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国境の村モクラ・ゴラ(MOKRA GORA)

2017年1月20日(金) 5:00起床。お湯を沸かしてASTORIAのモカブレンドを飲み煎餅をかじる。静電気バチバチ、室内は物凄く乾燥している。枕銭は不要とのことであったが、余っても困るセルビアのお金故100ディナール枕元に置いておく。6:00正確にモーニングコールP1200195(MC)が鳴る。今日から靴を登山靴に履き替える。6:30-7:00朝食。ベーコン、ソーセージ、ゆで卵、焼きナス、オリーブの塩漬けを食べ、オレンジジュースとコーヒーを飲む。7:30日の出、太陽が昇り好天の兆し。7:50バス乗車、最前列(前から2列目)に座る。今日の走行距離は309㎞、ほぼ移動日、先ずは国境近くの村モクラ・ゴラへ向う。天気は薄曇り。ベオグラードの街中を走り、東方正教系の教会としては最大規模の聖サヴァ教会が正面に見えてきたところで右折、太陽の光が眩しい。東へ東へ。バスの座席には肩掛式の3点支持シートベルトが付いているが、セルビアはEU未加盟の為高速道路でもシートベルトの着用義務はないとのこと。セルビア出身の有名人と云えば、男子プロテニス選手のノバク・ジョコビッチか。濃い霧が発生し幻想的であるが直前の車も見えない。8:40外国人のツアー客を乗せた大型バスと大型トラックが衝突しP1200227ている現場にさしかかり、事故渋滞につかまる。トラックがスリップして対向車線にはみ出した模様。この寒空にバスの乗客は外に出されて代替バスを待っている。霧に出たり入ったり、周りは真っ白な平原や丘陵地帯、幹線道路なのかガソリンスタンド(GS)が多い。点々と建つ農家の煙突から煙が立ち上る。負け惜しみではないけれど、俗化した観光地へ行くよりもよほど清々しい。オフシーズン結構、ゆったりと観光できる。養蜂の箱が並んでいるが、蜂はどこへ避寒させているのか。リーグ(Ljig)から乗った高速道をチャチャク(Chachak)で降りると、大型バスの通行料金は僅か440DIN(440円)。10:05-10:20 GSでトイレ休憩。売店でグミとチョコを買う。乗り物酔いのひどい女性と席を代わり真んP1200223中の座席に移る。凍結したダム湖の脇を通り、山越えの路にかかる。トンネルが連続し、道路はシャーベット状、実に危うい。漸く上り切って高原台地(標高約900m)を走る。白一色の世界にぽつんぽつんと佇む農家の景色はまるでお伽の国、干し草の積み藁の形が日本の稲藁積み(藁にお、藁にご、にょう)とよく似ている。平地では雑木林しか見かけなかったが、標高が上がると針葉樹の黒木(モミ?)が圧倒的に多くなる。最後にトンネルをくぐると一気に下り始め、12:05モクラ・ゴラ到着、鉄道駅直下の駐車場でバスを降りる。歩行者用トンネルをくぐってP1200239駅へ上がる。駅舎の食堂で昼食(12:20-13:20)。スープ、ビーフシチュー、クレープを食べJelenの中瓶(500ml)を飲む。料理はさして美味しくなかったが、ビールの中瓶が150円と安い。ここモクラ・ゴラ(Mokra-Gora)は、観光&保存鉄道のシャルガンスカ・オスミツァ(Shargan 8)の発着駅、観光シーズンには、モクラ・ゴラ(標高590m)とシャルガン・ビタシ(Shargan-vitasi:標高820m)間の15.45㎞にレトロなSL列車が走り、古風な木造客車を引いて八の字型ループ軌道を力強く駆け上る。鉄道ファンの間では有名な村らしく、夏には多くの観光客で賑わうとのこと。もともとはベオグP1200238ラードとサラエボ間444㎞を結ぶ鉄道の山岳区間として1921年から1925年にかけて建設されたものであるが、その後道路網の整備が進み、鉄道路線は1974年に廃止された。1999年セルビア鉄道が観光資源として山岳区間を再建、2010年にはモクラ・ゴラとヴィシェグラードの27.6㎞区間も復活した。冬季の今は運休らしく、食堂にも駅舎隣のホテルにも観光客の姿はない。木製客車の内部を見学したり、写真を撮ったりした後、バスに戻る。いよいよ国境を越えてボスニア・ヘルツエゴビナのヴィシェグラードへ。(続く)

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