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世界遺産「ベラトの歴史地区」

2017年1月23日(月) 14:05アルバニアの首都ティラナを後にしベラト(Berat)へ向かう。ティラナ市内は大改造中で至P1240659る所が工事中、休日でもないのに昼日中の人出が多く、バスは満員、オープンカフェのテラスも満席、人口42万人の都市にしては活気がある。然し一歩郊外へ出れば、草を食む牛や羊の群れ、羊飼いが現れるなど長閑な田園風景が続く。14:50ドゥラス(Durres)の町を通過、アドリア海がちらりと見える。15:10-15:25トイレ休憩、三ツ星ホテルPILO RARAのお手洗いを借用する。有料0.5€。前方に浅間山によく似た大きい山が見えてくる。アルバニア第2の高峰トモリット山(標高2414m)である。16:00ベラト郊外の今宵の宿、四つ星ホテルのP1240680GRAND WHITE CITY到着、現地ガイドのエリックさんをピックアップしベラト城址へ向かう。ベラト城の基礎は紀元前4世紀にアルバニア人の祖先であるイリリア人が築いた由、バスは両側にオリーブ畑が広がる坂道をぐんぐん上る。終点広場でバスを降り石畳の坂道を上る。大きな城址で、城壁、門、赤いモスクと呼ばれるミナレットなど石積みの遺構が残っている。城址内に500人ほどの住民が住んでいるとのこと、殆どが赤瓦と白い漆喰壁の素朴な建物、オリーブ栽培を生業とする農家のようであるが、中にはホテル、レストラン、土産物店、八百屋などもある。展望台(嘗ての監視塔跡?)へ上P1240677がり、湾曲するオスム川の流れと、対岸の山裾に広がるゴリツァ地区の箱庭のような街並を眺める。スケールこそ小さいが、まるで雲南省徳欽県で見た金沙江大湾のような眺め、素晴らしい。ゴリツァ地区はビザンチン帝国時代以来のキリスト教徒居住区であり、川を挟んだマンガレム地区(展望台からは真下に当るため見えない)はオスマン帝国時代以来のイスラム教徒居住区である。ベラトの旧市街は2008年、「ベラトとジロカストラの歴史地区」として、先行登録されていた「ジロカストラの博物館都市」の拡大登録の形で世界文化遺産に登録された。新市街が旧市P1240684街の東側に扇型に広がる。ベラトはベラト州の州都で人口6万5千人、オスム川中流に位置し、農産物加工の中心地である。特にオリーブ油の製造が盛んとのこと。新市街の後方には、雪を頂くトモリット山がどっしりと横たわる。バスへ戻る途中、2軒の土産物屋があり、店内に吸い込まれた女性陣がなかなか帰ってこない。日もとっぷり暮れた頃ようやくバスに戻り、「千の窓を持つ街」の異名をとるマンガレム地区へ。先ほど上った展望台(Cathle Tower)の下の斜面に広がる街並がライトアップされている。「千の窓」とは数が多いと云う意味であろうが、縦長の小窓を幾つも持つ同じ様な家が建ち並P1240692ぶ。ゴリツァ地区のライトアップはなし、両地区を結ぶ橋の上から写真を撮る。GRND WHITE CITYに戻り、22名中19名のメンバーは割り当ての部屋に入る。自分を含む一人参加の男性3名は、このホテルに部屋を確保できなかったとの理由で分宿組となり、レストランで早めの夕食(17:40-18:45)。前菜、スープ、牛肉料理、ケーキを食べ、日本茶とアルバニア産ビールKORCAの小瓶(2€)を飲む。18:55ホテルのVWバンで旧市街にある系列ホテルのWHITE CITYへ送ってもらう。GRNDが付かないので、ランク落ちではと心配。(続く)

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