« 定点観察・増尾城址公園(柏市) | トップページ | 豊川稲荷東京別院(曹洞宗) »

志賀直哉邸跡(我孫子市)

Dsc039012014年10月16日(木) 午後、我孫子市の志賀直哉邸跡へ。先日の奈良旅行の折りに高畑にある志賀直哉旧居を訪れたが、志賀直哉の旧居跡が隣の我孫子市にある事を知る。目印の我孫子市白樺文学館(緑2丁目7番地)をカーナビ目的地に設定しハスラーを走らせる。目的地に近づくと、辺りは軽自動車が入ることさえ躊躇われるほど道が狭く且つ入り組んでおり途中でお手上げ、広い所に路駐して人に聞き聞き漸く探し当てる。現在我孫子市が所有する旧居跡は、四阿がある公園「緑雁明緑地」として整備され、東側に復元された書斎(14.5㎡)が建つ。台地の先端の裾回り(崖下)、手賀沼の湖畔に近い場所である。今からちょうどDsc03900100年前の大正四年(1915)、友人の柳宗悦(やなぎむねよし)の薦めで此の地に移住し、大正十二年(1923)に京都へ移転するまでの8年間を過ごしている。その間、「和解」(1917)、「城の崎にて」(1917)、「小僧の神様」(1920)、「暗夜行路」(1921-1937)の前編と後編の大部分と、代表作を次々に発表している。志賀直哉が最も輝いていたのは我孫子時代と言える。母屋跡は石敷きの基壇になっているが、直哉直筆の間取り図も残っている様だし、我孫子市の財政事情が許すならば是非復元してもらいたいもの、白樺文学館との相乗効果が一層高まり、奈良市高畑の志賀直哉旧居に引けを取らなDsc03908_2い名所になると思われる。今でも「小説の神様」志賀直哉の人気は根強く、このままでは勿体ない。湖畔のリゾート地であった我孫子には、同時期だけでも、白樺派の柳宗悦、武者小路実篤、陶芸家のバーナード・リーチ、直哉を師と仰ぐ瀧井孝作、瀧井の友人中勘助らが集住している。我孫子市は文化の香りが高い。書斎の裏手に、「二階屋」と呼んでいた崖の上の離れへ続いていたと思われる石段があり、上ってはみたが行き止まり。白樺文学館の入館料は300円、今回はパス、又来よう。

|

« 定点観察・増尾城址公園(柏市) | トップページ | 豊川稲荷東京別院(曹洞宗) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 定点観察・増尾城址公園(柏市) | トップページ | 豊川稲荷東京別院(曹洞宗) »