« 純米酒 越乃景虎 | トップページ | 日輪山新薬師寺(華厳宗) »

高畑界隈散歩

2014年10月6日(月) 昨日18:00、JR奈良駅前のホテル日航奈良にチェックイン。JTB旅物Dsc03595語の「奈良のんびりステイ3泊4日」コースを利用し、今日は奈良市内の寺社巡り、明日は高野山へ参詣に行くつもり。明け方、猛烈な風雨が窓ガラスを叩いていたが、7:00に起きた時は峠を越える。大型台風18号は950ヘクトパスカルの強い勢力を保ったまま東海地方に接近中、間もなく浜松附近に上陸しそうである。7:30から3階レストランSERINAでビュッフェ方式の朝食、トマトジュース、納豆ご飯と味噌汁、鮭の塩焼き、鯖の塩焼き、さつま揚げ、シュウマイ、フルーツ(オレンジ、グレープフルーツ、パイナップル)、フルーツゼリー(ブドウとオレンジ)、わらび餅、コーヒーと、ひと通りDsc03600飲み且つ食べる。食事を終えて部屋に戻ると雨は上がり、青空が覗く。9:00出発、三条通りを東へ真っ直ぐ歩く。奈良国立博物館は月曜日で休館、素通りして高畑方面へ。奈良公園を歩き、丸窓亭、鷺池と浮見堂、洞水門(水琴窟)など見物してから滋賀直哉旧居到着。入館料350円を支払い家屋敷を見学する。直哉が自ら設計したという建物は今風にいえば16DK、443㎡(134坪)と広大で、茶室など数寄屋造りを基調にしてはいるが、洋風の書斎や広いサンルーム兼娯楽室もあり、暮らしやすそうな間取りである。昭和4年(1929)から東京へ転居するまでの10年間を暮らし、白樺Dsc03610派の一大サロンとして機能していたらしい。現在は学校法人奈良学園のセミナーハウスとして復元保存されている。それはともかく、滋賀直哉は宮城県牡鹿郡石巻町(現石巻市)の生れと知って吃驚、しかも学習院の初・中・高等科卒、更に手賀沼畔の弁天山(現我孫子市緑2-7)に大正四年(1915)から十二年(1923)までの8年間住んでいたとあって、ぐっと親しみがわく。柏に帰ったら「暗夜行路」や「城の崎にて」など代表作を読み返し、手賀沼畔の旧居跡にも行ってみよう。次は新薬師寺へ。一帯は静かで風情のある屋敷町、仏都らしく街路樹が菩提樹、民家の屋敷内には柿の木や芙蓉、サルDsc03612スベリが多く植えられている。新薬師寺の拝観料は600円、主な建物は本堂一棟のみでこじんまりした寺であるが、奈良時代建立の本堂自体と内部に安置されている御本尊の薬師如来坐像、その周りの十二神将像がすべて国宝、そして地蔵堂、鐘楼、梵鐘、南門、東門は重要文化財に指定されている。まるで文化財の塊のようなお寺さんである。堂内の写真撮影は禁止、御本尊の前で御真言「おんころころせんだりまとうぎそわか」を3回唱える。十二神将像中の一番人気は髪を逆立てて怒号する姿の伐折羅(ばざら)大将、戌年守護神で本地は勢至Dsc03630菩薩、懇ろにお参りする。庫裡へ回り、伐折羅像の造像時の極彩色を復元したビデオを観てから白毫寺(びゃくごうじ)へ。萩の覆いかぶさる長い石段を上り詰め、拝観料400円を納めて境内に入る。県天然記念物、樹齢450年の「五色の椿」や樹齢150年の「白毫寺椿」などツバキの大樹があり、ホトトギスとシロバナホトトギスの花が咲いている。鎌倉時代作の不動明王石仏の前で御真言「のーまくさんまんだーばーざらだんせんだーまーかろしゃーだーそわたやうんたらたーかんまん」を3回唱え、石仏の道を歩いて宝蔵へ。宝蔵の中に安置されている八体の仏像は全て重要文化財、中央にDsc03649阿弥陀如来坐像、向かって右側に伝・文殊菩薩坐像、興正菩薩叡尊坐像、太山王坐像、向かって左側に地蔵菩薩立像、司録半跏像、閻魔王坐像、司命半跏像が居並ぶ。冥界のみほとけたちの出迎えを受け畏まる。そこも写真撮影は禁止。本堂に上り、阿弥陀三尊像と聖徳太子二歳像にもお参りし、境内のベンチに座ってお昼を食べる。他にお参りする人はなく寺内は静謐、奈良市街と生駒山が一望できる。白毫寺からの下山途中に宝蔵院流槍術の祖・覚禅房胤栄のお墓も見学、奈良教育大前の高畑町バス停からバスに乗り近鉄奈良駅へ出る。

|

« 純米酒 越乃景虎 | トップページ | 日輪山新薬師寺(華厳宗) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 純米酒 越乃景虎 | トップページ | 日輪山新薬師寺(華厳宗) »