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玉ねぎ苗補植

Pa3100022015年10月31日(土) 10月20日に苗床からマルチフィルムを張った畝に移植した玉ねぎの苗100本のうち、約3割がその後の強風や干天の為枯れてしまったので、再び苗床から補植。10月10日に種蒔きした第2陣の苗も育っており、もう一畝100本程度の苗を植え付けるつもり。それでも冬季凍上(霜柱)による損耗もあるので、来春の玉ねぎの収穫はせいぜい150個くらいか。種は泉州中高黄(せんしゅうちゅうこうき)、中晩生の定番の人気品種、株式会社サカタのタネの商材、生産地は何と南アフリカ!。

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定点観察・横芝海浜の森(横芝光町)

2015年10月30日(金) 栗山川漁港へ釣りに行ったが全く当りが無く釣果ゼロ(いわゆる坊主!)、退屈なので横芝海浜の森を覗き、3年ぶりのきのこ探し。東日本大震災で津波に襲わPa300011れ、隣接する蓮沼海浜公園の松林は殆どが立ち枯れて消滅してしまったが、横芝海浜の森にはクロマツが生き残っている。丁寧に探してみたがアンズタケ(写真上)とチチアワタケしか見つからない。きのこ狩りの人も皆無、誰も入っていない。と思ったら、地元のきのこ狩りの御夫婦と出逢い、覗かせてもらった籠の中には何とハツタケ(写真下)が5、6本入っている。津波のダメージから回復したのか、去年ぐらいからぼちぼちアミタケやハツタケが採れるようになった由、但しキンタケ(シモコシ)は今の所全く駄目らしい。来年からこの場所できのこ狩りが再開できそう、楽しみ楽しみ。

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天然ナメコとムキタケ

2015年10月29日(木) 今年の6月、翁山に於ける偶然の出逢いから知人となったKさんから電話があり、尾花沢市の友達から天然ナメコとムキタケが届いたとのこと、一部を分けてもらえることになり、光が丘の近隣センターで待ち合わせ、受け取りに行く。大ぶりのナメコとムキタケは今年の初物らしく、今後第二弾、第三弾も期待できる由、いやはや有難い。ナメコは酒と醤油で煮て大根おろし和えに、ムキタケは再び鍋物にして食べるつもり、Kさまいつも御馳走様、ありがとうございます。
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カリン飴

Pa2800012015年10月28日(水) 昨日はカリン飴作りに従事(レシピは本ブログ2014年9月11日の記事と同じ)。今年は菜園のカリンが大不作で1個も採れず困っていたが、先日紅葉狩りに行った西沢渓谷入り口の蒟蒻館に、「ご自由にお持ち帰りください」の張り紙とともに大きなカリンが沢山入ったダンボール箱が置かれていたので、有難く2個頂戴し、持ち帰る。丸一日かかってジャム瓶3個分の出来上がり、これで我が家の冬支度ひとつ完了。

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VINHAS DO OCIDENTE 2011

Pa2000042015年10月27日(火) VINHAS DO OCIDENTE(西のブドウ園?)は、高島屋柏店の特売で6本まとめ買いしたポルトガルワインのうちの1本。2012年にポルトガルを旅行した際、世界遺産「ポルトの歴史地区」でワインを試飲して以来、ポルトガル産ワインが好きになりました。赤ワインVINHAS DO OCIDENTEのアルコール分は13.5%。生産者は、先に飲んだMONTE DOS AMIGOSと同じくカーサ・アグリコラ・アレクシャンドレ・レウヴァス社(Casa Agricola Alexandre Relvas)、使用ブドウ品種はトゥリガ・ナシオナール(Touriga Nacional)、アリカント・ブーシェ(Alicante Bouschet)、シラー(Syrah)。輸入元はロイヤルリカー株式会社(東京都渋谷区広尾5-25-6)。amazonでは750ミリリットル瓶1本が1,296円で販売されています。飲み心地はまずまず、ミディアムボディ&フルーティー。

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ムキタケ鍋

Pa2600092015年10月26日(月) 今朝は今秋一番の冷え込み、鍋料理の美味しい季節になったので、先日西沢渓谷で採取してきたムキタケを入れた野菜鍋を作る。有毒のツキヨタケと間違えては大変なので、一枚一枚慎重にチェック、ひだが密であることと、基部に黒いシミが無いことを確かめる。全部OK、出来上がった鍋は上々の味、肉厚のムキタケがするりと喉を通り、冷えた身体が温まる。

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菜園の恵み(139) サトイモ

Pa2500032015年10月25日(日) サトイモが今年は大豊作、2畝あるうちの片方16株を漸く掘り上げたが、ここまでの収穫量は24.1㎏。近所や知人に大分お裾分けしたが、まだ家中にごろごろ。里芋掘りは重労働でへとへと、残るひと畝16株は後回し、気力回復次第。

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甲州百目柿

2015年10月25日(日) 西沢渓谷入り口にある全国蒟蒻館で駐車料金代わりに買い求めたのは大型渋柿の甲州百目柿、1袋8個500円を2袋。百目柿の名前は1個の重さが百匁(365g)もあることに由来するらしいが、16個の総重量が4.44㎏なので1個平均277g。それでも一番大きなものは350gありました。今日は朝からせっせと皮むき、昨夜木枯らし1号が吹いたので干し柿作りには好季節、上手く出来上がると良いのですが・・。柿の皮も乾して沢庵漬けに。
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西沢渓谷で出逢ったきのこ

Pa2300732015年10月24日(土) 昨日の西沢渓谷周回で出逢ったきのこは、アラゲカワラタケ、オシロイシメジ、オツネンタケモドキ、チリメンタケ、ツガサルノコシカケ、ニガクリタケ、ムキタケ(写真)の7種類、渓谷は湿っていたが意外にきのこの姿は少なく、期待外れ。ムキタケは出始めの幼菌で小さいが、鍋の具材に採集して持ち帰る。

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西沢渓谷探勝

Pa2300702015年10月23日(金) 今日は家人を伴い、奥秩父笛吹川上流の西沢渓谷を歩いてきました。40数年ぶり二度目の訪問です。渓谷入り口の蒟蒻館駐車場からスタートし、西沢山荘→七ツ釜五段滝(写真)→不動滝→西沢渓谷終点休憩所→三塩軌道跡→ネトリ大橋→駐車地の周回コースを歩くこと約5時間、渓谷を彩る紅葉と、滝、釜、ナメ、トロが連続する変化に富んだ景色、エメラルドグリーンの水の色をたっぷり楽しんできました。(詳しくは、姉妹ブログ「自惚れ山人ノオト」の「561. 西沢渓谷」をご覧ください) 

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道後ビール4種

Pa2000012015年10月22日(木) 四国八十八カ所霊場巡拝第二回、3泊4日の旅から戻った家人の今回のお土産は、帰りの飛行機に乗った松山空港の売店で購入したという道後ビールが4本、330ミリリットル入り小瓶のスタウトタイプ、ケルシュタイプ、ヴァイツェン、アルトタイプの4種類あり、いずれもドイツタイプの麦芽100%上面発酵ビール。製造元は水口酒造株式会社(愛媛県松山市道後喜多町3-23、☎089-924-6616)、1895年創業の老舗で、代表銘柄の「にきたつ大吟醸酒」が全国新酒鑑評会で何度も金賞を受賞するなど、その発酵技術は折り紙つき、果たして麦酒の出来や如何。

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定点観察・船橋県民の森(船橋市)

Pa2100402015年10月21日(水) 午後から船橋県民の森及び隣接する船橋市青少年キャンプ場できのこ観察。林の中はカラカラに乾いており、骨折り損のくたびれもうけ。まあ今季初のムラサキシメジ(写真)に出逢えたことで良しとする。
《観察種》
1.アセタケ属、2.イタチタケ、3.イッポンシメジ属、4.ウスヒラタケ、5.ウラベニガサ、6.オシロイタケ、7.カイガラタケ、8.カワラタケ、9.スギエダタケ、10.チャウロコタケ、11.チャカイガラタケ、12.チリメンタケ、13.ツヤウチワタケ、14.ニガクリタケ、15.ハナビラニカワタケ、16.ヒビワレシロハツ、17.ヒメシロアミタケ?、18.フウセンタケ属、19.ムラサキシメジ

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大根順調

Pa2000132015年10月20日(火) 9月12日に種蒔きした大根が菜園で順調に育っている。約100本。今年は沢庵漬けを本格的に作るつもり、そのため自前で取った種の使用は止め、株式会社サカタのタネの「青首宮重長太大根」の種を蒔いて育てている。肉質良く漬物・煮物に好適なそうな。もう青首が土から抜け出たものもあり、あとひと月もすれば収穫時期を迎える。そろそろ、隠し味のミカンの皮と柿の皮を乾燥させねばならぬ。又、鷹の爪、柚子、昆布、ザラメ、米ぬかなども調達せねばならぬ。

 

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ぺちょら漬け

Pa2000012015年10月19日(月) 午後、尾花沢出身のきのこ採り&山菜取りの名人Kさんを誘って手賀の丘公園できのこ狩り、件のシロで目出度くウスヒラタケをレジ袋半杯ほどゲットし、大いに喜んでもらう。その御礼にと頂いたのが山形名物の「ぺちょら漬け」200グラム入り3袋、ナスの漬物で何回も漬け替えるところから「まめ漬け」とも言われる。発祥は大石田町らしいが、頂戴品は尾花沢市五十沢1468-24のさいとう農園(☎0273-23-2921)製、原材料はナス・赤唐辛子・塩・調味料・酸味料とシンプル。早速、夕飯時に1袋を開けると飴色をしている。刻んで試食してみると、ピリ辛で、酸っぱくて、一種古漬けの様な懐かしい味がする。お酒の供に良く、今宵はワインが進む。

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菜園の恵み(138) ヤマノイモ

Pa1800022015年10月18日(日) 矩形自然薯の掘り取りが昨日で全て完了。今季累計の収穫量は8.8キログラム。畝がカリンやネズミモチの木立の陰になる場所にあるせいか、大物は少ない。跡地は直ちに耕起し、米ぬか、鶏糞、苦土石灰を施肥。一、二週間後、肥料が少し馴染んだところで、取り貯めておいた小さい芋や零余子(むかご)を30㎝間隔に埋め込み支柱も立てる積り、連作になるけれど、場所がないので仕方がない。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Pa1700152015年10月17日(土) 朝晩めっきり涼しくなったので、そろそろハタケシメジが出ているかもと増尾城址公園へ。今晩の豚汁に入れる具材のきのこ探し。結果は空振り、まだ時期尚早、それでもエノキタケ(写真)を見つけ有難く採集する。このところ何回か降雨があったのにきのこの姿は少ない。見つけたのは、ウスキモミウラモドキ、エノキタケ、エリマキツチグリ、コテングタケモドキ、シロトマヤタケモドキ、スギエダタケ、ドウシンタケ、ニオイキシメジ、ヒビワレシロハツ、ヒメワカフサタケの10種類。ナラタケやハタケシメジはもう少し先。

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MONTE DOS AMIGOS 2011

Dsc042782015年10月16日(金) ポルトガル産の赤ワイン、MONTE DOS AMIGOS 2011、高島屋柏店の特売で購入しました。アマゾンでは750ミリリットル瓶1本が1,296円。ぶどう品種はアラゴネス(ARAGONEZ)、トウリガ・ナシオナール(TOURIGA NACIONAL)、シラー(SYRAH)の3種類、生産者はカーサ・アグリコラ・アレクシャンドレ・レウヴァス社(CASA AGRICOLA ALEXANDRE RELVAS)。アルコール分13.5%、ミディアムボディで渋味・酸味は少なく、フルーティーで軽快、すいすいと飲むうち、たちまち空になりました。

