのが勿体ない。海沿いを走るうち雨が落ちてくる。個人の住宅の屋根の上には略例外なく太陽熱給湯設備?が設置されていDsc06498る。太陽光パネルそっくりの平べったい熱交換器と円筒型温水タンクの組合せから成り、光熱費がかからず風呂や台所に給湯できる。家庭用自然エネルギー設備は日本より進んでいる。海辺から離れて山道にかかると、きのこが出そうな松林 が次々に現れる。「きのこ狩り1日フリータイム」が旅程に組み込まれてあれば、旅費が今の倍であっても又参加するのだが・・。9:15エジーネ(Ezine)を通過、ホワイトチーズの生産で有名な町。9:40トロイ遺跡着。うまい具合に雨上る。トロイ遺跡は、紀元前3000年頃の初期青銅器時代に始まり、紀元後500年頃に滅亡するまでの九層から成る古代都Dsc06505市国家遺跡、第Ⅰ層はBC3000~BC2500、、第Ⅱ層はBC2500~BC2300、第Ⅲ層はBC2300~BC1700、第Ⅳ、第Ⅴ、第Ⅵ層はBC1700~BC1250、第Ⅶ層はBC1250~BC1000、第Ⅷ層はBC1000~BC85、第Ⅸ層はBC85~AD500に比定されている。そしてトロイ戦争は第Ⅶ層の時代に起きたものと推定されている。まずトロイの木馬に登って記念撮影。それからナジ氏の案内で遺跡を回る。木道、説明板の整備が進んでいる。第 Ⅵ層の南門城壁、第Ⅸ層の音楽堂、第Ⅷ~Ⅸ層の聖域(Das Heiligtum)、第Ⅵ層中期の宮殿(Das Palasthaus)、第Ⅱ層の大理石の敷石で舗装された坂道、第Ⅲ~Ⅸ層の遺跡の重なり具合が分かるシュDsc06518リーマンの溝(聖域西側)、第Ⅰ層のメガロン式住居跡、第Ⅱ層のシュリーマンの遺構、第Ⅸ層のアテナ神殿。財宝が発見されたシュリーマンの遺構は保護用の天蓋に覆われている。発見された11,000個の金製品は、ベルリン考古学博物館に売り渡され、その後第二次世界大戦でドイツを占領したロシアが略奪して自国に持ち去り、現在モスクワのプーシキン美術館に展示されている。トルコには1個も返ってこないとナジ氏は嘆くが、まあ、ロシア人とドイツ人観光客が年間数百万人もトルコに押し寄せることを思えば、神様、仏様、シュリーマン様、元は十分とれている。トロイ遺跡の発掘は今もドイツのテュービンゲンDsc06536大学が主体となりり続けられているが未だ2%程度、大部分は地中に眠っている。トルコには古代ギリシアや古代ローマの遺跡が本家本元より沢山あるが、発掘調査や復元や維持管理はエジプトなどに比べると不十分、勿体ない。10:40バスに戻る。再び雨が落ちてきて次第に本降りになる。イスタンブールは大雪らしい。11:28ラプセキ(Lapseki)港着、11:30の出船にぎりぎり間に合う。バス毎カーフェリーに乗り込み、一旦バスから降りて船室に入る。風が強くうねりはあるが揺れはひどくない。ダーダネルス海峡を通過する船舶は1日500隻、フェリーも30分毎。12:04ヨーロッパ側のゲリボル(Gelibolu)港に接岸、魚の缶詰工場が多く、名物はイワシの缶詰。両側に水田Dsc06541が広がる道を走り、12:40トロイア・アゴラ(TROIA AGORA)に着き、二階レストランで昼食をとる。マッシュルームスープ、トマトとキュウリのサラダ、鯖のグリル(醤油付き)、デザートにマロングラッセを食べる。サバはエーゲ海の生鯖とのこと。ノルウェー産の冷凍鯖も輸入しているが、ファストフード店のサバサンドに使われる。ウエイターはチャナッカレ大学卒、ここで働きながら日本語に磨きをかけている。と云う事は日本人御用達の店か、他に客は皆無で一階の土産物店の店員は皆手持無沙汰の様子。13:30出発、外は雪、気温2度。胃がむかむかするので第一三共の胃腸薬を飲む。14:53テキルダー(Tekirdag) のドライブインでトイレ休憩(有料)。トルコのドライブイDsc06546ンはトイレで商売している。あとイスタンブールまで100㎞、灰色のマルマラ海を右手に見ながら東上、海側に戸建て住宅やタウンハウスが並ぶ。すべて別荘、トルコ人は海辺の別荘が大好きとみえる。16:30イスタンブール郊外にさしかかる。イスタンブールの市街地は東西200㎞、南北50㎞に広がり人口は1500万人、交通渋滞のひどさはモスクワに次いで世界第2位、郊外へ向かう反対車線は早くも大渋滞。建設中のトルコ最大のショッピングセンターMall of Istanbulを左側に見ると間もなく渋滞に突入する。聞きしに勝る混雑で割り込みやクラクション等何でも有り。18:00漸く市内の中華レストラン福禄寿楼(THE SILK ROAD?)に着き、トルコ風中華料理を食べる。ご飯とスープにおかずが6皿、デザートは揚げバナナ。いずれも不味、食べるものがない。18:30ホテルへ向かう。

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トルコで出逢ったきのこ

今回のトルコ旅行で出逢ったきのこは僅かに3種類、まあ厳冬期なのでこんなものであろう。まず世界遺産パムッカレの松林でショウロの仲間、次にペルガモン遺跡の草地でアセタケの仲間?とキサケツバタケを見つける。図鑑で調べると、サケツバタケは日本とヨーロッパと北アフリカに分布するとのこと。(写真はキサケツバタケ)
Dsc06467Dsc06466

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グランドホテル・テミゼル(GRAND TEMIZEL HOTEL)

