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マケドニアの首都スコピエ散歩

2017年1月25日(水) 5:10起床。お湯を沸かしコーヒーを飲む。CNNは8CH、ようやく英語放送にたどり着く。ニュースは「トランプ大統領の最初の100日」の話題ばかり。窓から外を見ると、歩道には雪が積もっているので足拵えは登山靴とP1250865し、ホッカイロもポケットに忍ばせる。6:30-7:00朝食。ゆで卵、チーズ、サラミ、オリーブ塩漬け、缶詰の桃を食べ、オレンジジュースとコーヒーを飲む。7時を過ぎると明るくなり、バスや車、歩く人が多くなる。皆黒っぽい服装の重装備。7:50現地ガイドのゾランさんと一緒にバスに乗りスコピエ市内観光へ。スコピエの人口は50万人、盆地のため、夏は暑く(これまでの?)最高気温43℃、冬は寒く最低気温-27℃。今日は外気温-4℃。8:05ヴァルダル川沿いのスコピエ城塞の麓でバスを降り、丘上の城塞に上る。雪が深い。川向こうに広がる新市街の眺めが素晴らしく、体育館や陸上競技場(ピリッポス2世アレナ)も見P1250871える。城塞から下りて旧市街チャイル地区見学へ。先ずムスタファ・パシナ・ジャミーヤへ歩く。スコピエがオスマン朝によって陥落して間もない1492年、オスマン朝の第9代皇帝セリム1世に仕えた宰相ムスタファ・パシャが建てたイスラム寺院。マケドニアに数多く残るイスラム寺院の中でも屈指の造形美を誇るとのこと。境内には入ったが内部の見学はなし。マケドニア国立博物館の傍を通り、坂道を下って行く。積もった雪が一旦融けて凍ったとみえツルツル、こんなところで転んで骨折でもしたら寝たきりになりかねない。トルコ人の家、ジュエリー街、ドレス街、オールドバザール、カパン・ハーン(15世紀頃造られた隊商P1250914宿)と、ごたごたした感じの街を通り抜ける。その中の豆屋を覗くと、ピスタチオ 1㎏が900デナル(1DEN約2円ゆえ1,800円)、ヒヨコマメ 1㎏が350デナル(700円)、カシューナッツ 1㎏が1,000デナル(2,000円)、日本のYahoo!ショッピング等の値段とあまり変わらない。いや寧ろ高め、全て輸入品?。またランチの値段はケバブと豆料理とサラダとパンの3皿で2.5€(300円)、食堂の値段は日本の二分の一から三分の一。トルコ人街を抜けると、アレキサンダー大王の父、ピリッポス2世像が聳える広場に出る。その台座の下段P1250921には、ピリッポス2世と王妃の間に挟まれて座る子供時代のアレキサンダー大王像が見られる。9:15広場の南角にあるホテルSTONE BRIDGEでお手洗いを借用する。雪中行軍は体が芯から冷える。自分をはじめ年寄りが多いのでどうしてもトイレが近くなる。無料で使わせてくれる。チップも受け取らない。さすがは五つ星ホテル、有難い。ヴァルダル川に架かる石橋カメン・モスト(1451~1469年建造)を渡り新市街へ。石橋入り口の左右に聖人像が建つ。右側が聖キリルと聖メトディウスの2人、左側が聖ナウムと聖クレメントの2人、オフリドで見たものとは像形が異なる。旧市街側河岸段丘の右にマP1250927ケドニア自治独立闘争博物館の角ばった建物が、左にギリシャ神殿風の曲線的なマケドニア考古学博物館が建つ。どちらも新しく近年の建築かもしれない。橋を渡ると新市街ツェンタル地区の中心マケドニア広場に出る。中央にアレキサンダー大王騎馬像が建ち、その下の噴水は雪に埋もれている。広場の近くに、1979年のノーベル平和賞受賞者、マザー・テレサの生誕地を示す黒い石碑が置かれている。マケドニア大通りを南下して行くと左手に3階建てのマザー・テレサ記念館が建ち、その傍らに大きなマザー・テレサ像が立つ。記念館に入場すると、1階は管理棟、2階は資料展示室、3階は小さな礼P1250955_2拝堂となっており、ダライ・ラマ14世と会談した写真も展示してある。近代建築が建ち並ぶ大通りを更に南下。スコピエは1963年の直下型地震で壊滅的被害を受けたが、その後の都市計画を日本の建築家丹下健三氏(1913-2005)が手掛けたため、スコピエ市民は親日とのこと。大通りの南端に到達すると、目の前にスコピエ博物館(旧鉄道駅)が建つ。壁面の大時計は、大震災が起きた1963年7月26日の5時17分で止まったままである。10:15無事にバスに戻る。誰も転ばず、誰も怪我せず、何よりのこと、登山靴の足指の先が冷たい。(続く)

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