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黒木秀一著「宮崎のきのこ」

Img1302015年10月13日(火) 旅行前にアマゾンに発注しておいた標記図書が届く。いわゆる地方きのこ図鑑のジャンルに入る本であるが、なかなかユニーク。まず発生する場所により、人里20種、照葉樹林(里山)46種、照葉樹林(山地)34種、針葉樹林19種、ブナ林7種、海岸部5種に分類、合計131種を取り上げ、その一々について宮崎県内各地の古老を訪ね、呼称(地方名)、用途、可食菌なら調理方法や保存方法までも、聞き取り内容を逐一丁寧に書き留めている。単なる無味乾燥な図鑑に非ず、まるできのこの民族誌、読んで楽しい本である。
また図鑑としても、柏近辺では見られないイカタケ、ハマクサギタマゴタケ(仮称)、スズメタケ、ヒダウロコタケ、コマタケ、トライグチ、シイノトモシビタケ、アミヒカリタケ、アラゲカワウソタケ、メシマコブ、オオタマバリタケ、キリノミタケ、ヒュウガサラタケ、シロコップタケ、ハマキタケ、エナシラッシタケ、ヤコウタケ、シママンネンタケなど珍しい菌への言及もあり、勉強になる。特に、珍菌中の珍菌とされるキリノミタケについては、全245頁中11頁を割いて詳述し、宮崎県(西日本各地)の照葉樹林とテキサス州の河畔林(シダーエルム:ニレの仲間)に隔離分布していること、それを確かめにわざわざダラスとサンアントニオに足を運んだことなど、著者の情熱に敬服する。

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菜園の恵み(137) あずま金町かぶ

Pa1200052015年10月12日(月) コーカサス三国旅行の疲れが出たのか、それとも雨中のきのこ観察会が祟ったか、昨晩から鼻水がずるずる、体調がよろしくない。それでも畑へ生ごみ処理に行き、カブとインゲンを収穫して戻る。カブは、株式会社トーホクが販売するあずま金町かぶの種子を9月1日に蒔いたもの、春にも蒔いたが、その時の残り種、そのせいか出芽率が今一。3日に一度位5、6本づつ収穫し汁の実に、暫らく楽しめそう。

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高瀧神社(市原市)

2015年10月11日(日) 高瀧神社の所在地は、千葉県市原市高瀧1番地、高瀧ダム湖畔の丘上に鎮座する。祭神は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、玉依姫尊(たまよりひめのみこと)、別雷尊(わけいかづちのみこと)Pa110020の三神。創建年代は不詳であるが、日本三代実録(延喜元年(901)成立)に「貞観十年(868)九月十七日上総国正六位上高瀧神従五位下・・」と記されており、古い時代から祀られていた事は確実である。平安時代末頃、京都の上賀茂社・下鴨社から分霊を勧請し、以降賀茂明神と称していたが、明治十一年(1880)現社名に改めている。享保十二年(1727)再建の社殿と文化九年(1812)再建の末社社殿は市原市指定文化財、高瀧神社の森は千葉県指定天然記念物である。御神木は樹齢二百年の梛(ナギ)の木。
市原市民の森で開催された千葉菌類談話会の第75回観察会の帰りに立ち寄り参詣する。鄙には似合わぬ豪壮な社殿である。境内では、今月17、18日に開催される秋季例大祭の準備作業中、邪魔をしては申し訳ないので、拝殿にお参りしただけで早々に退出。

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千葉菌類談話会第75回観察会(市原市民の森)

Pa110005_22015年10月11日(日) 大雨、7:40出発、一般道を走る。千葉、市原市内経由、約80㎞を走り、9:55小湊鉄道月崎駅近くの市原市民の森駐車場に到着。受付を済ませ39番の腕章をもらう。こんな天気でも参加者は50名余、幸い雨が上がる。吉田副会長の御挨拶と諸注意事項を謹聴し、集合写真撮影後、各自思い思いのコースに散開、2時間半の観察・採集会が始まる。自分はいつもと逆コースで、紅葉谷コースから万田野林道へ上がり、尾根コースを下って管理棟に戻る。もみじ谷でウラベニガサ、チシオタケ、ナラタケの仲Pa110007間(写真上)、ハタケシメジ(写真下)を見つけたものの、後はさっぱり。昨日まで雨の降らない日が続いたらしく、尾根上にはきのこのきの字もない。車の中で昼食を済ませ鑑定会場へ行くと、やはり今日は大不作、いつもの年に較べ10分の1も取れていない。可食菌は、まずまずの収穫のナラタケとハタケシメジを除けば、ウスヒラタケ10枚、ウラベニホテイシメジ7本、タマゴタケ1本、バカマツタケ2本と淋しい。14時鑑定会を中座、高瀧神社に寄り道し、市原、千葉、船橋、鎌ヶ谷経由、16:55帰宅。

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菜園の恵み(136) コマツナ

Pa0908342015年10月9日(金) 昨日、コーカサス三国の旅から無事帰国。10日ぶりに畑へ行き、大根の疎抜きと土寄せ、玉ねぎ植え付け予定畝の再起耕と米ヌカ施肥、強風で傷んだ里芋茎の刈込など行う。玉ねぎ苗に灌水し、やや伸び過ぎのコマツナとインゲンを少々収穫。洗濯、スーツケースとリュック干し、溜まっていたメールや手紙・葉書の処理、図書館への本の返却、金策など大忙し。 

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アルメニアのビール

Pa060500アルメニアで飲んだビールは2種類、キルキア(KILKIA)とコタイク(KOTAYK)。キルキアは、1952年創業、首都エレバンにある総合飲料メーカーBEER OF YEREVAN CJSC社の製品、原麦汁濃度12.5%、アルコール分4.8%、原材料は麦芽とホップのピルスナータイプのビールである。ハフパト修道院近くのレストラン(500ミリリットル瓶、2$=240円)、宿泊ホテルのレストラン(350ミリリットル小瓶、500ドラム=125円)、グルジアとの国境近くのレストラン(500ミリリットル瓶、700ドラム=175円)と3回飲む機会があり、少し日光臭が感じられるもののまずまず、充分飲める。評価は☆☆★。
もうひとつのコタイクは、Kotayk_pa0606451974年創業、エレヴァンの北東16㎞、コタイク県ABOVYAN市にあるKOTAYK BREWERY社の製品、原麦汁濃度12.0%アルコール分4.5%、原材料は麦芽とホップのピルスナータイプビール。ガルニ村の農家風レストランの昼食時に、クルミとリンゴの樹の下のオープンテラスで、ニジマスのグリルを肴に飲んだせいでなかなか美味い。評価は☆☆☆。アルメニアもグルジア同様ワインが美味しい国、発酵技術が優れているので、当然ビールもおいしい。

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グルジアのビール

グルジアを代表するビール銘柄はナタフタリ(NATAKHTARI)、今回の旅行ではトビリシ市内のレストランで生ビール400ミリリットルと、アナヌリ教会近くのレストランで瓶ビール500ミリリットルとを飲みました。価格は前者が2.5ラリ(125円)、後者が4ラリ(200円)、グルジアは物価が凄く安い。アルコール分5%で原材料は麦芽とホップ、いわゆる麦芽100%のピルスナータイプビール。すっきりして飲みやすい。WEITERTRINKEN性もあり評価は☆☆☆、ワインの美味い国はビールもおいしい。製造元は、首都トビリシの北20㎞、ムッヘタ市(MTSKHETA)ナタフタリ地区にあるNATAKHTARI BREWERY(Efes)、1991年創業、年間製造量10万キロリットルはグルジア一。
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アゼルバイジャンのビール

Pa020083アゼルバイジャンを代表するビールの銘柄フィルダレン(XYRDALAN)、アルコール分4.8%、原材料は大麦麦芽とホップ、ピルスナータイプの麦芽100%ビールである。風味に癖は無く、向飲性もあり、評価は☆☆★。仕込み段階の原麦汁濃度11.0%。中瓶500ミリリットルのレストラン価格は4$(480円)、バクー市内のスーパーマーケットに於ける500ミリリットル缶の値段は1.1マナト(1マナト(Manat)は約1$なので約132円)。製造元は同国最大のビール会社Baltika-Baku LLC、首都バクーから10㎞のフィルダレン市に本社工場があり、1969年創業、2008年にカールスベルクグループに加入している。

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コーカサス三国で出逢ったきのこ

アゼルバイジャンの首都バクーの高台にある殉教者の小道で、裏山の松林に一人できのこを探しに行ったが空振り、半ステップ性気候とかで地面はカラカラに乾いている。その上、皆に置いてきぼりをくらい、公園内をうろうろ、焦りまくる。グルジアも全般に乾いており、軟質菌はおろか硬質菌すら見つからない。これは駄目かと諦めかけていたところ、最終日の7日、アルメニアの首都エレヴァンにあるカスケードの芝地でとうとうハラタケを見つける。今回の旅行中に出逢ったきのこは後にも先にもこれ1本。
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アルメニア土産(3/3) ザクロ置き物

Pa140006セヴァン湖に突き出た半島先端に建つ古い修道院を見学した際に、参道入り口の露店で購入しました。ザクロはコーカサスの国々で幸福のシンボルとされている縁起物、アルメニアばかりでなくアゼルバイジャンでもグルジアでも、観光地の土産物店に様々なデザインのものが並べられています。写真は置き物と云うよりはマグネット付きの飾りもの、値段は米ドルで僅か2$(240円)、粒状の実はプラスチックですが果皮は本物です。

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セヴァン修道院/帰国

2015年10月7日(水) バスは国道U-4号線を北上、10:30セヴァン(Sevan)修道院下の駐車場到着。標高は1900mほPa070792ど。セヴァン湖はエレバンの北東60㎞にあり、面積約1256㎢、28の河川が流入し、ラズダン川(Hrazdan)が流出する。最大水深は82m、コーカサス地方最大の湖である。湖ではセヴァン湖固有種のマス(Ishkhan Trout)、小型チョウザメ(Sterlet)、コイ、スズキなどが養殖されている。5月から7月にかけて湖畔にはケシをはじめ1600種の花が咲き乱れるとのこと。傍らの案内板には、①Crocus adamii(クロッカス・アダミー)、②Gagea glacialis(ユリ科キバナノアマナ属)、③Merendera raddeana(メレンデア・ラッデアナ)、④Myosotis alpestris(ワスレナグサ)、⑤Papaver Pa070789_3armeniacum(ケシ科ヒナゲシ属)、⑥Papaver commutatum(モンツキヒナゲシ、別名ピエロ)、⑦Prangos ferulacea(セリ科プランゴス属)、⑧Primula macrocalyx(サクラソウ属、プリムラ・マクロカリックス)、⑨Pulsatilla armena(キンポウゲ゙科オキナグサ属)、⑩Puschkinia scilloides(ヒヤシンス科、プシキニア・スキロイダス)、⑪Scilla armena(ユリ科シラー属)、⑫Sedum pilosum(ベンケイソウ科、セダム・ピロースム)、⑬Sempervivum globiferum(ベンケイソウ科センペルビブム属)の13種類が、写真入りで紹介されている。修道Pa070782院が建つ半島はかつては島だったが、淡水湖故の無理な取水が祟り、水位が20mも下がった結果、陸続きとなってしまった。駐車場から修道院まで250段の石段登り、まあ山寺に較べれば何という事も無い。上るにつれて吹く風が涼しい。今は9世紀建造の聖母教会と聖使徒教会の2つの建物しかないが、最も古い教会St.Harutiunは紀元305年の創建、度重なる大地震で崩壊してしまったが、建物跡の大きな礎石が残っている。十字架の碑(ハチュカル)が沢山壁に立てかけてある聖母教会に入り、聖書の物語が十字架を囲むように彫られている珍しいハチュカルを見る。ここは日曜のミサと、洗礼式や結婚式が行われる。聖使徒教会も覗いてから駐車場に戻り、売店のトイレ(有料、100ドラム)を借りてすっPa070815きり、露店で幸運を呼ぶというザクロの置物を買う。11:20バスに戻り国境へ。11:40アルメニアで一番長いと云う全長3㎞のトンネル(Dilijan tunnel)を通過、難路のセヴァン峠(標高2114m)を労せずしてクリア。トンネルを抜けると黄葉の森が広がる。ディリジャン(Dilijan)まで標高差にして400mを下る雄大な山岳道路が続く。12:10谷底の町ディリジャンの中心(標高1250m)を通過、ディリジャンは渓谷沿いに広がる温泉リゾート、20箇所のミネラル鉱泉があると云い、ホテルやサナトリウムが建ち並ぶ。スイス・ダヴォスの高級感とは比べものにならないが、似たような高原保養地である。バスは坂道を上り返す。山峡の2つの村(FioletovoとLemontovo)を通過、禿山に針Pa070827葉樹の植林がなされている。斜面は牛馬の放牧地、谷間は高原野菜(アカカブ、キャベツ、ニンジン等)の畑に利用されている。12:45第3の都市、人口10万人のヴァナゾール(Vanadzor)通過、一昨日通った国道U-6号線に合流する。アルメニアは山また山、日本以上の山国、道路の悪さは半端じゃない。13:50~15:10、Alaverdi町のレストランFloraで昼食、大型バス5台が先着しており、団体が利用出来る大きな食堂。楽団の演奏付きで生歌の百万本の薔薇を聴きながら、サラダ、前菜、マッシュルームスープ、肉ときのこのクレープ巻きを食べ、ビールKILIKIAの中瓶(700ドラム=180円)を飲む。15:50国境の町バグラタッシェンPa070829(Bagratashen)に到着し、出国審査と入国審査を受ける。今度はパスポートを提示するだけであっさりOK、アルメニアガイドのガヤネさんと別れ、スーツケースを300m転がして、グルジア側国境の町サダフロー(Sadakhlo)に入り、グルジアガイドのテプラさんに再会。徒歩の国境越えの際、雨に遭わずに幸運。16:25グルジアのバスに乗り換え空港へ、道路が良いので快適、ついうとうとと居眠りする。18:05トビリシ国際空港到着、テプラさんに手伝ってもらいカタール航空のカウンターにチェックイン、手荷物検査、出国審査を経て出発ゲートロビーに入る。小さな空港でワンフロアに101、102、103の3カ所の出発口しかない。19:30ドーハ行QR254便搭乗、24C席に座る。3-3席並びだが後ろの方は空いている。20:00離陸、15分後Pa080832にオレンジジュースとホットドッグのサービスがあり、30分後には下降開始、まことに慌ただしい。20:50バクー国際空港安着、そのまま機内待機。下りた人数と同じ位の客が乗り込んでくる。22:10離陸、太宰治作「津軽」とマルティン・ベックシリーズの「サボイホテルの殺人」を読む。気流が悪いのか良く揺れる。食事サービスはチキン弁当とパン、それにアップルパイ付き。ケーキのみ食べ、リンゴジュースとコーヒーを飲む。0:43ドーハ国際空港着陸。時計の針を1時間遅らせる(→23:43)。再び安全検査を受けてから、関空組の3人と別れ、出発ゲートC3ロビーへ。1:30成田行QR806便に搭乗、10K席に座る。窓側だが前は壁で足元に余裕がある。さぁもう10時間の辛抱ぞ、忍の一字。(完)