2013年12月9日(月) 16:15アイワルクにあるグランドホテル・Dsc06476テミゼル到着。塩田近くに建つ八階建ての五つ星ホテルである。割り当ての328号室に入る。廊下の照明が暗く部屋番号も見えなければ鍵穴も分からないほど。漸く室内に入ると、木材をふんだんに使ったブラウン基調の落ち着いた部屋でダブルベッド1台とシングルベッド1台が並んでいる。ミニバーがありTVはSUNNY?製。窓を開けてテラスに出るとエーゲ海の海岸線が見下ろせ波打ち際まで50mほど、プライベートビーチのようである。辺りは別荘地、ホテルはぽつり、ぽつり、今は閑散期なので人の姿はない。トラッピクスのグループも到着、アクロポリスで出逢ったドイツ人グループもここに泊まるようである。昨日漏水騒ぎがあり、ゆっくりDsc06477お風呂に入れなかった妻はまず入浴、その間に自分はお湯を沸かして日本茶を淹れる。19:00からレストランでバイキング方式の夕食。イワシの塩焼き、鶏の串焼き(チョプシシ)、ナポリタン、キュウリの天婦羅?などを食べる。飲み物はグラスビールが10TL(500円)、グラスワインが赤、白とも15TL(750円)、ラクは12TL(600円)であったが、部屋に缶ビールがあるのでアルコール類は自重する。デザートの菓子は昨日にも増して色とりどり、数えきれないほどの種類と量が並ぶ。幾つか試食してみたが皆かなり甘い。部屋に戻って風呂から上がると20:30、エフェス・ピルスナーを試飲してからベッドにもぐりこむ。

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ペルガモン遺跡「アクロポリス」

2013年12月9日(月) 午後一はペルガモン遺跡のアクロポDsc06442リス見学。紀元前2世紀には第2のアテネと称えられたほど繁栄したペルガモン王国の栄光の都である。13:30バスプール到着。以前は丘上の遺跡までバスで上がった記憶があるが、2年半前からロープウェイを使うようになったとのこと、遺跡保護と保全修復費の獲得であろう。6人乗りロープウェイで入場口へ上がる。アテナ神殿、図書館跡、トラヤヌス神殿などをひと通りナジさんに案内してもらう。アテナ神殿は紀元前4世紀に造られたペルガモンで最も古い遺跡、現在は礎が残るのみである。図書館はエジプトのアレキサンドリア図書館と肩を 並べる20万巻もの蔵書を誇ったと伝わるが、今はやはり基礎しかなDsc06444い。トラヤヌス神殿はアクロポリスのシンボル的存在、純白の大理石で建立された神殿は2世紀中頃の建立、ローマ皇帝ハドリアヌスによって先帝トラヤヌスに捧げられたものである。15:20迄約2時間のフリータイムになる。武器庫などを見学してから大劇場へ。大劇場は丘の南西斜面に造られ、斜度は数ある古代遺跡の劇場の中でも一番急、原型は紀元前2世紀に造られ、現存するのはローマ時代のものである。上端に出て90段の観客席に取り付けられた急傾斜の階段を一番下の舞台まで下りてみる。舞台の右手、テラスの北端にあるワインと演劇の神Dsc06437ディオニソスに捧げられた神殿跡を見学し、城壁に沿って反時計回りに上のアゴラから中のアゴラへ回りこむ。ロープウェイ駅へ登り返す途中、草地にキサケツバタケとアセタケ属?の2種類のきのこを見つける。ゼウス大祭壇跡には2本の大きな松の樹が立つ。紀元前2世紀にガリア人との戦いの勝利を記念してゼウスに捧げられた祭壇は、高さ2.3m、全長120m、神と巨人たちとの戦いを描いた浮彫はヘレニズム芸術の代表とされる。19世紀にドイツの発掘隊によって発見され、ドイツに持ち去られて、現在はベルリンのペルガモン博物館に展示されている。その無念を思うDsc06449のか松籟の音がひゅーるりーひゅーるりー。遺跡に居合わせたドイツ人の一行はデュッセルドルフからやってきたとのこと、アルトビールや勤めていた会社の現地 駐在員事務所の話など初歩のドイツ語会話を練習する。ペルガモン遺跡の片割れ、アスクレピオンは今回は見学せず、15:30バスに戻り今宵の宿があるアイワルクへ出発。トルコでは毎年5、6万人が交通事故で亡くなる由、死者数は日本の10~12倍に上る。胸が少しむかむかするので、念のため大正漢方胃腸薬を服用する。塩田が現れると間もなく、グランドホテル・テミゼル到着。

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イズミール市内観光

Dsc063912013年12月9日(月) 5:10起床。頭が痛むのでバファリンを飲むためリンゴのグラッセを食べる。空気が乾燥しており寝ている間に喉がやられた模様。西に来たためか夜明けが遅い。6:30朝食。これといったものはなくリンゴジャムをつけたパンをかじりコーヒーを飲む。エーゲ海のシーサイドに建つホテルらしく、一階ロビーにはギリシャ彫刻もどきのビーナス像などが飾られている。8:00出発。中国人とドイツ人の団体客を乗せたバスも次々に出発する。クシャダスに泊まる日本人ツアーは珍しいらしく、このホテルに我々以外のグループは見当たらない。海が近いので松林が多く、この辺りがトルコ産マツタケの産地かもしれない。トルコ国内にゴルフ場は僅かに3カ所しかなく、そのうちの1カ所がイズミールにある由、ゴルフ場とゴルフが嫌いな自分には誠に好ましい国である。イズミールは人口350万人を擁するトルコ第3の都市、皮革製品が有名で関連工場が1,500箇所もある。また、トルコのモデルの70%はイズミール出身、美人の町としても有名である。市民の生活スタイルや考え方はヨーロッパDsc06380流。というのも、オスマントルコが第一次世界大戦で敗れた後、国内のキリスト教徒とヨーロッパ諸国に住んでいたトルコ人イスラム教徒との住民交換が行われ、その時イズミールに移住してきた人々が多いとのこと。又、ギリシア人など近隣諸国からの移住者も多く、混血も進んでいる。2800年の歴史を有する古都であるが、度重なる地震や外敵の侵入、第一次世界大戦後のギリシアとの戦争等でダメージを受け、歴史的建造物は殆ど残っていない。アタチュルク通りのイズミール湾に面するマンションは全て億ション、100平方メートル以上の物件は2億円もする。そんなナジさんのDsc06388話に耳を傾けるうちバスはイズミール市内に入り、9:25市西南部のコナック 広場に到着。広場の中央に建つ時計塔はイズミールのシンボル、1901年にスルタン、アブデュルハミト2世の在位25周年を記念して造られたもの、モスクのミナレットを思わせるデザインが優雅であり装飾も繊細である。ナジさんが屋台で名物のゴマパンを購入し御馳走してくれる。香ばしくて美味しい。海岸通りをぶらぶら散策する。海からの風が冷たいが何人か釣り人がおり、ウオーキングやジョギングに励む人も多い。太公望の獲物はスミイカやサヨ リやボラなど、バケツを覗かせてもらう。10:00バスに戻りベルガマへ向かう。途中、アリ・アーの町のドライブインでトイレ休憩Dsc06387
(11:05-11:20)、石油の町らしくタンク群や精製施設が海岸に建つ。トルコでも石油や天然ガスは採れるが消費量の10分の1程度、不足分はイランなどから輸入している。海沿いに北上して行くとオリーブ畑が多くなる。空に雲一つない上天気、今回の旅は天気に恵まれる。ベルガマ市に入りトルコ石店AGADに立ち寄る(11:45-12:20)。こういう店で時間を潰すのは苦痛であるが、2人の御婦人がお買い上げとあっては致し方ない。12:25-13:15市内のレストラン(Bergama Restaurant)で昼食をとる。メインは肉団子(キョフテ)。このレストラン、大型観光バスが鈴なり、それ程の味とも思えないが・・。

