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恐山

2016年10月30日(日) 6:30起床、1Fのレストラン松喜で朝食。ビュッフェ方式で、おふくろPa300347_2の味の様な料理が並ぶ。生卵と納豆かけご飯を食べコーヒーを飲む。読売新聞の朝刊サービスが有難い。8:15三沢シティホテルをチェックアウト、料金は13,000円也。曇天、天気予報では午前60%、午後30%雨の確率だが、ままよと下北半島巡りに出発。前回(2011年8月)、八甲田山登山の後で訪れようとして、余りにも遠いので諦めた本州最北端の大間崎まで行ってみる積り。先ずは恐山へ。国道338号線、県道4号線を走り、六ケ所村原燃PRセンターの前を通過、国道279号線に入り百目木で運転交代、陽射しが出てくる。茫漠とした景色と信号が全くない直線道路は北海道並み、この辺りは明治新政府に敗れPa300353た会津藩士が強制移住させられた旧斗南藩三万石の入植地、湿地帯の多い不毛の原野で生き抜くために悪戦苦闘した当時の会津の人々の苦労が偲ばれる。一帯は牧場経営が生業と見受けられるが、今再び長州出身の総理にTPPで苦しめられようとしている。気の毒としか言いようがない。左に陸奥湾を見ながら走る。国道沿いに大豆田小学校など閉校した小学校が2つ、過疎化が急激に進んでいる様子。9:30むつ市入り、気温6℃。県道4号線に入り恐山へ上る。恐山の開山は毎年5月1日から10月末日まで、この県道も11月4日から冬季閉鎖に入る。また、その前日の3日には恐Pa300359山往復駅伝競走があるとかで、練習しているランナーを見かける。今日はぎりぎりセーフの参詣、降雪がなくて幸いである。峠越えして宇曽利湖畔に出て、10:20恐山菩提寺の大駐車場着、車から出ると火山ガスの臭気が漂う。恐山は、今からおよそ千二百年の昔、慈覚大師円仁によって開かれた霊場であり、比叡山、高野山と並び日本三大霊場に数えられている。円仁が諸国を教化巡歴した旅の果てに此の下北の地に辿り着き、眼前にひろがるまさに霊山と呼ぶべき風光に感じ入り、地蔵菩薩一体を彫刻し、一宇を建てて本尊にしたと云う。この地は、宇曾利湖(うそりこ)を中心に、釜臥山、大尽山、Pa300362小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山の八峰がめぐり、その形あたかも花開く八葉の蓮華にたとえられ、又、火山ガスが噴出する岩場の一帯は地獄に、そして湖を取り巻く白砂の浜は極楽になぞらえられる。「人が死ねばお山に行く」という素朴な信仰の下、肉親の菩提を弔い、故人の面影を偲ぶ人々が日本各地から参拝に訪れる。
六大地蔵を拝観してから、受付で入山料500円を納め、総門から境内に入る。永代常夜燈が建ち並ぶ参道を進み壮麗な山門をくぐると、左右に湯小屋が建つ。左に女湯の古滝の湯と冷抜の湯の2棟、右に男湯の薬師の湯1棟。おそPa300373らく宿坊に泊まる人の浴場と思われるが、参詣者も自由に入れるとのことで、タオル持参で入浴する人の姿もある。因みに薬師の湯(恐山12号泉)は、pH1.89、泉温74.2℃の酸性・含硫黄・鉄(Ⅱ、Ⅲ)-ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉〔硫化水素型〕(低張性酸性高温泉)である。境内のおちこちに立つかざぐるまがカラカラと回る。ご本尊の延命地蔵菩薩を祀る地蔵殿にお参りし、両親と弟の菩提を弔う。その後、順路に従い境内をめぐる。納骨塔、無間地獄、みたま石、大師説法の地、千手観音、八角円堂(賽の河原地蔵堂)などを拝観、極楽浜に出る。湖畔に建つ東日本大震災の慰霊Pa300388塔に手を合わせ、鎮魂の鐘を撞く。湖の周囲の山々は紅葉の最盛期は過ぎかけているが、陽の光に映えて最後の輝きを見せる。更に、金堀地獄、五智山展望台とめぐり、再び地蔵殿に戻り、その裏手山上の奥の院不動明王にもお参りに行く。お不動様は冬に備えてか板囲いが施されている。今年は亡父三十三回忌、亡弟四十三回忌の法要を済ませ、恐山にもお参りを果たしたことで、吾が人生にもひと区切りついた感が深い。「恐山 心と見ゆる湖を 囲める峰も 蓮華なりけり」(大町桂月)。11:30車に戻り、下北半島随一の景勝地、仏ケ浦(佛宇陀)へ。

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