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エレバン市内観光

Pa0707432015年10月7日(水) 6:00持参の目覚まし時計で起床。テレビは8CHがCNN、4CHは今朝も「ローマの休日」を放映中。外は雨、今日の国境越えが思いやられる。7:15朝食。きゅうり、トマト、ハム、スモークチーズ、ヨーグルト、イチジク、洋梨、ブドウを食べコーヒーを飲む。8:30エレバン市内観光へ出発。何たること、バスが雨漏りし窓側の後部座席がびしょ濡れ。最初は街の中心の共和国広場(元レーニン広場)の見学。広場を取り囲む建物は東から時計回りに、アルメニア歴史博物館、時計台&財務省、郵便局&電話局、アルメニア・マリオット(ホテル)、外務省。建物は全て薔Pa070764色の凝灰岩で出来ておりカラフルである。地下鉄の共和国広場駅もある。雨が小降りになり青空が覗く。陽射しも出てくる。次はカスケードへ移動。フランス首相からプレゼントされたと云うロダン像が立つフランス広場の近く、オペラ・バレエ劇場の向い側。カスケードはソ連時代に造られた巨大な階段モニュメント、階段最上部の展望台に建つ塔は、1971年建造のソビエト・アルメニア成立50周年記念塔、その左手に見えるモダンな建物は、フランスの有名なシャンソン歌手シャルル・アズナヴール(Charles Aznavour)の博物館。街を見下ろす一等地にソ連時代の記念塔が幅を利かせていることからして、アルPa070762メニアは今でも親露政権であることが分る。カスケードは「滝が流れる」と云う意味らしく、内部には現代芸術の作品が展示され、エスカレーターも7基あるとのこと。今回は、カスケード内部を覗いたり、階段を昇って展望台へ上がる時間はなし。それでも、階段下の彫刻広場はアート作品で溢れており、それらを眺めるだけでも十分楽しめる。太った女性像やでぶ猫の像はコロンビアの彫刻家フェルナンド・ボテロ(Fernanndo Botero)の作品、野ウサギの彫刻はウェールズ人のバリー・フラナガン(Barry Flanagan)の作品、他にも色々ある。また、今回のコーカサス三国の旅で初めて芝生Pa070756にきのこを発見、どうやらシロハラタケのようである。カスケードを後にし、ナラやニレ、カンバの街路樹が美しい街中をバスが待つ大通りへと歩く。人口100万人を超えるエレバンは大都会、中心街はヨーロッパ風の美しい街並を持つ。但し、若い人や子供を除けば、すれ違う一般の人々が我々観光客(異邦人)を見る目は暗く、険しく、冷たい感じがする。9:40バスに戻り、いよいよ最終観光地セヴァン湖へ。(続く)

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アルメニア土産(2/3) コニャック

Pa100004旧約聖書によるノアの方舟漂着伝説があり、アルメニアの人々が聖山と仰ぐアララト山(標高5165m)の名前を冠したコニャック、ARARAT AKHTAMAR 10 YEARS(アララット アフタマール 10年)。エレヴァンで連泊したホテルANI PLAZAの隣のスーパーマーケットEVRIKAで購入しました。250ミリリットル瓶(アルコール度数40%)が1本6,850ドラム(AMD)、1ドラムは約0.25円なので1,700円ほど。帰国してから調べると楽天市場等のネットショップでも販売されており、500ミリリットル瓶が1本6,139~6,994円。250ミリリットル換算では3,069~3,497円になるので、まぁ半値で買えたことになります。どんな味かは、後のお楽しみ。

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アルメニア料理(2/2)

2015年10月6日(火) 夕食にエレバン市内のレストランPANDOK YEREVANで食べたアルメニア料理の一部。トルコ料理に似ている。
上段左:グルジアのショティ(Shoti)に似たパンとユネスコ無形文化遺産のラバッシュ。
上段右:チキンスープ、ジャガイモごろごろ、いまいち。
中段左:前菜のナス巻き、まずまず。
中段右:前菜のパプリカとハムの炒めもの、まずまず。
下段左:メインのドルマ。ブドウの葉とキャベツで挽肉などを巻いたもの、いまいち。
下段右:バクラヴァ。蜂蜜やシロップをかけた多層ケーキ、極甘、美味。
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世界遺産「ゲガルド洞窟修道院」

2016年10月6日(火) ガルニ神殿を後にし6㎞先のゲガルド修道院(Geghard Monastery)Pa060681へ。一旦山を下り上り返す。ドライバーのタイラックさんがアルメニア音楽のCDをかけてくれ、車内にアンズの木で造る民族楽器ドゥドゥク(Duduk)の哀調を帯びた調べが流れる。車道を牛の群れが悠然と歩く。17:10修道院下の駐車場着、標高は1700mほど。アザト川上流の渓谷のどん詰まり、峨々たる岩山の断崖の下に修道院は佇む。修道院の歴史は古くその起源は4世紀にまで遡ると言われている。アルメニアの建築家と石工が巨岩を刳り貫いて、中央聖堂、礼拝堂、僧院、食堂、廟などを造ったもので、現在見ることが出来るのは13世紀の建築。ゲガルドはアルメニア語Pa060703で「槍」を意味しており、エチミアジン大聖堂の宝物館に所蔵されている「キリストの脇腹を突いた聖槍の穂先」は元々ここに収められていた。周辺にあちこち洞窟があることから別名アイリヴァンク(Ayrivank:洞窟修道院)とも呼ばれる。昔の修道士たちはそれらの洞窟で禁欲的な生活を送っていた。中央聖堂から見学開始、そこは切り石積みの建物で明り取りの小窓があるから良いものの、その先の岩壁をくりぬいて築かれた幾つかの礼拝堂やアルメニア歴代王の霊廟は真っ暗、内部を見るには登山用ヘッドランプか強力LED懐中電灯が必要だが、持参した小型懐中電灯Pa070734は家庭用の安物、足元を照らすのがやっとで何も分からない。それでも他人様の灯りを頼りに、聖水の流れる礼拝堂、讃美歌が流れる礼拝堂など拝観する。裏手のトイレ(トルコ式、有料100ドラム)に行くと、太鼓橋の傍らの木に無数のハンカチが結び付けてある。パワースポットの運気にあやかろうというのかも。18:10バスに戻る。エレバンへ戻る途中大雨に見舞われる。市内のレストランPANDOK YEREVANで夕食(19:20-21:00)、生歌&生バンドの民俗音楽、民族舞踏付き。サラダ、パプリカとハムの炒めもの、ナス巻き、山羊乳のチーズ、チキンスープ、ドルマ(挽肉やタマネギのみじんPa070732切りなどをブドウの葉で包んだ料理)、バクラワ(極甘の多層ケーキ)を食べ紅茶を飲む。旅行会社のドリンクサービスがあり、生ビールも1杯飲む。21:00ホテルへ。ホテルに着くや部屋の中に荷物を投げ込み、隣りのスーパーEVRIKAへコニャックを買いに行く。ARARATの10年物250ミリリットル瓶1本を6,850ドラム(約1,700円)で購入。風呂から上がると23:00、さあ帰国の準備。テレビでは映画「ローマの休日」を繰り返し放映している。やはりグレゴリー・ペックはアルメニア系のアメリカ人なのかも?。スーツケースの荷造りを済ませ23時半ベッドに入る。天気予報では明日から4日間は雨、今日までラッキーだった様である。(続く)

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アルメニア土産(1/3) ザクロワイン

Pa140008ガルニ神殿の参道入り口にある売店でザクロワインを購入しました。アルコール分17%、50ミリリットル入り瓶が1500ドラム(1ドラムは0.25円なので約385円)。製造元は首都エレヴァンにあるPROSHYAN BRANDY FACTORY、環境管理の国際規格ISO14001と食品安全マネジメントシステムの国際規格ISO22000を認証取得している会社なので品質に問題はなさそうですが、ザクロをモチーフにしたエンボス壜が可愛いので、当面は飲まずに棚の飾りとして置いておきます。

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アルメニア料理(1/2)

2015年10月6日(火) 昼、ガルニ村の田舎や風レストランGarni Villager's Houseでいただいたアルメニア料理。日本人の舌に良く合う。
上段写真:ユネスコの無形文化遺産に登録されたラバシュ(薄いパン)とその製造風景
中段左:香草各種、ラバシュに挟んでもりもり食べる。私は苦手。
中段右:鱒のグリル。醤油付きで美味しい。
下段左:ナスの煮物、やさしい味付けで美味しい。
下段右:林檎と桃の果肉はやや硬めだが香りは高い。ブドウは極甘。
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世界遺産「ガルニ神殿」