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アダクレホテル(ALKOCLAR ADAKULE HOTEL)

Dsc063452013年12月8日(日) 16:45クシャダスの五つ星ホテル・アダクレ着。テラスの目の前にエーゲ海が広がりロケーションは抜群、サモス島(ギリシャ領)に沈む夕陽にタッチの差で間に合わず残照を眺める。10月の象潟でも間一髪で見逃しており、どうも日没に縁がない。326号室に入る。シンプルな造りのコンパクトツイン、前衛的額絵が掛かり、冷蔵庫、TV、セーフティーボックス、ドライヤーがあり、電気ポットやスリッパはない。18:30からレストランで夕食。魚料理が2種類あり味もまずまず、ヌードルと炒飯を少し食べる。カットした生野菜の種類が豊富であり、デザートの菓子類は超豊富、女性は嬉しいかも。部屋に戻って風呂に入り、エフェスのライトビールを飲む。

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エフェス遺跡

2013年12月8日(日) 午後一は革製品の店に連れ込まれる。本店はイズミールにあるらしく、9年前にも訪れた店である。今回もファッションショーがあDsc06323り、スタイルの良い男女のモデル が5人、次々に番号札付きのコートやジャケットを着て現れる。お気に入りがあれば番号を控えるなり覚えるなりしておけばよく、今年の流行はリバーシブルと薄皮らしい。まあ若い人に見せるのならともかく、棺桶に片足を突っ込んでいるような年寄りに見せてどうするつもりか。と高をくくっていたら、17万円もするコートをあっさり購入する奥様がいる。世間は広い。それにしても昼日中にお土産屋で時間を潰すのは余りに勿体ない。日が短いというのに。14:30漸くエフェス遺跡の見学、世界屈指のギリシア・ローマ遺跡である。早や日が翳り寒風が吹き荒ぶ。南側入り口から入り、音楽堂(オデオン)、ドミティアヌス神殿、ニケのレリーフを見てクレティア通りに入り、ヘラクレスの門、ハドリアヌス神殿、古代の公衆トイレ、ケルスス図書Dsc06339館を見る。更に大理石通りに入り売春宿の広告、大劇場を見学する。9年前と変わっていないが、ハドリアヌス神殿は修復の真っ最中、古代トイレはロープが張られ便座に座れなくなっているなど多少の変化はある。道中、記念写真屋の男性にずっと付き纏われ煩わしいことこの上なし、まるでストーカー、盗撮もどき。アルカディアン通りに下り、右折して坂を上り北側入り口から退出する。入り口付近に屯する野良ネコは皆大人しい。16:15バスに乗りセルチュク市内のアルテミス神殿へ。復元された柱が1本残るだけなので、バスの窓から覗いただけで下車はせず。16:45リゾート地クシャダスにあるアダクレホテル到着。

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トルコ土産(3/3) ロクム

Dsc06357トルコ土産の定番「ロクム(Locum)」、澱粉と砂糖とナッツ(クルミ、ピスタチオ、アーモンド、ヘーゼルナッツ、ココナッツ)から作られる日本のくるみゆべしのようなお菓子。8日、パムッカレからエフェスへ向かう途中、ナジルリ(Nazilli)市にあるドライブインのロクム専売店にて購入。人口10万人のナジルリは菓子製造で有名な町とのこと。ロクム製造工場の直売店であり日本人ツアー客御用達、価格は超高め、後日覗いたイスタンブールのエジプシャンバザールと比べると倍以上。まぁ旅行代が破格の安値(おひとりさま99,800円)なので協力せねばなるまいと、ピスタチオ入り4箱(1箱880円)とザクロ&ピスタチオDsc06361入り1箱(1,100円)の計5箱を購入する。イチジク入り1箱(1,430円)がおまけで付く。いろいろ試食もしたが、すべて日本人向きに甘みを抑えてありまずまず。


