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伊豆旅行(6)修善寺散歩

2016年11月5日(土) 河津七滝を後にし修善寺へ移動。みゆき橋駐車場でバスを降り1時間の自由散策(13:45~14:45)。修善寺に来るのは3回目で直近は2011年11月19日、その時に修禅寺に参詣も果たしたし、ミPb050158シュランガイドブックで2つ星と云う「竹林の小道」も歩いてしまったので、今回は指月殿の方へぶらぶら。指月殿は伊豆最古の木造建築と云われ、この地で非業の死を遂げた鎌倉幕府二代将軍頼家の冥福を祈り、母北条政子が建立したもの。傍らに立つ案内板(伊豆市)に拠ると、『指月とは経典を意味し、禅家が愛用している不立(ふりゅう)文字を解く言葉である。建立の際、政子が寄進した宋版大蔵経は、大半が散失し僅か8巻しか残っていない。そのうち「放光般若波羅蜜多経」の第23巻が静岡県指定文化財となっている。本尊の釈迦如来坐像(鎌倉時代の作、県指定Pb050160文化財)は、寄木造りで高さは203センチ、持ち物のないはずの釈迦像が右手に蓮の花を持っているのが特徴である。「指月殿」の扁額の実物は、宋の名僧一寧一山の書といわれ、修禅寺本堂に保存されている』とある。この説明文の中で、宋の名僧一寧一山とあるのは一山一寧(いっさんいちねい)の誤りか、寧一山とも云われたらしいが・・。先月、松島・雄島で見学した国指定重要文化財の「頼賢の碑」の碑文も一山一寧の書と云われ、まことに奇遇である。因みに、一山一寧(1247-1317)は正安元年(1299)の来日、はじめ鎌倉幕府に疑われ伊豆修禅寺にPb050162幽閉されたが、後幽閉を解かれ、鎌倉・建長寺10世、さらに京都・南禅寺3世と重用されている。桂川を挟み修禅寺と対峙する鹿山の中腹にある指月殿は、メイン通りの喧騒とは無縁でひっそりと佇む。公園風の境内には、在位わずか6年で修善寺に流され、元久元年(1204)祖父北条時政の手で入浴中に暗殺された源頼家の墓や、その家臣・十三士の墓がある。散歩の終わりに独鈷の湯(足湯)に入りくつろぐ。14:45バスに戻る。帰路、沼津の土産物店「味工房」に立ち寄る(15:30-15:50)。沼津ICから東名高速に入り、港北PAで休憩しただけで首都高・湾岸道路を駆け抜ける。原木西船橋ICで高速を出て西船橋駅前で10人ほどを降ろし、19:35松戸駅西口に無事到着。(完)

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