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美しき久米島三日間

2015年1月15日(木) 今日からJTB主催の「美しき久米島3日間」コースに参加し避寒旅行、4:20起床。コーヒーを飲んで目をさまし5:30出発。リュックを背負い歩いて南柏駅へ。6:05の電車に乗り、西日暮里、浜松町乗り換え、7:40羽田空港第一旅客ターミナル2F出発ロビー到着。受付を済ませ、保安検査を終えて11番搭乗口へ。搭乗開始までの間に、ハムサンドイッDsc05801チとみかんの朝食。8:30 JAL905便那覇行きに搭乗、機種はB777-300、3-4-3席の並び、27G・F席に座る。沖縄へ修学旅行に行く千葉県立沼南高柳高校と上総高校の生徒諸君と相乗り、さしもの大型機も略満席になる。8:55離陸、外は雨が降り始める。機内の暇潰しはトーマス・マン著「魔の山」の読書。11:37那覇空港着陸、現地添乗員M氏の出迎えを受ける。21番搭乗口へ移動し、JTA211便久米島行きに乗り継ぐ。12:10搭乗、機種はB737-400、3-3席並び、通路を挟み隣り合わせの13Cと13H席に座る。非常口座席なので足元が広い。12:30離陸、飛び上がったと思ったら降下を開始し僅か20分で久米島空港着陸。久米島は面積59平方キロメートル、人口8,900人の沖縄県内では5番目に大きな島である。Dsc05803_2外気温は20℃くらいか、湿気は感じるが快適、暖かい。13:10観光バス久米島株式会社のバスに乗り込む。一行39名、バスガイドはSさん、20年前に愛知県から久米島にお嫁に来た人である。最初は島内屈指のパワースポットと云われるミーフガー(女岩)へ。中央に空洞があり、子宝に恵まれない女性が拝むと御利益があると云われる海蝕崖である。今日は低気圧の余波で非常に風が強く、従って波が荒い。傍にある軍艦島を大波が時々乗り越えるほど、危なくて海辺に近づけない。辺りはテッポウユリ(花期は3、4月)の自生地、薬草の長命草(ボタンボウフウ)も採取できるらしく、探してはみたがモクビャッコウ以外見当たらない。二箇所目は久米総合株式会社が経営するクルマエビの養殖場、島内に4カ所あるうちのひとつである。久米島のクルマエビ生産量は日本一、こDsc05826こも六面の養殖池を持ち、広さは合せて6万6千平方メートルもある。屋上から広大な養殖池を見学し、職人技によるサイズ選別作業を見学してから、ひとり1尾の茹でエビの試食、新鮮なだけに甘みが乗っていて美味しい。三カ所目は国指定史跡の具志川城跡、15世紀初めに真達勃期(まだふつ)按司が築城したと伝わる琉球王朝の城址は、ミーフガー近くの海に面した石灰岩丘陵上にあり、野面(のづら)積みの曲線を持つ石垣が残る。主郭に上ると、スミレやタンポポなどが咲いている。倒木に背着性の硬質菌(ミナミレンガタケ?)を見つける。四カ所目はおばけ坂、下っているように見える上り坂であるがどうということはない。これが観光名所?、何もない島である。それよりおばけ坂のDsc05849先に咲く八重のハイビスカスの生垣の方がよっぽど珍しいかも、やれやれ。五ヵ所目は国指定重要文化財の上江洲家(うえずけ)、琉球王朝時代の士族の家で、1750年頃建てられ、当時の面影を色濃く残している。母屋、米蔵、豚便所(フール)など興味深く拝見する。説明してくれた十六代目当主の奥様の話によると、母屋には、一番座、二番座、裏座、板間、台所があり、座敷は9畳と4畳、九と四は現代の日本では忌み数であるが中国では吉数?らしく、琉球王国が中国の文化圏にあったことが分かる。豚便所は人間様の排泄物を豚に食べさせる仕組み、完全リサイクルである。沖縄で豚肉を食べるには勇気が要る?。長年南国の陽光と潮風に曝されて、白く磨かれた軒柱等が歴史の重みDsc05883を感じさせ、屋敷を取り巻く石牆(石垣)も緻密で見事であるが、何と言っても防風(&防潮・防火)のために植えられたフクギ(福木)の屋敷林は圧巻で見応えがある。最後の六カ所目は国指定天然記念物の五枝の松(ごえのまつ)、樹齢250年とされるリュウキュウマツの大樹は高さ6m、幹周4m、くねるように、のたうつ様に大枝が地面を這い、その姿は巨龍か大蛇を思わせる。沖縄県にある2大琉球松のうちの1本とのこと、横溢する生命力は素晴らしい。16:40今宵の宿、久米島イーフビーチホテルにチェックイン、日本の渚100選に選ばれた真っ白なイーフ(家福)ビーチが目の前に広がる。

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