Pa0606402015年10月6日(火) 現地ガイドのガヤネさんはエレバン国立大学の日本語学科卒、10年前に一度日本に行き東京と京都を訪ねたことがある由。アルメニア人(特に男性)はロシアに季節労働者として出稼ぎに行く人が多いこともあり、ガヤネさんの話の端々に親ロシアの感情が覗える。14:30ガルニ村の農家風レストラン(Garni Villager's House)に到着し遅い昼食をとる。リンゴとクルミの樹が植えられた中庭のテーブル席に座り、ラヴァシュ(薄いパン、粘土釜で焼く製法が今年ユネスコの無形文化遺産に登録されている)、サラダと前菜、鱒のグリル、焼きポテト、ナス煮物、果物(リンゴ、Pa060653ブドウ、モモ)を食べ、トルココーヒーを飲む。地ビールKOTAKの中瓶(700ドラム=180円)も飲む。15:50昼食を終えバスに戻る。10分もかからずガルニ神殿参道入り口に到着。売店が建ち並びクルミの並木が続く参道を緩く上って行くとガルニ神殿(Garni Temple)が見えて来る。現在アルメニアに残る唯一のヘレニズム建築でアザト川渓谷を望む高台(標高約1500m)に建っている。この場所は、紀元前3世紀に要塞が築かれ、紀元1世紀にはアルメニア王ミトリダテスの夏の離宮が置かれていた場所、此の神殿が建てられた頃のアルメニアは、ギリシャやローマ文化の影響を大きく受けPa060660ていた。神殿は「太陽の神殿」と呼ばれ、異教の神である太陽神ミトラスに捧げられたもの、17世紀の地震で倒壊してしまったが、1976年に再建されて今に至っている。24本の柱で支えられた神殿はアテネのパルテノンを思わせる造り、青と黒の玄武岩を用いており優雅な気品が漂う。内部に入ってみたが正面奥に祭壇のようなものがあるだけ、外に装飾は何もない。神殿のテラスから周囲の山々を眺め、アザト川渓谷を見下ろす。山々は褐色の地肌が露わな禿山ばかり、渓谷沿いに若干広葉樹の緑が見えてほっとする。アルメニアは石油や天然ガス資源には恵まれていないので、燃料として樹木を皆伐してしまったのPa060666だろう。遺跡の丘には宮殿跡と思われる礎石がゴロゴロ、クルミの大木がまばらに生える。神殿から少し下ったところに紀元前3世紀の浴場跡が残っており、そこは緑色の屋根とガラス張りの壁を持つ建物で厳重に護られている。合鍵を持つガヤネさんの案内で内部に入ると、浴場跡の床に当時のオリジナルというモザイク画が少し残っている。参道売店で名物のザクロワインの小瓶を購入し、16:45バスに戻る。次はゲガルト洞窟修道院へ。(続く)

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世界遺産「聖リプシメ教会」

Pa0606312015年10月6日(火) 幹線道路をエレヴァン方向に走ること1.5㎞、12:40たちまち聖リプシメ教会(Saint Hripsime Church)到着。アルメニア初期の典型的な教会建築で素朴でシンプル、ここにはキリスト教化前のアルメニアで殉教したリプシメという女性が祀られている。リプシメは、異教徒であったローマ皇帝ディオクレティアヌスの求婚を拒否しアルメニアに逃れてきたが、此の地でも当時非キリスト教徒だったアルメニア国王トゥウルダト3世から求婚され、それを拒んだために殺された。リプシメの惨殺を命じたアルメニア王はその報いで重い病にかかり、先にキリスト教に改宗していた妹の忠告を聞きいれ、Pa060630長年牢につないでいた聖グレゴリウスを解放し、301年キリスト教を国教として受け入れた。その後の618年、リプシメの亡骸が葬られたこの場所に教会が建てられた。教会内部に入ると聖母子像のイコンを祀る祭壇があるだけで極めてシンプル、祭壇左側にある階段でリプシメの墓室に下りる。墓石に聖リプシメの肖像画が描かれ、傍らに薔薇の花が供えられている。リプシメの投石刑に使われたと言う黒い石も3個展示してある。13:00バスに戻りエレヴァンへ。アニ・プラザホテル前で今朝体調が悪かった御夫婦をピックアップ、エレヴァンの南東28㎞のガルニ村へ向かう。(続く)

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世界遺産「エチミアジン大聖堂」

2015年10月6日(火) ホルヴィラップを後にしたバスは国道U2号線を北上し、エレヴァンの西20㎞にあるエチミアジンへ。途中のバス車内でのガヤネさんPa060570の話、「アルメニアも古くからブドウとワインの生産が盛ん、有名ワインメーカーにARENI社、BERNASHEN社、KARAS社、ARARAT社があり、特にARARATの名前を冠したアルメニア・コニャック(ブランデー)が有名。熟成期間が3年、5年、6年、7年、9年、10年、15年、20年、25年、30年のものがあり、15年ものが一番美味しい」、「アルメニア人虐殺のこと。第一次世界大戦時(1915-1923)、オスマントルコ帝国領アナトリア東部に住むアルメニア人80~100万人が殺害された事件。その始まりは1915年4月24日だったので毎年4月24日はジェノサイド追悼記念日、今春は百年慰霊祭が行われた由」、「有名なアルメニア(系)人は、シャルPa060579_2ル・アズナヴール(Charles Aznavour:仏の歌手&俳優)、アナスタス・ミコヤン(Anastas Mikoyan:ソ連の政治家)、エリア・カザン(Elia Kazan:映画監督、ネットで調べるとトルコ系だが・・?)」「アンドレ・アガシ(Andre Agassi:プロテニス選手)、グレゴリー・ペック(Gregory Peck:映画俳優、イングランド系だが・・?)、・・・、次々と名前を挙げてくれるが殆どは知らない人、申し訳ない」。11:15 Hayanist通過、ソ連時代の旧い原子力発電所がある。大丈夫であるか。間もなくアルメニア第4の都市、人口5万2千人の門前町ハガシャパ(Vaghashapat)市に入る。11:30アルメPa060594ニア最古の教会にしてアルメニア正教の総本山、エチミアジン(Echimiadzin)到着。エチミアジンとは「神の唯一の子が降りた」という意味、トゥルダト3世に許されホルヴィラップの地下牢から解放された聖グレゴリウスは、或る晩キリストが地上に下りてきて火の小槌で地上を打つ夢を見て、303年此の地に木造の教会を建てたと言われる。これがエチミアジンの始まりで、世界最初の公式の教会とされている。石造りの個性的門の脇から境内に入ると敷地は広大、花壇にはガザニア、カンナ、ケイトウ、ダリア、バラなど色とりどりの花が咲く。カトリックの法王庁に相当する大司教座がPa060595置かれており、神学校も併設されているとのこと、どれがどれやら分からないが、ブドウ色の凝灰岩を使用した立派な建物が建ち並ぶ。十字架碑(ハチュカル)を積み上げた大きなモニュメントは大虐殺の慰霊碑とのこと、アルメニア文字の説明板はちんぷんかんぷん。敷地の中央に建つ大聖堂は塔部分の化粧直し中、意外にこじんまりしている。内部も又シンプル、十字型の会堂があるだけでがらんとしている。祭壇中央には例の如く聖母子像が祀られ、基壇部分に聖人のイコンが飾られる。拝観料を1,000ドラム(250円)支払い、祭壇右奥の宝物館を見学。歴代大司教が着用した祭服や、権杖、手持ち十字架、聖杯などのきらびやかな聖具、ラピスラズリやコチニールを用いて彩色された古い聖書、コイン?などが展示されている。それらの中で最も大切なものは「伝・ノアの方舟の破片」と「伝・キリストの脇を刺したローマ兵の槍の穂先」の2つ、どちらも黄金の厨子(聖遺物箱)に納まる。真贋は分からないが流石は総本山と感心する。12:30バスに戻り、行程表には入っていないが近くの聖リプシメ教会(Saint Hripsime Church)に立ち寄ることに。(続く)

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ホルヴィラップ修道院とアララト山

2015年10月6日(火) 6:30正確にモーニングコールが鳴る。標高1000mのエレヴァンの朝は冷える。7:00漸く薄明るPa060521くなる。好天の兆し。ホテルの裏側は廃墟同然の有様、この国は貧しい。昨夜の中二階の食堂で7:20から朝食。トマト、キュウリ、ピクルス、茹で卵、ハム、ソーセージ、サラミ、ヨーグルト、プルーンの蜂蜜漬け、オレンジ、桃、ブドウを食べコーヒーを飲む。8:35出発、一人急病人が出て予定より少し遅れる。バスの割り当て席は最前列、見晴らしが良い。アッシャコ通りを走り、街中を抜けてアララト県へ向かう。政府機関の印刷省があり、アルメニア最大ショッピングセンター・エレヴァンモールがあり、映画館があるメイン通りだが道はガタガタ。アPa060538ルメニアは黒海とカスピ海の間にある内陸国で、西はトルコ、北はグルジア、東はアゼルバイジャン、南はイランに接する。国土面積は29,800㎢、人口は310万人、住民の98%がアルメニア人でその殆どがアルメニア使徒教会の信徒、紀元301年に世界で初めてキリスト教を国教化した。公用語はアルメニア語であるが、ロシア語も幅広く通用する。首都はエレバン、人口は106万人、世界最古の都市のひとつである。エレバンの南に位置するアララト県は4つの町、94の村からなり人口は26万人とのこと。アララト盆地は山がちのアルメニアでは最も肥沃、小麦は年2回収穫できるし、リンPa060539ゴ、ブドウ、イチジク、ザクロなど果樹の90%を産する。ブドウ畑の向こうの丘の上にホルヴィラップ修道院が、その奥にノアの方舟伝説を持つ大アララト山(標高5165m)と小アララト山(3925m)がうっすらと見える。両山頂間の距離は12㎞とのこと、大アララト山は抜きんでて高く雄大、万年雪と氷河に覆われ富士山より二回りは大きい。小アララト山は富士山に良く似たコニーデ型の端正な姿、素晴らしい!。9:40聖地のひとつ、ホルヴィラップ修道院(Khor Virap)到着、約1時間の自由見学となる。まずテラスから再び大と小のアララト山を眺める。アララト山が姿を見せる確率は50%位らしく、今日はついている。トルコとイランの国境が直ぐ近くPa060552にあり、眼下の平原に緑色の監視塔が建つ。赤褐色の切り石積みの聖堂に入る。内部は至ってシンプル、中央祭壇に聖母子像が飾られ、その左右に聖人とアルメニア王(聖グレゴリオスとトゥルダト3世?)のイコンが一幅づつ掲げられているのみ。採光は小窓から射しこむ自然光のみで内部は非常に暗い。境内にあるもう一棟の長方形の建物は牢獄とのこと、内部に、3世紀末から4世紀にかけてアルメニアにキリスト教を広めようとした聖者グレゴリオスが13年間も幽閉されていたと伝わる地下牢がある。深さは5m位か、垂直梯子と鉄階段を伝って中に下りてみる。円筒形のドーム型の部屋で灯りがつき、龕にアルメニア十字架が祀られて今は小聖堂として使われている。行きはよいよい帰りが怖い、まるで妙義山の鷹返しを登る様な感じ。境内にあるトルコ式のトイレは有料で100ドラム(25円)也、10:35ホルヴィラップを後にしエチミアジンへ向かう。(続く)

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アニ・プラザ(ANI PLAZA)

