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ストラトフォード・アポン・エイボン

2014年4月14日(月) ストラトフォ-ド・アポン・エイボンは劇作家ウィリアム・シェイクスピアが生まれた町、彼は1564年にこの町で生まれ、晩年の3年間をこの町で過ごし、Dsc09178そして1616年に亡くなった。町には生家や埋葬された教会など、彼にまつわる建物が幾つも残っており、人口12万人のこの町は、400年経った現在でも、シェイクスピアを中心に回っている。(今年は生誕450年)
エイボン川に架かるクロプトン橋を渡りストラトフォード・アポン・エイボンの街中に入ると大渋滞に遭遇、15:35ようやくシェイクスピアの生家近くのバス駐車場(Coachpark)に到着。生家に隣接するシェイクスピア・センターの上映室に入り、生い立ちから亡くなるまでの略歴紹介ビデオを5分間ほど鑑賞する。その後中庭で解散、17:30の再集合までフリーDsc09165タイムになる。まず二階建ての生家見学、父親は皮革商人だったらしく皮製品(主に手袋)を作る仕事場があり、食堂、寝室、台所などに当時の生活を偲ばせる家具や道具が並べられている。シェイクスピアが誕生したとされる部屋のベッドは優雅な天蓋付き、生家が裕福だったことが窺える。シェイクスピアの信奉者にとってストラトフォード・アポン・エイボンの町は聖地のようなもの、昔から熱烈なファンが大勢訪れていたようで、1700年代、1800年代に旅行者向け土産品として作られた木製ゴブレット、シェイクスピアの胸像紋の印章、木彫小箱などが陳列されている。又、室内に展示されている窓ガラスは19世紀の来館者のサインで埋まり、中にはイギリスの俳優ヘンリー・アーヴィング(Henry Irving:1838-1905)など有名人の名前も認められる由、門外漢にはさっぱり分からない。寄贈品も何点か陳列されており、銀製飾り皿は1995年に当Dsc09181時のバングラディッシュ大統領のAbdur Rahman Biswasから、「リア王」の中英対訳書(梁寶秋(Liang Shih-Chiu)訳)は2011年に当時の中国首相温家宝から、セラミック製の飾り壺はタイ国ソンクラー県行政府から、各人の来館時に寄贈されたものである。生家見学を終えてから街歩き、ヘンリー・ストリート、ブリッジ・ストリートを歩いてエイボン川の畔に出る。ナローボートで川下りを楽しむ人、ボートを店舗にしたソフトクリームショップに並ぶ人、皆がのんびりと人生を楽しんでいる。因みに、ソフトクリームの値段はバニラ味が1.7£(300円)、ラズベリー、ミント、チョコレート味は2.0ポンDsc09193ド(360円)、これも日本とどっこいか。観光地料金なのか、田舎でも物価は高い。公園のハムレット像の前で記念写真を撮ってから引き返す。シェークスピアの生家にあるギフトショップで草花図案のトランプを購入し、集合場所のバス駐車場に行くと、そこのウッドチップの上にオオチャワンタケが出ている。今回の英国旅行で初めて出逢うきのこ、但しこれっきり。バスに乗って郊外のレストランThe Crownで夕食(17:50-18:50)、ミックスサラダ、豚肉料理、パン・プリン(カスタードクリームに浸したパン)を食べる。豚肉料理は分厚いポークステーキの下にマッシュポテトがどっさDsc09196り敷いてある。イギリス人の主食はパンではなくジャガイモのようである。味はまずまず。バスに乗り高速道路を走る途中、何と荷室のドアが跳ね上がって開いてしまう。後続の車が追い抜いてハザードランプで知らせてくれ事なきを得る。SCを積んでいなかったから良かったものの、振り落としでもしたら大事故を誘発するところ、いやはや、イギリスともあろう国が・・、労働者がちゃんと働かない。19:40ヒルトン・コベントリーの103号室に戻る。枕銭は電話台の上に残されたまま?、部屋を掃除する女性は東欧出身者が多いらしく、客とのトラブルを恐れ、受け取らないこともあるらしい。ポットで水道水を沸し紅茶を一服、インスタント味噌汁も飲む。デジカメ充電、メモ補充。風呂は熱い湯がふんだんに出て直ぐに浴槽にたまる。風呂上りにストロングエールJennings Sneck Lifterを試飲、22時半ごろ就寝(続く)。

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