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世界遺産「ヒエラポリスとパムッカレ」

2013年12月8日(日) 6:00起床。MCとほぼ同時。SCをドアの外に出し朝食にレストランへ。ハム、ソーセージ、チーズ、果物(オレンジ、グレープフDsc06264ルーツ、ミカン)と色々食べてみるが不味、まともなのはゆで卵と干しブドウ位。8:00出発、パムッカレ(「綿の城」の意味)へ。5分ほどで観光バス駐車場到着。石灰棚と古代都市ヒエラポリス遺跡の共通チケットは15TL(=750円)、入場門からヒエラポリスへ通じるメイン通りを歩いて博物館前で左折、石灰棚へ降りる。9年前には真っ白だった棚田状の石灰棚が黒ずんでいる。緑の藻や苔(クロム(Cr)の色?)まで生えている。これは源泉の湧出量が著しく減少し、お湯と石灰分が全体に行き渡らなくなった為。現在の湧 出量は昔の5分の1、しかも泉源は80mと昔の4倍も深い所から汲Dsc06259み上げている。そして、湯を流す場所を市役所が決定し毎日変えているとのこと、今や綿の城も風前の灯にある。なにせ湯が来なくなると石灰棚は1週間で灰色に変り、1年も経つと真っ黒になってしまう。温水路で足湯を試そうと靴を脱いだまでは良かったが、木製デッキや石畳には霜が降りて真っ白、裸足の指先がじんじん痺れる。やっと辿り着いた温水路も水勢が強過ぎるし底はヌルヌルのデコボコ、うっかり踏み込むと転倒する恐れがある。水路の縁に腰掛けようとしても濡れているし全く始末が悪い。寒くて鼻水つるつる、足湯でくつろぐどころではなく早々に退散する。湯のDsc06265配管が通る側溝の蓋の上で子犬が3匹暖取りしながら眠っている。夏にはTバックのロシア美人が押し掛けるという温泉プール、パムッ カレ・テルマルへ。大理石の柱や土台など遺跡の一部が透明な水底に沈んでいる。水温は35℃、真冬の今はロシア美人どころか誰も入っていない。フリータイムの時間が短く石灰棚の背後に点在するヒエラポリス遺跡を廻ることは出来ず、劇場等を遠望したにとどまる。9年前に見学しているので自分は構わないが・・。帰り道、マツの木の下にショウロの仲間を見つける。9:15次の観光地エフェスへ向け出発。沿道の両側にはザクロの果樹園、次いでイチジク、ミカンDsc06276の果樹園が現れる。トルコのエーゲ海沿岸は豊饒の地、各種果物が豊かに実る。地熱発電所が2箇所ある。トルコの電力供給源は火力発電、地熱発電、風力発電、水力発電の順、石炭は国内で豊富に採れる。原子力発電所は未だないが、近く第1号の工事が始まる(2013年10月三菱重工を含む企業連合が正式受注)。11:00ナージリ(Nazilli)の先のドライブインでトイレ休憩(無料)、ナー ジリの人口は10万人、お菓子の生産で有名な町とのこと。そのドライブインもロクム製造会社の出店、日本人御用達の店である。当然値段は高くロクム1箱が800 円、同じものではないにしろスーパーの3倍はとられる。Dsc06292日本人向けに甘さを抑えてあると言うので、ナジ氏の顔を立てて5箱(84TL=4,200円)購入する。11:50アイドン(Aydin)の町を通過、エーゲ海が近くなり陽の光が一段と強くなる。周りはオリーブ畑が広がり、緑が濃くなる。トルコのオリーブ生産量は世界第4位、スペイン、フランス、イタリアに次ぐ。道沿いにユーカリも植樹されている。セルチュクの街に入り、アルテミスホール内のレストランAZIZIYEで昼食(12:30-13:35)。トマトスープ(ドマテス・チョルパス)、牛肉の串焼き(チョップ・シシ)、デザートはプリン。ザクロジュース(8TL=400円)を飲む。隣接地に鉄道博物館があり有料(2TL)、外へ出ると風が冷たい。

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コロッセア・テルマル(COLOSSAE THERMAL)

2013年12月7日(土) 640㎞を走りきり、20:00漸くコロッセア・Dsc06229テルマル到着。パムッカレでは最高級、温泉プール付きの巨大なホテルである。勿論五つ星。604号室に荷物を置いて即レストランで夕食(20:10-21:00)。バイキング方式だが食べるものがない。キュウリ、トマト、ホウレンソウ、キクイモ、エトセトラ、菜食主義でもあるまいし野菜ばかりがやたらに多い。マッシュルームスープとぴり辛スープがどちらもいまいち、パンも鶏肉も不味、フルーツも2級品。300ミリリットルのグラスビールが12.5TL(=630円)。数百人は座れる大食堂が中国人、ドイツ人、アラブ人団体観光客で大混雑、日本人は我々のみ、日本人御 用達のホテルの筈であったがもはや昔の話か。部屋に戻り又もカップラーメDsc06230ン、エースコックのきつねうどんを食べる。やれやれ、998では文句も言えず。家内は大正漢方胃腸薬を一服、トルコ料理は脂っこく胃にもたれる。食後、水着を着て温泉プールに行った仲間もいたが利用時間は22:00迄、時間切れで断られたらしい。604号室はコンパクトツインルーム、シングルベッド2台を並べた狭い部屋、特に浴槽が狭い。それでも、ミニバー、電気ポット、TV(BEKO)、ドライヤー、シャンプー&ボディソープ(LUX)、ハンドソープ(DOVE)とアメニティーはひと通り揃っている。まあ他の欧州諸国の三つ星から四つ星クラスといったところ、トルコの五つ星は。風呂から上がると23:10、MWを沸かして日本茶を作る。エフェスの黒ビールを試飲し0:00頃就寝。 

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トルコ土産(2/3) 絨毯

Dsc06869カッパドキアの絨毯工房 GOLDEN YARN CARPETを見学、日本語ぺらぺらの販売員の熱意に根負けし絨毯を一枚購入する羽目に。トルコ絨毯の最高峰、「お絨毯さま」と呼ばれる「ヘレケ(Hereke)」のウールと綿混紡製品、無染色の生成り(色違いの羊毛で紋様を織り出したもの)で足拭きマットサイズ、それでも5万円もしました。8万円というのを値切りに値切ったもの、
免税なので消費税の18%の値引きは当然ですが、背中を見せれば言い値の40~50%まではまけてくれそうな感じでした。今は座敷の入り口に敷いてありますが、踏まないように気を付けて?歩いています。

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移動日(ギョレメ→コンヤ→パムッカレ)