2015年10月5日(月) 15:40ハフパト村を後にし幹線道路U6号線を南下、徒歩による国境Pa050478越えの疲れとビールの酔いも手伝い少し居眠り。17:00男性の何人かが我慢できずに青空トイレ。幹線道路といってもくねくねの山岳道路、周りの山は若干紅葉している。17:30アルメニア第3の都市、人口17万人のヴァナゾール(VANADZOR)にさしかかる。1988年12月7日に発生したM6.8のアルメニア大地震(死者2万5千人)は直ぐ近くのスピタク(SPITAK)が震央、その爪痕は未だにすさまじく、まるで廃墟のような佇まい、30年近く経つのに復旧すら覚束ない。以前はアンモニア製造と肥料工場があって栄えた町ということだが・・。道路もがたがた、山々は草山にPa050489変わる。17:50スピタク町の中心(標高1650m)を通過、大地震の時は日本から救援隊が入り500人を救い出したとのこと。高層の建物は全て倒壊し、今は平屋の一戸建てが並ぶ。18:10標高2152mのパム峠(Pamb pass)到着、晴れていればアルメニア最高峰のアラガツ山(標高4092m)の見晴台であるが、辺りは一面のガスと霧に覆われホワイトアウト、何も見えない。おまけに猛烈に寒い!。牧畜業を営むヤズィーディー人が住むと云う三つの村を通る。三村合せて人口は1600人、樹木が手に入らないので燃料は牛糞とのこと。道路上に牛の群れが現れ、牛飼いが後を追Pa050479う。牧歌的風景もどこかもの悲しい。アパラン(APARAN)町(標高2000m)に下り、スーパーGNTUNIQに入りトイレ休憩。パンと飲み物とタバコの販売が主。店内に両替所があったので10米ドルを両替し、現地通貨4,680ドラムを受け取る。1ドラムは約0.25円。トイレは地階にあり無料且つ清潔。壺型の石窯を備えたパン工房があり、焼き立てパンが食べられる。どなたかが買ってくれたパンを皆で試食、香ばしくて美味しい。店を出る頃は日が暮れすっかり暗くなる。19:25アルメニア文字公園(Alphabet Monument:標高1800m)到着、2005年開園、石造のアルメニア文字36文字が並び、その後にアルメニアの偉人像も立つというPa060493が、闇の中で何も見えない。懐中電灯で照らすとそれらしい物がぼんやり見えた程度、やれやれ何てことはない。道はどんどん下って行き、やがて首都エレヴァンの灯が見えてくる。20:20ホテル・アニ・プラザ(ANI PLAZA)到着、オペラ・バレエ劇場の近くにある四つ星ホテルである。中二階にあるANI RESTAURANTへ直行しビュッフェスタイルの夕食。食べたのは、豆とジャガイモのスープ、鱒のフライ、ナスの煮物、サラダ(マッシュポテト、トマト、キュウリ)とパン。飲み物にコカ・コーラかファンタの500ミリリットル瓶1本が付く。キリキア(KILIKIA)ビールの小瓶を飲むと値段は僅かPa060505500ドラム(125円)、アルメニアの物価は安い!。21:40 824号室に入る。さすがに街中のシティホテル、部屋が狭い。シングルベッド1台、書き物机、ソファ1台、テレビ(東芝製)、ミニバー(冷蔵庫)があり、ドライヤーとスリッパ、ティッシュボックスもある。浴室には浴槽があり、シャンプーと固形石鹸、シャワーキャップ、裁縫セットが付いている。トイレの水勢・水流は申し分ないが、ペーパーの紙質は三国中一番劣る。久しぶりに浴槽に湯を張ってゆっくり浸かる。風呂から上がると23:45、デジカメの電池充電を仕掛けてからベッドにもぐりこむ。毎日睡眠不足。(続く)

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世界遺産「ハフパト修道院」

2015年10月5日(月) 6:30起床、お湯を沸かし日本茶とコーヒーを飲む。今日はグルジアからアルメニアへ陸路で入るが、その際バスが変わる為、各自が荷物を自分で持って200mほど歩き国境越えしなければならぬ。なるべく荷物をコンパクトにするようにと、添乗Pa050410員のSさんから御達しがある。故障した電気ポットはここに捨てていくものの、昨夜買ったワインが1本加わり荷物は重くなるばかり。7:00薄明るくなる。夜中の大雨は上がったもののどん曇り、先が思いやられる。7:30から朝食。食堂の席が26人分しかないので7時半組と正8時組の2部入れ替え制、コーヒーとオレンジジュースを飲み、ヨーグルト、ゆで卵、ハム、スモークチーズ、キュウリ、トマト、オリーブ、スイカ、メロン、ドライフルーツを食べる。8:50ロビー集合、大型バスはホテルの前まで入れないので、大通りまで500mほど歩く。ホテルの車でスーツケースをピストン搬送するのに手間取り出発は9時半。街中のガソリンスタンドLUKOILの価格は2.09、1.99、1.94、1.83ラリの4種類、油種による差は小さくリッター100円ほど。道路の両側は路駐の車でびっしり埋まり大型バスの通行は大変。ロシア語版「百万本のバラ」Pa050449が車内に流れる。歌中の貧しい絵描きはグルジアの国民的画家ピロスマニがモデルとのこと、今日の雨も旅情をそそる。テクラさんは日本語ガイド7名を抱えるVISIT GEORGIA社勤務、再びグルジア事情を話してくれる。「学校制度は日本と同じ、小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年、医学系は6年。国立なら高校まで無料、私立のアメリカンスクールの学費が一番高い。大学進学率は50%、最難関は私立のトビリシ自由大学(Free University of Tbilisi)、日本語学科があり、テクラさんはその卒業生。グルジアの失業率がPa05041815%と高い中、自由大学卒業生の就職率は99%と良好。勤め人の平均月給は800ラリ(400$)、男性の方が200から300ラリ高い。観光客は、ビザの要らないロシア人が一番多く、ドイツ人、イギリス人、アメリカ人も来る。観光の目玉はカフカス山脈のトレッキング、最高峰は5000mを越える。登山はグルジアの人気スポーツ。文学では、12~13世紀に書かれたショタ・ルスタヴェリ作の長編叙事詩「豹皮の騎士」が有名。エトセトラ」。10:30県都マルネオル(Marneuli)を通過、町に賑わいは無く、荒野に灰色のアパートが建つ。その先はアゼルバイジャン人が住む村とのこと。国道1号線Pa050431(S1)は鉄路と平行して南南西へ走る。牧草地、トウモロコシ畑、ジャガイモ畑が広がるが、葡萄畑は見当たらない。道はダートに変わり河を渡る。アルメニア・アゼルバイジャン紛争犠牲者のものか、広大な墓地に墓標が林立する。11:00国境の町バグラタッシェン(Bagratashen)に到着、国境の写真撮影は一切禁止。テクラさんに見送られ、先ず手荷物とパスポートだけを持って出国審査場へ。出国審査の窓口の前後に無料トイレがあり利用できる。審査を終えスーツケースを引き摺って国境越え、幸い雨が上がったから良かったものの、距離は200mどころか500m近くある。今度はアルメニアの入国審査、VISA申請Pa050422書と10$を差し出し、パスポートにVIZAを貼付してもらう。ひとりづつ処理するので時間がかかる。途中停電しコンピューターが停止するハプニング、なかなか復旧しない。このまま国境で野宿かと心配したが・・、11:50やっとアルメニア入国、現地ガイドのガヤネさん(女性)に迎えられバスに乗り込む。今回一番の高級車、新しく足回りもゆったりしている。バスはデベト(Debet)川沿いの道を飛ばしに飛ばし、谷を上って行く。左右は岩山、トビリシからの鉄道も右手を走る。アルメニアは山国、デベト川渓谷の標高380mが一番低く、最高所はアラガツ山(Mt.Aragats)の4092m、国土の平均海抜は1000mもある。それだけにコーカサス三国Pa050470では一番貧しそう、山々は緑豊かであるけれど・・。ハフパト村に入る。村の生業は羊、牛、鶏の飼育とベリー類の採集とのこと、紅葉が始まり日本の山里を彷彿させる。13:10標高920mに建つハフパト(Haghpat)修道院到着、近くのサナヒン(Sanahin)修道院とともに1996年世界文化遺産に登録された。10世紀創建の修道院はアルメニア産の火山岩を加工した切り石で積み上げられ、4世紀初めにキリスト教国となったアルメニア独自の宗教建築を今に伝えている。ハフパト修道院は「ハフパトの聖十字架」と呼ばれ、最盛期は500人の修道士を抱えた学芸の中心地だったとのこと。小Pa050467雨が降ってきて手が悴むほど寒い。ビニルカッパを着て傘を差し、大聖堂、図書館、神学校、鐘楼などを一通り見学して回る。外観同様内部も質素であるが、石造りのアルメニア十字架(ハチュカル)の独特な形象が印象的。近くのホテル(Qefo Hotel)のレストランで昼食(14:10-15:40)、サラダ、ジャガイモスープ、ホロワツ(アルメニア風バーベキュー)、ラバッシュ(アルメニア名物の薄いパン、世界無形文化遺産に登録)、ナス炒め、スイカを食べコーヒーを飲む。序にアルメニアを代表するビール、キリキア(KILIKIA)の中瓶を飲む。緑色瓶なのでやや日光臭が感じられる。15:40バスに戻り、今宵の宿がある首都エレバンへ出発。(続く)

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グルジア土産(1/1) ワイン

Pa100007グルジア(新呼称はジョージア)はワイン発祥の地、現在でもカヘチ(Kakheti)地方はぶどうの一大産地であり、ワインの生産が盛んである。首都トビリシの市内観光の最後にスーパーマーケットSMARTに立ち寄り購入したのは、アハシェニ(Akhasheni) 2013、アルコール分12.5%、750ミリリットル瓶1本が11.5ラリ(1ラリ52円なので約600円)。半額セールの値段であるがそれにしても安い。アハシェニは、カヘチ地方を代表するぶどう産地グルジャニ地区内にある葡萄園らしく、そこで収穫された土着のサペラヴィ種(Saperavi)を100%使用して造られたワインである。国内でもグルジアワイン専門店(御殿場市)で購入することが出来るが、何と1本が3,024円也。本当に同じもの?、まあ何にしてもお買い得だったことに間違いはなさそう。セミスウィートの赤ワインとあるが、どんな味かは後のお楽しみ。

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グルジア料理

2015年10月4日(日) 昼のレストラン・アナヌリと夜のレストラン・OKROS KATSAで食べたグルジア料理。
上段左:チキンスープ
上段右:プハリ(茹でたホウレンソウを刻みクルミのペーストで和えたもの)
中段左:ハチャプリ(チーズピザ/チーズパン)
中段右:ムツヴァディ/シャシュリク(グルジア風バーベキュー、ポーク)
下段左:プハリ&ヒンカリ(グルジア風小籠包)&カバビ(ビーフケバブのパイ包み)
下段右:マッツォーニ(カスピ海ヨーグルト、クレモリス菌による発酵乳)
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トビリシ市内観光

