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奄美大島北部観光

2016年2月18日(木) 島ドーナツとタンカンとコーヒーの朝食。NHKの連続rテレビ小説「あさが来た」を観て8:30出発、今日は大島北部の名所旧跡巡り。

P2180120①田中一村終焉の家(☆)
不遇の画家田中一村は、1977年9月11日此の一戸建ての借家で夕食の準備中、心不全で倒れて亡くなったたとされる。平成元年(1989)以来毎年、命日の9月11日に一村記念祭(2008年より一村忌)が開催されているのは此の家だろうか。路地の奥、袋小路のような場所に建ち、まともな駐車場も無い。一村記念美術館がある奄美パーク内にこの終焉の家を移転・保存する方が良いのでは・・。
②西郷南洲翁謫居跡(☆)
薩摩藩は、安政の大獄で幕府から捕縛命令の出ていた西郷をかくまう為、奄美大島行を命じた。西郷は1859年1月に渡島、龍郷の有力者龍家の娘、愛佳那を島妻として3年間をこの地に暮らした。「龍」という門柱のある屋敷内に藁ぶき屋根の家があり、そこが謫P2180127居跡のようであるが、2月6日から2月21日まで休館の表示、敷地内には入れない。
③ソテツ群生地(☆)
安木屋場展望台から、山の斜面一面を覆うソテツの群生を眺める。ソテツ自体は島のいたるところに自生しており、群生地も何ヵ所かあり、そうも珍しいものではない。
④バショウ群生地(☆)
ソテツ群生地の近く、県道81号線沿いにある。群生地前の広場は私有地で立ち入り禁止、奄美大島の観光名所は駐車場の整備がいまいち、案内板や道標も詰めが甘い。
⑤西郷松(☆)
西郷隆盛を乗せてきた薩摩藩の黒糖積船・福徳丸が友綱P2180132を結んだと伝わるリュウキュウマツは2011年に立ち枯れてしまったらしく、今は石碑が残るのみ。アマミノクロウサギ他希少動物が居る為薬剤散布が出来ないらしく、松喰い虫が猛威を振るい、全島に亘りリュウキュウマツは白骨状態、「倒木注意」の看板が道路に点々と立つ。
⑥奄美自然観察の森(☆☆☆)
駐車場に車を駐め展望台から龍郷湾を眺める。眼下に先ほどの龍郷の街並と港も見える。なかなかの景色。遊歩道を歩くと、ウチワタケ、オオカタウロコタケ、ツノフリタケなどが見つかる。サクラツツジが咲いている。国の天然記念物P2180161ルリカケスの鳴き声も聞く。
⑦土盛(ともり)海岸(☆☆☆)
奄美大島一のビーチと評される白砂青松の美しい海岸。珊瑚礁特有のエメラルドグリーンの海の色が鮮やか、美しい。ここに来てやっと2人の観光客と出逢う。
⑧あやまる岬(☆☆)
奄美十勝のひとつ。綾織の手毬のように丸く盛り上がった岬の丘上に永野芳辰先生寿像が建つ。丘を降りてパークゴルフ場を横切り、岬の突端へ行く。太平洋と珊瑚礁の海の眺めが良い。
P2180178⑨笠利崎灯台(☆☆)
奄美大島最北端にある純白の燈台、昭和37年(1962)設置。灯台まで約100段の急な石段を上る。ここも山の斜面にソテツが群生し、道端はリュウキュウスミレの花盛り。灯台のテラスからは180度のパノラマの景色が楽しめ、太平洋と東シナ海の境目が目の前、東側に見える大きな島影は喜界島か。灯台の傍らに四等三角点(標高47.7m)が鎮座する。

笠利崎から大返し、県道601号線、県道82号線、国道58号線を走り直帰。15:30ホテルニュー奄美に戻る。一服してからホテル周辺をぶらぶら。着物に関心がある家人は大島紬の古着(リユース品)の品定めにくま屋へ、自分は名瀬港散策。地方都市の例にもれずどこも活気がない。一足早くホテルの部屋に戻り、昨日の日記認める。

夕食は地魚を食べにホテル近くの飲食街へ。キリン・ドラフP2180185トマスターズ・スクール修了の掲示がある金久町の居酒屋「むちゃかな」に入り、生アオサの天ぷら、トビンニャ(マガキ貝)の塩茹で、夜光貝のバター炒め、赤ウルメ(グルクン)の唐揚げを肴にラガービルを飲む。トビンニャは味は良いけれど、身が薄く少ない。食べるところが殆ど無い。夜光貝はイカのような食感、サザエを大味にしたような感じだがまずまず。もっと、島貝盛合せとか、エラブチ(ブダイ)の刺身、ネバリ(ハタ類)の塩焼き、アバス(ハリセンボン)の唐揚げなど色々食べてみたかったが、店に在庫がなく残念。(続く)

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