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きのこの絵本

Img1002014年10月31日(金) ちくま文庫『きのこの絵本』は、八ヶ岳南端の山麓、日野春に移り住んだ著者が画家ならではの感性で綴る、42種のきのこに関するエッセイと美しいスケッチから成る画文集、作者13年間に亘るきのこ道精進の集大成である。きのこ好きなら是非蔵書に加えたい1冊、中古本をこのほどAmazonで入手。取り上げられているきのこは食べられるものが多く、レシピ本としても参考になる。「きのこは1本1種」は蓋し名言、教えられる事が多い。また、ホテイシメジの項には、現在読み進めているガルシア・マルケス作の長編小説『百年の孤独』の件(くだり)も出てくるし、焼酎の銘柄「百年の孤独」まで出てくる。素晴らしい。

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ルリハツタケのお吸い物

2014年10月30日(木) 27日に五本松公園で採取してきたルリハツタケの幼菌を、豆腐とネギと一緒にお吸い物にして食べてみました。食感はハツタケと全く同じでボソボソ、香味も似ていますが、微かなえぐみと苦味を感じます。ダシはハツタケには及びませんが、そこそこ出ます。評価は☆☆★、悪くありません。見つけたら必ず採取して持ち帰るきのこが一種類増えました。
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菜園の恵み(116) サツマイモ

Dsc043732014年10月30日(木) このところ連日サツマイモ掘りに従事。重労働なので一日三株に限定、一種類一株づつ、今日現在の累計収穫量は、安納紅(写真左)3.2㎏、紅はるか(同中央)9.5㎏、安納黄金(同右)3.3㎏。まだ三分の一しか掘っていないので、最終的には三種類合計で45~50㎏取れる見込み。これだけ取れれば苗代の2,110円は十分回収できるけれど、食味がいまいち。土が悪いのか、腕が悪いのか、いずれの芋も甘味が薄く、単純な焼き芋では美味しくない。甘煮、きんとん、芋羊羹、大学芋、天婦羅、掻き揚げ、干しイモなど、美味しく食べるには一工夫が必要。

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定点観察・船橋県民の森(船橋市)

2014年10月29日(水) 午後から船橋県民の森へ出掛けきのこ観察。このところの好天続きで森は乾燥気味、ルリハツタケを1本見つけたものの、きのこの姿は少ない。園内で偶然、同じ千葉菌類談話会会員のFさんに出逢い、知り合いになったのが最大の収穫。
《観察種》
1.イタチタケ、2.イッポンシメジ属、3.イヌセンボンタケ、4.キショウゲンジ、5.センボンイチメガサ、6.ハイイロイタチタケ、7.ハラタケ属、8.ヒビワレシロハツ、9.ヒメシロアミタケ?、10.ベニタケ科、11.ムササビタケ、12.ムラサキシメジ、13.ルリハツタケ
(写真は、左3、右13)
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菜園の恵み(115) サトイモ

Dsc043022014年10月28日(火) 午前、畑へ行き里芋1株試し掘り。今年は子芋が大きく1.6㎏の収穫、豊作かも。あと20株あるので、けんちん汁、豚汁、味噌汁、煮物なんでもござれ、来春まで楽しめる。

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定点観察・五本松公園(我孫子市)

2014年10月27日(月) 我孫子市新木にある葺不合神社(ふきあえずじんじゃ)にお参りに行った序に、五本松公園に立ち寄りきのこ観察。発生数が多いのはヒメワカフサタケとムラサキシメジであるが、桜餅の様な匂いがするコカブイヌシメジも出始め、秋の深まりを感じる。初見のルリハツタケに出逢い感激、試食用に数本持ち帰る。
《観察種》
1.クサウラベニタケ、2.コカブイヌシメジ、3.コタマゴテングタケ、4.ザラエノハラタケ、5.ニセヒメチチタケ?、6.ヒビワレシロハツ、7.ヒメワカフサタケ、8.ベニタケ属、9.ホコリタケ、10.ムラサキシメジ、11.ルリハツタケ
(写真は、左上から時計回りに、2、4、7、11の順)
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葺不合神社(我孫子市)