2015年10月4日(日) 15:15バスに戻り、再び軍道を走ってトビリシへ帰る。バス車内でのテクラさんの話。「グルジアワインの輸出国は、ロシア、ヨーロッパ、中国、・・、日本の順。今がブドウの収穫時期、葡萄Pa040355の品種は500種類、赤が300種類、白が200種類あり、葡萄はグルジアのシンボル。ワイン造りで他の欧州諸国と異なる点は、グルジアは洞窟に貯蔵し熟成させる点。この時期、女性はブドウジュースから色々なお菓子を作る。チェルチュラはそのひとつ、ブドウ果汁に小麦粉を練り込み、ぶどう果実を繋いだ形に仕上げる。グルジアの宴会にワインは欠かせない。宴会を取り仕切る宴会部長は大切な役割。エト・セトラ」。グルジアはワイン発祥の地、ワインやブドウの話になるとテクラさんも力が入る。申し訳ないことに途中からうとうと居眠り、昨夜は睡眠不足。ここにもトヨタのPa040362販売店(TOYOTA CENTER TBLISHI)がある。16:30トビリシ市内(標高330m)に戻る。トビリシは国の人口の30%強(140万人)が暮らす大都会、4世紀の史書にその名前が現れるほど古い町で、6世紀にはムツヘタに代ってイベリア王国の首都が置かれた。旧市街全域が歴史保存地区、イラン色の強いグルジア建築と帝政ロシア時代のロシア建築が混在し、19世紀の街並が残っている。メテヒ教会近くでバスを下りる。ムトゥクヴァリ川の畔、小高い丘の上に建つ素朴な石造りのメテヒ教会(Metekhis Tadzari)は5世紀の建立、周囲の要塞は帝政ロシア時代に監獄として使Pa040367われ、文豪ゴーリキーが幽閉されていたとのこと。テラス広場に上るとトビリシの街並が一望でき、ムトゥクヴァリ川を挟む対岸の山上(ソラロキの丘)にはナリカラ要塞跡とグルジアの母の像、その右に頂上にテレビ塔があるムタツミンダ山(標高727m)なども見える。テラス先端に立つ騎馬像は、トビリシの町の創設者、5世紀後半のイベリア王ワフタング・ゴルサガリの像(1958年、トビリシ建設1500年記念に建立)である。教会内部に入り見学、12世紀から13世紀にかけてグルジア王国の最盛期を築いたタマル女王のイコンが印象的。Pa040378メテヒ教会を後にし、レストラン街を通り、街角に佇む宴会部長の像に挨拶する。次いでユダヤ教の会堂シナゴーク(Tblisi Great Synagogue)の見学、アハルツィヘ市(Akhaltsikhe)のユダヤ人達によって1904-1911年に建造されたもので、入り口の側柱に銀製のメズーザー(羊皮紙の巻き物)が打付けてあり、ダビデの星も何ヵ所か掲げてあるが、神像などは一切無く内部は至ってシンプル、なるほど集会所である。境内の無料トイレを借用し大助かり。次にシオニ教会(Sionis Sakatedro Tadzari)の見学。シオニ教会はグルジア正教の総本山で創建は6世紀、何度かの再建Pa040388を重ねて、現在の建物は13世紀ごろに造られたもの。教会の名はエルサレムのシオニ山からとられている。教会内部の写真撮影はノーフラッシュなら可。祭壇に向かって左側に、4世紀、グルジアにキリスト教を伝えたとされるカッパドキアの聖ニノの十字架(複製)が飾られている(本物は教会内の宝物室に保管)。イコンとフレスコ画はさすがに壮麗、信者がひっきりなしに訪れる。また、小さな女の子2人の洗礼式の最中で、司祭に先導され、両親に抱き上げられた幼児が小堂内をぐるぐる回る。女の子は大泣き。シオニ教会を出てバスに乗り、背後のソロラキの丘に上る。トビリシPa040385の街を見下ろしながらグルジアの母の像の下まで歩く。街のシンボルともいえる此の像は右手に剣、左手にワインの盃を持つ。これは敵には剣で戦い、友にはワインの盃で迎えるという精神を表わしている。帰りはナリカラ要塞跡の傍近くからロープウェイで下り、18:40バスに戻る。夕食へ向かう途中、スーパーマーケットSmartに立ち寄る。グルジアの名物はワインと紅茶、酒売り場へ直行し、極甘口のグルジアワインの赤を1本、定価20ラリ(1,000円)のところ特価11.5ラリ(600円)で購入する。市内のレストランOKROS KATSAへ行き夕食(19:50-21:15)、看板はグルジア語表記なので店名の解読には一苦労。生Pa050402歌を聴き民族舞踏を見物しながらグルジア料理を食べる。メニューは、生野菜サラダ、プハリ(ホウレンソウ料理)、フライドポテト、ヒンカリ(グルジア風小籠包)、春巻風ビーフケバブ、アップルパイ&アイスクリーム、コーヒー。ビールは5ラリ、4ラリしか手持ちがなく、仕方がないのでザクロジュースを飲む。生歌は声量が物凄くサービス過剰、やかましくて話が出来ないほど。22:00ホテルに戻ったは良いが、我先にとエレベーターに乗り込んだため、重量オーバーで箱が沈み込み故障してしまう。全くもう・・、4階まで階段登り。(続く)

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グルジア軍道とアナヌリ教会

2015年10月4日(日) ムツヘタを後にしアナヌリ教会へ。バスは軍用道路を走る。グルジア軍道はトビリシから大コーカサス山脈を越え、北オセチア共和国の首都ウラジカフカスまで延びる全長210kmの道、最高地点は標高2395mのジュヴァリ(十字架)峠。元々、グルジアと北コーカサスの国々とのPa040295交易路として1世紀からその存在が確認されているが、1799年、帝政ロシア軍が軍用道路として整備したもの。ロシアとコーカサスの大動脈として機能し、コーカサス経済の発展に寄与した。ロシアの文豪プーシキンが作品に取り上げたことから注目され、現在は、山岳ドライブが楽しめる観光スポットとして人気がある。軍用道路はアラグヴィ川の渓谷をぐんぐん上って行く。道が悪く振動と揺れが激しい。落葉広葉樹に覆われた周りの山々の紅葉は始まっている。トビリシの水源であるジュヴァリ貯水湖の景色は日本のダム湖そっPa040318くり、青い湖面の奥に形の良い山が見える。標高800mの小さな峠を越えると、湖畔に民家やレストランが建ち並ぶアナヌリ村に入る。13:00アナヌリ教会到着。17世紀後半(1689年)に建立された要塞教会で、城壁の内側に2つの教会が建つ。大きい方の教会は外壁に大型十字架、大天使、獅子、竜、葡萄の木などが浮き彫りされており、なかなか手が込んでいる。内部はシンプル、剥落しかけた壁のフレスコ画、内陣と至聖所を区切る比較的新しいイコノスタシス(聖障)があるが、特にこれといって見るべきものはない。フリータイムに城壁の監視塔に上ってみることに。階段が崩れかけており立ち入りPa040319禁止の様であったが、地元の若い人たちが何人か登っている。塔の最上部へ至る階段の途中で野犬に遭遇、噛まれでもしたら狂犬病の危険があるので引き返す。昼食は湖畔に建つレストラン・アナヌリ(Ananuri)、湖を見下ろすテラス席に座る。メニューは、サラダ、チキンスープ、ハチャブリ(チーズピザ)、きのこ料理(マッシュルームの炒め物)、ポークのバーベキュー、マッツォーニ(ヨーグルトに似た発酵乳)、コーヒー。料理は全般に塩辛く、ビールNATAKHTARI(ナタフタリ)の中瓶を飲む。1本4ラリ(200円)。日本人がマッツォーニを食べ過ぎると下痢するらしく、ひと匙舐めるにとどめおく。15:15バスに乗りトビリシへ戻る。でも何をしに此処まで来たのだろう。青い人造湖を背景に、湖畔に佇む教会が絵になる景色であることは認めるが・・。(続く)

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世界遺産「ムツヘタの文化財群」

2015年10月4日(日) 7:00モーニングコールで目覚める。大慌てで髭を剃り日焼け止めクリーPa040239ムを塗る。外はもう明るい。好天。朝食前にちょっと外へ出てみると、ホテルは場末の路地裏に建つレンガ造り六階建て、外観は何の装飾も無く、内装との落差が大きい。8:00-8:30六階スカイレストラン?で朝食。市街地とトビリシタワーの眺めが良い。テラス席もあり風が爽やか。パン、ハム、スモークチーズ、トマト、キュウリ、スイカ、メロン、ドライフルーツを食べ、リンゴジュースとコーヒーを飲む。9:10世界遺産の旧都ムツヘタへ向けホテルを出発。現地ガイドのテクラさんは、去年トビリシ自由大学日本語学科を卒業したばかりの才媛、日本語はまあまあ。グルジアはコーカサスPa040255山脈の南麓、黒海の東岸に位置し、北側はロシア、南側はトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと接する。国土面積は69,700㎢、人口は435万人、住民の84%がグルジア正教徒のカルトヴェリ人(グルジア人)、公用語はグルジア語。温暖な気候を利用したブドウ栽培とワインの生産が盛んである。首都はトビリシ(暖かいと言う意味)、人口は140万人。トビリシ市内を流れるムトゥクヴァリ川では、早朝から鱒を狙って釣り糸を垂れる太公望が多い。ガソリン価格はリッター1.8~2.0ラリ(約100円)。郊外へ出ると道端の露店で山と積んだスイカを売っている。ムツヘタ(Mtskheta)はトPa040258ビリシの北20㎞、ムトゥクヴァリ川とアラグヴィ川の合流点に位置し、紀元前4世紀から5世紀頃まで東部グルジアで強大な勢力を誇ったイベリア王国の首都として栄えた町、古い教会を含む町並みがユネスコの世界遺産に登録されている。最初は山上の教会、6世紀建立のジュヴァリ(Jvris Tadzari)聖堂へ。ジュバリは十字架と云う意味、グルジア正教会の教会に共通する特徴だが、建物を真上から見ると十字架の形をしているとのこと。途中のビューポイントで写真タイム、9:55聖堂下の駐車場到着。聖堂内に入ると日曜礼拝の最中、司祭の祈りの言葉が厳かにPa040247響き、聖歌隊の讃美歌が流れ、善男善女がひざまずく。神聖な場に異教徒がどやどやと踏み込み、写真をぱちぱち撮るのは憚られる。即座に退出し、境内テラスからの素晴らしい景色を楽しむ。遙か西(上手)のトルコから流れてくるムトゥクヴァリ川に、右からアラグヴィ川が合流し、左のトビリシ方向へ流れ去る。合流点対岸に位置するムツヘタの街並が一望出来、その中心にスヴェティ・ツホヴェリ大聖堂が建つ。輔祭の鳴らす11時の鐘を契機に退場、バスに乗りムツヘタの町に下りる。11:10から1時間、スヴェティ・ツホヴェリ大聖堂(Svetitskhoveli Tadzari)の見学。土産物店Pa040265や食堂が建ち並ぶ商店街を抜け、城砦の様な大聖堂の外周を回り込んで境内に入る。大聖堂はグルジアで最古の教会と云われ、現在の建物は11世紀の再建、4世紀にグルジアにキリスト教を伝えたとされるカッパドキアの聖ニノによって、ここに教会が建てられた事に始まる。正門アーチの左右に牛の頭部が飾られている。是は月の神様を信仰していた名残、牛の角は形が月に似ているため神聖視されており、ワインを飲むにも牛の角杯が用いられる。境内のトイレは有料で0.3ラリ(15円)、便器はトルコ式である。高さ50mの塔を持つ大聖堂は緑色とピンク色の石造り、外壁に天使の浮きPa040277彫りを始め様々な彫刻が施されている。堂内ではやはり日曜礼拝が行われている。近郷近在から集まる数多の信者や家族連れに、我々の様な観光客が加わり、堂内はごった返す。祭壇のキリストのイコンに黙礼し、写真を撮っただけで直ぐに外に出る。境内を一巡りすると、柳の木を囲む石垣に水飲みの蛇口が3個取り付けてあり、信者の人々が次々に訪れては、水を飲んだり記念写真を撮ったりしている。はて、何の変哲もない水飲み場に見えるが・・、何か謂れのある泉でもあろうか?。大聖堂の建つ此の場所には、イエス・キリストが磔になったときの上衣の一部が、持主の女性と共に埋められたといPa040286う伝説があり、その墓所に育った杉の木から流れ出る樹液が病を治したことから、「スヴェティ・ツホヴェリ(命を与える柱)」という教会の名前が付けられた。或いはその故事と関係があるやも。正門前に公営のツーリズム・インフォメーション・センターがあり、そこのトイレは0.5ラリ(25円)。もはや一大観光地であり物乞いする人も居る。観光馬車も走る。ドイツ人も居る。露店の売り物は、牛の角杯(250円)、羊の角杯(100円)、チェルチュラ(捻り蝋燭のような形の柚餅子か外郎の様な食感のお菓子、ブドウ果汁を小麦粉と固めた生地にクルミが入っている。グルジアでは正月に食べる。1本200円)、黒いちじく、ザクロ、キイチゴ、雑貨品など諸々。12:10バスに戻り、アナヌリ教会へ。(続く)

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TBILISI LAERTON(ラエルトン)

