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徳蔵大師(城里町)

2015年3月6日(金) 今日は、先週登った鶏足山に近い、同じく弘法大師伝説を秘める旧七会村(現城里町)の八瓶山(やつがめさん)に登ってきたが、登る前に南山麓にある徳蔵寺に参詣。徳蔵寺は弘法大師霊Dsc07638場徳蔵(とくら)大師として崇敬される古刹、家内の実家の宗旨が真言宗ということもあり懇ろにお参りする。縁起には「當山は引布山金剛光院徳蔵寺(いんぷさんこんごうこういんとくぞうじ)と称し大日如来を御本尊とする真言宗智山派に属し、京都智積院を総本山とする末寺なり、弘仁年間(810-823)弘法大師親しく密法を宇内に弘めんと欲し山頂に八瓶(やつがめ)を設け雨を祈る。修法未だ了らざるに山上より白雲起こり布を舒るが如し、故に山を引布と名づく。爾来高僧弁海上人今を去る約八百年前、この八瓶山麓に七堂伽藍を建て諸仏及び師(弘法大師)の像を勧請し開山せり、山寺日に新たに月に盛んに衆徒三百余宇(三百坊)に至り常時修行に励み宗教、教育、文化の中心として栄えたり、過ぎて元久二年(1205)笠間三白(佐白、正福寺)と遺恨あり、法敵にして相争い法戦を重Dsc07664ね、而して三白の衆徒(百坊)援兵を宇都宮(藤原時朝)に乞い、徳蔵寺伽藍兵燹(へいせん)に罹る、幸にして諸仏灰燼の余に存す、後に僅かに堂を構え、之を護って已み、大永二年(1522)空法上人来って再び徳蔵寺を興す、慶安中(1648-1652)五石の朱印を賜う。四千坪の広い寺域には本堂、大師堂、観音堂の諸堂を配し當山は弘法大師霊場、徳蔵大師として今に伝え、仏心篤き檀徒をして伽藍復興の一途を辿り昔日の威容を具現し興隆に歩を進めんとす、 平成六年八月吉日 徳蔵寺第八十九世 岸野教譽」とある。観音堂で般若心経を、大師堂では南無大師遍照金剛を三回唱える。観音堂前に「観音堂改築資金 一金参拾萬圓也 昭和五十三年一月一日 千葉市 小島信子殿」の寄進碑が建つが、七会村出身の檀家さんでもあろうか。

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