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世界遺産「エチミアジン大聖堂」

2015年10月6日(火) ホルヴィラップを後にしたバスは国道U2号線を北上し、エレヴァンの西20㎞にあるエチミアジンへ。途中のバス車内でのガヤネさんPa060570の話、「アルメニアも古くからブドウとワインの生産が盛ん、有名ワインメーカーにARENI社、BERNASHEN社、KARAS社、ARARAT社があり、特にARARATの名前を冠したアルメニア・コニャック(ブランデー)が有名。熟成期間が3年、5年、6年、7年、9年、10年、15年、20年、25年、30年のものがあり、15年ものが一番美味しい」、「アルメニア人虐殺のこと。第一次世界大戦時(1915-1923)、オスマントルコ帝国領アナトリア東部に住むアルメニア人80~100万人が殺害された事件。その始まりは1915年4月24日だったので毎年4月24日はジェノサイド追悼記念日、今春は百年慰霊祭が行われた由」、「有名なアルメニア(系)人は、シャルPa060579_2ル・アズナヴール(Charles Aznavour:仏の歌手&俳優)、アナスタス・ミコヤン(Anastas Mikoyan:ソ連の政治家)、エリア・カザン(Elia Kazan:映画監督、ネットで調べるとトルコ系だが・・?)」「アンドレ・アガシ(Andre Agassi:プロテニス選手)、グレゴリー・ペック(Gregory Peck:映画俳優、イングランド系だが・・?)、・・・、次々と名前を挙げてくれるが殆どは知らない人、申し訳ない」。11:15 Hayanist通過、ソ連時代の旧い原子力発電所がある。大丈夫であるか。間もなくアルメニア第4の都市、人口5万2千人の門前町ハガシャパ(Vaghashapat)市に入る。11:30アルメPa060594ニア最古の教会にしてアルメニア正教の総本山、エチミアジン(Echimiadzin)到着。エチミアジンとは「神の唯一の子が降りた」という意味、トゥルダト3世に許されホルヴィラップの地下牢から解放された聖グレゴリウスは、或る晩キリストが地上に下りてきて火の小槌で地上を打つ夢を見て、303年此の地に木造の教会を建てたと言われる。これがエチミアジンの始まりで、世界最初の公式の教会とされている。石造りの個性的門の脇から境内に入ると敷地は広大、花壇にはガザニア、カンナ、ケイトウ、ダリア、バラなど色とりどりの花が咲く。カトリックの法王庁に相当する大司教座がPa060595置かれており、神学校も併設されているとのこと、どれがどれやら分からないが、ブドウ色の凝灰岩を使用した立派な建物が建ち並ぶ。十字架碑(ハチュカル)を積み上げた大きなモニュメントは大虐殺の慰霊碑とのこと、アルメニア文字の説明板はちんぷんかんぷん。敷地の中央に建つ大聖堂は塔部分の化粧直し中、意外にこじんまりしている。内部も又シンプル、十字型の会堂があるだけでがらんとしている。祭壇中央には例の如く聖母子像が祀られ、基壇部分に聖人のイコンが飾られる。拝観料を1,000ドラム(250円)支払い、祭壇右奥の宝物館を見学。歴代大司教が着用した祭服や、権杖、手持ち十字架、聖杯などのきらびやかな聖具、ラピスラズリやコチニールを用いて彩色された古い聖書、コイン?などが展示されている。それらの中で最も大切なものは「伝・ノアの方舟の破片」と「伝・キリストの脇を刺したローマ兵の槍の穂先」の2つ、どちらも黄金の厨子(聖遺物箱)に納まる。真贋は分からないが流石は総本山と感心する。12:30バスに戻り、行程表には入っていないが近くの聖リプシメ教会(Saint Hripsime Church)に立ち寄ることに。(続く)

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