Dsc042132014年10月27日(月) 手賀沼北岸の五本松公園できのこ観察を行う前に、我孫子市の指定文化財、葺不合(ふきあえず)神社にお参りする。所在地は我孫子市新木1812番地、国道356号線沿いに鎮座する。我孫子市のホームページや境内の説明板によると、この地は、文治二年(1186)の創立と伝えられる旧厳島神社の境内地、湧水を集めた弁天池があり、江戸期には弁天堂に市杵島比売命(いちきしまひめのみこと:弁財天)が祀られ、沖田の弁天様として賑わったとのこと。明治になって厳島神社と改名。明治四十一年(1908)、明治政府が進める神社合祀政策によって、Dsc04219新木字宮前にあった葺不合神社本殿と二の鳥居が此の地に移築され、元の葺不合神社本殿を本殿、厳島神社本殿を拝殿として「葺不合神社」と改称し、現在に至る。現拝殿は、明和二年(1765)建築の弁天堂であり、方三間の入母屋造、正面に一間の向拝を設けている。明治期に背面に格子扉を設けて神社としているが、長押より上に施された獏(ばく)や唐獅子などの装飾彫刻は江戸時代中期の仏堂の特徴を示している。現本殿は明治三十年(1897)の建築、一間社流造の小ぶりな社殿ながら全体に豊かな装飾彫刻が施されている。胴羽目(どうはめ)彫刻は、八岐大Dsc04217蛇、天岩戸など神話を題材にし、江戸以来の彫り物大工の系譜を受け継ぐ二代目後藤藤太郎(竜ヶ崎住、1861-1931)の手によるもの、江戸末期の神社建築の様式が明治期にまで伝えられた貴重な作例である。祭神は、神武天皇の父とされる盧茲草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)。
 駐車場がないので、近くの新木県営住宅前に路上駐車、公園脇の階段を登り、国道356号線に面する一の鳥居から境内に入る。一の鳥居の両袖には、青面金剛尊(元文四己未天(1739)十一月吉日、沖田村同行十六人)、青面金剛碑(下総国相馬郡沖田村講中三十二人)、湯Dsc04222殿山・月山・羽黒山供養塔(出羽三山講のうちの湯殿山講碑と思われる)、月山・羽黒山・湯殿山供養塔(同、月山講)など各種石仏や供養塔が建ち並ぶ。一の鳥居をくぐると参道は凹地に下る。二の鳥居から石段を上り台地上の拝殿へ。境内は起伏に富んでいる。いつもの10倍のお賽銭をあげ、家内安全を祈る。拝殿内の右側に寄せて安置される厨子には弁財天が祀られている模様、裏手に回って一段高処にある本殿にもお参りし、四面の胴羽目彫刻をじっくり見学する。更に本殿裏の葺不合尊石碑にもお参りする。これだけお参りすれば、今日これからのきのこ観察、何か大吉が出そうな予感がする。

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イチジクの甘露煮再び

201410273cimg05252014年10月26日(日) 24日、市原市民の森へきのこ観察に行った帰り、道の駅あずの里いちはらに立ち寄り、煮用いちじく3キログラム(1パック1㎏入り400円×3袋)を購入してきました。今日は再び甘露煮作り、前回(9月26日)作ったものはこのひと月でほぼ食べてしまったので仕切り直し。これだけあれば安心です。今回は仕上げの香りづけにコニャック、カミュ・ナポレオンを垂らしました。

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北八ヶ岳・八柱山で出逢ったきのこ

Dsc041632014年10月25日(土) 早起きして北八ツの麦草峠までハスラーで長征し(走行距離500㎞)、4時間半かけて峠から雨池経由八柱山をピストン登山(自惚山人ノオト「532.雨池と八柱山」参照)。山中で見つけたきのこはシラビソ?の立ち枯れに出たマスタケのみ、他にも2、3の極小菌に出逢ったが同定できそうもないので見ないふり。山頂一帯を覆うカラマツ林にもキヌメリガサの姿すらなく、標高2000m~2200mの高地のきのこシーズンは逝ぎた様子。

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定点観察・市原市民の森(市原市)

2014年10月24日(金) 市原市民の森で10月13日(月)開催予定であった千葉菌類談話会第72回観察会は、台風19号の襲来により中止になった。今日は天気も良いし、年に一度の定点観察を継続するために同所へ往復160㎞の大遠征。やはり10月下旬では時期的に遅く、ウラベニホテイシメジもサクラシメジもタマゴタケもボウシュウマツタケも1本も見つからない。それどころか他のきのこもさっぱり。帰路、道の駅あずの里いちはらへ寄り、煮用いちじくを3袋購入する。
《観察種》
①オシロイシメジ、②スギタケ、③ハタケシメジ、④ハラタケ属、⑤ヒトヨタケ、⑥ヒメシロアミタケ?、⑦フウセンタケ属、⑧ムササビタケ
(写真は、左上から時計回りに、①、②、③、⑤の順)
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マゴチの煮付け

Cimg05222014年10月23日(木) 栗山川河口で釣り上げた25㎝のマゴチは煮付けにして食べました。小さいながら尾頭付きです。身が締まっていて美味でした。頭と骨は庭のブルーベリーの根元に埋め、肥料としました。来年はブルーベリーに生まれ変わります。

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

2014年10月22日(水) 雨ニモマケズ、風ニモマケズ、ざんざん降りの中、手賀の丘公園へ。雨の公園に人の姿はなく、心ゆくまでじっくりきのこ観察ができる。とは言え、薄暗い林の中では光量が足りず、更に傘をさしながらの片手撮影による手振れも加わり、写真の出来栄えがいまいち。
《観察種》
1.アカチャツエタケ、2.アラゲキクラゲ、3.イボテングタケ、4.エリマキツチグリ、5.ツノマタタケ、6.ヒイロタケ、7.ヒビワレシロハツ、8.ヒメヒガサヒトヨタケ、9.ホコリタケ、10.ムラサキシメジ、11.不明種(クロアザシメジ?)、12.不明種(モエギタケ科?)
(写真は、左上から時計回りに、2、3、4、11の順)
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ハゼ天

Dsc040152014年10月21日(火) 本日の夕食に、六年ぶりとなるハゼの天ぷらを食べました。日曜日(19日)に横芝光町の栗山川河口で釣ってきたものです。スーパーの魚屋では絶対手に入りません。餌代、ガソリン代を考えると、1尾200円ほどにつきますが、天婦羅種としては最高、野趣溢れる滋味であります。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