2015年10月3日(土) 19:35トビリシ国際空港着陸、時差調整に腕時計を1時間遅らせる(→18:35)。グルジア(ジョージア)入国審査、係員はにこやか、愛想のなかったアゼルバイPa040220ジャンとは全く違う。こじんまりした空港と暗いロビー、両替所で10米ドルをグルジア通貨23.75ラリ(GEL)に替える。1ラリは52円。19:20迎えのバスに乗り込み山上のレストランヘ。現地ガイドはテクラさん、20代前半?、若くて知的なグルジア美人。大型バスはくねくねした細い道を上って行く。トビリシの夜景が良く見える。レストランOqroyana Kolkhetiで夕食(20:15-21:30)、メニューは、伝統的パンのデダスプリ(お母さんのパンの意味、グルジアの国民的画家ニコ・ピロスマニの宴会場面を描いた絵には三日月型のこのパンが必ず登場する)、生野菜Natakhtari_pa040225(キュウリ、トマト、パプリカ)、胡桃ペーストを塗った焼きナス、ポテトサラダ、マッシュルームスープ、シュクメルリ(ニンニク入りの鶏肉煮込み料理)、マッシュルームのソテー、果物(ブドウ、ネクタリン、オレンジ)、紅茶かコーヒー。ナショナルブランドビールのナタフタリ(NATAKHTARI)の生を飲む。食事中激しく降っていた雷雨は店を出る時上る。バスに乗って往きと同じ道を下り、22:20街外れのラエルトン・ホテル・トビリシ(Laerton Hotel Tbilisi:14 Iliko Kurkhuli Str.,0103,Tbilisi、☎+995(0)322556655)にチェックイン。大型バスは路上駐車の車に阻まれホテル前まで入れず、500mほど歩かされる。夜は半袖シャツではちと涼しい。5年前に出来たSPクラス(四つ星)のホテル、比較的新しい。ひとりひとりのパスポートチェックPa040230を行うため、ロビーで大分待たされる。やはりソ連時代の習慣がまだ残っている。23:00漸く410号室に入る。部屋はゆったり、と云うか一人なのに無駄に広い。超幅広のダブルベッド、書き物机、ソファ2台、壁掛けテレビ(SUMSUNG)、ミニバー(冷蔵庫)、電気ポット、エアコン、セーフティーボックス、ガウン、スリッパ、靴磨き用スポンジ、裁縫セット、シャンプー、シャワージェル、ボディローション、固形石鹸とアメニティーは何でも揃っている。但し浴槽は無くシャワー室のみ。時間は遅いが、せっかく電気ポットがあるので、お湯を沸かしてカップラーメンを食べる。やはり日本食が一番美味い。風呂から上がり、デジカメの電池充電を仕掛け、御前様の0:30就寝。(続く)

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拝火教寺院

2015年10月3日(土) 13:30バクー市内に戻り、レストランLIMANの中庭にセットされたテーブルで昼食。メニューは、前菜、チキンスープ、アゼルバイジャン料理サジ(Sadj:鍋焼き料理、煮込み牛肉とグリル野Pa030194菜が焼き鍋に放射状に並ぶ)、果物(スイカ)、紅茶。15:30まで2時間かけてゆっくり食べる。食事を終えて空港へ向かう途中、拝火教寺院を見学。15:50アテシカ寺院(Ateshgah Temple)着、石畳の広い境内を歩き、門をくぐって本堂へ。拝火教は紀元前7世紀頃、ゾロアスターを開祖としてイランで生まれ、広くインドや中国にも伝わり、イスラムの勢力が台頭してくるまでは、長く西アジア一帯の主要な宗教のひとつであった。バクーにある此の拝火教寺院は、インド北部と現在のトルコ、シリア地方を結ぶ交易ルートの中継地として栄え、かなり時代が下るまで僧や信徒の往来Pa030211があったとのこと、現在の建物は18世紀に商人としてこの地に住んでいた、パルシーと呼ばれるインドのゾロアスター教徒によって再建されたもの。今も境内に大きな信徒用の会館や食堂があり、例大祭の様な信者が集う日があるのであろう。「永遠の炎」が燃える本堂が中心にポツンとあるだけで極めてシンプル、何の飾りも無い。本堂を囲む五角形の広場は礼拝場、周囲の壁の中に小部屋が沢山あり、嘗ての寺院をミニチュアで復元してある部屋、僧侶の暮らしを偲ばせる部屋(僧坊)、ヒンズー教のシバ神を祀る部屋、商人の寝所と馬小屋があるキャラバンサライに使われた部屋、獄Pa030210舎?、霊安室?、壺・青銅器・甲冑などこの寺院とは関係なさそうな骨董品を並べた部屋、お定まりの土産物店など色々。神域という厳かな感じは無く観光寺院化している。16:30バスに戻り空港へ。ダブルの安全検査が厳しい。カタール航空カウンターにチェックイン、通路側座席を希望し、JALのマイレージカードも提示。搭乗口9番前のロビーでトビリシ行きQR253便を待つ。18:15搭乗、9C席、A320型機内は冷え冷えとしている。18:45離陸、トビリシまで494㎞、水平飛行に達するや直ぐに軽食とコーヒーが出る。19:35(現地時間18:35)たちまちトビリシ国際空港到着。

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世界遺産「ゴブスタン遺跡」

2015年10月3日(土) 「殉教者の小道」散策の次は世界遺産「ゴブスタン遺跡」へ。首都バPa030130クーの南西60㎞の所に広がる石器時代からの遺跡。バクー市内の街路樹はプラタナス、ポプラ、マツの他ビャクシン?(カイズカイブキ?)、鳳凰樹(マメ科)?など。公園にはオリーブも植えられ、青い実を採っている人も。街行く人を観察すれば、男性は黒髪、濃い髯をまばらに伸ばし、ジーンズ履き、シャツの裾を外に出した小太りの人が多い。(若い)女性は同じく黒髪、小顔でスリム、八頭身でスタイルが良く、はっとする美人がいる。郊外へ出ると茶色の大地が広がる。イランやトルコで見たのと同じ土漠地帯、一木一草もない禿山が続く。半ステップ性気候とやらで土地は乾ききっている。Pa030165時々青々とした芝生も現れるが、例外なくスプリンクラーが回り、間歇散水がなされている。天然ガスの採掘場を通過、セメント工場、煉瓦工場などが続く。資源国であるのに太陽光発電所もある。パネル表面は灰色がかり、日本で見る黒光りしているものと感じが異なる。単に埃を被っただけかも?。バス停も見当たらぬ道端に大勢の人が立ちつくし、乗せてくれる車を待つ様子、ヒッチハイク?、それとも友達でもピックアップに来るのかしら?。沿道沿いに建築途中で放棄された廃墟様の建物が点々とある。道路と並行して走る鉄道はトビリシへ続く。随分長いこと走っていPa030155るのに列車は1本も来ない。10:45ゴブスタン村に入り、10分ほどで村外れの岩山(ゴブスタン遺跡)の麓に建つ小さな博物館の駐車場に到着。博物館は比較的新しいがまるで荒野の中の一軒家、周りには何もない。中に入り30分ほど遺跡の説明を受ける。遺跡は石器時代の人々が描いた約6000の岩絵が中心であるが、いきなり現地へ行っても良く分らない為、博物館内のレプリカで事前学習する。最も古い岩絵は、野牛、鹿、イルカ(推定製作年代BC15000~BC12000)、女性の形(BC15000~BC14000)などで石器時代のもの。狩人(BC13000~BC7000)、舟(BC13000~Pa030178BC5000)、踊る人(BC7000~BC5000)は、石器時代から新石器時代にかけて描かれたもの。青銅器時代の部族の紋章(TAMGAS)、鉄器時代の御者と荷車、中世時代のラクダなど比較的新しい岩絵もある。館内にはゴブスタン遺跡で発掘された石器(石斧、ナイフ、矢じり)、土器(壺や甕)、石臼、青銅器(斧、槍の穂)なども展示されているが、展示品の数は少なく発展途上といった感じ。漸く説明から解放され、やっと遺跡へ、岩山の中腹までバスで上る。陽射しが出てきて暑い。大きな岩と岩の間に付けられた道を進む。植物は葉の強い低木と黄色く枯れた草が見られる程度、Pa030184所々に毒蛇注意の看板が立つ。岩壁に刻まれた「踊る人」、「舟」、「人間」、「野牛」、「狩人」など、順に太古の芸術作品を観賞する。中にはいやにはっきり線刻されたものもあるが、摩耗して何が何やら分らないものもある。野外学習なのか、地元の小学生の一団も上がってくる。獲物を追い落としたと云う切り立った崖の上に出ると、カスピ海が一望できる。淡緑色のイグアナがのんびり日向ぼっこ。今は乾ききった茶色の土地であるが、舟を描いた岩絵の多さから、当時の海岸線は此の遺跡の傍近くに迫り、又、動植物が豊かな緑滴る大地であったのだろう。12:30バスに戻り、バクーへ引き返す。(続く)

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殉教者の小道

2015年10月3日(土) 5:45起床、ベッドの寝心地はまずまず。SCを荷造りし、髭を剃って日焼け止めクリームを塗る。7時から朝食、外はまだ真っ暗。パン、ハム、ソーセージ、スモークチーズ、ヨーグルト、目玉焼き、Pa030107カット野菜(トマトとキュウリ)を食べ、チェリージュースと紅茶を飲む。アンズ、ナツメ、レーズン、アーモンド、胡桃などドライフルーツ&ナッツ類は紅茶のお供、紅茶は美味しい。食後、腹ごなしにホテルの周囲を散歩。新市街と言っても外れの場末、建物はくすんでおり歩道はでこぼこ、段差が至る所にあり、煙草の吸い殻が沢山落ちている。シャンデリアの店が多いことを確認し、15分ほどで切り上げる。服装は半袖シャツで丁度良く、今日は風がそよとも吹かず。9:00ホテルを出発、今日も現地ガイドはソフィアさん。9:15フレームタワーズ(炎の塔)の近く、殉教者の小道入口でバスを下りる。フレームタワーズは2012年の完成、高さ190m、3本の奇妙な形の塔が天を突く。ゾロアスター教を信仰する火の国アゼルバイジャンの新しいランドマークであり、名前の通り炎を模ったもの、3本のビルは最高級ホテル(フェアモント・バクー)、オフィスビル、マンションとして利用されている。それにしても何と言う形であるか。フレームタワーズの他にも斬新な曲線を活かした建物として、ヘイダル・アリエフ・センター(HEYDAR ALIYEV CENTER:劇場 )、インターナPa030112ショナル・ミュージアム・センター(コンサートホール)、ヘイダル・アリエフ・パレス(同)など数多ある。豊富な天然資源に恵まれるアゼルバイジャンは計り知れない経済成長潜在力を秘めている。現在は石油や天然ガスの価格が低迷し、建設ラッシュも一服状態にあるが、世界一高い189階建て、1050mのアゼルバイジャンタワーも計画されており、バクーが第二のドバイになる日も遠くはないであろう。「殉教者の小道」と云うのは街とカスピ海を一望できる高台にある公園、嘗ては共産党の指導者のひとりであったキーロフの大きな像が建ち、キーロフ公園と呼ばれていた所である。今はキーロフ像は撤去され、展望台へ続Pa030114く歩道沿いに1990年1月20日のソ連軍侵攻により犠牲となった人々や、アルメニアとのナゴルノ・カラバフ自治州の帰属をめぐる紛争(1988-1994)による犠牲者の墓碑が沢山並んでいる。墓碑銘を見ると1990年1月20日に亡くなった人が多い。今でもアゼルバイジャンととアルメニアの中は険悪、相手国で購入したものは税関で没収されてしまうため、コーカサス三国旅行は間にグルジアを挟む旅程を組まねばならない由、いやはや陸続きの隣国同士で仲違いすると始末に負えない。先端の展望広場に拝火教寺院の本堂の様な巨大な慰霊塔が建ち、内部中央に据えられた永遠の炎が燃えPa030120ている。そこから眺めるカスピ海は広大、面積は37万4千㎢と略日本の面積と同じ、平均塩分濃度は1.2%(海水の3分の1)、最深部は1030m、4つの河川(ヴォルガ川、ウラル川、クラ川、テレク川)が注ぎ込み26の島がある。皆がテラスからカスピ海を眺めている間、後背部の丘に登りマツ林できのこ探し。大地は乾いていてきのこは全く見つからない。テラスに戻ってみると、仲間がいない!。一旦、入り口の、バスを下りた場所まで戻ってみたがバスも居ない。大慌てで公園内を探しまくり、テラスから海岸公園へ下りる階段の所で皆に合流、事なきを得る。10:00階段下でバスに乗り、世界遺産「ゴブスタン遺跡」へ。(続く)