2013年12月7日(土) 4:30起床、デパスのお蔭でぐっすり。それにしても今回の旅行、燃油サーチャージ込みで一人99,800円と格安。この料金で洞窟ホテル2泊を含む五つ星ホテル全7泊、全21回の食事付き(メニューも3~4皿、デザート付き)、添乗員と現地スルー ガイド付き、バス運転手完全2名体制、イヤホンガイド付き、毎日1本のミネラルウォーターサービス、空港とホテルのポーターサービス付Dsc06125き、SC片道空港宅配無料と至れり尽くせり、これで果たして利益が出るのであろうか。トルコのパッケージツアー料金は他のヨーロッパ諸国に比べると格安であるが、自国に少しでも多くの観光客を呼び込むための戦術であろう。まあ連日の土産物店巡りも仕方がなく、差額分位のお金は使わねば・・。お湯を沸し日本茶を飲む。6:00から朝食。生野菜(キュウリ、トマト、巨大シシトウ?)、羊肉ソーセージ、茹で卵、春巻(スィガラ・ボレイ)、ドライフルー ツを食べ、コーヒーとレモンティーを飲む。巨大シシトウは辛くもなければ青臭くもない。食後、屋上に行ってみたが今朝は気球が上がっていない。7:15出発、今日はコンヤ経由パムッカレまで640㎞のバスによる大移動。雪がちらほら舞っているが昨日ほど寒さは感じない。先ずは半官半民という絨毯工房GOLDEN YARN CARPETを見Dsc06135学(7:30-9:05)。日本語ぺらぺらの営業部長ムスタファ氏がにこやかに出迎えてくれる。トルコでは一般的に対日関心が高く、24カ所の大学や高校に日本語学科がある。ここカッパドキアのカイセリにあるエルジェス大学もそのひとつ、日本語学科の学生や卒業生が日本人御用達の土産物店やレストランで働いて日本語会話を磨く由、なるほど。染色や織物の工房をひと通り見学した後、大広間に移動しいよいよ各種絨毯の展示即売会の始まり。カッパドキアの絨毯産業は近年衰退しつつあり(他産地や機械織りの安物に押されて売れなくなり織子も減少?)、織子達の生活を支えるためにも是非Dsc06140購入して欲しいとはナジ氏の嘆き節。紅茶、リンゴ茶、トルココーヒーなどの飲み物サービスがあり、手際よく次々に広げられる絨毯を見学。天然染料(赤はアカネ、黄はサフラン、茶はタバコ の葉など)で染めた絨毯、羊毛本来の色の違い(白、茶、こげ茶、黒など)を生かし模様を編み出す生成り絨毯、光沢も鮮やかな絹の絨毯など、溜め息が出るほどの高級品を見せられた後、手頃な大きさと価格の絨毯に切り替わり、会場のあちこちで商談が始まる。我が家は、ウールと綿の混紡で生成りのHEREKE SPECIAL、玄関マットサイズ(82×61㎝)の品を一枚購入することに。ヘレケは「お絨毯様」とも呼ばれ、トプカプ宮殿にも敷かれていた最高級品とのこと、8万円 というのを5万円に値切る。もっとも、我々外国人は18%の消費税がかからない訳だし、オフシーズン・ディスカウントが17%あるらしいので感激するほ どの値引Dsc06161きでもないが。ナジさんもムスタファ部長と組んで懸命な売り込み、完全に絨毯屋の営業員に成りきっている。結局、数人が購入した模様、やっと解放されて外へ出ると、見覚えのある栴檀(せんだん)の木が白い実を沢山つけている。9:05出発、陽射しが出てくる。左側に大ハサン山(3266m)と小ハサン山(3069m)が連なるが、山頂は雲に隠れている。道路は整備されており振動と騒音は少ない。黄褐色の丘陵地帯が延々と続く。海抜1000m、5万平方キロメートルのコンヤ平原は小麦の主産地、地平線が見えるほどまっ平らで起伏が少ない。日本の製粉企業も合弁で進出しているとのこと。地下水を汲み上げて灌漑しており、砂糖大根 (ビート)も採れる。白い水蒸Dsc06168気を上げる製糖工場があり、色とりどりのヤギの大群がおり、白いビニルで包まれた牧草が俵積みになっている。茫洋とした景色である。10:00アクサライ市を通過、ベンツのトラック工場があり人口は17万人、十字路の町である。10:40スルタンハニ村到着、トイレ休憩。トルコ国内には11~13世紀にシルクロード上に建てられたキャラバン・サライ(隊商宿)が20㎞間隔で500箇所あり、ここスルタンハ二もそのひとつ、セルチュク朝の1228-9年に建造されたものでキャラバン・サライとしては最大である。9年前にもここに立ち寄り、その時内部を見学したので今回はパス、何名かの希望者が自腹で入場する。トイレは有料で1TL。コンヤ手前の大型ドライブイン・チビタシュのレストランで昼食。ネギ炒め、ナスと牛肉の煮込み(ムサカ)、トルコ風ピザ(エトリ・エキメッキ)、デザートはお菓子。全て不味、食べるものがなDsc06219い。中国人団体と初めて出会う。コンヤ市内に入り、13:05メヴラーナ博物館到着。午前中に降雪があったらしく積雪10㎝、どこもかしこも泥んこ。メヴラーナ博物館は、旋廻舞踏教団として知られるイスラーム神秘主義の一派、メヴラーナ教団の創始者メヴラーナ・ジェラルディン・ルーミーの聖廟である。メヴラーナは「我が師」の意味、昨日からお祭りが始まったとのことで、トルコ全土から信者が集まり人出がものすごい。博物館の第1室は聖廟、メヴラーナの棺をはじめ歴代高僧の棺がずらりと並ぶ。第2室は修業場、トランス状態になった信者がひたすら旋廻舞踏する部屋らしく、今は信者の若い女性が何人も床に座り込んでいる。第3室は資料室、ルーミー直筆のDsc06200本、コーランの写本、ムハンマドのあごひげが入った銀の小箱などが展示されている。9年前と殆ど変わっていないが、前回は許された写真撮影が禁止されている。最後に、昔の台所という別棟を覗き、旋廻舞踏の様子や修行僧の生活の様子を表す人形群を見学する。お祭りは1週間続くとのことで市内の道路はどこもかしこも大渋滞、インジェ・ミナーレ神学校へ通じる道路は全て閉鎖されてしまい予定の見学はできず仕舞。14:00パムッカレへ向け出発。途中大雨、沿道の両側は一面サクランボの果樹園が広がる。16:00ドライブインでトイレ 休憩(有料)。18:00ディナール村(Dinar)のドライブインで再びトイレ休憩(無料)。ディナールは人口3万人、蜂蜜とリンゴ茶(エルマ・チャイ)の産地。蜂蜜をかけた固ヨーグルトを食べ(7TL=350円)、500ミリリットルの缶ビールを2本買う(16TL=800円)。ビールがいやに高く、トイレチップがしっかり含まれている。20:00漸く今宵の宿コロッセア・テルマルに到着。

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世界遺産「カッパドキア」(その2)