2014年10月21日(火) 雨上がりの午後、まだ5日しか経っていないが再び増尾城址公園へきのこ観察行。ウスキモミウラモドキの群生を見つける。
《観察種》
1.アラゲキクラゲ、2.ウスキモミウラモドキ、3.キツネノカラカサ、4.キララタケ?、5.ナラタケ、6.ニオイキシメジ、7.ハタケシメジ、8.ヒビワレシロハツ、9.ヒメワカフサタケ、10.ムラサキシメジ
(写真は、左上から時計回りに、2、5、6、10の順)
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万願寺とうがらし

Dsc039272014年10月20日(月) 勤めていた会社の先輩と先日久しぶりにお会いし、新宿で御馳走になった際の頂戴品、代表的京野菜のひとつである万願寺とうがらし。たかが万願寺甘唐と見縊るなかれ、そんじょそこらの畑で採れた唐辛子ではなく、田園調布にある先輩のお屋敷の家庭菜園産と云う由緒正しき超々高級野菜、家内も調理する手が竦むらしく、恐れ多くて勿体なくて、なかなか食べられません。

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マゴチとマハゼ

Dsc03943_22014年10月19日(日) 先週の波崎釣行で余った青イソメを使い切るため、今週は横芝光町の栗山川河口(屋形漁港)へハゼ釣りに出撃。中潮なのにさっぱり潮が動かず苦戦したが、浮き釣り仕掛けの渓流竿で広範囲に誘い釣りをした結果、なんとか25㎝のマゴチ1尾、12~16㎝のハゼ10尾を釣り上げる。とりあえず腸を抜いて冷蔵庫に保管、近日中に天婦羅にするつもり。(詳しくは、姉妹ブログ「釣魚迷日誌」の同記事をご覧ください)

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ムキタケの季節

20141018image22014年10月18日(土) 仙台に暮らす息子から、初物のムキタケが採れたと証拠写真付きのメールが入りました。今日、きのこ狩りに鳴子の奥の鬼首の山に入り、ムキタケ1㎏(写真)とエノキタケ300gをとってきたとのこと、いつもの年なら取れるはずのチャナメツムタケ、ヌメリイグチモドキ、ナメコが見あたらなかったと、本人はやや不満な様子ですが、これだけ取れれば御の字でしょう。ムキタケは風味に癖がなく、鍋物や煮物や雑炊向き、これからの寒い季節にぴったりです。鬼首といっても広うござんす、シロさえ分かれば、帰省の都度、息子に黙ってひとりでこっそり採りに行くのですが、根こそぎ荒らされるのではと警戒してか、「一緒に行くべ」と何回誘っても色よい返事はもらえません。たとえ親子でも、きのこのシロは教えない・聞かないのが鉄則、まぁ仕方がありません。

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北海亭の最強きのこ鍋

Dsc039232014年10月18日(土) 丸の内線新宿御苑前駅徒歩1分の北海亭(東京都新宿区新宿2-1-9、℡:03-5379-5560)、昨日そこで名物のきのこ鍋を食べる。岩手県と富士山で採れる天然きのこだけを使用しているとのこと、Today's Mushroomと題するメニューには何と28種類ものきのこが並んでいる。旬が短かく保存が効かない茸のこと、当然季節により時期によって顔ぶれは変化するが、今日の鍋にも、アミタケ、シモコシ(金茸)、シモフリシメジ(銀茸)、タモギタケ、チャナメツムタケ、ナラタケ、ハツタケ、ハナイグチ、ヒラタケ、マイタケ、ムキタケ、ヤマブシタケと、少なくとも12種類は入っている。何と贅沢で何と豪勢な!。きのこ好きにはたまらない。東京広しといえども、星の数ほどレストラン・食堂・居酒屋があろうとも、これほど多種類の天然きのこが同時に入った鍋を出す店はまずあるまい。おそらくは日本最強のきのこ鍋。使うきのこの種類が多いほど、相乗効果によってうまみは増大する。エキスたっぷりの出汁で作ってもらった雑炊がこれまた絶品、ごちそうさまでした。

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豊川稲荷東京別院(曹洞宗)

Dsc039182014年10月17日(金) 久しぶりに東京(新宿)へ出る用事があったので、丸の内線赤坂見附駅で途中下車し、赤坂豊川稲荷に参詣する。所在地は港区元赤坂1丁目4番7号、御本尊は荼枳尼天(だきにてん)であり、ここは神社ではなく寺院、愛知県豊川市にある豊川稲荷妙厳寺の直轄別院である。創建年は文政十一年(1828)、大岡越前守忠相が豊川稲荷から荼枳尼天を勧請し、屋敷稲荷として自邸で祀ったのを由来とする。
本殿にお参りしてから境内を一回り、境内社の銭洗い弁財天、融通稲荷等にもお参りし、融通金を頂いてきたので、一年後に再び(利子をつけて)返しに来なければならぬ。

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志賀直哉邸跡(我孫子市)

