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世界遺産「ゴブスタン遺跡」

2015年10月3日(土) 「殉教者の小道」散策の次は世界遺産「ゴブスタン遺跡」へ。首都バPa030130クーの南西60㎞の所に広がる石器時代からの遺跡。バクー市内の街路樹はプラタナス、ポプラ、マツの他ビャクシン?(カイズカイブキ?)、鳳凰樹(マメ科)?など。公園にはオリーブも植えられ、青い実を採っている人も。街行く人を観察すれば、男性は黒髪、濃い髯をまばらに伸ばし、ジーンズ履き、シャツの裾を外に出した小太りの人が多い。(若い)女性は同じく黒髪、小顔でスリム、八頭身でスタイルが良く、はっとする美人がいる。郊外へ出ると茶色の大地が広がる。イランやトルコで見たのと同じ土漠地帯、一木一草もない禿山が続く。半ステップ性気候とやらで土地は乾ききっている。Pa030165時々青々とした芝生も現れるが、例外なくスプリンクラーが回り、間歇散水がなされている。天然ガスの採掘場を通過、セメント工場、煉瓦工場などが続く。資源国であるのに太陽光発電所もある。パネル表面は灰色がかり、日本で見る黒光りしているものと感じが異なる。単に埃を被っただけかも?。バス停も見当たらぬ道端に大勢の人が立ちつくし、乗せてくれる車を待つ様子、ヒッチハイク?、それとも友達でもピックアップに来るのかしら?。沿道沿いに建築途中で放棄された廃墟様の建物が点々とある。道路と並行して走る鉄道はトビリシへ続く。随分長いこと走っていPa030155るのに列車は1本も来ない。10:45ゴブスタン村に入り、10分ほどで村外れの岩山(ゴブスタン遺跡)の麓に建つ小さな博物館の駐車場に到着。博物館は比較的新しいがまるで荒野の中の一軒家、周りには何もない。中に入り30分ほど遺跡の説明を受ける。遺跡は石器時代の人々が描いた約6000の岩絵が中心であるが、いきなり現地へ行っても良く分らない為、博物館内のレプリカで事前学習する。最も古い岩絵は、野牛、鹿、イルカ(推定製作年代BC15000~BC12000)、女性の形(BC15000~BC14000)などで石器時代のもの。狩人(BC13000~BC7000)、舟(BC13000~Pa030178BC5000)、踊る人(BC7000~BC5000)は、石器時代から新石器時代にかけて描かれたもの。青銅器時代の部族の紋章(TAMGAS)、鉄器時代の御者と荷車、中世時代のラクダなど比較的新しい岩絵もある。館内にはゴブスタン遺跡で発掘された石器(石斧、ナイフ、矢じり)、土器(壺や甕)、石臼、青銅器(斧、槍の穂)なども展示されているが、展示品の数は少なく発展途上といった感じ。漸く説明から解放され、やっと遺跡へ、岩山の中腹までバスで上る。陽射しが出てきて暑い。大きな岩と岩の間に付けられた道を進む。植物は葉の強い低木と黄色く枯れた草が見られる程度、Pa030184所々に毒蛇注意の看板が立つ。岩壁に刻まれた「踊る人」、「舟」、「人間」、「野牛」、「狩人」など、順に太古の芸術作品を観賞する。中にはいやにはっきり線刻されたものもあるが、摩耗して何が何やら分らないものもある。野外学習なのか、地元の小学生の一団も上がってくる。獲物を追い落としたと云う切り立った崖の上に出ると、カスピ海が一望できる。淡緑色のイグアナがのんびり日向ぼっこ。今は乾ききった茶色の土地であるが、舟を描いた岩絵の多さから、当時の海岸線は此の遺跡の傍近くに迫り、又、動植物が豊かな緑滴る大地であったのだろう。12:30バスに戻り、バクーへ引き返す。(続く)

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