2013年12月6日(金) 午後の手始めは陶器工房Venessa Seramikの見学(12:55-13:50)から、 カッパドキア最大のセラミック工房とのこと。成形、素焼Dsc06039き、下絵付け、施釉、本焼成などの製造工程をひと通り見学してから直売部へ。生命の樹やチューリップ等の絵柄に好き嫌いはあるかもしれないが緻密で繊細な仕事であることは確か、如何せん値段が高すぎる。ほんの小皿で1枚2,000円もする。欲しいと思ったフクロウの置物は700TL(35,000円)、とても手が出ない。次はデヴレントへ行きラクダ岩を見学(13:55-14:10)。途中、桃色、緑色、黄色の凝灰岩が積層する地帯を通る。これらは数億年前に起きたエルジェス山の噴火によって降り積もった火山灰によって形成されたもの、有史以前に大規模な噴火が何回もあったことをDsc06052物語る。バスから降りてラクダ岩の写真を撮った後、カイマクルの地下都市へ向かう。15:00カイマクルの観光バス駐車場着、地下都市入口へ通じる広場にはショッピングモールが建ち、立派な公衆トイレが整備されるなど9年前とは様変わり、何より大きな世界遺産を示す看板が立ち、すっかり観光地化している。キリスト教徒がイスラム教徒の迫害から逃れるために造られたという地下都市は、カッパドキアに300以上あるといわれる。カイマクルは地下50mの深さに8階、500室あり最大規模の地下都市のひとつ、同時に数千人が暮らしていたとされる。B1は家畜小屋、B2~B4は倉庫、B5~B8は住居で、トイレは最下層に設置 されている。飲用水は地下70mの井戸、Dsc06072通気口や煙突もある。赤の矢印に従ってB4の台所まで下り、青の矢印に従って入り口に戻る。閉所恐怖症、高血圧、低血圧、心臓病の人は入所禁止。通路は狭く階段は急な上に埃っぽく、見所は円盤状の石の扉(重さ200~250㎏)位、巨大シェルターを掘削した人々のエネルギーに関心はしても余り面白い所ではない。15:50見学を終える。ギョレメへ戻る途中、酒屋に立ち寄りエフェス・ピルスナーの500ミリリットル缶(4.5TL=225円)とエフェス・ダークの小瓶(4TL=200円)を購入する。ヨーロッパの他の国に比べるとアル コール類の価格は高め。ギョレメに戻り、鳩の谷と、ライトアップされたウチヒDsc06105サールの写真を撮る。最後にCCRホテルのライトアップを見学。緑、赤、青、黄など10秒間隔で照明の色が順繰りに変わる。世界で十指に入る超高級人気ホテルとのことで一泊3万円、それでも夏は予約がとれないらしい。17:15ホテルに戻り、18:00からレストランで夕食。メニューはミックスサラダ、ピーマンの肉詰め(ビベル・ドルマス)、ミートボールの煮込み(サルチャル・キョフテ)、ザクロの実を散らした焼き菓子。自分はエフェスの黒ビールの小瓶(12TL=600円)、家内はチェリージュース(8TL=400円)を飲む。19:00部屋に戻り、お湯を沸かしてエースコックのカップ麺シーフード味を食べる。シャワーを浴びて髪も洗いさっぱり、睡眠導入剤を1錠飲んで20:30頃ベッドイン。

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世界遺産「カッパドキア」(その1)

2013年12月6日(金) 5:00起床。エアコンの吹き出し口が見えないが部屋の中は暖かい。床暖房(オンドル)かも。5:30朝一の祈りを呼びかけるアザーンが聞こえてくる。LG製のTVの1CHはNHK、2CHがDsc05913CNN、3CHはBBC、4から6CHがトルコ語放送なのでここは日本人御用達のホテルと分る。朝飯前に日本から持参した具だくさんの味噌汁を飲む。6:30朝食、外はようやく薄明るくなる。パンが美味、ドライフルーツ(アンズ、イチゴ、無花果、ブドウ)もうまい。生野菜(キュウリとトマト)も食べてみる。元は遊牧民族だけに乳製品は発達しているらしくチーズの種類が多い。コーヒーもいける。朝はかなり冷え込み氷点下5~10℃くらいか、外はキンキンに冷えている。最上階のテラスに上り名物の気球群を眺める。気球ツアーは気流が安定している早朝だけに限られるとのことで早くも20基近く浮かんでいる。8:00バスで出発、今日は終日 カッパドキアの観光。まずは最も高い所に位置すDsc05933る村ウチヒサール(8:20-8:35)。ウチヒサールとはトルコ後で「3つの要塞」の意味、村の中央に大きな岩山が聳える。岩山には200室ともいわれる岩をくりぬいた住居跡があり、今も倉庫として使われる。展望所には魔除けの御守りナザール・ボンジューがたくさんぶらさがる目玉の木などがあるが、時間が早いために茶店は閉まっている。その先の民家には体の大きな牧羊犬が放し飼いにされており、うっかり近づいて噛まれる観光客がいるとかで、勝手に歩き回ることは要注意、中近東では狂犬病が怖い。次はエセンテペ谷(8:45-9:00)、展望台にある茶店で冬季限定の飲料サーレップ(Salep)を飲む。一杯5TL(250円)、ランの球Dsc05952根?から採取した粉末を温めた牛乳で溶き、ニッキの粉末を振り掛けたもの、香りが良く身体が温まる。谷を覗きこむと、鳩が出入りできる穴を上部に開けた岩山が幾つか並んでいる。鳩小屋とのことで内部は広く刳りぬかれ、そこに通じる坑道から糞を掻き出し、有機肥料として利用する。高級ワインの原料ブドウ栽培に使われるとのこと、今でも化学肥料よりずっと高価に取引される由。その次はギョレメ・パノラマ(9:05-9:30)、展望台から白い岩肌が波状に連なる断崖と、下の台地に林立するきのこ岩、その間に点在するギョレメの街並を眺める。朝方、あんなに上がっていた気球はすっかり姿を消している。崖上の台地を散策するとアーモンドの木が点々と生えている。乾燥状態の実が残っていたので10個ほど採取する。帰国したらDsc05964発芽するかどうか試すつもり。次は洞窟民家訪問(9:40-10:40)。ナジさんのガイド仲間の両親と云うファサン・ファートマー夫妻が住む家は元の鳩小屋を住居に改造したもの、住みはじめてから45年経つ。二階建てで一階は居間と台所、二階は寝室と物置。それぞれが岩山の壁面を箱型に刳りぬいて前面に壁を設けた独立した構造である。居間に入り紅茶とクッキーを御馳走になる。ファサンさんは元公務員、ファートマーさんは専業主婦だが絨毯を織って家計を助けてきたとのこと、室内に機織り機が立て掛けてある。ストーブが置かれた部屋は暖かい。部屋の三面にコの字型に並べた長椅子の上にクッションを置き、床にはファートマーさん手織りの絨毯が敷き詰められている。二階の寝室も見せてもらったが同じような仕様。その後、娘や孫の作品?という小物の展示即売が始まる。結構な値段が付けられており素Dsc05991人のハンドメイドとも思えぬが?。なるほど、これなら家の中を見せ、紅茶のおもてなしをしても十分に元が取れる筈、日本人は義理堅く、皆が50TL(2,500円)前後の品物を購入する。満面の笑みの二人に見送られてバスに向かう途中で確かめると、一家が所有する車はVWの高級車、ううむ、してやられた感じ。午前の最後の観光はパシャバー地区(10:50-11:40)、妖精の煙突とも称されるきのこ岩が60本ほどまとまって林立するカッパドキア観光のハイライト。陽射しが出てきて気温が上昇し8℃。きのこ岩の間を小道を辿り、30室の隠れ家のあるという岩壁の所まで散歩。その後、カシミヤ製品の店 Dsc06026(Pashimina)に入る。ヤギの顎の毛で編ん だスカーフやマフラーは軽くて物は良さそうだが、1枚1~2万円と値段も張る。ガイド割引で半額になり、更に粘れば2枚で5千円位にまけてくれそうな感じであるが、中国製品かもしれず。昼食(12:00-12:45)は洞窟レストランBORA、メイン料理は養殖鱒のグリルか牛肉の壺焼き(ギュベチ)のどちらか、それに前菜のスープと白インゲン豆の煮込み(クル・ファスルエ)、デザートのミルクプリンが付く。焼き鱒には醤油も付いており、味はまずまず。ここも日本人御用達のレストランのようで店の中は日本人の団体客ばかり、TURASANワインの即売もあったが価格は昨日のワイナリーの1.5倍、エフェスビールの小瓶が8TL(400円)。