Dsc039012014年10月16日(木) 午後、我孫子市の志賀直哉邸跡へ。先日の奈良旅行の折りに高畑にある志賀直哉旧居を訪れたが、志賀直哉の旧居跡が隣の我孫子市にある事を知る。目印の我孫子市白樺文学館(緑2丁目7番地)をカーナビ目的地に設定しハスラーを走らせる。目的地に近づくと、辺りは軽自動車が入ることさえ躊躇われるほど道が狭く且つ入り組んでおり途中でお手上げ、広い所に路駐して人に聞き聞き漸く探し当てる。現在我孫子市が所有する旧居跡は、四阿がある公園「緑雁明緑地」として整備され、東側に復元された書斎(14.5㎡)が建つ。台地の先端の裾回り(崖下)、手賀沼の湖畔に近い場所である。今からちょうどDsc03900100年前の大正四年(1915)、友人の柳宗悦(やなぎむねよし)の薦めで此の地に移住し、大正十二年(1923)に京都へ移転するまでの8年間を過ごしている。その間、「和解」(1917)、「城の崎にて」(1917)、「小僧の神様」(1920)、「暗夜行路」(1921-1937)の前編と後編の大部分と、代表作を次々に発表している。志賀直哉が最も輝いていたのは我孫子時代と言える。母屋跡は石敷きの基壇になっているが、直哉直筆の間取り図も残っている様だし、我孫子市の財政事情が許すならば是非復元してもらいたいもの、白樺文学館との相乗効果が一層高まり、奈良市高畑の志賀直哉旧居に引けを取らなDsc03908_2い名所になると思われる。今でも「小説の神様」志賀直哉の人気は根強く、このままでは勿体ない。湖畔のリゾート地であった我孫子には、同時期だけでも、白樺派の柳宗悦、武者小路実篤、陶芸家のバーナード・リーチ、直哉を師と仰ぐ瀧井孝作、瀧井の友人中勘助らが集住している。我孫子市は文化の香りが高い。書斎の裏手に、「二階屋」と呼んでいた崖の上の離れへ続いていたと思われる石段があり、上ってはみたが行き止まり。白樺文学館の入館料は300円、今回はパス、又来よう。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

2014年10月16日(木) この秋一番の冷え込み、富士山は初冠雪。午前、エノキタケが出始めているかもと増尾城址公園をざっと一回り。きのこの姿はぐっと少なくなり、エノキタケの代わりにハタケシメジの幼菌とムラサキシメジを見つける。
《観察種》
①エリマキツチグリ、②ケショウハツ、③コタマゴテングタケ、④スギエダタケ、⑤ノウタケ、⑥ハタケシメジ、⑦フクロツチガキ、⑧ムラサキシメジ 
(写真は、左③、右⑥)
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冬ビール4種

2014年10月15日(水) 各社の冬のシーズンビールが勢揃いしたので飲んでみる。10月8日の寒露が逝ぎたばかりで、11月7日の立冬にはまだ大分間があるが・・。そもそも「冬の麦酒」とは何であろう?。日本酒なら熱燗、焼酎ならお湯割り、ワインならグリューワイン(Gluehwein)と冬に飲むのにふさわしいやり方があり、イメージも容易であるが・・。スペックや原材料配合を見ても冬を感じさせるものはない。温めて飲むわけでもなし、容器に「冬の何とか」と書いてあるだけで普通のビールと何ら変わりがない。商品開発にもっともっとこだわりが必要では?、容器デザインだけでは淋し過ぎる。
ブランド名:評価、アルコール分、原材料配合、酒税法の分類、製造元は以下の通り。
冬の贈り物:☆☆、ALC.5.5%以上6.5%未満、発泡酒(麦芽・ホップ・大麦・コーン・スターチ・調味料(アミノ酸))・スピリッツ(大麦)、リキュール(発泡性)①、アサヒビール株式会社
冬麒麟:☆☆~☆☆★、ALC.5%、発泡酒(麦芽・ホップ・大麦・コーン・糖類)・大麦スピリッツ、リキュール(発泡性)①、麒麟麦酒株式会社
冬物語:☆☆★~☆☆☆、ALC.5.5%、麦芽・ホップ・米・コーン・スターチ、ビール、サッポロビール株式会社
冬の芳醇:☆☆、ALC.5%、発泡酒(麦芽・ホップ・糖類)・スピリッツ(小麦)、リキュール(発泡性)①、サントリー酒類株式会社
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セイゴ(スズキの幼魚)

Dsc038572014年10月12日(日) 丸4年ぶりの釣行、波崎漁港(旧港)へ行き2時間半遊ぶ。釣果はセイゴ(宮城県ではセッパと呼ぶ)2尾の貧果。それでも26㎝(写真)と24㎝の大きさで、ちょうど食べごろサイズ、塩焼きにするつもり。詳しくは姉妹ブログの「釣魚迷日誌」参照。

