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岩谷山佛國寺(茨城県城里町)

2015年12月19日(土) 岩谷山清浄院佛国寺の所在地は、茨城県東茨城郡城里町塩子1736番地。行基菩薩(668-749)の開基と伝わり、1300年以上の歴Pc190005史を有する真言宗の古刹であり、古より関東の女人高野と称され、常陸三十三霊場第33番札所、即ち結願寺でもある。御本尊は県指定文化財の鋳造十一面観世音菩薩(像高57㎝、室町末期~桃山時代初期)。御詠歌「巡礼の札を、岩谷に打ち納め、帰るや所願成就なるらん」。
高取山に登るために境内に駐車、その前に本堂にお参りする。境内は清浄、平成十年(1998)に再建された本堂と庫裡もまだ新しい。本堂脇に、「文化七庚午年(1810) 六月初五日 木喰五行明満聖人品位」の石碑が建ち、側面に「水戸五百羅漢寺からこの地へ錫をひかれた神通光明木喰明満仙人は、四十年に及ぶ晩年の廻国修行の途次、奥ノ院師観海上人のPc190008墓前に来し方を御報告された一夜、誦経のまま九十三歳の天寿を終えられました。その生涯はまさに厳しい上求菩提、下化衆生の実践。あまねく日本国中を捨身の行で貫き、微笑佛を刻むなど多くの人々の心に灯火をともして歩かれました。上人はまた文化三年の暮、霊夢により弥陀三尊から六百歳の延寿を授かった由、先々なお人々の心に生き、御加護くださることでしょう。」とある。駐車地の前の梵鐘堂は弘法大師生誕千二百年を記念して昭和四十八年(1973)に建てられたもの、梵鐘は貞享元年(1684)鋳造で、やはり県指定の文化財である。三方を岩崖に囲まれた奥ノ院跡は荒れており、かつて建っていたと云う奥ノ院本堂、万佛堂、不動堂など礎石も定かならず、石仏や石碑の類も損壊が目立つ。三昧窟も半ば土に埋もれている。

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