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HOTEL NEW BAKU

2015年10月2日(金) 16:30バスに戻る。街中のレストラン・オールド・バクーで夕食(16:45~18:20)。料理は豆スープ、Pa020086野菜サラダ、香草、チーズ、パン、プロフ(サフランライスの包み焼き)、紅茶。大皿に山盛りの香草は4、5種類、クレープの様な薄い生地のパンに包み、皆むしゃむしゃ食べる。身体には良さそうだが、山羊や羊じゃあるまいし、とても食べられない。ビールXIRDALAN(フィルダレン)を飲む。中瓶(500ミリリットル)が4$(480円)。結構いける。19:10新市街の外れにあるホテル・ニューバクー(Hotel New Baku)にチェックイン、407号室に入る。部屋はゆったり。シングルベッド2台をつなげたダブルベッドが置かれ、書き物机とテレビ台兼ミニバー(冷蔵庫)収納台とクローゼットは木目板で統一さPa020087れている。テレビ(SAMSUNG)、エアコン、セーフティーボックス、ドライヤー、ティッシュボックス、何とスリッパまである。浴室に浴槽はなくシャワーだけだが、石鹸、シャンプー、シャワージェルが揃い、トイレの水勢も強い。夕食を殆ど食べなかったので、カップラーメンでもと思い、持参の電気ポットでミネラルウォーターを沸しにかかったが故障?、お湯が沸かない。11年目にしてとうとう寿命が尽きたらしい。仕方がないので煎餅を食べて我慢。21時半、丸2日ぶりにベッドに入る。

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バクー市内の総合スーパーマーケット BAZARSTORE

2015年10月2日(金) 旧市街見学の後、大通りに面しカスピ海沿岸公園側にある総合スーパーBAZARSTOREの見学Pa020071(15:50~16:20)。コーカサス三国中アゼルバイジャンは最も物価が高く、中でも首都バクーは高物価、世界の都市で48番目とか。地下1階の食料品売り場を覗く。卵10個が1.45~1.89AZN(175~225円)。バターは200グラム製品が1.85~1.99AZN(220~240円)、450グラム製品が3.43~3.84AZN(410~460円)。野菜は1㎏当りで価格表示がなされており、ジャガイモが0.89~1.25AZN(110~150円)、ニンジンが1.60AZN(190円)、白玉ねぎが0.59AZN(70円)、赤玉ねぎが0.95AZN(115円)、カブが0.89AZN(105円)、カボチャが0.39AZN(47円)、ニンニクが3.90AZN(470円)。紅茶はピュア・セイロン・ティーの250g箱が2.75AZNPa020079(330円)、アール・グレイの250g箱が2.59AZN(310円)。菓子類の、ポッキーは45g箱が0.19AZN(23円)、130g箱が045AZN(54円)、ナッツ類は200g袋が2~3AZN(240~360円)。果物売り場で写真を撮ろうとしたら、係員に注意を受けてしまい、やむなく調査打ち切り。最後に酒売り場でアゼルバイジャンの代表銘柄フィルダレン(XIRDALAN)の500ミリリットル缶ビールを購入、クレジットカード払いで1本1.1AZN(後日のクレジット会社請求書によると129円)。卵の価格は同じ位だが、バターやビールは半値、紅茶は三分の一程度、日本と較べれば物価は安い。

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世界遺産「バクー旧市街」

2015年10月2日(金) 12:05アゼルバイジャンのバクー国際空港安着。南コーカサスに位Pa020012置するアゼルバイジャンは、北はロシア、北西はグルジア、西はアルメニア、南はイランと国境を接し、東はカスピ海に面する。国土面積は86,600㎢(北海道と略同じ)、人口は940万人。バクーは人口224万人、コーカサス三国中最大都市でカスピ海に突き出たアプシェロン半島に位置する。バクーはペルシャ語で「風の街」の意味。入国審査は厳重、顔写真も撮影するので時間がかかる。12:45迎えのバスに乗り込む。空港ビルは、今年6月バクーで開催された第一回ヨーロパ競技大会(ユーロリンピック)に合わせて完成したばかり、曲線を生かした近代的建造物である。バスはオPa020014_2ンボロ、シートベルトが壊れていたり勝手にリクライニングになったり・・、一応ベンツ製。現地ガイドはグルジアからやって来た妙齢のソフィアさん、同志社大学への留学経験(2012-13年)があり日本語はペラペラ。新市街には空港ビルと同じく曲線美を強調した真新しい建物が目立つ。今でも拝火教(ゾロアスター教)への信仰が続いているとのこと、どうやら炎がモチーフらしい。ソフィアさんのアゼルバイジャン基本情報、「バクーの海抜はマイナス28m、世界で一番標高が低い首都。人口の90%がトルコ系のアゼルバイジャン人(アゼリー人)、宗教はイランと同じくイスラム教Pa020052_2シーア派、モスクが全国に5000箇所ある。酒と豚肉は禁止。アゼルバイジャン語はトルコ語と似ている。国の経済を支える主産業はカスピ海で採掘される豊富な石油と天然ガス。物価はコーカサス三国中最も高い。平均月収が600$程度。レストラン等で米ドルがそのまま使えるし(1AZN≒1$)、スーパーマーケットでクレジットカード払いもOK」。13:30旧市街近くでバスを下りる。気温は23℃-25℃、暑くも寒くも無く観光に最適。バクーの新しいランドマークであるフレームタワーズ(Flame Towers)を遠くに眺めながら、入り組んだ石畳の道を行く。まず世界遺産「シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿」Pa020066の見学。16世紀まで此の地を支配したシルヴァン・シャフ朝の王宮で14~15世紀の建造、ジワン・ハーンと呼ばれる議会の場、丸屋根のモスク、霊廟、浴場跡などが残っており、現在、宮殿部分は博物館として利用されている。ガラスケースの中に剣、楽器、壺、皿などが並んでいるが、展示物は質量共に貧弱、また宮殿自体も装飾が殆ど無いシンプルで地味な建物、これで世界遺産?、これが旧市街一番の見所?、まあトプカプ宮殿やアルハンブラ宮殿と較べるのは気の毒にしても、これでは微妙遺産どころかがっかり遺産に当てはまる。気を取り直Pa020065して更に見学続行、12世紀から14世紀頃に建造された旧市街を取り囲む城壁の出入り口「シェマハ門」(双子の門)を眺めてから「乙女の塔」へ。乙女の塔(乙女の望楼)は旧市街のシンボル、高さ30m、厚さ約5mの石壁に包まれた要塞である。拝火教寺院として最初に塔が建てられたのは紀元前5世紀のこと、要塞としての役割も兼ねていた由。高さ30mの塔は12世紀に再建されたもので、現在はバクーや塔に関する小さな歴史博物館。伝説によると、かつてバクーを治めていたモンゴル人の王が自分の娘に言い寄り、嘆き悲しんだ娘はここからカスピ海に身を投げたという。今はカスピ海までは公園を挟みPa020069距離があるが、昔は塔の傍まで水があった様である。塔の前の広場で一旦解散、30分のフリータイム。2AZN(240円)を支払い塔へ登っても良かったが、公園のテーブルベンチでボードゲームに興じる地元の人たちを覗いたり、乙女の塔の隣にあるハジンスキー邸を眺めたりして時間を過ごす。ハジンスキー邸は1912年に建造されたゴシック様式の建物、1944年、仏レジスタンス運動のリーダーだったドゴールがスターリンとの会談のためにモスクワへ向かう途中、この邸宅に滞在したと伝えられる。現在はマンションとして使用されているため、内部の見学は不可。15:40バスに戻る。

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カタール土産(1/1) デーツ

Pa100011コーカサス三国のお土産という訳ではないけれど、往きの乗継地ドーハの空港で4時間も待機時間があったため免税店巡り、大好物のデーツ(ナツメヤシの実)を見つけ、つい1パック購入してしまいました。1.25キログラム入りが1,024円也。ラベルを読むと、サウジアラビアの首都リヤドの南80㎞のAl Kharje市にあるAL-BELAD社の製品のようです。ネットで調べると、国内でも上野アメ横・小島屋などで輸入品が販売されており、値段はピンからキリ、産地・等級・品質により1キログラム換算1,086円~4,060円の範囲にあります。まあ重たい思いをしてまで持ち帰る必要はなかったかもしれません。味はまずまずです。

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コーカサス三カ国の旅 8日間

2015年10月1日(木) 16:00、妻の運転で南柏駅まで送ってもらう。爆弾低気圧の影響で天気が急激に悪化しつつある為、電車が止まってはと早目の出発。我孫子とPa020004成田で電車を乗り継ぎ、17:50成田空港第二ターミナルビル3階出発ロビー到着。集合は19:50なので早過ぎ。先ずは腹拵え、愛妻?弁当を開くとマツタケご飯のお握りと鶏の唐揚げ、ネギの肉巻きが入っている。北団体カウンターでクラブツーリズム社の受付を済ませ、カタール航空のカウンターで搭乗手続きを行う。出国審査を済ませ93番搭乗口に進む。エアコンを切ってしまったのかビル内は蒸し暑い。21:20カタール航空QR807便搭乗、機種はB777-200LR(3-3-3席)、通路側の27C席に座る。略満席であるが隣の窓側2席は空席、ついている。22:30離陸、経由地のドーハ迄11時間の空の旅始まる。23:30一回目の食事FOSTER'Sの缶ビールと魚料理をもらう。夜食なので軽めにPa020005蕎麦と鱈とムースのみ食べる。10月2日1:00頃、急病人騒ぎが勃発、乗客中の医者を求めるアナウンスが流れる。どうやら事なきを得た模様。5:00インドのコルカタ上空通過、うとうとして目を覚ますと7時、二回目の食事はコーヒーを飲むに止める。9:18(現地時間3:18)ドーハ国際空港着陸、外気温30℃。ドーハ空港は最近改装したようで面目一新、明るく近代的なビルに生まれ変わり、斬新なモニュメントが林立する。乗継時間が4時間もあるので、大きな黄色い熊の縫いぐるみがある広場で一旦解散、12:45(現地6:45)搭乗口B2集合と決まる。免税店でナツメヤシ1.2㎏を格安の1,000円で購入、B2ゲート前ロビーに移動し、アゼルバイジャン観Pa020009光の資料読み。ドーハで成田発29名に関空発3名が合流し、今回のツアーメンバーは32名、添乗員はコーカサス専門?のベテランSさん(女性)。13:10(現地7:10)トビリシ行きQR251便に搭乗、機種はA320(3-3席)、通路側の19C席に座る。13:40離陸、2時間時計を進める(ドーハ7:40→バクー9:40)。ほどなく朝食が提供される。チキンソーセージ、卵料理、クロワッサン、ヨーグルト、フルーツ。カタール航空の食事は美味。10月2日16:05(現地時間12:05)漸くアゼルバイジャンのバクー国際空港到着、家を出てから既に24時間が経つ。コーカサスは遠い。(続く)

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梅錦ビール5種

P92800032015年10月1日(木) 家人の実家の宗派は真言宗、それが縁で先月からひとりで四国八十八カ所巡礼を開始した家人が、大枚の御餞別ありがとう?の感謝を込めて?、お土産に買ってきてくれたのは地ビール5本。愛媛県四国中央市(旧川之江市)の酒造メーカー、梅錦山川株式会社のクラフトビール、ピルスナー、アロマティックエール、ブロンシュ、ヴァイツェンとボック。20年程前、地ビール製造を始めた同社に一度訪問したことがあるが、それ以来御無沙汰のしっ放し、いやはや懐かしい。どんな味わいに仕上がっているか、これから秋の夜長に1本づつ、さても楽しみである。

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アメリカマツタケの炊き込みご飯

Dsc042882015年9月30日(水) 今年8月に旅したカナダのウィスラーでは、秋になると裏山でアメリカマツタケ(Tricholoma magnivelare)を採る日本人が多いとのこと、現物が高島屋柏店の地階食品売り場に今年も並んでいました。1パック1,080円也、岩手県産の国産マツタケ(T.matsutake)は1本10,000円もするので、高い訳ではありませんが、それでも数年前に較べると価格が倍くらいに跳ね上がっています。カナディアン・ロッキーを始め全山がマツ科の針葉樹で覆われているカナダは、途方もない量のアメリカマツタケを産生すると思われますが、現地の人には独特の香りが余り好まれない為不人気で、競争相手は少ないようです。まことにカナダ在住の日本人が羨ましい。早速炊き込みご飯を作ってもらい、カナダ旅行の思い出に浸りながら頂きました。

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