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奈良町界隈散歩

2014年10月8日(水) 6:00起床、7:00朝食。今日も納豆ご飯を食べ、テークアウトのコーヒーをもらう。8:00奈良町界隈の散歩に出る。三条通り、餅飯殿通りを歩き、世界遺産元興寺(9:00開門)を東門側から眺める。Dsc03807御霊神社にお参りし、藤岡家住宅(国指定重要文化財)を眺め、ならまち格子の家に着く。オープンは9:00からであったが時間前に入れてもらえ、しかも入館料は無料、ありがたい。ならまち格子の家は、奈良町の伝統的な町屋を再現し、その暮らしぶりを紹介するもの、みせの間、中の間、奥の間、通り土間の吹き抜けと明り取りと台所、中庭と風呂と便所、離れと奥庭と土蔵で構成されている。間口は狭いが奥行きは深く、各室ともコンパクトながら使い勝手が良さそうな間取りである。今は取り壊して無くなってしまったが、仙台の実家と良く似ている、土地・家屋のDsc03813形状、間取り、室内に置いてある家具・調度品、どこか懐かしい。みせの間に座り格子を通して外を眺める。中の間の箱階段を登って二階に上り板敷きの屋根裏部屋も見学する。離れの床の間に活けてある花がゆかしい。感謝の気持ちを込めて寄付金箱に心ばかりのお金を入れる。そこから更に街歩き、庚申堂、奈良町資料館(10:00~)、時の資料館(11:00~)、奈良市資料保存館(9:30~)、奈良市杉岡華邨書道美術館(9:00~)の前を通る。時間が早く、まだ開館していないところが多い。最後に、県指定文化財の森家住宅・細川家住宅を眺めてホテルに引き返す。9:45ホテルに戻り、荷物をまとめただけで直ぐチェックアウト、京都駅11:59発こだま654号に間に合わせるべく奈良駅へと急ぐ。

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高野山参詣

2014年10月7日(火) 6:00目覚まし時計で起床。7:00~7:25朝食、今日は5階の特設会場、並ぶ料理は昨日の朝と同じ、やはり納豆ご飯中心に食べる。7:45出発、台風一過の晴天Dsc03705となる。JR奈良駅7:52発の難波行きに乗り新今宮駅で南海線乗り換え、南海線の窓口で関西ワンデイパスを提示し、高野山往復チケットと高野山内バスフリー切符と拝観料割引券を受け取る。8:42発橋本行きに乗り、9:32同駅着。9:52の極楽寺行きを待つ。橋本駅と極楽寺駅間を走る全席指定の観光列車「天空」は女性に大人気、10:15発の当日指定席券(510円)を求めて次々に鉄道女子がやってくる。10:04九度山駅、再来年のNHK大河ドラマは真田幸村とのこと、来年は高野山開創1200年、和歌山県は盛り上がりそうである。列車は山中をゆっくり上っていく。一帯はスギとヒノキの植林地ばかり、紀州の山は風情に欠ける。10:30極楽橋駅(標高545m)に着き、接続する160人乗りケーブルDsc03726カーに乗り換える。標高867mの高野山駅まで僅か5分、駅前で南海りんかんバス奥ノ院行きに乗り込む。宿坊宿泊体験などが受けるのか、10人余のガイド付き外国人ツアー客と乗り合わせる。高野山の山上は一大宗教都市、4000人が暮らし、内1000人は僧侶、117の寺、52の宿坊がある。終点の奥ノ院前でバスを下りると吹き渡る風が涼しい。公園墓地にさしかかると、企業の物故者供養塔が建ち並び、中には、白蟻供養塔、福助型、ヤクルト型などユニークなものもある。日産自動車、小松製作所、見眞大師親鸞聖人墓、東日本大震災Img093物故者慰霊碑、・・。定年まで勤め上げた会社の永代供養塔(昭和55年11月吉日建立)を見つけ、懇ろにお参りする。奥ノ院参道に合流すると、加賀前田家二代利長墓、浄土宗元祖国光大師法然上人御廟所、安芸浅野家墓所、重要文化財の結城秀康(家康次男)石廟、筑前黒田家墓所が現れ、墓マイラーや歴女、歴男には堪らない。11:40大黒堂にある納経所で御朱印を頂戴する。御廟橋を渡り、弥勒石(重軽石)に触れてから、いよいよ奥ノ院の御廟前室・燈籠堂にお参りする。家人の実家は真言宗なので、本人は神妙に手を合わせる。裏手に回って再び弘法大師御廟にお参りし、石田三成が母の菩提を弔うDsc03745ため、高麗版一切経6285巻を納めて寄進したと云う経蔵や納骨堂、ピラミダルな無縁供養塔を見学しながら御廟橋に戻る。御廟橋の脇の水向け地蔵に手向け水をかけて先祖の供養を行う。お茶処・頌徳殿(しょうとくでん)に入りひと休み、番茶を頂き持参のアンパンを食べる。帰りは一の橋口まで奥ノ院参道を歩く。参道の両側に建ち並ぶ墓所のうち関心のあるものをチェックすると、織田信長・筒井順慶墓所、県指定史跡の豊臣家墓所、芭蕉句碑「父母のしきりに恋し雉の声」(1775年建立)、長州毛利家墓所、出羽庄内藩主酒井家墓所、上州高崎安藤家墓所、石田三成墓Dsc03753所、薩摩氏島津家初代家久・二代光久・綱久墓所、伊達政宗墓所、周防岩国吉川家墓所、奥州仙台伊達家墓所など。13:20一の橋口バス停に出る。13:27のバスに乗り千手院橋下車、金剛峰寺に参詣する。拝観料は高野山チケットの御蔭で2割引きの400円、御朱印帳を納経所に預け、順路に従って各室の襖絵を中心に内拝する(重要仏像は全て霊宝館に収蔵されている)。奥ノ院霊木高野杉の輪切り、豊臣秀次自刃の間(柳の間)、天皇・上皇の応接室上壇の間、我国最大の石庭蟠龍庭(2,340㎡)、県重文の真然廟、二石釜など見学する。新別殿でお茶とお煎餅の接待も受ける。小一時間Dsc03764で退出、次は歩いて霊宝館へ。霊宝館は高野山に伝わる国宝、重文、県指定文化財を含む5万点以上の文化財を収蔵すると云うので大いに期待しつつ、同じく2割引きの拝観料480円を支払って入館。しかし結果は全くの期待外れ、重文の《大日如来坐像》(平安時代・金剛峰寺)や《弘法大師坐像》(室町~桃山時代・同)は熊本市の鶴屋百貨店で開催中の「弘法大師と高野山展」(10月1日~13日)に貸し出し中だし、国宝の運慶作《八大童子像》(鎌倉時代・金剛峰寺)、同じく国宝の《五大力菩薩像》(平安時代・有志八幡講十八箇院蔵)、重文の快慶作《四天王立像》(鎌倉時代・金剛峰寺)、同じく重文の快慶作Dsc03770《孔雀明王坐像》(鎌倉時代・同)などはサントリー美術館で開催される「高野山の名宝」展(10月11日~12月7日)の準備のために出払っている。重宝はもぬけの殻、展示してある画像は劣化が進み真っ黒だし、幾ら目を凝らして見ても何が何だか分からない。これでは2割引きでも引き合わない。40分ほどで切り上げて壇上伽藍へ移動。壇上伽藍では根本大塔と金堂に内拝、拝観料は2割引きの各160円。根本大塔で御本尊の大日如来にお参りし、金堂で御本尊の薬師如来にお参りする。昭和九年(1934)高村光雲作の薬師如来像は秘仏で厨子の中に安置されており、直接は拝めない。不動堂、御影堂を外から眺めてから大門へ。愛宕前バス停から2駅乗って大門着。大門は足場が組まれ現在修復工事中、江戸時代の仏師康意と運長の作という金剛力士像のみ見学する。歩いて千手院バス停に戻り、17:07のバスで高野山駅に下山、17:44の下りケーブルカーに乗る。薄暗くなってきたが関東より日没は大分遅い。極楽橋発17:52に乗り橋本着18:35、急行難波行きに乗り換える。20:30満月が煌々と照らす中、ホテルに戻る。