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アナトリアン・ハウス(ANATOLIAN HOUSES)

2013年12月5日(木) 17:00到着。カッパドキアでは最高級、5つ星ラDsc05906ンクの洞窟ホテルである。今日、明日と連泊、部屋はひとつひとつ仕様が異なるためくじ引きとなる。4302号室が当り、道向いの岩山に掘削された3階相当の部屋に入る。新婚さん向けの内装の様で、円形のダブルベッドが置かれた寝室に洗面所とシャワールムが附属しており、更に階段を上った中二階にハート型のジャグジー機能付き浴槽とシングルベッドが置かれている。年寄りをこんな部屋に泊めてどうしろと言うのか。入り口に段差はあるし無駄に広く使い勝手は悪い。外灯は暗いし、エレベータはなし、階段を上り下りして部屋に行き来せねばならないしで、ポーターが部屋までSCを運んでくれるから良いものの、年寄りには酷な造り。それでもDsc05874冷蔵庫、電気ポット、スリッパ、歯磨きセット、ドライヤー、浴衣とアメニティーは揃っている。18:00からホテルのレストランで夕食。メニューはヨーグルトスープ、サラダ、チーズパイ、パトゥルジャル・ケバブ(ナスと挽肉の挟み焼き)、チョコレートプリン。ケバブは油っこく、プリンは甘すぎ。EFES PILSENを飲む。300ミリリットル入り小瓶が10TL(550円)、ビールは日本のホテルより高い。ジャグジー浴槽は水の親玉のようなぬる湯しか出てこないのでシャワーを浴びる。シャワーもぬるめ、混合栓の調子が悪い。何とかさっぱりすると20:00(日本:12月6日3:00)。それにしてもこんな辺鄙な場所に洞窟ホテルをどしどし建てて下水処理は大丈夫であるか。 

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トルコ土産(1/3) 奇岩ボトル入り赤ワイン

Dsc06854カッパドキアで最古&最大のワイナリー、トラサン(TURASAN)に立ち寄った際に購入した赤ワイン、カッパドキア名物のきのこ岩を模した容器に入っている。内容量は375ミリリットルで価格は15TL(約800円)。同社のワインは各種ワインコンテストで金賞や銀賞を受賞しており技術は確か、最高級という1本35TL(約1900円)の赤ワインを試飲させてもらったがフルボディで甘酸味のバランスが良く非常に美味、フランス、イタリア、ドイツの老舗高級ワインに匹敵する。