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大和国一宮 大神神社(桜井市)

Dsc036852014年10月6日(月) 大和国一宮大神(おおみわ)神社は、奈良県桜井市三輪1422番地に鎮座し、主祭神は大物主神(おおものぬしのかみ)。創建年は不詳。当社が、伊勢神宮、出雲大社と並び日本最古の神社の一つと云われる所以は、本殿を持たず御神体の三輪山を遥拝する形式の古い祭祀形態を留める事と、記紀神話に記される創建の由緒から、ヤマト王権創始以前から祀られていたと考えられることなどによる。
近鉄桜井駅から山の辺の道を歩くこと1時間、ようやく大神神社に辿り着く。平成の大造営を終えた社殿は壮麗、檜皮葺きDsc03689が美しく日本三古社にふさわしい佇まいを見せる。拝殿の前に進み出て、奥にある三ッ鳥居を通して三輪山を遥拝し、三輪の神様に家内安全を祈願する。境内には縁結びの夫婦岩や樹齢700年と云われる巳の神杉などがあるが、秋の日は短く早くも黄昏てきたのでパス、JR三輪駅へと急ぐ。大神神社から山の辺の道を5分ほど行けば、三輪山への入山を受け付ける摂社狭井(さい)神社があるが、昨日の台風18号の後遺症で本日の登拝は中止とのこと、山頂往復2時間程度らしいが、果たして次の機会があるかどうか。

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山の辺の道散歩

2014年10月6日(月)  近鉄奈良駅から近鉄線を使い大回りして14:30ようやく桜井駅到着。道標や歩道に埋め込まれたDsc03662標石タイルを頼りに山の辺の道を辿る。暫らくは街歩きが続くが、大和川を渡り「佛教伝来の地」碑の先で車道を横切るといきなり細い小道となり、山の際ぎりぎりを進むようになる。途中、海柘榴市(つばいち)観音に寄り道しお参りする。この辺りは古代から栄えた交易市、大陸の使節も大阪湾から大和川の舟運を利用してこの地まで遡ったとのこと、また、王朝以来長谷寺詣での宿場としても栄えたとのこと、傍らの説明板に佐藤春夫の俳句「海柘榴市の野路に飛び交ふ虫や何」とともに掲げられている。次いで金屋の石仏(国指定重要文化財)にお参りする。Dsc03677コンクリート造の御堂の中に粘板岩に浮き彫りされた二体の石仏が安置されている。貞観時代から鎌倉時代のものとされ、かなり磨滅しているが、右側が釈迦如来、左側が弥勒菩薩と推定されている。片側に疏水の流れる山道を進むと、やがて鬱蒼とした竹林に入り、ひと踏ん張りで三輪山平等寺に着く。三輪不動明王にお参りし、御真言「のーまくさんまんだーばーざらだんせんだーまーかろしゃーだーそわたやうんたらたーかんまん」を三回唱える。成田山新勝寺から頂いた不動明王御真言の御札をいつも財布に忍ばせているので、取り出せばいつでも唱えることが出来る。15:40Dsc03687今日の最大の目的地、大和国一の宮の大神(おおみわ)神社に到着。伊勢神宮、出雲大社と並ぶ古社とされ、三輪山を御神体とする大神神社の社殿は壮麗で、平成の大造営を終えた檜皮葺きが殊の外美しい。ねんごろにお参りし、家内安全を祈願する。JR三輪駅へ歩く途中にある八百屋で名物の富有柿を購入する。今年の初物と云うやや小粒の柿は10個350円と格安、さすがは本場と感激する。次のJR奈良駅行き電車は16:31、万葉まほろば線(JR桜井線)と銘打つだけあって華やかにラッピングされた電車が時々やって来る。中でも万葉四季彩型電車は、車体を春夏Dsc03691_2秋冬の四色に色分けし、その季節にふさわしい歌が書き込まれている。例えば、秋を表す車体には紅葉を散らし、柿本人麻呂の歌「秋山の黄葉(もみじ)を茂み 迷(まと)ひぬる 妹(いも)を求めん 山道(やまぢ)知らずも」(万葉集巻二)が記される。さすがは国のまほろば、床しいものである。17:10ホテルに戻り、寛永堂の十五夜の月と日本茶で一服。その後再びJR奈良駅のみどりの窓口へ行き、企画切符「秋の関西ワンデイパス&高野山チケット」(大人1枚3,600円)を購入、更にマックスバリューで握り寿司やパンを買う。今晩も部屋食、寿司をつまみにIS35缶を飲む。大浴場で汗を流し、今日の日記をつけ始めたものの途中挫折。

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高円山白毫寺(真言律宗)

2014年10月6日(月) 新薬師寺の次は、春日野の名刹、高円山白毫寺(こうえんさん・びゃくごうじ)へ。白毫寺の所在地はImg099奈良市白毫寺町392、若草山、春日山の南に連なる高円山(たかまどやま)の西麓にある。新薬師寺から徒歩25分、長い石段を上り詰め、拝観料400円を納めて境内に入る。当寺の草創については諸説あり定かでないが、鎌倉中期に西大寺で真言律宗をおこした興正菩薩叡尊(1201-1290)が再興したと伝わる。関西花の寺第十八番札所に選ばれており、春には奈良県の天然記念物・五色椿の花が境内を彩り、秋には紅や白の萩の花が参道にこぼれ咲くと言うが、どちらも今は時期外れ、境内にホトトギスとシロバナホトトギスが咲いている。重要文化財の仏像8体を収める宝蔵に上り、御本尊の阿弥陀如来坐像(平安~鎌倉時代)、地蔵菩薩立像(鎌倉時代)、伝・文殊菩薩坐像(平安時代)(写真)、閻魔王坐像(鎌倉時代)、太山王坐像(鎌倉時代)、興正菩薩叡尊坐像(鎌倉時代)、司命半跏像(鎌倉時代)、司録半跏像(鎌倉時代)を拝観する。境内に立つ万葉歌碑は、笠金村(かさのかなむら)作の「高円の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人なしに」。

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日輪山新薬師寺(華厳宗)

2014年10月6日(月) 新薬師寺の所在地は奈良市高畠町1352番地、JR奈良駅前のホテル日航奈良を出発し三条通りを東進、奈良公園や志賀直哉旧居を見学してから訪れる。西国三十三観音霊場巡拝の時はスタンプラリーもどきで慌ただしかったが、それも満願した今はゆったりのんびり、古都の秋をImg096楽しむ。新薬師寺の創建は天平十九年(747)、聖武天皇の病気平癒を祈願してお后の光明皇后によって建てられたもの。大和十三仏霊場七番札所及び西国薬師四十九霊場六番札所にも選ばれている。拝観料600円を納めて本堂内に入ると、円形の土壇の中央に御本尊の薬師如来坐像が鎮座し、周りを十二神将立像が取り囲む。堂内に厳かな雰囲気が漂う。十二神将立像の配置は、薬師如来坐像に向かって右から反時計回りに、伐折羅(ばざら)大将(戌)、頞弥羅(あにら)大将(未)、波夷羅(はいら)大将(辰)、毘羯羅(びぎゃら)大将(子)、摩虎羅(まこら)大将(卯)、宮毘羅(くびら)大将(亥)、招杜羅(しょうとら)大将(丑)、真達羅(しんだら)大将(寅)、珊底羅(さんてら)大将(午)、迷企羅(めいきら)大将(酉)、安底羅(あんてら)大将(申)、因達羅(いんだら)大将(巳)の順。中では戌年生まれの守護神である伐折羅大将(写真)が一番人気とか、嬉しいことである。創建当時の建物として唯一残る本堂、平安時代前期(8世紀)制作の薬師如来坐像、我国最古・天平塑像の代表作の十二神将立像(昭和6年補作の波夷羅大将像を除く)の全てが国宝に指定されている。有難くて円形土檀を回ること数周、御本尊と伐折羅大将像には特に懇ろにお参りする。
境内に歌碑2つ、ひとつは会津八一の「ちかづきて あふぎみれども みほとけの みそなはすとも あらぬさびしさ」、もう一つは月甫の「神将立つ 内陣涼し 薬巌窟」。会津八一にはもう一首、「たびびとに ひらくみだうの しとみより 迷企羅(めきら)がたちに あさひさしたり」と、十二神将を詠んだ歌もある。