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びっくり!トルコ大周遊10日間

2013年12月4日(水) 戸締りをして17:03の南柏駅行きバスに乗る。我孫子駅、成田駅で電車を乗り継いで19:25成田空港第一ターミナルビル南ウイング4階出発ロビー着。QLライナーのカウンターでスーツケース(SC)を受け取る。JTBカウンターで受け付けを済ませ、Dsc05812ドーハ経由 アンカラまでのカタール航空の搭乗券2枚を受け取る。既に座席は決まっている。添乗員は北海道出身の女性Sさん、参加者は20名。カタール航空のカウンターにSCを預け、手荷物検査と出国審査を受ける。21:40 QR807便に搭乗、29K・J席は窓側であったが幸い通路側H席が空席、機種はB777-200LRで3-3-3席の並びである。22:20離陸、ドーハまで8854㎞の夜間飛行開始。機内は暑くセーターを脱ぐ。妻は3年ぶりの海外旅行でトルコは初めて、自分は2回目なのでガイド兼ポーター兼ボディガードの役回り、それでも9年ぶりで大分変化があるはず。23:00早くも軽めの夜食、ハイネケンを飲む。機はチベット高原の北縁、タリム盆地の南縁を飛んでいく。交代で横になったり座ったりするもやはりエコノミー席は狭く、Dsc05816うつらうつら仮眠をとるのが精一杯。7:45朝食、フ ルーツのみ食べてコーヒーを飲む。カタール航空の食事は簡素だがこれ位がちょうど良い。日本時間12月5日9:30(現地時間同3:30)ドーハ国際空港着陸、外気温20℃。バスに乗り、乗継ターミナルへ移動する。広大な空港で最初の停車はドーハ到着ターミナル、そこでカタール入国者は下車。次のTRANSFER&DEPARTURE TERMINALで下車、入り口でセキュリティーチェックを受ける。一階が免税店、二階が搭乗口ロビーのこじんまりしたビル、6:30の再集合まで椅子に座り休憩する。待合室にはスペインへ行くJTBグループ、イタリアやチュニジアへ行くトラピックスグループなど日本人団体客がぞろぞろ。時間潰しに井坂幸太郎著「重力ピエロ」を読む。6:00東の空に太陽が昇る。7:00 QR245便アンカラ行きに搭乗、機種はA320型、3-3席の並Dsc05831び、ほぼ満席で27E・F席に座る。7:50離陸、時計を1時間遅らせる。10:27(日本時間17:27)ようやくアンカラ国際空港到着、自宅を出てから実に24時間が経過している。外気温0℃、空港ビル内は閑散としており薄暗い。SCを受け取り、両替所で1万円をトルコリラ(TL)に両替、182TLを受け取る(手数料4%、1TLは55円)。SCはバスまでポーターが運んでくれる。格安ツアーなのに至れり尽くせり。11:20迎えのバスに乗り込む。右1列、左2列、定員38名、皮張りシート、ひじ掛け付きのVIPバスに22名乗車なので楽々。現地スルーガイドはアッカン・ナジ氏、47歳男性、体重113㎏の巨漢、日本語ぺらぺら、日本語ガイド歴22年のベテランである。運転手も2人体制、これで採算がとれるのか心配になる。バスはカッパドキアまで280㎞ の道を淡々と走る。Dsc05830辺りは一面灰褐色の荒涼とした大地、冬枯れのせいもあるが緑が全く見当たらない。風景に変化が乏しいのでナジさんの話に耳を傾けるしかなし。『トルコの国土面積は78万㎢と日本の約2倍、人口は7,500万人と年々増加(9年前は確か6,800万人)している。イスラム国家56ヶ国中トルコのみ政教分離。首都アンカラの人口は500万人、公務員の多い街である。アンカラで有名なものはアンゴラウサギの毛から作るアンゴラウールとアンゴラヤギの毛から作るアンゴラ絨毯。トルコの三大産業は①織物業、②自動車工業(日本企業はトヨタ、ホンダ、イスズ、三菱が進出)、③観光業。年間の観光客は3,500万人、ロシア人が一番多く500万人、次いでドイツ人、フランス人の順、日本人は少ない。日本人観光客は数年前のベリーダンス流行時がピーク、カッパドキアの熱気球墜落事故(2013年5月20日、3人死亡、22人怪我)、新潟大学女子大生殺傷事件(2013年9月13日)、Dsc05856反政府デモなどで最近は低迷している。自動車やTVなどの工業製品(輸入品)は200~300%の関税がかかり非常に高価であるが、自給率100%の食料品は安価、1キログラム当たり米は110円、豆類は100円、牛肉は1000~2000円(カッパドキアなら500円)、卵は1個10円(カッパドキアなら5個10円)など。イスタンブールでは最低でも月25万円の生活費が必要だが、カッパドキアでは5万円もあれば王侯貴族並みの贅沢ができる。数年前に国民皆保険制度が導入され医療費は無料、教育費も国立なら大学まで無料だが、その代り所得税は収入の25%、消費税は18%と高い。今一番の問題は隣国シリアの内戦に伴う難民の流入』。13:35-14:00漸くガソリンスタンドでトイレ休憩(有料1TL)。ガソリン価格は高く、軽油でリッター220円、レギュラーで225円、ハイオクが240円。沿道に見られるポプラの林Dsc05869は植林されたもので、高さ10mに成 長したら伐採してパルプ原料にする由。丘上に風力発電機が林立する。富士山のようなエルジェス山(標高3917m)の雪嶺が近づき、トルコ最長のクズル川(1355㎞)の流れを認めるとアヴァノスを通過。アヴァノスはクズル川の赤土と粘土を使った陶器生産で有名な町、赤褐色の壺を並べた店が多い。ホテルへ直行するには時間が早いのでローズバレー(赤い谷)の夕景を眺めに行く。15:45谷を見下ろす駐車場着。日没は16:10、鼻水が垂れるほど寒い中(多分氷点下)波打つ奇岩を見守ったが、谷は僅かにピンク 色を帯びただけ。他の季節ならもっと紅く染まるのであろうか、やや期待外れ。 まだ明るいので序に三姉妹の岩に立ち寄る。3本のきのこ岩が寄り添Dsc05873うように並び立ち、近くに父岩、母岩らしき岩もある。記念撮影にやってきたトルコ人の新婚さんと出逢う。式場から抜け出してきたのかウェディングドレス姿、申し訳ないが新郎には外してもらい、エルジェス山を背景に新婦と三姉妹岩の組み写真を撮る。次いで老舗ワイナリーのトラサン(TURASAN)に立ち寄りワインの試飲。同社はカッパドキアで最古、最大規模を誇るワイナリーで1943年の創業、これまで国際ワインコンテストで金賞、銀賞を受賞した実績がありその品質は折り紙つき。最高級の赤ワイン(35TL=1,750円)は申し分なく美味、白ワイン(25TL=1,250円)はまずまず。何杯もお代わりしてしまったので、奇岩ボトル入りワイン(15TL=750円)を2本買う。長い1日が漸く終わりホテルへ。

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大黒本しめじ

Dsc057972013年12月3日(火) 京都府丹波産の大黒本しめじ、近所の食品スーパー・カスミで見つけました。天然物ではなくタカラバイオ株式会社の栽培品ですが、見事な姿形、ずっしり持ち重りがします。菌根菌のホンシメジを栽培してしまうのですから、タカラバイオといいヤマサ醤油といい、その技術は大したものです。1パック3本入りが298円、きのこ採りに行ってホンシメジに出逢うなどは夢のまた夢、こんな値段で買えるとは何とも有難いことです。早速炊き込みご飯にしました。

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冬ビール3種

Dsc057952013年12月2日(月) 冬のビール3種類、といってもアサヒの冬の贈り物とキリンの冬麒麟は発泡酒ベースのリキュ-ルであり、サッポロの冬物語はビール。いずれも原料配合に拠る日本の酒税法上の分類であるが、ドイツ以外の外国ならどれもビールと呼ぶであろうし、実態は麦酒と云える。個人的好みは冬物語>冬麒麟>冬の贈り物の順番であるが、シーズンビールは単にブランド名やラベルデザインだけで季節を演出するのではなく、中身の特徴や飲み方の提案で個性を出してほしいもの。たとえば、生姜エキス入りとか、お燗をして飲むホットビールとか・・。もっともっと工夫が欲しい。

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菜園の恵み(101) 冬どり大蔵

Dsc05799 2013年12月1日(日) 畑に行き普通の大根を3本抜いてくる。品種は「冬どり大蔵」、2年前に栽培し花が咲いたものから自分で種取りしたもの。9月26日に種蒔きし66日目の初収穫はやや時期尚早かも。大根本体は細身で寸詰まりでしようもないが、葉っぱの方を炒め物、浅漬け、汁の実に利用するつもり。最近、葉物野菜が高騰しているし、何より完全無農薬有機栽培品、利用しない手はない。

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