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高畑界隈散歩

2014年10月6日(月) 昨日18:00、JR奈良駅前のホテル日航奈良にチェックイン。JTB旅物Dsc03595語の「奈良のんびりステイ3泊4日」コースを利用し、今日は奈良市内の寺社巡り、明日は高野山へ参詣に行くつもり。明け方、猛烈な風雨が窓ガラスを叩いていたが、7:00に起きた時は峠を越える。大型台風18号は950ヘクトパスカルの強い勢力を保ったまま東海地方に接近中、間もなく浜松附近に上陸しそうである。7:30から3階レストランSERINAでビュッフェ方式の朝食、トマトジュース、納豆ご飯と味噌汁、鮭の塩焼き、鯖の塩焼き、さつま揚げ、シュウマイ、フルーツ(オレンジ、グレープフルーツ、パイナップル)、フルーツゼリー(ブドウとオレンジ)、わらび餅、コーヒーと、ひと通りDsc03600飲み且つ食べる。食事を終えて部屋に戻ると雨は上がり、青空が覗く。9:00出発、三条通りを東へ真っ直ぐ歩く。奈良国立博物館は月曜日で休館、素通りして高畑方面へ。奈良公園を歩き、丸窓亭、鷺池と浮見堂、洞水門(水琴窟)など見物してから滋賀直哉旧居到着。入館料350円を支払い家屋敷を見学する。直哉が自ら設計したという建物は今風にいえば16DK、443㎡(134坪)と広大で、茶室など数寄屋造りを基調にしてはいるが、洋風の書斎や広いサンルーム兼娯楽室もあり、暮らしやすそうな間取りである。昭和4年(1929)から東京へ転居するまでの10年間を暮らし、白樺Dsc03610派の一大サロンとして機能していたらしい。現在は学校法人奈良学園のセミナーハウスとして復元保存されている。それはともかく、滋賀直哉は宮城県牡鹿郡石巻町(現石巻市)の生れと知って吃驚、しかも学習院の初・中・高等科卒、更に手賀沼畔の弁天山(現我孫子市緑2-7)に大正四年(1915)から十二年(1923)までの8年間住んでいたとあって、ぐっと親しみがわく。柏に帰ったら「暗夜行路」や「城の崎にて」など代表作を読み返し、手賀沼畔の旧居跡にも行ってみよう。次は新薬師寺へ。一帯は静かで風情のある屋敷町、仏都らしく街路樹が菩提樹、民家の屋敷内には柿の木や芙蓉、サルDsc03612スベリが多く植えられている。新薬師寺の拝観料は600円、主な建物は本堂一棟のみでこじんまりした寺であるが、奈良時代建立の本堂自体と内部に安置されている御本尊の薬師如来坐像、その周りの十二神将像がすべて国宝、そして地蔵堂、鐘楼、梵鐘、南門、東門は重要文化財に指定されている。まるで文化財の塊のようなお寺さんである。堂内の写真撮影は禁止、御本尊の前で御真言「おんころころせんだりまとうぎそわか」を3回唱える。十二神将像中の一番人気は髪を逆立てて怒号する姿の伐折羅(ばざら)大将、戌年守護神で本地は勢至Dsc03630菩薩、懇ろにお参りする。庫裡へ回り、伐折羅像の造像時の極彩色を復元したビデオを観てから白毫寺(びゃくごうじ)へ。萩の覆いかぶさる長い石段を上り詰め、拝観料400円を納めて境内に入る。県天然記念物、樹齢450年の「五色の椿」や樹齢150年の「白毫寺椿」などツバキの大樹があり、ホトトギスとシロバナホトトギスの花が咲いている。鎌倉時代作の不動明王石仏の前で御真言「のーまくさんまんだーばーざらだんせんだーまーかろしゃーだーそわたやうんたらたーかんまん」を3回唱え、石仏の道を歩いて宝蔵へ。宝蔵の中に安置されている八体の仏像は全て重要文化財、中央にDsc03649阿弥陀如来坐像、向かって右側に伝・文殊菩薩坐像、興正菩薩叡尊坐像、太山王坐像、向かって左側に地蔵菩薩立像、司録半跏像、閻魔王坐像、司命半跏像が居並ぶ。冥界のみほとけたちの出迎えを受け畏まる。そこも写真撮影は禁止。本堂に上り、阿弥陀三尊像と聖徳太子二歳像にもお参りし、境内のベンチに座ってお昼を食べる。他にお参りする人はなく寺内は静謐、奈良市街と生駒山が一望できる。白毫寺からの下山途中に宝蔵院流槍術の祖・覚禅房胤栄のお墓も見学、奈良教育大前の高畑町バス停からバスに乗り近鉄奈良駅へ出る。

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純米酒 越乃景虎

Dsc035792014年10月3日(金) 純米酒・越乃景虎、娘夫婦の引っ越しの手伝いに行ったとき御礼としてもらったもの。平成23年10月製造とあるので3年物、日本酒の賞味期限は記載されていないようですが・・、美味しく飲める期間はどれくらい?。古くなって褐変反応が進んだ結果、少し黄色く色が付いていますが、問題なく飲めます。常温(但し氷を浮かべるので冷や?)で飲んでいますが、すっきりした味わいで飲み心地、酔い心地とも良好です。アルコール分15度以上16度未満、原材料は米と米麹、精米歩合は65%とあり、製造元は長岡市の諸橋酒造株式会社であります。

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